第60話 形勢逆転 -Reach out to save-

・1・


「ほら立てるか、ユウト?」

 宗像冬馬は倒れているユウトに手を差し出した。

「貴様……」

 ユウトから離されたジャタは、心底忌々しそうな目つきで突然の乱入者を睨みつける。

「冬馬……何で?」

「何、お前のお友達にあの場を追い出されちまってよ。……って、ちょい待ったイスカちゃん」

 両手に分厚い刃を備えたサバイバルナイフを持つ突貫少女の首根っこを、冬馬は掴んで止めた。

「あう……とーま、何?」

 イスカは借りてきた猫のように大人しくなったが、それでも不満げな瞳を冬馬へと投げかけた。


「……悪いけど、ここは俺たちにやらせてくれないか?」


 イスカは冬馬の顔をじっと見て、

「ん……わかった」

 素直に首を縦に振る。

「ありがとさん」

 そんな彼女の答えに安堵し、冬馬も首根っこを掴む手を解放した。


 いつもどこか飄々としていて、熱い部分は決して他人には見せない。そんな彼の表情こそいつもと変わらないが、瞳の内に宿る炎は肌で感じるほどに燃え滾っていた。

「フン……今更雑魚が一匹増えたところで、私の伊紗那にかなうはずがない!」

 伊紗那が動く。

 冬馬が『Belialベリアル』のキーをネビロスリングに差し込み、降霊武装を装着するのと、自分の背丈ほどある大剣を伊紗那が軽々と振り下ろすのはほぼ同時だった。

 高エネルギーを纏ったツインブレードと大剣が甲高い音を立てて接触し、激しく火花を散らす。


「おい伊紗那! いい加減目ぇ覚ませ!」


「ッ!」

 冬馬がらしくない、本当にらしくない大声を上げた。

「失いたくないものを守るために、あいつは今までずっと頑張ってきた。お前が一番よく理解してるはずだろ! そんなあいつが、お前を失いたくなくて、命を張ってここまで来てんだよ! いい加減……認めてやれ!!」

「……ッ」

 一瞬、機械のように動かなかった伊紗那の表情が変化した気がした。

 何かが、彼女の中で動いた。

 それを振り払うように伊紗那は冬馬を押しのけ、何もない虚空から新たなメモリーを出現させる。


『Dupe』


 直後、冬馬の背中から別の伊紗那が斬りかかった。

「なッ!?」

 振り向くと今度はさらに別の伊紗那が。三人になった彼女が、同時に冬馬の鎧を破壊した。

「ぐッ……あああああああああああ!!」

「冬馬!」

 ユウトは倒れた冬馬に駆け寄った。


「まだ……だ……ッ!」


 冬馬は地べたを握りしめ、全身に力を入れてうつ伏せに倒れている自分の体に喝を入れる。

「冬馬……お前……」

 こんな宗像冬馬は見たことがない。こんな、無様でも諦めない彼をユウトは見たことがなかった。

「……絶対に、見捨てない!!」

 すでにワイアームの戦闘でボロボロだった彼の体は、当たり前のように限界を超えている。息を荒げ、肩を上下させ、足にはまともに力が入っていない。


 だがそれでも彼は吠える。彼女に届くまで何度でも。


「お前らは、俺の……最高の親友ダチだ」

「……ッ」

「ほう……ならば何だ? 今の貴様らに何ができるというのだね? そんなボロボロの体で……その程度の力で!」

 自然とユウトの拳に力が入った。


「やってやるさ!」


 冬馬の前にユウトが立ち上がって言い放った。

 親友がこんなに必死に足掻いているのに、自分がこんな所で立ち止まっていいわけがない。

「伊紗那」

「……ッ」

 また、ピクッと少女の肩が震えた気がした。

 ユウトはゆっくりと一歩を踏み出し、疲れて足元がおぼつかないながらも伊紗那の元へと近づいていく。普通なら自分から斬られに行くような自殺行為だが、冬馬はそれをじっと見ていた。

「……フン」

 ジャタはその光景を面白そうに眺める。しかし、


「……こ、な……いで……ッ」


 それは彼女の言葉だった。鎖で縛られ続け、そんな醜い自分を隠すために自らさらに深みへと堕ちていく。そうした果てに、心に蓋をして人形となった少女がようやく自ら言葉を発した瞬間だった。

「そうはいかない……うっ……言っただろ。本当のお前を、見つけ出すって……」

 雪のように白く混じりけのない彼女の肌に、ユウトはそっと触れた。

「……ユ、ウ」

 ユウトはそのまま彼女を抱き寄せた。力強く。祝伊紗那という存在を確かめるように。その熱を感じるために。


「俺はお前らと一緒にいたい……これからもずっと! たとえ世界中の人間にその資格がないって言われても、俺は……ッ」


 もう唯一になれなくてもいい。資格も、力も望みはしない。

 欲しいものはこの腕の中にある。


「この手を離したくないんだ」


「ッ!!」

 その言葉で、伊紗那は持っていた大剣を地面に落とした。


「……私……も……」


 自由になった人形の両手は、意思の力を得て空を泳ぐ。

 そして、ただ願う。


「私も……離れたくないよ……」


 息を飲むほどに美しく光る赤い双眸にいっぱいの涙を溜め、伊紗那はユウトの背中に優しく腕を回した。


・2・


「何ィ……ッ!?」

 暗示が解け、正気を取り戻した伊紗那を見て、ジャタは驚愕の叫びを上げた。

「ありえない……私が……どれだけの時間をかけて暗示を仕掛けたと思っている! 何も知らない貴様らが……一体どうやって……ッ!!」

 今までの余裕はどこかへ消え失せ、なりふり構わず喚き散らしていた。

「んなもん、愛だよ。愛」

 冬馬は両手でハートマークを作ってニヤけた顔をした。

「あ、愛って……もう冬馬! からかわないで!」

 顔を真っ赤にして、伊紗那は彼の肩をポカポカと叩く。

「痛い痛い! ちょっ、ま、洒落になってない!!」

 彼女の理想写しの籠手の硬く尖った部分が冬馬に当たっていた。

「あ、ごめん……フフ」

 謝りつつも、伊紗那の顔からは絶えず笑顔が零れ落ちていた。

「やっと、笑ってくれた」

「……うん、二人のおかげだよ」

 伊紗那はユウトと冬馬の前に改めて立ち、誰も見たことのない一番の笑顔を見せた。


「そんじゃまぁ、いいもん見せてもらったところで残った仕事を片付けるとしますか」

「あぁ!」「うん!」


 冬馬の言葉に、二人は揃って頷いた。

 ついに三人は全ての元凶と対峙する。

「くう……ッ!」

 ジャタは理解が追いつかず、一歩後ずさる。何もかもが彼の想像の外だった。


 ユウトと伊紗那は理想写しの籠手を。冬馬はネビロスリングを。


『Unlimited』


『Cross Blade!!!!!!!!!!!!!!!』


『Ready ...... Belial Open』


 同時に魔法を発動させた。各々の姿が変わり、爆発的に上昇した魔力が突風となってジャタに襲い掛かる。


「これで、最後だ!!」


 三人は別々の方向に跳躍した。

「所詮は……所詮は出来損ないの寄せ集め! 返り討ちにしてくれるわッ!!」

 ジャタは杖を天に掲げ、あたり一帯を埋め尽くすほどの無数の魔法陣を展開させる。その一つ一つから、雷を帯びた魔術の矢が連射された。

 彼もネフィリムの一角だ。その力は計り知れない。

 だが、


『Defender Raider Heat ......... Mix!!!』


 ユウトは三つの魔法を融合させ、自動で仲間を守る飛行盾を生み出した。その数は全部で十二。一人につき四機ずつというわけだ。

「ナイスだユウト!」

 周りを気にせずとも盾は推進剤を噴かせ軌道を自動計算し、対象へ降り注ぐ矢を次々と弾く。そして時には積んでいる砲身が火を噴き、魔法陣そのものを破壊していった。


「おおおおおおおッ!」

「はっ!」

 距離を詰めた冬馬と伊紗那がジャタに斬りかかる。

「フンッ!!」

 だが彼は幻術を用いて姿をくらました。わずかに残った残滓を切り裂くが、虚しく空を切るだけだった。

 そして気づくと周りには、数えきれないほどのジャタが立っていた。

 冬馬は近場の一体を切り裂くが、その間に別の個体が新たに生まれてしまう。

「どいつが本物かわかるか?」

「たぶん、全部本物」

 伊紗那の赤い両目がそう結論付けた。

 ユウトの答えも同じだった。

「マスターは一人だけど、全部実体ってことか!!」

「その通り。一人や二人倒したところで問題ではない!」

 全てのジャタはにんまりと不気味な笑みを浮かべる。

「任せて!」

 伊紗那は籠手にメモリーを装填した。


『Dupe』


 彼女は発動と同時に両手に灯った光を、近くにいたユウトと冬馬に放った。

「え……!」

「おッ!?」

 すると、二人の体が次々に複製されていった。

「何!?」

 ジャタ百体に対して、ユウト&冬馬が百人。

「「よしッ!!」」

 ユウトは黒い大弓を呼び出し、冬馬はツインブレードにありったけの光をチャージして、次々に分身体を消滅させていく。

 ほとんど同時攻撃だったため、新たな分身体を生成する前に本体に攻撃が直撃した。

「ぐ……ッ、バカな!」


『Cross Eclipse!!!!!!!!!!!!!!!』


 間髪入れずにユウトと伊紗那が駆けた。

 黒と白の斬撃が交互にジャタへと迫る。高位魔術を無尽蔵に乱発する起動キーである杖を破壊し、その体を切り裂いた。

「俺からもプレゼントだ!」

 ダメ押しとばかりに冬馬の盾から光球が展開され、それぞれが独自に複雑な軌道を描く。ジャタは休む暇も与えられず、超高熱のエネルギー弾の雨を受けた。


「うああああああああああああッ!!」


 連続で発生する爆発の余波で、彼の体は盛大に吹き飛ばされる。

「う、ぐッ……舐めるなよ、小僧ども!!」

 確実に追い詰められているジャタ。だが元は人間とはいえ、すでに魔獣に堕ちた彼の再生力は強大だ。

「チッ、さすがの再生能力だな……」

 冬馬は思わず眉をひそめた。

 失った杖の代わりにジャタが両手を広げると、彼の背後に巨大な魔法陣が構築されていく。

「ッ!! ……でかい」

「ハハハッ! 四大属性を合わせた一撃をくらうがいい!」

 まだ治りきっていない傷を無視して、ジャタは全魔力を最強魔術に注ぎ込んだ。

 ユウトは伊紗那と冬馬に目配せする。二人とも黙って頷いてくれた。


 もうその背を追いかける必要はない。

 自分は彼らの横にしっかり立っている。

 この手を伸ばせばちゃんと届く。

 この声は一方通行なんかじゃない。

 ユウトの中に、言葉にならない満足感が込み上がった。


『Execution』


『Blade Overdrive!!』


『Unlimited Overdrive!!』


 それぞれ極大の魔力を一点に集中させる。

 最強には最強を持って打ち砕く。


「散れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

「「はああああああああああああああああああッ!!」」


 冬馬と伊紗那。双方の刃が巨大魔法陣から撃ち出された黒炎の太陽を両断し、ユウトに勝利へと続く道を作る。

「何ッ!?」

 爆炎を裂いて、ユウトはジャタの懐深くへと潜り込んだ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 左腕に持ちうる全てのメモリーの力を凝縮させ、ワーロックが放つ最強の一撃をその身に叩きこむ。



 数多の理想を込めた――夢幻の鉄槌。



 轟音が鳴り響き、それ以上は何もなかった。

 静寂の中で、少年は呟く。


「終わりだ……ジャタ」


 そして、ジャタの体は重力に引かれ真下へと崩れていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る