第65話 繋ぐ絆、縛る鎖 -Bonds or Binds-
・1・
「勝者! 吉野ユウト!!」
その宣言と同時に、鳴り響くサイレンを掻き消すほどの大歓声が沸き上がった。
学園の訓練場。そこで行われる魔法を用いた模擬戦にユウトが勝利したのだ。
腕輪の魔法使い。
度重なる魔獣の襲来に対し、エクスピア・コーポレーションが提供するルーンの腕輪によって、人々は戦う術を会得した。もちろん、だからと言って誰もが魔獣と好き好んで戦うわけではない。基本的に街中での戦闘は『WEEDS』と呼ばれるエクスピア所有の私設部隊が迅速に対処してくれる。しかし、もしもの事態に陥った時の自衛手段として、こうした学園での魔法の修練は必須科目とされている。
そう、この街では魔法という存在は日常なのだ。
「お疲れ様、ユウトくん」
「ありがと」
夜泉は冷えたスポーツ飲料とタオルをユウトに手渡した。
「浮かない顔ね」
「そんなことない……」
言葉では否定したが、夜泉の言葉はある意味的を射ていた。この模擬戦、実際呆気ないほど簡単に勝利することができたからだ。
ただの魔法使いと
他の学生と違い、ユウトはルーンの腕輪を持たない。だがそもそも腕輪自体、人間の魔力を増幅させる機械に過ぎない。ワーロックである彼にそんなものは必要ないのだ。
そしてこの身に宿る新たな
強者と戦う度、その形状を変化させ続けた理想の籠手は、ついに極地へと至った。その力は以前とは比べ物にならないほど拡張されている。
一つ一つのメモリー能力の爆発的向上から始まり、以前とは違い、使用したメモリーは消滅せず、複数同時に発動も可能。メモリー融合、
ただ不思議なのは、こんなにもたくさんの力を得てそう長くないはずなのに、新生理想写しを使った戦い方が、ユウトの頭にしっかりと刻みついていたことだ。
「さすがね。私の彼氏様は」
夜泉はピタッとユウトに肩を預けた。すると、スイッチを切り替えるように今度は黄色い歓声が場内に響き渡る。
「お、おい……」
「可愛い彼女からのご褒美。あとちょっとのファンサービスよ」
チロっと舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべる夜泉。
「……」
こうなると弱い。ユウトは好きにさせることにした。
ドームの中央に立つユウトの赤瞳には、今も尚いっぱいに広がる人波が映る。
胸が——熱くなった。
ここにいる一人一人がユウトの勝利を祝福してくれている。
(嬉しい、のか……?)
いや、何か違う。まだこの気持ちを上手く処理できていなかった。
別に有名になりたかったわけではない。ただ、吉野ユウトという人間がここにいてもいいのだとわかる明確なものは欲しかった。
誰からも愛されず、誰からも必要とされない。ただ途方もない孤独と向き合いながら生きていく辛さをユウトは知っている。そこから救い出された時の幸福感も。
だから意味を持ち、両の足でしっかり立つことのできる人間に憧れた。
ユウトにとって自分に意味があるのだと実感できる『何か』は、生きるために必要な酸素と同義だった。
(ずっと求め続けてきた……)
自分を繋ぎ止めてくれる『何か』が欲しかった。
その『何か』を、ユウトは誰かを守ることで補ってきた。そうすることで、自分はその人の中で『唯一』になれると信じて。
この力があれば、もっと人助けができる。なんせ誰にも負けることのない、文字通りの最強の力なのだから。
(なのに……)
胸にぽっかりと空いた、この虚無の正体がどうしてもわからない。
欲しかったものはもうこの手にある。今更何を求めればいい?
わからない。
だからなのか。
その人影はユウトの目を強く引いた。
「ッ!?」
うねる人波の中で、明らかに異質なその人影はただ一人ユウトに背を向け、訓練場の外へと通じる通路から出て行く。
「ま、待て!」
「ユウトくんッ!」
気づけばユウトはその影を追って走り出していた。
・2・
その人影は人とは思えぬ速度で、訓練場の外周を駆ける。だが、今のユウトに追いつけない速度ではない。
『Boost』
真紅の鎧を纏い、身体能力を底上げしたユウトは一気に距離を詰めた。だがそれまで壁にぴったりと沿うように走っていた人影は、そのタイミングを見計らったように直角に曲がり、ドーム横の林へと入り込んだ。ユウトも見失わないようにそれに続く。そして、
茂みへ入り、視界がわずかに狭まったその時を狙って、気配は上から降ってきた。
「ッ!?」
ユウトは瞬時に腕をクロスさせ、防御の態勢をとった。直後、頭上から拳による激しい衝撃が全身を突き抜け、彼の足場に巨大なクレーターを穿つ。
「……ぐっ!!」
上から襲い掛かってきたのは、ボロボロのローブを纏ったくせっ毛オッドアイの美女。
その一撃はあまりに強力だった。無意識に張られた魔力障壁のことごとくを砕かれ、真紅の鎧は弾け飛んだ。ユウトは思わず怯む。
「今のは浮気した分だ」
「は!?」
ユウトは一度距離を取ろうとした。接近を許してはならないタイプだ。
「おっと、悪いけど逃がさないよ」
女は地を蹴って、ユウトに突進した。
「……ッ」
十分躱せたはずなのに、またあの謎の頭痛が最悪のタイミングでユウトを襲った。彼女の攻撃を躱してはいけないとさえ思えた。
そんな雑念が隙を生み、あっという間に懐に入られたユウトは、彼女に押し倒されマウントポジションを取られてしまう。
「お前ッ、誰だ……!?」
「それ結構傷つくぞ……乙女的に」
謎の女は心底悲しそうな表情をしながらも、芯の強い二色の双眸でユウトを見つめ、そしてこう言った。
「いい加減起きろよ。お前が欲しかったのはあんなほいほい担ぎ上げてくる有象無象なんかじゃなくて、もっと強い横並びの繋がりだったはずだろ?」
「ッ!!」
雷に打たれたような衝動が全身を駆け巡った。
「絆と鎖を履違えるな。今のお前はすっかり腑抜けちまってる。ただ踊らされてるだけの操り人形みたいだ。そんなの私の好きなユウトじゃない」
「何を言っ——」
「だから私が
次の瞬間、反論しようとしたユウトの唇が強引に塞がれた。
「ッッッ!? ん……ッ!!」
「ん……んん……ッ」
ガッチリと両腕を首に回され、もはや逃げることは不可能。ワーロックとはいえ、ユウトも男である。夜泉とはまた違った甘美な感触に、少年の思考はオーバーヒートした。
・3・
二~三分間、プロレスばりにホールドされ続けたユウトは、ようやく解放された。
「ん、……どう?」
「どうって……飛角お前……ッ!?」
そこでユウトは言葉を止めた。
(あれ、俺……何で……?)
聞いてもいないのに、なぜ自分はこの女性の名前を知っているのか?
「ふふ、その様子だと目が覚めたみたいだね」
謎の女性——飛角は口元に手を当てて、ぞくっとするほど色気のある表情を見せる。
記憶を堰き止めていたダムは、一度亀裂が走ったら最後。濁流の様にユウトの記憶領域に溢れ出る。
「そうだ俺、あの時……ッ! 伊紗那は!? くそ、何がどうなってる? どうして今まで俺は……ッ!」
一人深刻そうな表情を見せるユウトを、飛角は呆れた目で見ていた。
「まぁ落ち着けって。つーか今私とキスしたばっかりだよ? めっちゃ濃厚なやつ。もう少しこう……何かないもんかね? もう一回したいとか、抱きたいとかさ」
彼女はくしゃくしゃとくせの強い髪を掻き、ため息を吐いた。
「諦めろ。そんな彼だからこそ、お前は好きになったのだろう?」
その時、草陰から新たな声が聞こえた。スピーカーを通したような男の声。この声にも聞き覚えがある。
「ッ……言わせんなバーカ」
「はぁ全く……そうしていれば十分可愛い娘であるのに……」
現れたのは二メートルはある巨躯の
「ロシャード! お前、その体!」
かつてその体は大破し、飛角の生命維持を補うため杖の姿をしていたロシャード。今の彼の体は、破壊される前のそれだった。
「ま、驚くよねぇ」
よく見れば飛角も壊されたはずの腕輪を装着していた。
ロシャードは押し倒されたままのユウトを見下げて言った。
「まずは話をしよう。ユウト、状況はあまりよくないぞ」
・4・
「お前ら二人ともボロボロじゃないか!?」
ユウトは飛角とロシャードを交互に見て、心配した。飛角の肌には刃による無数の傷が見え、身に着けている衣服も泥で汚れていた。ロシャードのボディも同様だ。どう見ても明らかに普通じゃない。
「もう一週間くらいヤツらに追い回されてたからね。受けた傷も何故か治りが遅いし……」
飛角は傷だらけの腕を摩ってそう答えた。
「知っての通り、飛角は魔そのものを破壊する力を持っている。それは世界を改変する力であっても同様だった。実行力の強すぎる改変そのものを破壊することはできないが、彼女と彼女の魔力に一番影響を受けた私は、この状況下でも記憶だけは失うことがなかったわけだ」
ロシャードはまず自分たちの状況を説明した。今の話からすると、ユウトが飛角のおかげで記憶を取り戻したのも、おそらくこれが理由だろう。
「ま、そのせいか知らないけど、この世界にとって私たちは今すぐにでも排除したい異物になったみたいなんだよねぇ」
「改変? それはありえない。だって、俺たちは伊紗那を止めたんだぞ? ッ! いや……違う。そうだ……あの時……」
この世界を作り替えたのは彼女じゃない。
何故ならあの時——突然現れた白い少年に伊紗那は刺され、伊弉冉は奪われてしまったからだ。
「おそらくはそれが原因だろう。我々も状況の全てを把握しているわけではない。だが確実なのは、ここは私たちが元いた世界ではないということだ。改変は間違いなく実行された。今のユウトならわかるのではないか?」
ロシャードの言葉にユウトは口を閉ざす。
前と今とでの相違点。確実にここが改変後の世界だと断定できる理由を考えた。
「……」
しばらくして、ある人物が思い浮かんだ。その答えは意外にも近くにあった。
この世界で、吉野ユウトの彼女となっている少女だ。
「……夜泉」
彼女は伊紗那の手で消滅したはずだ。他ならぬ彼女の願いで。ワーロックになった際、ユウトは伊紗那の記憶も継承している。新たな理想写しの使い方を熟知しているのも、つまるところそれが理由だ。
「よっし。まずはあの泥棒猫から調べるかね。あのすかした顔をヒーヒー言わせてやる」
飛角は手をわしゃわしゃさせ、何故だか嬉しそうに言った。
「誰が泥棒猫なのかしら?」
「「「ッ!?」」」
突然背後から冷たい声が背中を刺した。
ユウトたちは恐る恐る振り返る。
「夜、泉……」
逆神夜泉がそこにいた。ついさっきまで見せていた彼女としての顔は完全に消え失せ、夜泉は冷たい瞳でユウトを見つめている。
「何で……」
「私の能力……あなたなら知ってるでしょう?」
「……
自分にとって都合の悪い未来を予知する能力。つまり今この状況こそが、まさに彼女にとって都合の悪い現実なのだ。
「そう……全部、思い出してしまったのね」
次の瞬間、夜泉の背後に三人の影が高速で着地した。
「こいつらッ!!」
ユウトは拳を強く握りしめた。炎の如き激しい怒りが一瞬で彼を支配する。
その病的なまでに白い肌と髪を持つ彼らの姿を、ユウトは一度目にしている。ヘルメットで顔は隠れているが、雰囲気はあの時伊紗那を刺した少年とそっくりだ。
「あ~しつこい! またお前らか!」
飛角が露骨に嫌そうな顔をした。
「やはり、貴様もエクスピアと繋がりがあるようだな。逆神夜泉」
「さぁ、どうかしら?」
夜泉はロシャードの言葉をゆるりと交わして、暗い笑みを浮かべた。
「……できることならもう少し、あなたの恋人でいたかった。本当に残念だわ……」
特殊なヘルメットを被った物言わぬ超兵が前へ出る。彼らの名はWEEDS。
エクスピアが誇る人類を守る刃は、今この瞬間を持ってユウトたちに向けられた。
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