第54話 再会 -Boy meets Dragon :Re-
・1・
――刹那たちとルナナの戦いが決着したのと同時刻。
「さっきからとんでもなく非常識な音が続きますね。非常識には慣れていますが、これはその中でも度を越して非常識です……正直、心臓に悪いです」
音が鳴る度にユウトの隣でピクッと小さく肩を震わせていたアリサは、ようやくそれが収まったのを確認すると、そっと胸を撫で下ろした。
「止んだようだな。だがここは敵の腹の中だ。ろくでもない化け物と出くわすのは避けるべきだろう。俺たちの目的は伊紗那だ」
反対側で秋斗も同意した。
「わかってる」
ユウトは特に異を唱えることもなく頷くが、緊張した面持ちだった。
(……何だ、この感じ……)
その理由は、周囲に漂うこの重苦しい気配だった。まるで水中に潜っていくような、不思議な圧力を感じる。
アリサたちは特に何も感じていないらしい。
自分だけが感じるこの重圧は、この先へ行ってはならないと本能が警告をしているのだろうか?
だが、ユウトはもう立ち止まらないと決めた。
水の中を歩くように、妙な浮遊感に足を取られないように、一歩一歩確実に地を踏んでいく。
「急ごう」
目的地はもう目の前だ。
その時。
「ッ!!」
急に一人、アリサが振り向き銃を構えた。パンドラの銃口はしっかりと背後の暗闇を捉えている。ユウトと秋斗もその理由はわかっている。
声はない。息を殺して、ジッと深淵を見据えた。
「……ッ……ッ……ッ」
微かに聞こえる音。
後ろから何かが追ってきている。
・2・
「AHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」
邪龍が哮り立つ。
たったそれだけで宗像冬馬は前後不覚に陥る。もう何度目になるだろうか? ワイアームとの圧倒的な力差は嵐となって、冬馬の体を岩壁に強く打ち付ける。
「がっ……はっ……!!」
生身で車に衝突する以上の衝撃が、少年の体の芯を穿った。それが毎秒ごとに訪れるのだ。
(……マズいな、意、識が……)
冬馬はとっくの昔に限界を超えていた。身体的ダメージはもちろんのこと、神経もギリギリまですり減らしている。
当然だ。こちらの攻撃は全く通用せず、一撃必殺の龍爪は絶え間なく、雨のように降り注ぐ。防戦一方。活路が見いだせない。まだ生きているのが不思議なくらいだ。
今自分がどんな形をしているのか、正直想像したくない。
『Recovering...』
中世を思わせる黒騎士の鎧の内部モニターは、そんな冬馬の疲弊を考慮することもなく無情な文言を吐き出す。きっと今、破損した箇所を自動的に修復しているのだろう。
だが、人間はそうはいかない。どう足掻いても消耗する。
機械の部品になりきれない。
「ハハ……魅力的なお誘いだ。まだまだ、寝かせてくれないってか……これで相手がイイ女なら文句ないんだがねぇ」
右下の修復率が100%を表示した。休憩時間は終了だ。
「はッ!!」
冬馬は自身の得物たるツインブレードを構え、突貫する。
「グルルルルルルッ!!」
右へ、左へ。相手の予測の裏をかくフェイントはもう止めた。そんなことをしてもいたずらに自分の消耗を早めるだけだ。いやそれ以前に、その結果がこの様なのだから。
「はあああああああああああッ!!」
魔法で生み出された核融合の莫大なエネルギー。その光を剣に纏わせて、冬馬はワイアームの心臓、ただ一点を狙う。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
荒れ狂うワイアームは左の掌を広げた。
そこにあるのは穴――あらゆるものを喰らって飲み込む『暴食』の大口。
「ッ!?」
次の瞬間、ワイアームの左腕が冬馬の刃を先端から喰らい始めた。ガタガタと音を立て、強烈な振動が体を揺さぶる。刀身がシュレッダーにでもかけられるようにみるみる吸い込まれていく。
「このッ!」
すぐに武器は諦めた。そして冬馬は左手に光を収束させ、全力の拳をワイアームの顔面に叩きこもうとした。
しかしそれを予期していたかのように、ワイアームの右腕が冬馬の拳を真正面から掴む。
(しま……ッ)
一瞬、思考停止した冬馬は直感に従い、本来瞬間的に生み出す
夜白に止められていた無茶だ。
(無茶、でも……ッ!!)
『Execution』
腕輪に差し込まれた鍵を力いっぱい回し、全エネルギーを左腕に集中。仕様以上の負荷に腕輪がオーバーロードを始めた。
「ぐっ……ああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
だが実際その判断は正しかった。鎧に守られている左拳が焼けるように熱いが、それは自分の腕がまだ無事だという証拠に他ならない。無茶を押し通してでもやる価値はあったのだ。
「!!」
ワイアームもこれには一瞬、驚きの表情を見せた。
生み出された光が、そのまま魔龍の腕に吸い込まれ続けている。
今までの戦いが嘘のように、場が静寂に包まれる。
エネルギーの
だが問題は何も解決していない。もしもこの状態で冬馬が魔法を途切れさせれば、その時点で彼の腕は即座に喰われてしまうだろう。
そしてその時は確実に迫っている。
(まずいまずいまずいッ! どうする!? 考えろ宗像冬馬!!)
このままでは自分の腕が焼き切れるか、それとも喰われるかの最悪の二択。どちらにしても人体欠損は避けられない。
(腕を犠牲にして小規模の核爆発を起こすか!? いや、それでこいつが止まるとは思えない。こっちの出力をさらに上げるのは!? ……ダメだ、腕輪が耐えられそうにないッ!)
考えている時間はない。内部モニターがどんどん赤一色に塗りつぶされていった。
もう――――――――――――打つ手がない。
(ここまでかッ!!)
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
その時、ジェットコースターで聞くような男の悲鳴が木霊する。
「!?」
ワイアームの動きが何故か一瞬止まった。
その直後、冬馬の目に映ったのは、
邪龍の顔面に、文字通り弾丸のように飛んできた少年の拳が食い込んだ瞬間だった。
・3・
暗い洞窟内。瞳孔を開き、少しでも光を得るため神経を研ぎ澄ませる。どんな些細な情報も見逃さないように。
戦う準備はとっくに完了していた。
タッタッタ、と微かだが足音が聞こえる。
足音の感覚は早い。相手が走っているのがわかる。だがユウトたちの二十メートル手前で、その足音はピタリと止んだ。
「止まった……?」
アリサは訝しむように闇を見つめる。そのトリガーにかかった指先に力が入ろうとしたその瞬間、声が聞こえてきた。
「ユウト……ユウトなの?」
「ミズキ!?」
暗闇の中から姿を現したのは、エクスピアの制服を着た賽鐘ミズキだった。ユウトは全く想像していなかった追跡者の正体に心底驚いた。
ミズキもそれは同じようで、信じられないとでもいうような顔でユウトに迫ってきた。
「やっぱり! 夢じゃないわよね?」
「ミ、ミズキ、何でここに!?」
「それは私のセリフ。あんた、今までどこで何してたのよ? この一ヶ月ちょっと、あんたの気配だけ全然感じ取れなかったんだけど?」
「あーそれは……」
ユウトは言葉を濁した。まさか監禁された挙句、一回殺され、未だによく実感が持てないが、一ヶ月近く死にかけてたなんて……とても言えない。
「どうしてあなたがこんな場所にいるんですか?」
返答に困っていたユウトの横から、アリサがミズキに質問した。
「タカオを追ってきたのよ」
「タカオ! あいつ、無事なのか!?」
今度はユウトが食って掛かる勢いでミズキの肩を掴んで迫った。
「う、うん……セントラルの医療施設で、再生治療受けさせてもらったの……」
「そっか……よかった……」
ユウトはゆっくり安堵の息を吐く。
あの時、死にかけの仲間を前にユウトは何もできなかった。そのことを彼はずっと悔いていたのだ。
あの時もしも、御影の
あの時もしも、橘燕儀の協力を得られていたら。
助けれたはずだった。けれど助けれなかった。
だがミズキの話でユウトはようやく一つ、胸の中のもやが晴れた気がした。
「うん。でもあの馬鹿、やっと……やっと目を覚ましたと思ったらまた勝手に……ッ!」
今にも泣きそうだったミズキの声に、だんだんと怒気が含まれ始める。
「「あぁ……」」
ユウトとアリサは揃って状況を理解した。
つまりは、いつものアレだ。
「なら大丈夫さ」
ユウトはミズキの肩からそっと手を離し、優しく、けれど自信たっぷりに言った。
「こういう時……俺たちのリーダーの決断が間違いだったことなんてないだろ?」
「……」
ミズキは面食らったような表情でユウトを見ていた。しかし、すぐに涙を拭き、笑みを浮かべてこう返す。
「そうね。こういう時だけは、あいつの決断を心底信じれるわ」
・4・
「いてて……イスカちゃん、さすがにやりすぎじゃない!? 俺、さっき人生二回目の死が一瞬見えたんだけど!!」
大声で皆城タカオは自分を投擲した小柄な女の子に非難の声を上げる。
「……」
腕輪のオーバーロードで鎧が強制解除された冬馬はその場でへたり込み、信じられないものでも見ているかのような表情でこちらを見ていた。
(ん? このイケメン……確か……)
タカオはその少年に見覚えがあった。確かユウトの友人。写真で見たことがある。
「間に合わせるにはあれしかなかった。あれが最適解。反省する余地がない。……タカオグッジョブ」
ドヤ顔で可愛らしい親指を立ててくるイスカは、なんの悪びれもなくそう言った。
「どこの世界に人間を砲丸投げみたくブン投げる最適解があるんだよ……」
だが実際何とかなってしまったのだから、彼女の言うようにこれが最適解だったのだろう。結果論にはなってしまうが。
「とーま、生きてる?」
イスカは早々と冬馬に駆け寄り、心配そうな視線を向けた。
「イスカちゃん……何で……」
「お、あんたら知り合いなのか? なら――」
その時、地面が破裂した。
ワイアームが起き上がり、地面を蹴った音だ。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」
今までにないくらい、もはや絶叫とも取れるレベルの咆哮が空間の音という音を上書きしていく。
キーンと耳が痛む。数秒経ってようやく耳が慣れてきたところで、冬馬の声を聞き取ることができた。
「早く逃げろ! あいつはお前たちの手に負える相手じゃ――」
「うっせーなガイ!! 人が今大事な話をしてる最中だろうが!!」
気付くと今度はお返しとばかりにタカオが怒鳴っていた。
「!?」
ビクッと体を震わせ、ワイアームが押し黙った。
「……どういう、ことだ? 動きが……止まった?」
冬馬はまたしても信じられないような目で、ワイアームを凝視している。
「……去れ」
一言。
ただその一言が明瞭に聞こえた。
「あ? 何言ってんだガイ?」
冬馬の前では獣のように暴れ狂っていたワイアームがここに来て初めて人の言葉を発する。しかし、タカオは言ってる意味がわからないとでも言うように首を傾げる。
「……俺は……ガイじゃない」
「いやいや、お前ガイだろ?」
「……違う」
「ガイじゃん」
「違う。そんな人間、ここにはいな――」
ぺちっと邪悪な魔獣の胸板に人間の温かい拳が当たった。
「……ッ」
ワイアームはタカオの接近に全く気付いていなかったようだ。
「……」
無言でも、少年の瞳は語っていた。
「違う……違うって言ってるだろ、タカオ! ……あ……ッ」
思わず出てしまった言葉に最強のネフィリムは声を失った。
「やっぱりお前はガイだよ。そういう所は変わってねぇ。どんなに姿が変わっても、な」
してやったりといった表情を見せるタカオ。
「何……で……ッ!」
ワイアームはひどく狼狽し、後ずさる。
「何でって、そりゃあ……」
何せ一番付き合いが長い。
一緒に家を作った。人間二人がやっと入れるくらいのしょぼい家だ。
それが壊れたら今度は一緒に店を作った。
食に困ってた時には、これ本当に食べれるのかと思うようなゲテモノも二人で一緒に乗り越えた。
屋根のない場所で床を共にしたことだって多々ある。
そんなもう二度としたくないような数々の経験を共にした者で、ガイ以上の人間はあり得ない。
それ以前に、
「お前は俺にとって、家族みたいなもんだからな」
「……ッ」
当然のようにそう言ってのけるタカオ。ワイアームは完全に固まってしまった。
そしてその体が徐々に小さくなっていく。皮膚が粘土のようにぐちゃぐちゃに蠢き、やがてタカオのよく知る一人の人間の形に戻った。
「ほらな? ていうか、俺がお前を見間違えるわけないだろ」
「……タカオ」
細身の長身。長い前髪で目元が隠れて表情が読み取りずらいせいで、一見近寄りがたいオーラを放っている。
けど誰よりも優しい青年。
ワイアームなんていう怪物は知らない。
けれど知っている。皆城タカオはその青年を知っている。
そこにいたのは、紛れもなく『ガイ』という家族だった。
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