第52-2話 開闢の刃 -Takemikazuchi-
・1・
「まだ作戦会議ぃ? なーがーいー!!」
遠くでルナナが駄々をこねて尋ねてきた。ずっと待っていたようだ。彼女にしてみれば、こちらがまだ手を持っているのなら待つのは構わないのだろう。完全に力を全てを出し切った刹那たちを倒さない限り、彼女の『嫉妬』は満足しないのだから。
「もうちょっと待っててね~!!」
燕儀が大きな声で返す。すでに先ほどの暗い雰囲気はどこかへ飛んでいた。
「早くするんだぞ~」
ルナナにいたっては、胡坐をかいて髪の毛の巨大な龍手で手を振る始末。
「じゃ、行くよん?」
突然、燕儀が後ろから刹那の両肩を掴む。
「え? ちょっと、何する気?」
刹那が自分の体を抱いて後ずさる。
「何って……ちょっとしたお注射?」
「……注射?」
刹那はものすごい怪しそうな目つきを燕儀に向ける。
(勘ぐるな。少し体に余の焔を入れるだけだ………………死にはせん)
「おい、今の間は何よ?」
「良いではないか良いではないかぁ。まま、サクッと終わらせちゃいましょ♪」
燕儀は刹那の背中を指でなぞり、何かの文字を描いていく。
(……呪詛?)
(おい人間、何をしている?)
伊弉諾が訝しむように尋ねた。
「私だけ与える側なんて割に合わないじゃん。刹ちゃんからもちゃ~んと対価はもらうよん♪」
悪びれることもなく、ニッコリと燕儀は答える。
彼女は刹那の背筋にツーっと指を這わせ、今から刻み込む呪詛の内容を口にした。
「今から私は刹ちゃんの中に私の『刃の楔』を打ち込む。対価として刹ちゃんは私に魔力のパスを繋げる。いい?」
彼女の提案はつまりこうだ。自分が炎の伊弉諾の断片を与える代わりに、自分が刹那から足りない魔力を供給するためのパイプを作らせろということ。
「随分と破格な要求ね」
「でもこれで理論上、二人とも魔装ができる。時間は短いけどね」
燕儀が不敵な笑みで返す。
刹那に足りないのは伊弉諾の負の側面に対する免疫。燕儀に足りないのは魔力の絶対量だ。そしてお互いに相手が欲しいものは十分すぎるほど持っている。
「どうする?」
「……いいわ。やって」
刹那はその条件を了承した。
「わかった」
魔力パスを自分に通す呪詛を書き終わった燕儀は、刹那の背中。心臓の位置にそっと手を当てた。
「じゃ改めて……力を抜いて」
「……」
ドスッ!!
体が揺れ、鈍器でぶたれたような鈍い音が聞こえた。
「ッ!!」
「はい。お終い」
だが不思議と痛みはない。むしろ胸のあたりに燃える様な熱さを感じ、全身を包んでいく。
数秒と待たずに、今まであんなにも重たかった体が嘘のように軽くなっていた。
「これが、伊弉諾の『生命』の力……」
「こっちも元気百倍♪ さすが刹ちゃん」
燕儀もあれだけ瀕死だったのが嘘のように立ち上がっている。刹那からの魔力供給が上手くいった証だ。
「じゃあ行くわよ、姉さん!」
「うん」
伊弉諾を操る二人の剣士は叫ぶ。神を纏う言葉を。
「「魔装!!」」
・2・
「やっと来たか!!」
眩い閃光の奥にあるものを見て、ルナナは歓喜の表情を見せる。
「アハハハハッ!!」
堪らなくなったのか、ルナナは巨大な翼を目いっぱい広げて、頭上から弾丸のように急降下する刹那と燕儀を迎え撃った。
「はああああああああああああッ!!」
「速……ッ!?」
白く変色した長髪をなびかせ、燕儀の魔装と同じく、黄金で装飾された白い装束を身に纏った刹那の動きはまさに雷そのものだった。
一瞬その神速に怯んだルナナは止まる時間さえ与えられず、顔面に強烈な拳を受ける。
「ぐっ……ああああああああああああッ!!」
一直線に吹っ飛ぶ小さな体躯。衝撃で金剛石の壁に大穴が開いた。
「すごい……これが魔装……」
(ボサッとするな主様。この状態は持ってあと一分だ。一気に片付けろ!)
「わかってる!」
刹那は右手を天に掲げる。すると天井の岩を貫き、それは手中で形を得る。
迦具土と対を為す、もう一つの神の刃。
「神剣・
大剣にも長槍にも見えるそれは、神格を伴った雷——神雷を纏っていた。
同時にルナナが突っ込んだ岩壁が、今度は内側から激しく爆発する。
「アハハハハ!! もう最ッ高!! それよ! それが欲しかったの!!」
ルナナは生身の両手を広げる。両サイドには髪の毛の龍手が展開し、右に炎。左に雷。それぞれ天災レベルの出力を宿す。
「だからぁ~全部消えちゃえええええええええええええ!!」
両サイドから炎と雷の大洪水。そして口からはその二つを混ぜた炎雷のブレス。上下左右全てを飲み込む一撃は回避不可能。そして当たれば塵も残らない圧倒的な死が二人に迫る。
「迦具土!」
魔装状態の燕儀が神剣を横薙ぎに振るう。神炎を凝縮させた斬撃は死の大洪水をせき止め、相殺した。
「何ッ!?」
激しい爆炎が巻き上がる。しかし間髪入れずにそれを突き抜け、刹那が突貫。ルナナは二つの龍手で対抗した。
「ぐぐぐッ!!」
「鳴神!」
刹那の周囲に十二本の螺旋状の雷槍が召喚される。それらがルナナの腕や足、翼や龍手まで、あらゆる角度から串刺しにした。
「がッ!? あああああああああッ!! ちょッッこざいな!!」
ルナナは口から炎雷のブレスを吐いた。そうして刹那を離れさせると、拘束された龍手の形を一度解く。そしてこちらも手元で螺旋状に髪の毛を回転させ、巨大なドリルを作り出した。
「させないよ!」
死角から放たれた迦具土の炎がルナナを飲み込み、ドリルを粉砕する。
「く……ッ」
ルナナはそれでも動きを止めない。今度は髪の毛を糸のように飛ばし、刹那の剣を持つ右手に絡みつけた。
「アハ☆」
だが刹那は逆にルナナごと思いっきり髪の毛の糸を引っ張った。
「ッ!!」
初めてできた大きな隙。刹那が見逃すことなどありえない。
踵から神雷を纏った刃を生み出し、光の速度でルナナの腸を抉るように蹴りをねじ込む。そしてそのまま速度を殺すことなく、背後の壁まで押し込んだ。
「ぐあああああああああああああッ!! ああああああああああッ!!」
悲痛と咆哮が一緒くたになった叫びが木霊する。
(今だ!
「これが私の全身全霊!!」
飛び上がった刹那は建御雷を上段に構える。莫大な神雷が一点に収束し、音が消えた。
「!?」
ルナナの本能が危険信号を鳴らした時にはもう遅かった。
「神雷・
音の消えた世界で、彼女は確かにそう言い放つ。
光がルナナを飲み込み、無慈悲の一撃がネフィリムの牙城を震撼させた。
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