第68話 極限の「一」を持つ者 -The strongest avenger-
・1・
二つの残光が交差した。
淡く飛び散る火花が闇に溶けるよりも早く、次の剣戟は開始される。
開発中止区域通称『はみ出し』に隣接する旧工場跡地。ユウトの記憶の中では、かつてジャック・ザ・リッパーと死闘を繰り広げた場所だ。
しかしそこにはもう何も存在しなかった。
錆色の建築物がひしめき合っていた場所は、たった二人の戦いに巻き込まれ跡形もなく塵と化していた。
「アハハハ!! 君、片腕なのによくやるね。でもほら、まだこんなもんじゃないでしょ!?」
「ぐ……ッ! ここまでとは……」
その身で人類悪の大半を平らげ、なお揺らぐことなく
「そんなに主の仇を討ちたいのかい?」
「あのお方は我ら眷属とは違い呪いそのもの。そもそも死という概念は存在しない。故に貴様という鳥籠さえ壊せば復活なされるはずだ」
シンジの問いに、ロウガが答えた。
「なれば俺の役目はそれを遂行すること。だが……こうしてルナやナナ、ジャタの無念まで晴らしたいと思うとは……貴様の言う通り、確かに俺は
「へぇ……」
切っ先を向けられたシンジの瞳にぎらついた光が灯る。
「「シンジ!!」」
駆け付けたユウトの声と重なるように、背後からタカオが怒鳴った。
(タカオ、付いてきたのか……)
シンジはゆっくりと、赤い双眸を背後へ向ける。
「ッ! これはこれは……ユウトと、ええっと……誰だっけ?」
「てめぇッ……しらばっくれてんじゃねぇ! ガイをどうした!?」
「ガイ? あぁ彼か」
シンジはタカオを嘲笑うように見て、自分の胸に手を当てた。
「彼ならここさ。ワーロックの力をもってしても仕留めるのにはかなり苦労したけど、その分とても楽しめたよ。おかげで今の僕はあの時よりさらに強くなった」
「俺のダチをよくも……ッ!!」
タカオが両腕に紅い熱を灯し、シンジに向かおうとしたその時、間に何者かが割って入ってきた。
「ッ!! こいつは……ッ!?」
タカオの強化された拳を真正面からブロードソードで受け止めたのは、WEEDS兵だった。
(WEEDS!? ……けど何か変だ)
夜泉に付き従っていたWEEDS達とは明らかに雰囲気が違う。全身を蝕むように紫色の妙な亀裂模様が走っており、洗練された動きにもノイズが混じっているように見えた。
「はいはい。わかったわかった。相変わらず暑苦しいヤツだな……ちょっと今忙しいから、そこの化け物を殺し終わったら相手してあげるよ。それまでソレで遊んでてくれる?」
シンジは手で軽く追い払うような仕草でタカオをいなす。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ! こんなもんで俺を止められると思うなよ!」
次の瞬間、ドッ!!!! というくぐもった音とともに、WEEDS兵の体が後ろに吹き飛んだ。
体重移動と全身のバネを100%以上使ったゼロ距離掌底。中国拳法の
だが、相当のダメージを叩き込まれたはずのWEEDSは、よろめきながらもすぐさま立ち上がった。その様はまるで本物のゾンビのようだ。
「へぇー。一人じゃ物足りなかったかい? じゃあ——」
シンジの背後に浮遊する巨大メモリーの一つが、パカッとおぞましい口を開ける。そこから黒い『何か』が、血飛沫の様に噴き出した。
「「ッ!!」」
飛沫は地面に落ちると、まるで植物の様に真っ黒な芽を出し、瞬く間にWEEDSの体を形成していく。
「『寄生』ではなく『侵食』。本来の僕の能力も今ではこんな風に変化しちゃってさ。ここに来るまでいっぱい喰べてきたから、ストックは十分だよ?」
あっという間に、シンジに汚染された十体のWEEDS兵が生み出された。
(ワーロックは殺した相手の力を丸ごと得る特性を持っている……こいつ、一体どれだけ……ッ!)
今の自分にも同じ性質があると思うと、ユウトはゾッとした。しかし単純に力を得たいのならば、シンジの行動はこれ以上ないほどに理にかなっている。
「タカオ、ここは俺が引き受ける。お前は——」
「あっちのネフィリムはお前に任せる」
「え!?」
ユウトの当然の提案を、タカオは突き返した。
「悪いがこいつだけは何が何でも俺の手でぶっ倒さねぇと気が済まねぇ。でもあの狼を野放しにするのもまずい」
「どういう意味だよ?」
「神座が言ってたんだ。ここ最近、魔獣の出現頻度がありえないくらい爆発的に増えてるってな。ちょうど俺たちがこっち側にいると自覚した辺りからだ」
何かに引き寄せられている。ユウトはそう感じた。そしてすぐに原因に思い至った。
(ッ……!! ネフィリムは魔獣を統率できる!!)
そのせいであの時、海上都市は火の海になったのだ。
「あいつがいる限り、同じことが何度も繰り返されちまう」
どうやら自棄になっているわけではなさそうだ。タカオにはちゃんと周りが見えている。
「でも……」
「でももへったくれもねぇ!! 早く行け!!」
タカオはまだ熱の残った手で強引にユウトの背中を押した。
「ッ……わかった。けど危なくなったらなんて言われようと加勢するからな?」
ユウトはそう言い残し、タカオに背中を向けた。
「そこまで言われたらしょうがないな。いいよ、相手してあげるよ。そろそろ人形相手じゃ物足りなくなってたところだし」
シンジの背中の巨大メモリーが一つ、概念喰いに装填する。
『Penetrate』
大斧の柄が伸び、斧槍へと形態を変化する。
「楽しませてくれたら、君も僕のコレクションに加えてあげるよ」
「言ってろこの戦闘狂!」
・2・
「まったくあの馬鹿どもが」
二人を追って飛角と凌駕、それに篝は旧工場跡地に辿り着いた。
「おいおい何かどえらいことになってんぞー。ワタシハナニモミテナーイ。オウチカーエロ」
「どこへ行く?」
「ピギャ!!」
一目で逃げようと判断した篝は高速で踵を返すが、首根っこを凌駕に掴まれて変な声を上げた。
「まぁ確かに、今回ばかりは私らが入れる余地なさそうだね。どっちもヤバそうだ」
いつも飄々としている飛角でさえ額に冷や汗を流し、緊張した面持ちでそう言うしかなかった。彼女も決して弱いわけではないし、今すぐにでも助太刀に入りたい気持ちがあるはずだ。そうしないのは、今加勢すれば間違いなくユウトの足手まといになることを理解しているからだ。
「イテテ、つーかあのタカオってやつ、正直無理ゲーじゃね?」
「ていっ」
「ぷぎゃッ!!」
そんな中、遠慮なくあの場に相応しくない者の名を指摘した篝の脳天に、飛角はチョップを入れた。
「痛ッェェェ!! こッのデカ乳女! 何しやが……あひゃひゃひゃひゃひゃッ! や、やめて! くすぐりは……あひゃひゃ!」
「男ってのは誰しも無茶だと頭ではわかっていても、背を向けられない時があるんだよ、ぺったんこ」
篝の体を弄りながら、飛角はそう言った。
「イヒーッ! 知るかそんなもん! つーか、こ、これはこれで需要あんだよバッキャローッ!」
「だが高山篝の言葉は正しい。これは考えうる限り最悪のカードだ」
放っておけばシンジがロウガを倒していただろう。だがそうすればシンジの力は増し、今度こそ手が付けられなくなる。かといって今の様に横から介入すれば、ただでさえ厄介な敵の矛先が揃ってこちらに向いてしまう。
「ユウトがあの狼魔獣をどれだけ早く片付けられるか、だね」
早くしなければ、タカオが今度こそ殺されてしまう。
緊迫した状況の中、凌駕はポケットからそっとある物を取り出した。
「それは……ネビロスリング?」
「あぁ」
エクスピアで秘密裏に開発されていた、ルーンの腕輪の正式改良版。
「フフン♪ 私がちょちょいとエクスピアのデータバンクにハッキングして、設計データをパクってきたわけよ」
篝は飛角の腕の中で得意そうな顔をしていた。実際、彼女の功績は大きい。リセットの影響で失った左腕が戻ったことで、擬似理想写しも完成しなかったことになっていた。これは設計データを元に、頭の中の擬似理想写しを応用してやっと完成させたものだ。
「だがこれでもまだ足りない。加勢するにしても、まだ何か……」
動くに動けない凌駕たちが見守る中、戦いの火蓋は切って落とされる。
・3・
「グルルル……貴様は、あの時の」
「そういえば病院で会ったことがあったな」
そう言って、ユウトは純白のメモリーを籠手に装填する。
『Cross Blade!!!!!!!!!!!!!!!』
白銀の衣を身に纏い、ユウトは剣の翼を広げた。
「……美しい。この魔力、覚えがある。あの女剣士……御巫刹那のものだ」
「弱っているところを叩くのは卑怯だけど、悪く思うな」
ユウトは両手に白刀を召還し、片方の切っ先をロウガに向けた。
「ほう……この俺に情けをかけるか? クク……ククク……」
「何がおかしい?」
相手にとっては圧倒的に不利な状況。しかし突然笑いだすロウガに、ユウトは拭えぬ不気味さを覚えた。
「剣を持てば誰でも戦士になれると……貴様はそう思うのか?」
ロウガは問う。
「……舐めるなよ?」
「……ッ!!」
直後、目にもとまらぬ速さで何かがユウトの体を横薙ぎに弾き飛ばした。
「ぐ……あッ!!」
(な……何が起こった!?)
相手の攻撃? だが見えなかった。確かなのは、纏の衣がなければ即死だったということ。
「狼狽えるな。ただの剣圧だ」
「ッッッッッッ!!」
ここにきてロウガの闘気が尋常ではないほどに色濃くなっている。それこそオーラを目視できるほどに。
隻腕の魔獣は再び刀を構えた。
(まずいッ!)
今度は全神経が正常に危険を察知し、けたたましい警笛を鳴らす。
「フンッ!!」
振り下ろされた刃は景色そのものを切断した。ユウトが構えた刀は抵抗することすら許されず、右翼ごと真っ二つにへし折られてしまった。
それでもユウトは残された左翼から刃の弾丸を可能な限り射出するが、ロウガは腕を失った者の動きとは思えぬ見事な刀捌きで全て叩き落としてみせた。
「これが武の極み……その一端だ」
相手は手負い。力もこちらが上のはず。それでもユウトにはこの化け物に勝てるイメージがまったく浮かばなかった。
(……こいつ)
理由はわかっている。彼は持っているのだ。
極限まで磨き上げた『一』を。
世界でただ一人、彼だけが持つ『
それを持つ者にとって重要なのは己の信じた強さのみ。
勝敗を分けるのは力の差ではない。
「ワーロック、再び問おう……剣を持てば、この俺に勝てると思うか?」
「くっ……」
見誤っていた。
手負いの獣だなんてとんでもない。
この魔獣は、今まで戦ってきたどの敵よりも――
ただ純粋に強い。
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