第55話 初めての願い -Pour the coffee-

・1・


 紫電の軌跡が生まれる。そして、ほぼ同時に着弾点から白い光と熱が迸った。

 それは神座凌駕の機械の左腕から撃ち出されたものだった。


 『Tesla』の六つのコイルを一直線に並べ、弾丸をローレンツ力により加速、撃ち出す電磁加速砲レールガン


「ぐっ……」

 シンジは膝をついた。彼の額から一本の赤い線が伸びる。それが口の端に到達すると、彼はペロッと舌で舐め取ってみせた。

「ハハ……強いね、君。魔法もないのに」

「拡張性という意味ではこちらの方が私向きだ」

 魔術の知識は電脳体となった高山篝がネットの海にダイブした際、エクスピアのセキリュティの最奥でたまたま見つけたものだ。彼女の頭脳メモリーにはそのデータが保管されている。

 魔術はプログラムに近い。凌駕はその法則性を読み解き、実戦で扱えるレベルにまで昇華させた。

『ま、私の魔法があってこその力だけどね~』

「黙っていろ」

 だが、残念ながらその一つ一つはとても微弱な効果しか生み出せない。


 電気を発生させる。

 物体を振動させる。

 火を起こす。


 など、できることと言えばこのような単純なワンアクション。

 凌駕はそのワンアクションを無数に組み合わせ、モジュール化することで、『Tesla』や『Pythagoras』のような魔法と遜色ない強力な魔術を生み出すことに成功したのだ。


 高山篝というOS上で動く複合プログラム。


 それが凌駕の扱う魔術の正体だ。

「なるほど……面白い事を考えるもんだ――ッ!!」

 凌駕の紫電の魔術が、動こうとしたシンジの義手に取り付けられたネビロスリングを貫く。腕輪はショートし、鮮やかな火花を散らした。

「チッ!」

 凌駕はシンジを圧倒していた。しかしそれは何も彼の魔術がシンジに勝っているからというわけではない。

 シンジの魔法にはがあることに、凌駕は気づいていたのだ。


「無駄だ。貴様は植物を自在に操る能力を持っているようだが、ここはモノリスの上層。土がなければ植物は生み出せない。あらかじめ持っていたたまもそろそろ底をつく頃合いのはずだ」


 文字通りここは、シンジを閉じ込める鉄の牢獄。

 地面さえあれば無尽蔵に生み出せる植物も、ここではあらかじめ持っていた種を異常成長させることしか彼にはできない。

「神座凌駕……まさか君がそっち側に付くとはね。僕が博士から聞いた話だと、君は進んで弱者の味方をするような人間じゃなかったはずだけど?」

 凌駕は少しだけ黙り込み、やがて口を開いた。


「力ある者は弱者を導く義務がある……だが、私もまた弱者の一人だった。何も持たず、ただ足掻き続けるあの男に私は敗北した。そればかりか忌々しいことに命まで救われた」


 弱さは罪ではない。それに向き合い、足掻き続ける強ささえあればそれでいい。

 力に人が集まるのではない。真の強さとはそういうものではなかった。

 凌駕は呆れたように、だがどこか納得のいった表情でこう言った。


「だが弱者も悪くない。あの男は私にそれを証明した」


「……馬鹿馬鹿しい」

 シンジは心底憎々しげに呻いた。



 その時、凌駕の頭上に影が差した。



「ッ!!」

 危険を察知した彼はすぐにその場を離れた。 

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!」

 落下してきたのは隻腕のネフィリム。狼のような遠吠えが鳴り響いた。

「しつこい奴だ。もう封印術を壊したのか?」

 ロウガと一緒に落ちてきたレオンとハンナは消耗が激しく、まだ戦線に復帰できていない。そして何故かロウガはその二人やシンジには目もくれず、執拗に凌駕を狙ってきたのだ。

 二対一の状況を不利と見た凌駕は、『Pythagoras』の能力で強力な封印魔術を起動し、ロウガの動きを一時的に封じていたのだが……。


「ハハハハ! 我が『憤怒』は追い詰められれば追い詰められるほど力を増す。今までこの力を使うに値する者がいなかったが、此度の世界は何と心地よい事か!!」


 ロウガは歓喜に体をうち奮わせている。

『つまり……縛られると興奮する変態ってことッ!?』

「お前と同類と言う事か」

 ムキ―ッと喚き、しかしどこか満更でもなさそうな篝を無視し、凌駕は若干疲れた顔で言った。

 ロウガの四肢の筋肉は先ほどより明らかに異常発達している。彼の言うところの『憤怒』の力の影響だろう。


「何故私ばかりを執拗に狙う? ここにいるお前の敵は私だけではないはずだ」

「お前から花嫁と同じ匂いがする」

 その問いに、ロウガは大太刀の切っ先をこちらに向けてそう答えた。

「心が躍る、魅力的な匂いだ。これは殺し合いなどではない。婚礼の儀だ!」

「私は男だぞ!?」

「それがどうした!!」

『変態キタァァァァァァァ!! 異種間ホモゥ……やばい、やばいよ……ジュルリ、新しい扉が開いちゃうかも♡』

 何故か大興奮中の篝を煩わしく思いながらも、凌駕は再び今の状況を分析する。

(あの魔獣の力の前には小細工まじゅつは効かない。特にあの大太刀は脅威だ)

 この場でも一度だけ振るわれた大太刀『真神』。

 距離など関係なく、景色を丸ごと両断するあの刀に対抗する力を凌駕は持ち合わせていない。

(……どうする?)

『もう結婚しちゃえば? とりあえず死なずに済むよ?』

 目をキラキラさせてそう語りかけてくる篝。その目に宿るのは明らかに心配というよりも、探求心や好奇心といった類のものだ。

「……その時はお前も道連れだ」

『えッ!?』

 神座凌駕はいろんな意味で危機に瀕していた。


・2・


「タカオッ!!」

 ミズキの声が空洞内に大きく響いた。どうやらタカオやワイアームたちがいる空間にユウトたちは辿り着いたようだ。

 いち早く気付いたミズキに遅れて、ようやくユウトも視認できた。続いてアリサと秋斗も追いつく。

 そこにはタカオとガイいた。そして冬馬とイスカも。

(……冬馬)

 彼はユウトを見つけると、嬉しい気持ちと戸惑いの気持ちがない交ぜになったような顔を見せた。


「ん? よぉミズキ、なんか久しぶりだな」

 いつもと変わらない感じで、一ヶ月前は千切れていた腕で軽く手を振るタカオ。ミズキはそんな彼に思いっきり飛びついた。

「え……ブッ!?」

 もはやタックルに等しい痛烈な衝突を受け、タカオが押し倒される。

「何す――」

「バカッ!!」

 ミズキの大声がタカオの声をかき消す。

「バカ……バカバカバカぁぁ……ほんとに、ほんとに心配したんだからッ!」

 彼女は泣き崩れてタカオの胸に顔を埋めた。

「……悪い、迷惑かけた」

 タカオも察したのか、泣き続けるミズキの髪を優しく撫でて謝った。

「は? 迷惑? ……今更?」

 真顔で何言ってんだこいつは、というようなミズキ。

「立ち直り早すぎッ!?」

「もう……あんたが私たちに迷惑かけるなんて日常茶飯事でしょ?」

 ミズキは赤く腫らした目元を見られたくないのか、タカオから目をを逸らしつつ、続ける。

「だから……その……それはいいの。もう諦めてるから」

「じゃあ何で俺は怒られたんでしょうか……?」

 ミズキはグッと両手でタカオの襟元を掴み、自分の顔面すれすれまで勢いよく引き寄せた。


「私が怒ってるのは、あんたが私を置いていったからよ! どうして肝心な時だけ一人で突っ走るのよ? 自分が漫画の主人公か何かだと思ってるの? ついこの間までボロ負けして缶詰だったくせに!」


「……悔しいことにまったく言い返せない」

「あんたもよガイ!」

「!?」

 ガイはまさか自分にも話が振られるとは思っていなかったようで、慌てふためいた。

「確かにあの時、私はあんたの本当の姿を見て心底怖いと思った。全身が金縛りにあったみたいで、息をするのもおぼつかなかった。ずっと一緒にいた親友なのに……だから謝るわ。ごめんなさい」

 ミズキはガイに向って頭を下げた。

「……ミズキ、俺は……」

 ガイはどう返していいのかわからない様子だった。

「正直言うとね、出会った時からあんたの心だけは私の力でも読めなかった。今思えば当然だったのかもね。でもそれが理由であんたを疑ったことなんて一度もないわ」

「……ッ」

 ミズキはタカオと共にガイの正面に立つ。今度は臆することなく。


「もう怖がったりしない。あんたが人間じゃなくても構わない。私はガイの全てを受け入れる! だから……私たちの元に帰ってきてよ……」


 それはずっと胸の内で疼き続けていた、少女の唯一の願いだった。


・3・


「タカオ……ミズキ……」

 言葉が出なかった。何を言えばいいのかわからない。ただ、二人の言葉が頭の中で何度も反芻されていく。


 仲間? 受け入れる?


(何……を……)

 人間は化け物を決して受け入れたりしない。不可能だ。

 見た目が違う。

 寿命が違う。

 求めるものが違う。

 何一つ重なるものがない。唯一残るのは詰まる所、利用できるか否かだ。

 化け物に取る術はいつも決まって家畜と称して使い潰すか、死を与えるか。人は化け物に対してどこまでも残酷になれる。

 別にそのことに不満があったわけではない。

 その世界にも確かに神の祝福や幸せがあった。だた、ワイアームという存在ばけものはそちら側にはどうあっても属せなかっただけ。

 自分が生を受けた世界はそういう世界だった。そういう風にできていた。

 憎悪が渦巻く暗く静かな世界。それがかつての彼の全て。人間が吐き出す負の感情は世界中から絶えず供給され、何の不自由もない。

 ある意味では人間との共生と言える。


「あぁ……」


 その時、ガイの脳裏に何かが浮かび上がった。

 それは薄れていた記憶の断片。かつて闇の中にこそいるべき自分を光へと引き上げ、共に生きた女性の面影。

 名前も思い出せない彼女の事を何故だかどうしようもなく愛おしく思い、もう一度会いたいと強く願った。


 今ならはっきりと彼女の顔がわかる。声がわかる。名前がわかる。

 ずっと求めてやまなかった。


 そう、彼女の名は――


「……レイ、チェル」

 頬を何かが伝う感触。気付くとガイは、その長い前髪の奥から涙を流していた。


 タカオはガイに手を差し伸べた。その姿が彼女と被る。どうしようもなく。

 人と魔獣は共存できない。そんな常識を簡単に覆してしまえそうな強い掌だ。

「さっさと帰ろうぜ?」

 後は彼がその手を取ればすべてが解決する。

 しかし、






「……それは、できない……」






「……」

「な、何で!?」

 驚くミズキとは対称的に、タカオは黙ってガイを見ていた。差し出す手はまだ引っ込めない。

「俺は彼女と約束した。次の世界であの人と再会できると。それは空っぽだった俺の中に初めてできた願いだ。そのためだけに数多くの世界を渡り、人間にひどいことを沢山した。今更、諦めることなんてできない」

「約束……伊紗那か。ガイ、あいつはどこに?」

 ユウトが静かに、しかし強い語調で聞いてきた。本当は答える義理はないのだが、逃げてばかりの彼女にガイ自身思うところがあったのも事実だ。

 だから答えた。


「彼女はこの城の頂上にいる。俺の後ろにある穴を行けば辿り着く」


 直後、ユウトが走りだそうとした瞬間、彼の足元が弾けた。

「……ッ!」

 ガイの掌から、何か鋭利なものが射出されたのだ。

「ユウトさん!! このっ!!」

 今まで手を出さなかったアリサだが、ユウトを攻撃されたとあっては黙っていられなかったのだろう。彼女はパンドラをサブマシンガンに変形させ、消失弾の雨を放った。


 しかし、弾雨は一瞬にして消えた。

 喰ったのだ。


「な……ッ!?」

「簡単には通さない。俺と彼女はよく似ている。だからこそ会いたい人に会えない悲しみも、失ったときの絶望も、俺にはよく理解できる」

 ガイの声音が強くなる。

「もう彼女だけなんだ。みんなが幸せになれる方法を持っているのは!」

 明らかな敵意。そして獣のような威嚇。けれど、声はどこか震えていた。


「俺は……次の世界で人間になる!」


 人間になりたい怪物は原初の欲を得て、人の形を捨てていく。

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