行間7-1 -The Ringleader has returned-

「どうやらジャタというネフィリムが言っていた、『世界のリセット』が行われたようだね」

 濡れた体を綺麗に拭き、白衣に着替えた神凪夜白はとても興味深そうにそう言った。

「この世界ではルーンリングは僕たちの想定した以上に浸透している。普及率はざっと99.5%ってところかな」

 それはつまり、イースト・フロートに住むほぼ全ての人間が魔法使いだということ。都市に充満する魔力係数はもはや計測不可能。

 それによって、どんな特異な事象が発生するのか? どんな影響を及ぼすのか? 全く見当もつかない。こんなことは本来ありえない。


 今や魔法という規格外の奇跡が飽和したこの海上都市は、霊場や龍穴よりもさらに高次の領域——に近いものに変貌した。


 もはや如何なる奇跡も奇跡ではなくなった。


「世界そのものを書き換える力……凄いよ! 想像以上だ! 量子論……不確定性原理を用いた集団意識の誘導……いや、もっと定義すらできない何か……そもそもいったいどこからそんなエネルギーを……」

 夜白は紙に意味不明な数式の羅列を書き殴ってはそれを投げ捨て、興奮気味にうわ言を呟く。

「……壊れた?」

 イスカは首を傾げて冬馬の方を見た。

「おい夜白…………夜白!」

 冬馬は頭を掻いて彼女の名を呼ぶ。

「あぁ、冬馬……ごめん。つい……」

「とにかく、俺は伊紗那とユウトを探す」

「……私も。青子を探すついでに」

 イスカは手を挙げて協力を申し出た。

「サンキュ。夜白、お前は——」



「あぁ……



「「ッ!?」」

 その瞬間、二人の背筋に悪寒が走った。同時に背後に現れた影が二つ。冬馬は降霊武装アームド・ネビロスを右腕に部分展開し、イスカは小さな拳に宿る怪力で、言葉が無くともお互いを邪魔することなく襲撃者を殴り飛ばした。

 だが、

(何だ、この手ごたえ……)

 こう言っては何だが、人を殴って得る感触にしてはあまりに軽すぎる。

「どういうつもりだ!」

「……ッ……!」

 だがしばらくして、イスカの顔色が変わった。

「ハハハ、さすがに僕たちと同じ君なら気付くか」

 夜白はイスカの心を見透かすように言った。

 襲撃者は二人。背丈は違うがどちらも変わった軍用スーツを着ている。衝撃で被っていたヘルメットが砕け、その顔が露わになっていた。


 


「……お前がッ!」

 突如、普段の彼女からは考えられないほどの鋭い殺気が、小さな体から発せられる。

「僕は彼らに意味を与えただけさ。あのままでは本当に生まれたことが無意味になってしまう。どうだい? 今の彼らは。WEEDSウィーズっていうんだ。、彼らもリセットの影響を受けていない。せっかく調整した僕の兵隊が消えなくて本当によかったよ」

「親父の実験に使われた素体……WEEDSだと……そんなもの、俺たちの計画にはないはずだ!」

 イスカの顔色が変わった理由を冬馬は理解した。自分と同じ存在である彼らが死してなお、あんな変わり果てた姿をしていれば無理もない。

 同時に、冬馬は夜白を初めて見つけた時を思い出していた。とある細胞を培養し、生み出された人造人間ホムンクルス。あの時、小さかった冬馬は水槽の中にいた夜白を解放した。別に理由なんてない。自分と同じで、父親の実験に突き合わされているのが気にくわなかっただけだ。

 だがそんな偶然があったからこそ、『神凪夜白』という個が生まれた。

 しかしあの場所には、彼女以外にも多くの水槽が存在した。彼らはそこにいた、冬馬に見つけてもらえなかった名も無き者たちだ。


「冬馬、君は甘いんだよ。いつまで彼らに執着するつもりだい? 僕たちは君の父親のせいで生まれてしまった、魔獣の脅威から世界を守ると……その根源を断つと誓ったはずだ。まぁ、正直僕は最初からそれには興味なかったけど。それでも他ならぬ君の願いだ。本気で君のためにその願いを叶えてあげようとした。君には僕一人がいればいい」

「夜白……」

「だけど……最後まで君は、僕を選んではくれなかった」

 彼女は一瞬、悲しそうな表情を見せた。


「彼らには魔獣ブルーメの細胞を埋め込んである。なに、ただのワイズマンズ・レポートの応用さ。突出した魔法は持たないけど、それでも戦闘力は相当なものだよ。そして僕の体には今、捕獲した女王型クィーンの因子がある」


 夜白が指揮者の様に腕を上げると、物言わぬ兵隊はすぐに立ち上がった。意識を奪うには十分なほどの強い一撃を喰らわせたはずだが、そのダメージを全く感じさせていない。そもそも意識など無いのかもしれない。

「何を、するつもりだッ!」

 冬馬はイスカを背中に隠すようにして問う。夜白は小さく、諦観と想望の入り混じった笑みを浮かべた。


「簡単な話だよ。僕はと契約をした。協力する代わりに、伊弉冉の力を一度だけ使わせてもらうという契約をね」


「……彼?」

「君もよく知っている人だよ……いや、君が一番知っている、かな?」

 含みのある言葉。彼女とは長い付き合いだ。その言葉に確かな意味があることは冬馬にはすぐにわかった。

「俺が一番……知ってる……」

 だからこそまず一人。最悪の可能性が脳裏をよぎる。



 その時、扉が開く音が聞こえた。



 三人の注意が、そこに立つ一人の人間に注がれる。

「なッ……!? どうして……ッ!!」

 想定はたった今していた。だが、それでも彼を目にした冬馬は驚きを隠せなかった。



「Welcome to the new world ...... 感動の再会だ。我が息子よ」



 最悪の可能性その男は両手を広げて歓迎の言葉を贈る。


 地獄に落とされた哀れな子供たちに。

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