第66話 死体部隊 -WEEDS-

・1・


 逆神夜泉の合図で、彼女の背後に特殊スーツを着た三人の兵士が整列した。

 背丈、体格、武装共に不揃いだが、その一挙手一投足が完璧に統一された動きは、軍隊であれば見事と言う他ない。

 しかし、ユウトにとってはその同調美よりもある種の不気味さが勝った。


(こいつら……? ……いやそれ以前に、生きてる感じがしない)


「この海上都市を魔獣の脅威から守るエクスピアの精鋭部隊。表向きはそういうことになってるわね。死体部隊WEEDS……こんなものまで作るなんて、趣味が悪いとは私も思うわ……」


 そう付け加える夜泉。半人半魔の暗殺者集団を見つめる彼女の表情は、どこか苦しそうだった。

「油断すんなよユウト、こいつら一体一体は大したことないけど、数で来られると結構厄介だよ」

「……あぁ、そうみたいだな」

 飛角の体についた無数の刃傷。本来ならこの程度の負傷、彼女の再生力ならあっという間に治っていなければおかしい。あのWEEDSと呼ばれる兵士には、それをさせないだけの何かがあるということなのだろう。

(……それに)

 飛角とロシャードは気付いていないようだが、ここから約500メートル離れた場所二か所に、同じくWEEDS狙撃兵と思われる気配がする。

 死体部隊。その名の通り生物としての鼓動がないからか、彼らからは生者が持つ「気」を全く感じられない。並みの感知能力では、目視以外捕えるのは不可能だろう。

「二人とも、二時と九時の方向に狙撃手がいる。注意してくれ」

 ユウトは小声で二人に指示した。

「了解した」

「あいよ」

 飛角とロシャードは疑うことなく答えた。



「ユウト君……提案なのだけれど、大人しくこっちへ戻ってきてくれないかしら?」


 夜泉は未だWEEDSにGOサインを出さず、そんなことを言ってきた。

「……どういう意味だ?」


「この世界での私の役目はあなたの監視と制御。恋人という立場もそのための理由でしかない。でも正直に告白すると、私はそんなものに最初から興味はないのよ。私はあなたと一緒にいられればそれでいい。今日という日が永遠に続いてほしいの。ここはそれが許される世界なのだから……」


 彼女はゆっくりとユウトに向かって手を伸ばす。


「あなたがこのまま大人しくしてさえくれれば、それで済むはな——」


「いやいや、そうはいかないでしょ?」

 夜泉の甘い言葉を飛角は一刀両断に切り裂いた。

「その通りだ。私と飛角は世界がおかしくなる前の記憶を保持している。こうしてユウトも記憶を取り戻した。どちらにせよ、我々の口封じは行われるはずだ」

「それは……ッ」

 ロシャードの追撃に、夜泉は口を噤んでしまった。とにかく何か反論しようとしても、できないのだ。

「なぁ、夜泉」

「ッ……何かしら?」

 ユウトは一歩前に出て、こう告げた。


「お前と過ごしたのは本当にすごく短い時間……いや、の記憶も合わせたら違うな。とにかくお前はもう俺の大切な仲間だ」


「ッ!」

 ユウトの真摯な言葉に夜泉の肩がわずかに震えた。

 どんなに強い力を手に入れようが、目的が変わることはない。


 誰かの笑顔を守る。


 今までその意味を考えずに、愚直に突き進んできた。


(俺は、確かな繋がりが欲しかった。そうしなければ無価値な自分が消えてしまいそうだったから)


 何もしなければ沈んでいく。だから必死に足掻いた。

 しかしその行動が、結果的に一人の少女の心を苦しめてしまっていた。いや、彼女だけじゃない。吉野ユウトを想ってくれている人間なかまは、自分でも気付かないうちに両手の指では数えられないくらい増えていた。

 とっくの昔に願いは叶っていた。魔法という奇跡を手にし、激動の時間を走り抜ける中で、いつしか『使命感』は『願い』へと変わっていた。これはその結果だ。


(これはやらなければならないことじゃない。俺がやりたいことなんだ!)


「だからどうか頼ってほしい。今お前から笑顔を奪ってるやつは、俺がこの手でぶん殴ってやる」


 もう辿り着くべき場所を間違えたりしない。

「うわー……出たよ天然ジゴロ先生。この英雄様はフラグで塔でも建てる気かねぇ? これで本当に狙ってないからタチが悪い」

「ウム。さすがに経験者だな。今の言葉はさすがの私も少し胸が熱くなったぞ。まぁ、確かに少しフラグ管理が必要なのは同意するが」

 ジーっと、後ろから生暖かい視線がユウトの背に刺さる。

「うぐ……と、とにかく、誰が何と言おうと俺は夜泉を助けるぞ! 一応……偽物とはいえ彼女だったわけだし……当然だ!」

 ユウトは強く、胸に手を当てて断言した。

「はぁ……振られちゃったわね」

 夜泉は小さく息を吐いて、伸ばした手を下げる。けど表情はどこか嬉しそうだ。頬を赤く染め、涙を流していた。

「ユウト君の言葉はとても嬉しい。でもダメなのよ……の命令に、所詮駒の私は逆らえない。そういう風にできているの」

「夜泉……お前……」

 夜泉は再び手を挙げた。


「私程度ではワーロックに勝てないけど、それも含めてあの男の描いた絵なのでしょうね。本当に最低だわ……」


 差し伸べた手は、突き放す手に変わった。


 WEEDSに向けた戦闘開始の合図だ。


・2・


 三体のWEEDSは音もなく、動き始めた。

(速いッ!)

 ノーモーションからトップスピードに至るその人外の動きは、残像が見えるほどだ。

 幅広のブロードソード、二刀のナイフ、鎖鎌。異なる得物を持つ彼らは、まず飛角に狙いを定めた。

「させるかッ!」

 ユウトは手元に魔力を集中させ、横凪に振るう。それだけで大気が捻じれ、烈風が三体のWEEDSの体を紙屑の様に吹き飛ばした。

「わーお」

「ロシャード、飛角を頼む!」

「了解した」

 メモリーをポケットから取り出しながら、ユウトはロシャードに指示を出す。


『Cross Haze!!!!!!!!!!!!!!!』


 電子音の後、左腕の籠手から至極色のマントが少年の全身を這う。右手に召還した半透明の大鎌が、周囲に紫霧をまき散らした。

 護衛が付いているとはいえ、後ろに抜けさせる気はない。

 霧の大鎌。伊紗那が使っていたものだ。思えばこれ一つで何度も苦戦を強いられた。だが今はユウトの力だ。

 霧に触れたものを一時的に同化させる力で広範囲をカバーできる。

(どんなに速くても、こいつでまとめて——)


 だが、WEEDSたちは自ら紫霧に突っ込んだ。

「なっ!?」

 これで彼らの体はユウトの制御下に置かれたことになる。しかし、

(霧がッ!?)

 霧の中にいて、彼らの体は霧に触れていない。より正確には、触れた霧の中に含まれる魔力が弱体化されていた。

(魔力の抑制、これが秘密か!!)

 霧中を流れる乱流に抵抗なく体を沿わせ、ナイフを持ったWEEDSがユウトに飛びかかってきた。

「ぐっ!」

 命令されるまで一切の挙動がなかったのに、見違えるほどキレのある動きを見せるWEEDS。しかもただ力任せにナイフを振り回しているわけではない。軍隊格闘術のような合理性に基づいた、相手を確実に仕留めるための動きだ。残りの二体も同様に迫ってきた。

(しかもこいつら……ッ!)

 三位一体の的確な攻撃。だがまだ一つ。この統率が取れすぎた動きといい、鎌を紙一重で避けるタイミングといい、この連携を奇跡にまで持ち上げている何かがまだあるように思えた。


 そう考えているうちに、左腕にジャリンと鎖が絡まった。ちょうどメモリー装填部分を塞ぐように。

「しまっ——」

 強く引っ張られるのと同時に遠くで鳴る発砲音。まるでこの場所この時間で、ユウトが隙を作ることをわかっていたかのような完璧なタイミングだ。

 スナイパーの弾丸も、同じく魔力抑制属性を受けたもののはずだ。紫霧で若干の減速はできても、避け切れない。死ななくても、飛角と同じように再生に時間がかかる負傷は、この場では文字通り死と同じだ。

「終わりね」

 長く鋭利な弾丸がユウトに迫る。



 その時、



「「「!!」」」

 弾丸はその腕の肉を粉砕するどころか逆に弾かれ、鮮やかな火花を散らした。


「よー久しぶり夜泉ちゃん。相変わらず便利な能力だな。補正完璧」


 霧でぼやけているが、その声は誰だかすぐにわかった。

「あなたは……ッ」

「ハハ、ミズキ経由であんたの未来視、ジャックさせてもらったぜ?」

 その言葉を聞き、夜泉は慌てて周囲を見渡した。

「私はこっち!」

 彼女の背後から、青いメッシュの入った少女が蹴りを喰らわせた。

「きゃっ!!」

 夜泉は予想外の奇襲に受け身も満足に取れず、壁に頭から衝突した。


「タカオ! ミズキ!」


 ユウトは思わぬ乱入者の名を叫んだ。


・3・


 危機を救ってくれたのは、皆城タカオと賽鐘ミズキだった。

「ふぅ……間に合ってよかったぜ」

 タカオは硬化した右腕をぷらぷら振りながら、笑顔で言った。

「どうして……お前ら記憶は……?」

 戸惑うユウトにミズキが答えた。

「場所はロシャードから送られてきたわ」

 ロシャードの方を向くと、親指を立ててサインを送ってきた。


「で、記憶の件だけど……が毎日毎日放課後追っかけてくれたせいで、思い出したのよ。まぁ、結果的に正解だったわけだけど」


 一部声を大にしてそう言うミズキの冷え切った目はタカオに注がれていた。


「違うよね!? 俺はお前に思い出してほしくて、手っ取り早く俺の頭の中を覗けって言っただけだよね!?」


「それが不審だって言ってんの!! どこの世界に自分から全部カミングアウトしようとする変態がいんのよ!! 普通に引くわ!! あーもう……せっかく楽しい学生ライフ満喫してたのに……あれが全部嘘だったなんて……」


 自分で言葉にして、彼女はへこんでいた。

「タカオは、記憶……失くしてなかったのか?」

「あ? あぁ……そういうことになるな。なんていうか、気付いたら別の場所に立ってたし、シャングリラもなかったことになってたし。いや~、あれはさすがに参ったぜ。ハハハ」

「とても笑って済ませられる内容ではないと思うのだが……」

 ロシャードが呆れていた。


「私、の……頭の中を……覗いたのね?」

 額から血を流した夜泉が、よろよろと壁にもたれかけながら立ち上がった。

「あんたの未来視がそこの不気味な兵隊の視覚とリンクしてるのは、覗けばすぐにわかったからね」

 狙撃の軌道を先読みできたのは、ミズキが夜泉の未来視を横から盗視していたからなのだろう。

「まったく……人の頭の中に土足で勝手に踏み入るなんて、ちょっと失礼じゃないかしらッ!!」

 怒気を孕んだ彼女の合図で、WEEDS三体が一斉にミズキに襲い掛かった。

「え! ちょッ……私、無理!!」

「ッ!!」

 ユウトはすぐに鎌へ魔力を流し、周囲の霧を刃へと変えた。霧を通してWEEDSの肉体に干渉することはできないが、これならいけるはずだ。まだ霧から抜け出していない三体は全身同時に襲い掛かる刃の嵐に身を切り裂かれ、人形の様に動かなくなって地面に転がり落ちた。

「くっ……でもまだ……」

「あぁ、あっち狙撃手もそろそろ終わってると思うぜ?」

「!!」

 夜泉の顔が凍り付いた。どうやら狙撃型WEEDSの方も、何者かが片付けたらしい。

 タカオは頭を打ってまだふらついている夜泉の前まで来て、こう言った。


「それじゃあまぁ、生け捕りにするからちょっと大人しくしててくれよ?」


 どこからともなく取り出した荒縄を手にして。

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