第67話 刀の行方 -Who is the enemy?-
・1・
「……本当に縛られるかと思ったわ」
「心配しなくても敵とはいえさすがにあんな縄で女の子を縛ってたら、私がぶん殴ってたわ」
冷めた視線をタカオに向ける夜泉とミズキ。
「そ、そんなこと……するわけないだろッ!?」
「ふーん」
結局、タカオが荒縄で縛ったのは機能停止したWEEDSたちだった。というのも、動かなくなった彼らを運ぶ必要があったからだ。途中で不意に起動し、暴れられたくはなかった。
「うっ……つっても自由ってわけにはいかないぜ? 悪いな、夜泉ちゃん」
タカオは申し訳なさそうにそう言った。
「えぇ。心配しなくてもそもそもWEEDSが動かない今、私自身に戦う力はないわ」
夜泉も諦めたようにため息を吐いて答えた。ミズキもいる手前、ここまで来てその言葉が嘘ということもなさそうだ。
ここはバー・シャングリラ——だった場所。今は誰もいない無人の家屋となっている。
ミズキが普通の学園生活を送っていたように、この世界において、事実はある時期を起点に歪められていた。そしてそこにあるいくつもの小さな歪みの連鎖によって、店はそもそも存在しないことになっていたのだ。
「……」
電気は通っていないのか明かりはなく、古びた内装はもう何年も整備がされていないように見える。
「他のメンバーは?」
すっかり寂しくなってしまった店内で、ユウトはタカオに尋ねた。
「リクやアヤノは普通に学校通ってたよ。他のやつらも全員。俺らのことは忘れてたけどな」
意外にもタカオは少しだけ嬉しそうな顔だった。彼らに忘れられたとはいえ、元々彼らが掴めなかった普通の幸せが、今は彼らの手元にあるからだろう。
「たぶん記憶の分岐点はルーンの腕輪に関係してる。俺とミズキが知り合ったのも腕輪がきっかけだった。そのミズキも最初は俺のことわからなかったしな……」
タカオの言葉に少し苦い顔をするミズキ。
「ではまず散らばった仲間を集めるのか?」
立てば天井に頭をぶつけてしまうロシャードは、座りながらタカオに今後の方針を聞いた。少なくとも記憶が戻ることは、ミズキやユウトが証明している。だが、
「いや、それはない」
タカオはきっぱりと答えた。
「またあいつらを危険な目に合わせる必要もないだろ?」
元々、この海上都市で行き場を失った人間たちが集っていたのがシャングリラだ。嘘だが紛れもない現実でもある『今』を奪うような真似はしたくないのだろう。
「あら、それはミズキさんならいいということかしら? フフ、よっぽど信頼しているのね」
「「…………ッッッ!!」」
「信頼」という部分をやけに強調しながら、夜泉が悪戯っぽい目で二人を見ていた。
「……それはだな……なんというか成り行きで……」
タカオは何と答えればいいのかわからず、対するミズキは、
「べ、べ、別に……私はッ! ……迷惑とかじゃ、ない……し……(むしろ嬉しいというか……)」
顔を真っ赤にしてごにょごにょ言っていた。当然と言えば当然か。満更でもなさそうだ。
(((素直じゃないなぁ……)))
ユウトを含めこの場の全員がそう思った。
「と、とにかくだ!! 少数精鋭で行く! はい決定!」
場の空気を断ち切るため、タカオは大声でそう言った。同時に、奥の扉がギギッと音を立てて開いた。
「騒がしいぞ。少しは黙っていられないのか?」
「ナニナニ? 恋バナ? 私もいーれて♪」
「……何事ですか?」
「ん~、何やら甘酸っぱい空気だね」
「んんんんッ!! ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝!!」
奥の扉から現れたのは、神座凌駕、その妹の奏音、鳶谷御影、飛角。そして口にガムテープを貼り付けられ、簀巻きにされて彼女に担がれている見知らぬ小紫色のツインテール少女。
「お、終わったか?」
揃って青い手術衣を着た凌駕たちを見て、タカオは立ち上がる。
「それにしても……改めて見てもすごいメンツだな……」
ユウトは思わずそう呟いた。
・2・
「ミズキお姉さまぁ❤ 私もお姉さまと恋バナし~た~い♪」
まず弾丸の様に勢いよく、奏音がミズキに抱き着いてきた。
「ちょッ、バカ!! あんたそんな恰好で抱き着いてくるな!」
「えへへぇ❤」
怒鳴られてもそれすら嬉しいのか、奏音はミズキの胸に頬を擦り付けて離れない。
神座凌駕、そして奏音。彼らはミズキの力で記憶を取り戻したと聞いている。最初にこの店に入った時、彼らがいたことにユウトはかなり驚いた。
「……まったく。とても潜伏中の会話とは思えませんね」
手術用の手袋を外した御影が呆れた目で彼女たちを見ていた。
「へぇ……あなたもそんな顔をするようになったのね。小さな私の担当医さん」
夜泉が少しだけ驚いたような表情で御影に言った。
「……No。『元』です。生きているあなたはもう私とは関わりありません。捕虜は馴れ馴れしく話しかけないで」
「フフ、相変わらず可愛げがないわね」
「いやいや。あれでなかなかに可愛い生き物だと私は思うがね?」
飛角が暴れるツインテ少女を担いだまま、話に入ってきた。
「……詳しく」
クールに振舞いつつも、夜泉は好奇心を隠せていない。
ニヤリとして唇に指を当てた飛角は、こう言った。
「私が記憶を戻してやった時とか、それはもう顔真っ赤にして——」
「……Shut up。それ以上喋ったらバラバラに解体しますよ?」
ものすごい殺気剥き出しの御影が二人の会話を両断した。そしてくるっとユウトの方を向くと、彼女は赤く血の付いたメスを片手にこう言った。
「……あ、あんなのは……ノーカンウントです……」
「? あぁ……」
正直、言葉よりもメスの威圧感がすごい。
俯きながらブツブツと呟く御影を見て、
「な?」
「ええ。けどちょっと嫉妬しちゃうわね」
飛角と夜泉は何か通じ合ったのか、お互いに笑顔を見せた。
「ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝ん˝!!」
ついに忘れられていた簀巻き少女がキレた。
「あーはいはい。ちょっと待ってな。今ガムテ取ってやるから」
飛角の細い指によってビリビリと痛そうな音が鳴り、少女の口が解放されていく。
「ぷはッ! てめぇ凌駕ぁ! 人がせっかくネトゲでオールマラソンしてたのに、コネロスした挙句箱までぶっ壊しやがって! おまけに乙女の聖域不法侵入しただけじゃ飽き足らず簀巻きでお持ち帰りとか鬼か! いーや、てめぇはもう鬼ですらねぇ! 悪魔だ!! しかも……何で私まで手術に……あんな……グロい……うっぷ……ッ」
途中から思い出して顔が青ざめてきたその少女——高山篝は、簀巻きのまま飛角にトイレに連れていかれた。
——5分後。
「ふぃ~……すっきり」
晴れ晴れとした顔の篝が戻ってきた。
「もうッ……そんなに私の事が好きなら、もっと優しく……して(ハート)。女の子はとっても壊れやすいんだぞ(ハート)」
頬を赤く染めて、両手で口元を隠す篝に、凌駕が感情の伴わない声で現実を突きつけた。
「私はお前に一切の恋愛感情を持ち合わせていない。回線を切断したのもお前の逃げ道を断つためだ。それと一応断っておくが、筐体を破壊したのは暴れていたお前自身だぞ」
それまで恋する乙女を表現した篝の動きが、雷でも落ちたかのように固まった。
「なん……だと……ッ」
絶望に崩れ落ちる元簀巻き少女。
「……世界は簡単にリセットされてるのに、人生リセットできないとかなんてクソゲー?」
ミズキの話によると、彼女はワイズマンズ・レポートの件で凌駕に殺された後、自身の魔法で肉体を捨てて自由気ままに生きていたらしい。それが世界をリセットしたことで、そもそも死んでいないことになり、今はこうして生身の体なのだそうだ。
「つまらないことを言ってないで、さっさと解析を進めろ」
「もう終わってんだよこのムッツリ悪魔!」
「意外とあの二人、息が合ってるわよね」
「あんなの本ッ当に珍しいんだよ? にぃに友達いないからねぇ」
「「友達ではない(じゃねぇ)!!」」
ミズキたちの言葉を声を揃えて否定する二人。息はぴったしだった。
・3・
「WEEDSを解剖してわかったことがいくつかある」
「……彼らは全員が魔獣細胞によって強化された意思なき人形。それが何らかの方法で統制されています」
全員が椅子に座る中、凌駕と御影が正面に立って説明を始めた。
「私の体質に近い感じ?」
「ううん。ルーツは同じ感じだけど、おそらく飛角ちゃんとは違う目的で作られていると思うよ?」
奏音が横から訂正を入れた。
「活動可能時間はおよそ6時間。それまでに調整を入れなければ、細胞が自己崩壊を起こすように設計されている」
実際、解剖後のWEEDSは跡形もなく消えてしまったらしい。
「……
御影は忌々しそうにそう評した。
「脳髄に埋め込まれていた例のチップの用途は?」
凌駕はチップの解析を任せていた篝に尋ねた。彼女はテーブルにぐったりと前のめりになりながら答えた。
「あれは命令受信用じゃないなぁ。むしろ逆。定期的に位置情報とか状態管理とか、外部に信号を送る用だなぁ。私らの居場所がバレそうだったから切っといた。篝ちゃんグッジョブ♪」
「そうか……受信用であれば、こちらでコントロールすることも視野に入れていたが……」
篝の自画自賛はスルーして、凌駕はまた何やら考え込み始めた。
「あの魔力抑制能力もかなり厄介だ。あれじゃあ……」
ユウトはWEEDSとの戦闘を思い出す。あの時、こちらの攻撃が少なからず弱体化されていた。実際、ワーロックの力だったから何とかなったようなものだ。
「あぁ、普通の魔法使いなら、拘束されれば魔法が使えなくなると考えた方がいい」
ロシャードがユウトの言葉に続いた。
「おまけに徹底して数で攻めてくるしなぁ」
三日三晩追われた飛角とロシャードは、特にその厄介さを知っている。
前提として、絶対に勝てない敵ではない。だが、勝つことに意味が見いだせないタイプの敵だ。かといって彼らの『数』を無視できるわけでもない。
八方塞がりで皆が静まっている中、タカオが立ち上がった。
「まぁとりあえずWEEDSの大元であるエクスピアから調べていくしかねぇな。そうすりゃあ、世界をこんなにしちまったヤツに辿り着く——」
「ちょっとタカオ!」
「あ……」
ミズキの言葉にハッとしたタカオは、気まずそうにユウトを見た。無理もない。現時点で、こんなことができる者を彼らは一人しか知らないのだから。
「ユウト……別に祝さんが犯人って思ってるわけじゃないわよ?」
「ハハ……気を使わせて悪い。でも今回の件は伊紗那じゃない。それだけは断言できる」
だが実際、そう言えるのはあの場にいたユウトだけ。
「祝さんというよりも、伊弉冉という刀が今回のキーで間違いないだろう。問題はその刀を今誰が持っているかだ」
「そこの偽彼女さんはいろいろ知ってるんじゃない?」
飛角が含みのある言葉でそう言った。夜泉は明らかに意図を理解しつつも、
「聞きたいのは私とユウト君の蜜月の夜についてかしら?」
むしろ挑戦的な笑みだ。
「「ほう……」」
御影と飛角が揃って冷たい視線をユウトに向ける。
「いや……ッ、記憶にございません……」
「酷いわ。あんなに……すごかったのに……」
夜泉はポッと頬を赤く染めた。
「朝起きるとあなたの顔が見えて……、ずっと見つめてたら私も我慢できなくなってしまって……」
「……などと具体的に申していますが?」
御影が暗い瞳で静かに糾弾してきた。
「嘘だから! 夜泉も誤解を招くような言い方は——」
「まぁ嘘か真かはご想像にお任せするとして……確かに知っているわ。けど私の口からは言えないの。何度も言うけど、そういう風になっているのよ」
ユウトは胸を撫でおろす。どうやら彼女からこれ以上答えを得るのは無理そうだ。だがそれでもわかったことがある。
それは確実に彼女に『役割』を当てがった黒幕は存在する、ということだ。
「伊弉冉……伊弉冉……神様の名前かぁ。あ、そういえば対になる伊弉諾って刀を持ってる子いたよね? 確か——」
奏音が喋っていたその時、全員が心臓が飛び上がるような感覚を覚えた。
「なっ……に……?」
ろくに動いてもいないのに、ミズキたちの呼吸が乱れ、息が荒くなる。
「ゲロゲロ~」
吐いている子もいた。
「……ッ!? 近いぞ!」
確かな強すぎる気配を感じ取ったユウトは、爆心地に向かって走り出した。
それは普通ではない力が二つ。
殺し合いを始めた合図だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます