第61話 最凶の魔道士 -Zero or All-

・1・


「……う、ぐ……」


 ユウト、伊紗那、冬馬。

 三人の共闘の前に、敗北を喫するジャタ。


 無様に地を這いつくばるという醜態を見せてもなお、逆方向に逃げようとする彼の前に少年二人が立ち塞がった。

「お前の負けだ、ジャタ」

「伊紗那は返してもらうぞ」

「……う……ううッ!!」

 ネフィリムの驚異的な生命力は、それを上回る圧倒的な破壊で相殺された。今の彼には十分な力もなければ、回復する時間もない。しかし、


「……ハ、ハハ……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 突然、ジャタは壊れた機械のように体を痙攣させゲラゲラと笑い始めた。

「何がおかしい?」

 冬馬は剣を握る力を強め、彼を睨みつける。おかしな行動をとられる前に仕留めるつもりだ。


「……ククク、これが笑わずにいられるか? 化け物に身を堕としてまで生きながらえた。周到に準備を進め、時を待ち続けた! そして幸運にも……彼女を見つけた」

 鋭く尖った指先で伊紗那を指さすジャタ。

「私の計画は完璧だった。全ては私の手の上で踊っていた。あと少し……あと少しで私は世界を……邪魔者も一掃できたはずだった! だが、このザマだ」


 ジャタはようやく地に膝を付き、上体をゆっくりと起こす。腹部に大きく開いた穴は自己修復しようとウヨウヨ不気味に蠢いてはいるものの、その動きはひどく鈍い。


「貴様だ……吉野ユウト。貴様という存在が私の前にある限り、私の望みは叶わない……それがよくわかった……ククク」


 哄笑は終わらない。それが不気味に思えて堪らなくなったのか、伊紗那は静かに大剣を召喚した。

「私がやる。これは、私の問題だから」

 ジャタは未だブツブツと呪詛のように言葉を唱えている。


「……貴様だ……貴様さえいなければ……」

「さよなら……」

 ゆっくりと近づいて、伊紗那は震える手を鎮めて武器を大きく振りかぶった。



「だから……



「「「!?」」」

 直後、ジャタの体からドス黒い瘴気が一気に噴き出し始めた。

「なん、だ!!」

「くっ……こいつまだ!?」

「ハハハハ!! 私の『傲慢』は主を強引に引き寄せる。ただそれだけの力だ」

 瘴気が赤く点滅を始めた。魔術だ。複数の魔法陣が瘴気を媒体に展開している。


「だが真の価値はそこではない! 主をも従わせる絶対の強制力。どんな劣勢にあっても、いかなる無理をも押し通す……それこそが傲慢なのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 呪いを触媒に極限まで高められた魔術の光は飽和し、ユウトたちはおろか、術者であるジャタ自身をも飲み込む。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 狂ったような笑い声。眩んだ眼が次に景色を映した時、ユウトたちは息を飲んだ。


「……ここはッ」


 周りを囲むのはゴツゴツとした岩壁だけではない。金属の壁が不自然に混ざっている。

「エクスピアか!?」

 冬馬はわが目を疑う。

「転送、された?」

「違う……私たちがいた一部の空間とこの空間が統合されたみたい」

「ん?」

 伊紗那の言葉に、イスカは訳がわからないといったように首を傾げた。

 あたりを見回せば、別の場所にいたはずのタカオやガイ、そしてミズキもいる。他にも傷つき壁に背を預けた青年とワンピース姿の少女。ロウガという名の人狼の姿をしたネフィリムまでいる。


「賽鐘ミズキ、何故戻ってきた?」

「か、神座!?」


 ユウトは思いもよらない人物の声に驚いた。

「む、吉野ユウト……貴様もいるのか」

『わかる。わかるよ~凌駕ぁ。ボロ負けしたもんね~。気まずいよねぇ~。そりゃ会いたくもにゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! だから私のデータ消すなよこのシスコン!! 鬼ィ!! すっとこどっこい!!』

 ついでに神座の左腕の義手からは、聞いたことのない女の子の悲痛な声が聞こえてきた。


 そして――



「遅いじゃないか」



 その声は皆が一同に集まる宴の場所戦場で響き渡った。

 ユウトは声の方へ目を向ける。


「……シンジ」


 そこには、左腕を失ったシンジとジャタの姿があった。


「待ってたよ。役者は揃ったみたいだね」


・2・


「シンジ……」

「やぁ伊紗那。準備ができたら僕の方から出向こうと思ってたのに……もう気は済んだのかい?」

 友達のような屈託のない笑顔を伊紗那に向けるシンジだが、当然穏便な空気は微塵も感じられない。

「……」

「ふぅん……まぁどっちでもいいけどね。今からでも十分楽しめそうだし」

『はぁ!? あんた凌駕にボッコボコにされて、左腕まで失ってるくせに何偉そうなこと言ってんの? そういうのチョームカつくんですけどォ!』

 ギャーギャー騒ぐ篝は置いておき、神座は一歩前に出た。

「チェックメイトだ。この女の言葉は無視して構わないが、お前にはもうこの数をしのげる力はない。大人しく――」


「プッ……アハハハッ!!」


 突然噴き出したシンジ。

「……何がおかしい?」

 残った右腕でお腹を押さえて笑う少年は、ボロボロの体で危なっかしく立ち上がる。

「いやぁほんと、運は僕に向いてると思ってさ。こっちも丁度準備ができたところだよ」

「……何?」

 次の瞬間、シンジの左腕の切断面から大量のツタが溢れ出した。

「う……ッ!!」

 肉を裂き、神経を抉る行為にはさすがのシンジも苦悶の表情を漏らした。汗がじっとりと彼の喉を伝い、激痛でその場に蹲る。

 彼の腕から生えたツタは互いに絡まり、徐々に欠けたはずの腕を繕っていく。

「腕……」

 ミズキがそれを見て言った。

「今更腕を修復した程度で!」

「残念。こいつはただの腕じゃない。これにはユウト、君の千切れた腕の細胞を取り込んである」

「俺の……」

 シンジは組み上がった腕をゆっくり動かして、天にかざした。


「これで僕は君と同じ……ワーロックになれる可能性を手に入れたわけだ。使使


 その言葉に、全員が衝撃を受けた。

「では始めるとしよう」

 ジャタは収集した『強欲』、『嫉妬』、『色欲』、『怠惰』の四つの呪いを取り出す。

「ジャタ……貴様、ルナとナナはどうした!? 何故貴様がヤツらの呪いを持っている!」

 ロウガが糾弾する。

「フッ、あの双子は戦いに負けた。それだけだ」

「加勢することもなく、同胞を見捨てたのか……我らを裏切る気か! 答えろ!!」

 無視を肯定とし、ジャタはシンジに近づいた。

「やめろ! 俺の呪いを人間のお前が取り込めば、タダでは済まないぞ!」

 ガイが声を張って止める。しかし、シンジは逆に目を輝かせた。

「へぇ、まぁそれもいいんじゃない? 一回きり。生きるか死ぬかの大博打なんてワクワクするよ!」

「……ッ!」

 ガイは狂気に彩られた彼の瞳に思わず息を飲んだ。

「準備はいいな?」

「もちろん」

 シンジはポケットから黄金の腕輪を取り出し、植物の左腕に装着する。するとジャタの手の上にあった四つの原初の呪いアークメモリーは一つに混ざり、シンジの中に取り込まれた。


「うッ……ぐッ……これほど……ッ……とはね……ッ!!」


 幾重にも重なる黒が少年の体を焦がし、常人では一秒とかからず精神を破壊されるほどの衝動がつま先から脳天めがけて駆け巡る。

 声にならない叫びは空気を凍らせ、景色さえも色が奪われていく。そうしてその中心点で、シンジの体が歪な変化を遂げていった。


 やがて、は立ち上がる。


「うそ……」

 伊紗那は口元を手で覆い、信じられないといった表情で目を見開いた。


 黒い鎧のような甲殻。白く変色した髪の毛。そして


「……賭けは僕の勝ちのようだね」


 重なり合った黒は人の形をした化け物へ。


「さぁ……楽しい殺し合いを再開しようか」


 新たなワーロックが産声を上げた。


・3・


「クク……ハハハハハ!! 素晴らしい!! 実験は成功だ!! ついに私はワーロックをこの手で作り出したぞ!!」

 ジャタは自身の重傷さえ忘れ、狂喜乱舞した。

「シンジが、ワーロックに……」

 ここにいても感じる有無を言わせぬ圧倒的なオーラ。間違えようがない。伊紗那の時と同じ……いや、それ以上だ。

「あぁ……いいよこれ! どんどん力が溢れてくる! 最ッ高にいい気分だ!!」

 シンジが少し手を動かすだけで空気中の魔力がうねり、その場の全員に雪崩のように見えない重圧が襲った。

「んだ……これッ!?」

「くッ、手を動かすだけでこれだけの圧を……ッ」

 タカオと凌駕は両手を地に付き、額に大量の汗を浮かべる。


「さぁシンジ! まずは吉野ユウトを殺せ! 何よりもまずあの男だ!」

 ジャタはユウトを指さして狂ったように叫んだ。

「……」

 しかし、シンジは動かない。

「? どうした? 早くヤツを――」


 シュッ!


 一瞬だった。

「な……ッ」

 ジャタの体が、シンジの蹴りで両断された。

「き……さま……何をッ!?」

「だってあなたも持ってるよね? 呪い」

「!?」

 当然のように笑顔で答えるシンジに、ジャタは顔を凍り付かせる。

「せっかくここまで来たんだ。残りも全部コンプリートしたくなるでしょ? ちょうどここには全部そろってるわけだし。それに――」

 シンジは這いつくばったジャタの視線まで顔を落として、こう言った。


「敗者のあなたに、もう僕は面白みを感じない。この意味、あなたならわかるよね?」


「き、さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「じゃあね、博士」

 喉が裂けるほどの怨嗟を撒き散らすジャタの頭蓋を、シンジの足が無慈悲に踏み砕いた。

 破裂の際に飛び散った血が、シンジの頬を化粧のように赤く濡らす。

 全員、声を出せなかった。

 頭を潰され、絶命したジャタから漏れ出た『傲慢』を奪うと、今度こそシンジはユウトたちの方へ目を向けた。


「さぁ、今度は君たちの番だ」


「ッ!!」

「ユウッ!!」

 最初に動き出したのはユウトだった。素早く理想写しの籠手を展開し、ジャタを下した大型メモリーを差し込む。


『Unlimited Overdrive!!』


 最初から力を全開放し、夢幻の力を左拳の一点に集中させた。

「いいね!」

 対するシンジは左手の黄金の腕輪を輝かせると、かつてユウトが使っていた大斧・概念喰いグリーディー・イーターを顕現させる。

(あれは……ッ!?)

 元々、ユウトの中にあった強欲の呪いから生まれた力だ。それを取り込んだ今のシンジが使えてもおかしくはない。

 シンジはそこにメモリーを突き挿した。


『Exterminate ............ Violation』


「ッ!!!!」

 二人のワーロック。

 夢幻と無限が正面からぶつかり合った。


 高密度の魔力が光を帯びて二人を包み込む。それはこの世界にとって一種の爆弾のようなものだった。

 絶え間ない胎動は世界を震撼させ、捻じ曲げるには十分すぎる力を持つ。

 核となるのは純粋な力と力のせめぎ合い。

 その勝敗は――


「ぐ……あああああああああああッ!!」

 弾き出されたのはユウトだった。ボールのように地面をバウンドし、強制的にワーロック状態が解除される。

「よっと」

 逆にシンジは余裕の面持ちで傷一つ負うことなく着地する。

「あれ? 君ってこんなに弱かったっけ?」

「う……ッ!」

 理性を容易に蒸発させるほどの激痛で、ユウトは声すら出せなかった。

「まぁいいや。それより返してもらったよ。君に奪われた僕の魔法」

 シンジの手には二つのメモリーがあった。

 以前、ユウトが概念喰いの力で彼から奪った力。あの時と全く同じ方法で、今度はシンジが取り返してみせたのだ。

 その二つのメモリーも体に取り込むと、魔道士の背中に菱形の形をした三つの浮遊物が生まれた。

「さて……次は誰にしようかな」

 一歩。また一歩。絶望が足音を鳴らす。


「みんな下がってろ! 行けるか、神座?」

「無論だ」

 冬馬は降霊武装を。凌駕は擬似理想写しをそれぞれ展開してシンジに向った。

「喰らえ!!」

『持ってけファイヤー!!』

 凌駕がTeslaで収束させた莫大な雷を弾丸に変え、シンジに撃ち出す。

「ハハハ!」

 シンジが手をかざすと、何もない空間が凍てつき氷の壁が形成された。雷弾は壁に防がれ、なお傷一つついた様子はない。

『はぁっ!? 何それチートじゃん!!』

「チッ、吉野から奪った能力か。ならば!」


『Pythagoras』


 凌駕はスタイルを変える。今度はPythagorasの力で大量の魔法陣を生み出し、それら全てのブーストを冬馬に付与した。

「行け! 宗像!!」

「おぉ!」

 強化された光の魔法を剣に纏わせ、冬馬が駆ける。

「あぁ、魔術ね。それなら僕もさっき覚えたよ」

 シンジは左手で指を鳴らす。そうして生み出した魔法陣を概念喰いに取り込むと、その形を大斧からライフルに変形させ、背中に浮遊する大型メモリーを弾として装填した。


『Exterminate ............ Freeze』


 瞬間、巨大な氷の獅子が獰猛な牙を剥く。

 冬馬と凌駕に冷気の雪崩が襲い掛かった。

「うあああああああああああああッ!!」

 二人は木の葉のように簡単に吹き飛ばされ、芯まで凍り付いた体のせいで這いつくばって動けなくなっていた。

「ぐっ……」

「アハハ、もう終わり? 冗談でしょ?」


「ガイ!」

「わかってる!」


 タカオは金剛の右腕を発動し、ガイは邪龍へと姿を変えた。

「ふーん……こっちはもうちょっと楽しめそうだ」

 極上の餌を前に、舌なめずりするシンジ。向ってくる二人に両手に凝縮された魔弾を放った。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 ガイは魔弾を強引に叩き割り、タカオに道を作る。

「おおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 タカオの拳がシンジの胸部を捉えた。だが、

「!?」

「ん? 何かしたかな?」

「タカオ、離れろ!」

 弾かれるように身を引くタカオ。それと入れ替わるようにガイが龍のブレスを吐き出した。

「くっ……、さすがに君は一筋縄ではいかないよね」

 シンジは再び魔法陣を展開し、ライフルを元の大斧に戻す。そして今度は別の大型メモリーを装填した。


『Penetrate』


 すると、シンジの周囲に無数の黒槍がその姿を現した。彼は指で銃の形を作ると、

「バンッ♪」

 次の瞬間、稲妻のようなスピードで黒槍が次々と射出された。

「ぐ……ッ!!」

 ガイは全身の鱗を逆立たせ、同量の大槍で迎撃した。

「ははッ! さすが」


『Exterminate ............ Penetrate』


 黒槍の一本を概念喰いと融合させ、魔道士はハルバードを錬成する。

「まずは……君からだ」

 蛇のように鋭い眼光が、タカオを捉えた。

「!!」

 世界を容易に切り裂けるほどの魔力に彩られた刃が、タカオの喉元に迫る。

「タカオッ!!」

「……ッ!!」


 しかし、皆城タカオは無事だった。


「……ガイ……お前……ッ」

「……言った……だろ……タカオに死なれると……俺が、困るって」

 震える声。

 ガイの胸にはシンジの刃が背中から貫通し、大量の血が流れ出ていた。

「何それ? ふざけてるの?」

「ぐ……がば……ッ!」

 シンジは興が削がれたように、ガイの体を振り払った。

「君は僕のメインディッシュなんだから。そんなつまらない死に方しないでくれよ」

 体を治癒するための時間を与えるつもりなのか、シンジはガイを無視して再びタカオに狙いを定めた。

「ッ!!」

 だが、ガイはシンジの足を掴んで離さない。

「君さぁ……」


「逃げろ!!」


 その言葉は伊紗那に向けたものだった。

 この場でこれだけの人数を一度に運べるだけの力を持っているのは、もう彼女しか残っていない。

「バカ言え! お前も一緒に――」

「楽しかった」

「……ッ」

 タカオは声を詰まらせた。きっと彼にとってその一言は、一言以上の意味を持っていたのだろう。


「だから……俺に守らせてくれ!」


「……ダメ、ガイ……」

 ミズキが大粒の涙を流しながら彼の名を呼ぶ。

「行けええええええええええええッ!!」

 叫ぶガイ。伊紗那は一瞬逡巡するも、彼の決意を組んで伊弉冉を取り出した。

 直後、ぐにゃっと景色が歪み始める。


「ガイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」


 そして、鏡が割れる様な音がして。


「……生きてくれ」


 景色は崩れ去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る