第59話 家族 -Nothing is better than ...-

・1・


「お前なんかに……伊紗那は絶対渡さない!!」


 神衣によって神速を得たユウトは、剣翼を大きく広げて宙を駆ける。

「う……ッ!」

 焦ったジャタは杖を天にかざし、魔法陣を展開した。そこから無数の魔術の矢が放たれる。だがユウトのワーロックの赤い双眸にはそれがひどく遅く見えた。

(行けるッ!)

 翼を羽ばたかせ、身を捻り、一切速度を落とすことなく弾幕の縫い目を掻い潜る。

 時間にしてまさに一瞬。ユウトの刀がジャタに振り下ろされた。


 ガギンッ!!


「……」

 だがあともう少しという所で、新たな武器を召喚した伊紗那が二人の間に割って入ってきた。

 二本の造形が異なる短剣。それぞれ別々のメモリーから生まれた、ユウトが奪えなかった魔法だ。

 ガチガチと金属と金属が擦れる音が響く中、伊紗那の持つ片方の短剣が鈍色の光を灯し始めた。

「ッ!?」

 ほとんど直感でユウトは頭を後ろに引く。入れ替わるように喉があった場所に銀閃が煌めいた。

(まだ、来る!)

 その予想通り、あらぬ方向から見えない銀の刃が続けざまにユウトを襲う。

 空間を捻じ曲げる短刀。見えない刃はその反発による余波か何か、いわば空間の歪みで生まれたソニックブームだ。それをどこからでも、どんな方向でも自在に発生させることができる。

「くっ……止まればやられる」

 空中で身を翻し、ユウトは伊紗那に向って突貫した。攻撃が止む気配はないが、刃の一つ一つはかなり大振りだ。彼女に近づけば、迂闊に使えないだろうと踏んだのだが――


「……体がッ!?」


 突然、ユウトの動きが空中でピタリと止まった。

 よく見ると、彼女の手に二本あった短刀のうち一本が消えている。ユウトは眼球を動かして、可能な限りあたりを見回した。

(あれかッ!)

 自分の真下に映る影にその短刀は刺さっていた。刺した影を縫い止める能力。ようやく何故伊紗那がこの二つのメモリーを選んだのかが理解できた。


 次の瞬間、動きの止まったユウトに容赦なく空間の捻れによって生まれた超音速の刃が次々と襲い掛かった。


「うあああああああああッ!!」

 神衣を纏っているユウトの身が引き裂かれることはないが、全身を切り裂かれる痛みには堪らず叫びを上げてしまう。

「そのまま押えていろ!」

 ここぞとばかりにジャタは杖から魔術の雷を放った。視界いっぱいに広がるほど巨大な一条の閃光。その直線状にはユウトだけでなく、

(伊紗那まで巻き込む気か!?)

 どうあっても逃がさないつもりらしい。彼女を巻き込めば、仮に影刺しの束縛から脱したとしても、ユウトは彼女を守らなければならない。


 そしてその瞬間は同時に、彼にとって最大の隙になる。


「さ、せるかぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」

 ユウトは未だ斬撃飛び交う空中で左手に概念喰いを召喚し、その強欲の刃に見えない束縛と音刃を同時に喰わせた。

「!?」

 ガラスが割れる様な音と共に伊紗那の二刀が砕け散り、ユウトは拘束から解放される。

 彼は続けて迫る雷光に対処するべく、新たな神衣を呼び出した。伊紗那もまた、少年の命を奪うために新たなメモリーを装填する。


『Cain』


『Cross Eclipse!!!!!!!!!!!!!!!』


 白銀の衣が飛び散り、代わりに黒いマントがユウトを包んだ。

 魔を打ち消す性質を持ったマントを翻して迫る雷光を無効化しながら、両手に持つ刃を仕込んだ拳銃は合体させ、大弓、そして大剣へと姿を流れるように変えていく。ユウトはその黒き大剣で、同じく大剣を振りかざす伊紗那と刃を重ねた。


「目を覚ませ! 伊紗那!!」

「……」


 彼女の虚ろな瞳には、未だユウトの姿は映らない。

「無駄だ! いくら叫んだところで、貴様の声なぞ届きはしないのだぁ! ハハハハハッ!!」

「くっ!!」

 ユウトに迫る力を緩めることなく、伊紗那は籠手に装填したメモリーを大剣のスロットに挿し込む。


『Cain Overdrive!!』


 瞬間、暴力的なまでの光が雪崩のように押し寄せてきた。

「うっ……あああああああああああああああああッ!!」

 圧倒的な力に押し負け、ユウトの体は弾き飛ばされてしまった。


「う……かは……ッ!」

 胃から血が逆流し、ユウトは盛大に吐血する。大型メモリーによる擬似ワーロック状態も解け、急激な脱力に襲われた。

(が……、何が……どうなった?)

 吐きそうなほどひどい眩暈。仰向けに倒れたユウトは苦しそうに息を吐く。


「……これで四つ。これだけの力とは……正直、貴様とルナナの成長速度には感服するよ」

 先程の伊紗那の一撃で、ユウトの体から弾き出された『強欲』の呪いがジャタの手中に収まっていた。

「返、せ……それは……俺のッ!」

「貴様の力ではない。これは私の……いや、私の手によって生み出される新たなワーロックのものとなる。むしろその程度で済んだことに感謝してもらいたいものだな? そもそも呪いとワーロックの力は相反するものだ。今まで運よく均衡を保っていたようだが、あのまま伊紗那の魔力を奪い続けていればその均衡は崩れ、君は確実に死んでいた」

 この急な脱力感はその副作用のほんの一握りということなのか。だとしてこれで一握りなら、あのまま続けていればどうなっていたのか……考えるだけでも恐ろしい。

「けど呪いは、ワーロックとは対極なんだろ? ……どうやってそれが……ぐっ……ワーロックの力になるっていうんだ?」

「ハッ! 貴様なら理解できると思ったのだがな。貴様はその恩恵を今まで受けていただろう?」

「なん……だと……?」

 ジャタはその場を動かない伊紗那の肩を軽く撫でて、ゆっくりとユウトへと近づいてきた。

「最初に言ったはずだ。呪いは人の身には余る力。我々ならともかく、貴様のような人間がおいそれと扱えるわけがないとッ!!」

「う、ぐああああああああッ!!」

 ユウトの腹部を思いっきり踏みつけ、踵をねじ込み、ジャタは愉悦の表情を浮かべながら続けた。


「では何故君のようなただの人間がここまで呪いを使いこなせたのか? その答えはただ一つ。君がオリジナルのルーンの腕輪の適合者だからだ」


「オリジナル……」

 だがユウトの左腕には今、あの金の腕輪はない。

「もう装着している必要はない。君の体にはすでに呪いへの耐性がある」

 ジャタは自分の胸を指さしながら言った。


「前の世界では腕輪の研究にも関っていてね。この世界と同じようにレプリカの生産もしていた。そして研究の果てに、私はオリジナルの腕輪にはあるがあることに気が付いたのだよ」


「複製……不可能?」

 ニヤリと笑い、ジャタは両手を広げて宣言する。


「オリジナルの腕輪は単に魔法が使えるようになるだけの道具ではない。あれは莫大な魔力を高次で制御する、いわばワーロック矯正装置だ」


「……ッ!?」

 驚きを隠せなかった。当然だ。今はないとはいえ、あの腕輪と共にユウトは今まで数々の死闘を潜り抜けてきたのだから。


「まぁもはや貴様には関係のない事だ。安心しろ。ワーロック誕生の暁には、伊紗那は用済みだ。すぐに後を追わせてやる」

「お、ま……えぇぇぇッ……ああああああああああああッ!!」

 踏みつける力が徐々に強くなる。鷹のように鋭い爪が胴に刺さり、骨が軋む。ジャタはとどめを刺そうと、ユウトの心臓の上に両手で杖を高く持ち上げた。

 苦しみ喘ぐユウトの姿を伊紗那はただ無表情で眺めていた。

「さぁ、忌々しい因縁に別れを告げる時だ。愛する女の前で果てるのだ。本望だろう?」

「……ぐっ!」

「ハハハハハッ!! 死ねぇぇ!!」


 死が一撃が降り下ろされる。


 ユウトは最後の瞬間まで目を逸らせなかった。杖の先端が彼の胸を裂くその時まで――



「させねぇよッ!!」



 突如、無数の光球がジャタを襲った。

「ぬぅ……何だッ!?」

 煩わしい虫を追い払うように、ジャタはユウトから足を離し、後ろに下がる。

「この……声」

 聞き覚えのあるその声は、出入り口の奥から聞こえてきた。その人物はコツコツと足音を響かせながら、闇の奥から姿を現す。


「と、冬馬!?」


 宗像冬馬。もう一人の親友が、友の危機に駆けつけた瞬間だった。


・2・


 ――数分前。



「うおッ!?」

 顔面すれすれを丸太のように太い腕が掠った。


 ドッ!! っと間髪入れずに凄まじい衝撃音が体を芯まで震わせる。


 腕に滑り込ませるような鮮やかなフック。

 クロスカウンター。

 相手の途方もない打撃力に自分の力を上乗せさせたタカオの拳が、ガイの顎を貫いた。

「ぐう……ッ!」

「まだまだ!!」

 よろめいたガイの厚い胸板に、タカオは続けて右、右、左と連打を繰り返す。

「おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 そしてとどめとばかりの渾身の一撃を叩き込んだ。


 ガイの背中が地面を駆けずり、砂ぼこりを上げる。

「はぁ……はぁ……ど、どうよ……ッ」

「……」

 もう何度、今のような本気の拳を叩きこんだか。

 盛大にノックアウトをくらい、仰向けに倒れているガイ。だが、その体がまたもや無言で起き上がる。

「!?」

 口から闇色の炎が吐息と一緒に漏れ、砕けた顎や鱗があっという間に修復されてしまった。

「……マジかよ、百回はぶん殴ったぞ……」

「無駄だ。俺は死なない。そういう風にできている」

 ガイは威嚇するように骨の翼を大きく広げる。あの翼も相当厄介だ。飛翔されればタカオの攻撃手段は一気に激減する。

 彼にはどこまでもガイに食いついて、拳を叩き込むしか術がなかった。


「へへ……不死身、上等じゃねえ――ッ、ぐあああああああああああああッ!!」


 急に左腕に激痛が走り、タカオは苦しみ始めた。

「タカオッ!!」

「マズい、増幅器の副作用だ」

 何か熱いものが左手首から駆け上がってくる感覚。タカオは押し留めるように肩を押え、膝をついた。

(ちっ……くしょう、やっぱ……一筋縄ではいかねぇか。ここまで魔法でなんとか誤魔化してきたけど、そろそろ限界だ)

 肌は生気を失い黒ずみ、爪は鋭く伸びている。

 チクチクと刺すような感覚は麻痺したような感覚に似ていた。

 すでにタカオの左手は、増幅器の副作用で完全に異形と化していたのだ。


 覚悟を決める時だ。


「おい、お前ら! 今からもう一度隙を作るから、その間にユウトたちの所へ走れ!」


「イヤよ!」


「いいか――え?」

 ミズキの拒否にタカオは言葉を飲んだ。

「私は残る。さっき言ったでしょ? 私だけ残されるのは嫌だって!」

「バカ野郎! 死ぬぞ!」

「それでもいいッ!! 私は最後の瞬間まで……あんたと……あんたたちと一緒にいたいの!」

 ほとんど愛の告白みたいな宣言に、さすがのタカオもどういう顔をしていいのかわからなかった。だが、ミズキの瞳に宿る真剣な気持ちは嫌でも伝わる。

 断ったら後できっと後悔する気がした。

 だからこう言うしかない。

「……わあったよ」


「あんたたちは先に行って」

「……いいの?」

 ミズキの言葉にイスカは首を傾げて尋ねた。

「これは私たちシャングリラの問題。部外者は出てって」

 あくまで徹底して、ミズキはきつい言葉で冬馬たちを突き放すが、どうやら彼には意図が伝わったようだ。小さく頷いてその時を待つ。


「はぁ……はぁ……、みんな忘れてるかもしれないけど、こちとら病み上がりなんだ。だから、次で最後にさせてもらうぜ……ガイッ!!」


「……」


 タカオは感覚の狂った左腕への意識を捨て去り、一目散に走り出した。

「走れ!!」

 合図を受けた冬馬とイスカは、ガイの後ろにある通路に向って走った。


(あいつが二人を止めるとしたら今だ。今この瞬間だ。だから、今だけは耐えてくれよ、俺の体!)


 ここでガイが弱った自分を優先して動くとは考え難い。必ず冬馬達を止めるために立ちはだかるはずだ。その瞬間をこの拳で打ち砕く。

 タカオは力いっぱい紅い拳を握りしめた。


 だが。


「なあッ!?」


 


 何事もなく、あっという間に冬馬とイスカは彼の横を素通りしていった。

 続けて、勢いに乗ったタカオの拳がガイの溝内に吸い込まれていく。


 次の瞬間、そこにあったのは今までにない静寂。


 激しい衝突音も、叫びも、破壊の音も何もない。


「ガイ……お前……」

 タカオは信じられないといった表情で怪物の顔を覗き込んだ。


「……何だよ」


 ガイは小さく呟いく。震える声でタカオの拳を優しく握った。

「これの……どこが本気の拳なんだよ……タカオ」

 膝をつく邪龍。

「……ガイ」

 ミズキも泣きそうな顔で二人を見つめていた。


「どうして……そこまで必死になれる? こんな化け物の俺のために……」

 ガイは問う。

 しかし、きっと彼はその答えを知っている。だからタカオは当然の答えを述べてやる。


「そんなの、仲間だからに決まってんだろ」


「ッ!!」

「お前がずっと何に悩んで、苦しんでたかなんて知らねぇよ。それこそ忘れたいほど十分に苦しみ抜いたんじゃねぇのか?」

 気付くとミズキがガイに近寄って、その無骨な肩にそっと触れた。

「今の私があるのはタカオとガイ、あんたたちのおかげ。私に居場所をくれた。ガイ、私にとってあなたはもう家族なの。だからお願い……私たちを敵だって思わないでよ」

「……か、ぞく」

 ガイはその言葉をゆっくりと紡ぐ。


「確かにお前は世間では邪悪な怪物かもしんねぇけど、俺たちの前ではシャングリラのガイだ。悩みがあるんならいつでも聞いてやるよ……ミズキが」


「え!? 何で私?」

 突然、話題の矛先を向けられたミズキは驚きのあまり素っ頓狂な声を出した。

「だって人の心が読めまくったお前の方が俺よりひどい人生経験をしてるんじゃな……イテテテテッ!!」

「あ~れ~は~ッ!! 私にとってもかなり思い出したくない過去なの!! そんなに簡単にほじくり返さないでくれるぅ?」

 誰もが怖がる邪悪な龍の前で、二人はいつものように会話をする。

 化け物にとってその頭を、その体をへし折ることなど容易い事なのに。


「うっ……ぐ……ッ!!」

 そんな中、再びタカオは左腕を押え、苦しみ始めた。

「え、嘘……私なんかマズいことした?」

 すでに魔獣化の進行はタカオの首を伝い、頬にまで到達していた。

 尋常ではない汗が流れ、彼はその場で蹲る。

「ど、どうしたら!!」

 先程とは一転して、ミズキは泣きながら慌てふためいていた。きっと自分のせいだと思い込んでいるのだろう。

「大、丈夫……さっきから、マジでヤバかった、か……ら」

 親指を立てて彼女を安心させようとした。

「全然大丈夫じゃないじゃない!?」

 逆効果だった。


 その時、ガイの大きな手がタカオの胸にそっと触れた。

 

 すると、みるみるうちにタカオの体から痛みが消えていく。あれだけ彼を苦しめていた魔獣化の跡が綺麗に治っていた。

「お前……」

 ガイの掌にある強欲の口が、タカオの中にある魔獣因子を吸い取っているのだ。

 治療が完了した後、彼の体は徐々に人の姿へ――自分たちのよく知る姿へと変わっていた。


「死んでもらったら困る。誰が店の仕事を手伝ってくれるのさ?」


「ガイぃぃぃぃぃ!」

 タカオは感激のあまりガイの手を両手で掴んだ。

「……いや、その手の人手ならたぶんすぐに集まるわよ? 知らないかもしれないけどガイ、あんたを慕ってる子は結構いるのよ?」

「え? ミズキさん? 今そういうこと言っちゃいますか? 俺の存在意義は!?」

 ギャーギャーと二人はすぐに喧嘩を始めた。さっきまでの生きるか死ぬかの深刻な雰囲気はどこかへ消えていた。

 そんな二人を見て、ガイは深く溜息を吐く。

 そして、


「俺の……負けだ……」


 その小さな感謝の言葉を、タカオはよく聞き取れなかった。

「ん? 何か言ったか?」

「いや……何でもない」

 そして、彼は小さく笑った。

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