第50話 嘘から出た真 -Same Mind. Different Way.-

「で、伊紗那さんに対抗する策はあるんですか?」

 遠見アリサは吉野ユウトに尋ねた。これはこれからの大前提となるとても大事な質問だ。

「ん? ……まぁ、一応」

 ユウトは頷きながらも、あまりはっきりとは答えなかった。

「?」

 カーミラの用意してくれた専用ゲートのおかげで、すでに敵陣内部への潜入は成功している。今のところネフィリムや野良魔獣と遭遇もしていない。


(このまま最奥まで無駄な戦闘を回避できればいいんだけど……)


 奥にはワイアームと伊紗那がいる可能性が高い。彼女がユウトに対してどういう反応を取るかはわからないが、ともあれ自分たちの運命はそれにかかっていると言っても過言ではない。説得できればそれで良し。最悪の場合は――

(その時は私が……)

 そんな時、



「なぁアリサ。伊紗那がワーロックになった原因。前の世界であいつが殺したヤツって……」



 少年の答えを確信した問いにアリサはドキッとした。

 間違いない。きっと彼はもう気付いている。

「……」

 迷っていた。果たして答えてしまっていいのか。もし答えてしまったら、何か取り返しのつかない運命が確定してしまうのではないかと。

「それは……ッ」

 ふと、ユウトの奥を歩いている桐島秋斗と目が合った。秋斗はアリサの迷いを察したのか、ゆっくりと口を開いた。


「あいつが殺したのは、だ」


 彼の言葉に一瞬、少女の頭が真っ白になった。

「え……ッ、ちょっと! 秋斗さん!?」

 ビックリしたアリサは慌てて訂正に入る。

「嘘です! だって、秋斗さんはあの時にはもう死んで――」

「もっとも、その瞬間を俺は見ていない。その時にはすでに死んでいたからな。こうして断言できるのは、あいつの魔法で生み出された俺の中に、そのビジョンが焼き付いているからだ」

「あっ……えと……ッ」

 狼狽するアリサ。もうどうすることもできない。

 自分と同じ存在を殺されて、殺した張本人はのうのうと今までずっと、誰よりも近くで笑っていたこと。その事実が彼に知られてしまったのだ。

「ユウトさん……」

 だがユウトは落ち着いていた。


「やっぱ、そうか……」


「あまり動揺していないようだな?」

 秋斗は表情を変えずに聞いた。

「まぁ、な……驚いていないって言ったら嘘になるけど。そうじゃなきゃあいつが俺と同じ魔法を使える説明ができない……そっか……伊紗那が」

 ユウトは懐かしむように、決して長くはない。けれど濃厚な思い出を語り始める。時に恥ずかしそうに、時に誇らしく。

 まるで話をして自分を落ち着けているようだ。


 それはある日の会話。

 あるいは何気ない彼女の仕草。

 一緒にいる時間と記憶。


 一つ一つが確かな温かさを持つ。それはユウトの知る祝伊紗那そのものだった。

「俺みたいな人間の傍にいつもいてくれて、助けてくれて、安心をくれる。俺はあいつに何も返してやれないのに」

 そのニュアンスはまるで家族のようだと思った。

「でも、伊紗那あいつは嫌な顔一つしなくて……それが普通なのかなって、いつの間にか受け入れてた。そんな自分が嫌で、どうにかしてあいつに恩返しがしたくて、俺は必死に自分を誇れるものを探し始めたんだ」


 それが吉野ユウトの原点。

 涙を流す者誰にでも手を差し伸べる『優しさ』の正体。


 魔法はそのための手段でしかない。人を救える英雄になれるなら何でもいい。彼の表情はそう言っているように見えた。


「でも、やっぱり……許せない」


「……」

 アリサも秋斗も黙る。ゆっくりと拳を握る力を強めるユウトから目が離せなかった。

 許せるはずがない。むしろ、今のユウトなら自分は代替えの利く人形の一つにすぎないのだと思ってしまうかもしれない。現に新しい世界を作ろうとしている彼女の行動は、それに他ならないのだから。

(こんなの……)

 憎んで、憎まれて。きっと誰も幸せになれない。

 しかし、アリサの予想に反してユウトの考えは違った。



「今までの伊紗那の全部が、自分の過去から逃げるための贖罪だったで……全部嘘だったで終わらせてたまるか!!」



「ッ!」

 緊張の糸が切れ、アリサは脱力する。

「あいつの嘘は誰かを傷つけるためのものなんかじゃなかった。その嘘を命を懸けて守ろうとしたやつだっていたんだから」

 初めから心配する必要なんてなかった。思い出したのだ。

(ああ……そっか。こういう人なんだ……だから私は――)


 例え全て嘘から始まったものだとしても、今ここにある『心』は本物だ。

 その魂はアリサたちのよく知るものだった。


(伊紗那さん……本気で世界を作り直すなら、ユウトさんの馬鹿誠実な所も直しておくべきでしたね)

 いっそ紛い物でいてくれたらどんなに楽だったか。

 でもその願いは叶うことはない。だってこんなにも彼は彼なのだから。

 故にアリサはこう尋ねるしかない。不愉快極まりないがいつものように

「もう……仕方ないですね」

「アリサ?」


「ユウトさんは、どうしたいんですか?」


 答えはわかりきっている。それでもアリサは覗き込むように尋ねた。

 少年は笑う。いつものように。

 本当に助けたい人が目の前にいる。方針は最初と何も変わっていない。


「決まってる。俺の手で、今度こそ伊紗那を救うんだ!」



「えっ!?」


 カッコよく決めたユウトが勢いよく崩れ落ちる。

「な……何で?」

「だってユウトさん、魔法使いとしてはまだまだ未熟。はっきり言って雑魚ですし……」

「ざ……ッ!」

 アリサは笑いを堪えながら理由を述べる。

「そうだな」

 秋斗も間髪入れずに同意した。

「お、お前らな……俺だって――」

 スッとアリサは手を差し出す。


「だから、私たちで救うんです」


「……」

「これは最初から最後まで、私たちの戦いです。自惚れないでください」

 唖然としていたユウトだが、言葉の意味を察した彼はアリサの手を掴む。力強く。


「ユウト」


 何かがユウトに向って飛んできた。

「うわっ!」

 危なっかしくユウトはそれをキャッチする。

「これは……」

 それは理想写しのメモリーのように見えた。だが、

(形状が違う……普通のより大きい)

「俺は伊紗那の命令で、この世界の祝伊紗那の記録を消して回っていた。あいつがこの世界で安心して暮らせるようにな」

 被造物である秋斗に拒否権はない。だけどきっと秋斗はそれでもいいと思ったのだろう。彼女が幸せでいてくれるなら。

「だが事はそう簡単ではなかった。どうやらこの世界の彼女は、ある男の人工的にワーロックを作り出す研究の被験者だったようだ。そのメモリーはその施設で見つけた」

 ユウトはメモリーを縦横に動かしながら全体を眺める。

 アリサは秋斗の意図を察した。

「なるほど。ワーロックの研究をしていたのなら、そのメモリーには何か対抗する術があるかも……」

「でもこれ……たぶんだぞ? どうやって使うんだ?」

「それを考えるのがお前の仕事だ。出来なければ死ぬぞ」

 秋斗は棘のある言葉を吐いて、そっぽを向く。

「むっ……お前、やっぱり冬馬に全然似てないな!」

「この世界の俺のことなど興味はない。一緒にするな」

「冬馬をバカにするな!」


「あーもう、喧嘩しないでください! 秋斗さんも! いくら本人じゃないといっても、そんな面倒なところまで再現しなくていいですから! 不愉快です!」


 一気に広がる険悪ムード。

 しかしこの感じ、嫌いじゃない。少女はどこか懐かしささえ感じていた。

 このやり取り。まるで昔に戻ったみたい。


 あとここにもう一人、彼女さえいれば――きっと。

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