第51話 強く。もっと強く -Don't stop. Don't walk. Keep running.-
・1・
連撃の嵐は止まらない。少女の赤いドレスが荒れ狂う熱風と紫電で激しく踊った。
その一撃一撃は天災の如き必殺。蒼い稲妻は砕け、純然たる破壊の音が鳴り響く。
「ぐっ……ああああああああああああッ!!」
「アハハハハハハハ!!」
ルナナの赤い長髪が変化した竜の腕は、一撃で即死級の威力を誇る。左右それぞれに双子の能力が付与されており、圧倒的熱量の炎には翻弄され、同じ雷でさえ出力で大きく負けていた。
だが恐ろしいのはそこではない。本当に恐ろしいのは双子の時にはなかった、状況に応じて変化する多種多様な攻撃だった。
例えば、ルナナの腕に絡みついていた髪の毛の剛腕はロケットパンチのように自由に射出でき、その間合いは以前とは比べ物にならないくらい広くなった。
例えば、刹那たちの刀を模倣したのか、ルナナの髪の毛は無数の刃となり降り注いだ。それだけでなく盾にもなり、ルナナがどんな態勢であっても完全に攻撃を防ぐことができる。
例えば、ルナナの炎と雷は親和性が非常に高い。当然と言えば当然かもしれないが、これは恐ろしい事なのだ。
炎雷――とでも言えばいいか。完全に溶け合った二つの力は、もはやルナが司っていた炎でも、ナナが司っていた雷とも違う。もはや別次元の力へと昇華していた。
例えば――
例えば――
例えば――
あげればキリがない。
底なしの自由。上限知らずの進化。
そんな言葉が似合う龍の少女の戦いぶりに、ただただ刹那は圧倒される。
だが刹那も黙ってやられているわけではない。ここまで防戦一方を強いられてはいるが、致命傷はきっちり避けている。曲がりなりにも龍と対峙できているのだ。
もちろん普通の人間にはこんな芸当できはしない。
ルナナの強襲は人間の反応速度を遥かに超える。そして直撃はそのまま死を意味する。
当たれば即ゲームオーバーのデスゲーム。
しかし誰もが震えあがる状況の中、それでも刹那は冷静だった。彼女は二つの応用魔法でこれに対応していた。
一つは自分の神経にギリギリまで電気を流して脳のリミッターを外す荒業、雷神昇華を使って体を敵の速度に無理矢理追いつかせた。
そしてもう一つは、ネフィリムの住処を探索する際に使用した電磁ソナーだ。これによりルナナの位置を目で見なくても常に頭で把握。次の攻撃を予測する。幸い、この金剛石に囲われた戦場には隠れる場所がない。四方百メートルほどで壁に当たるくらいの空間だ。感知範囲は十分に行き届いている。
(……ッ、ここで一旦ストップ!)
一度の跳躍で十以上の金属音が鳴り響く空中戦を耐え抜き、地面に着地した刹那の体から青白い光が消失した。
「はぁ……ッ! がは……はぁ……ッ!」
ねっとりとした大量の汗が喉を伝い、胸元に流れ込む。刹那は膝をつき、荒々しい息を吐いた。それはもはや咳に近い。
この併用技は思考と体を極限まで酷使する。息をする暇はなく、視界は徐々に狭まる。ほとんど酸欠状態なのだ。何せたった一回の呼吸で死がやってくる世界なのだから。
(無駄だという事には気づいておるのだろう? いや、それ以上に主様の身が持たんぞ?)
伊弉諾は念話で刹那に断言する。
「わかっ……てる……ッ」
伊弉諾の言葉は紛れもない事実だ。
確かにごく短時間だが、刹那はルナナと互角に戦えている。
しかし、この戦法には致命的な穴があった。
(足りない……ッ)
今になって溜め込んだ疲れがどっと襲ってきたのか、足が震え、腕一本動かせない。目も霞む。
そもそも雷神昇華は身体能力を向上するために、刹那が編み出した
だがその分伊弉諾に送るはずの魔力は減り、刀本体の力は幾分衰えてしまうのだ。
つまり、
かろうじて渡り合うことはできても、今のままではルナナに対して決定打になりえない。
理解はしている。理解はしているのだが、刹那には他に手がなかった。
(今の姉さんじゃもうこれ以上戦えない。私がこいつを何とかしなくちゃ)
燕儀は重傷の体でルナナの一撃をまともに喰らって、まだ動く様子はない。治癒能力が飛び抜けている彼女のことだから死んではいないだろうが。
(……手がないことも……ない)
伊弉諾は気が進まないとでもいうように苦々しくそう進言した。
「何!? あるなら全部出して!」
刹那はその言葉に勢いよく食いついた。このままでは確実にお陀仏なのは火を見るよりも明らかだから。
「ん? ねぇ、さっきから誰と話してるの~?」
ルナナは可愛らしく首を傾げた。彼女は無邪気な笑みでこっちを眺めている。攻めてこない。
「……余裕の、つもり?」
「アハハ、まさか!」
ルナナは自分の髪の毛を指先でクルクルと弄ぶ。
「足りないの。まだまだ全然足りないの。こんなものじゃないでしょう? もっと……もっとよ! 死力を尽くして、最後の一滴まで絞り出して、命を懸けて……私を殺しに来て! それを打ち砕いて、喰らって、初めて私は安心を得るんだから!」
その言葉に嘘は感じない。ルナナは自身の満足のため、自分が納得するまで、どこまでも刹那たちを追い詰めるつもりだ。無論、それは殺さないという意味では決してない。本人にその気がなくても、猫が羽虫とじゃれつくように、何かの拍子に押し潰されてしまうことだってある。
要するに、ルナナとのじゃれ合いに人間は耐えられないということだ。
(主様。ヤツの戯言に耳を貸すな。あれに人間の道理は通じん。それよりも先ほどの話の続きだ)
(あんたの言う手って、魔装のこと?)
(……そうだ。だがまだ未熟な主様ではそこの娘の二の舞になるリスクが高い。下手をすれば……)
言葉は不要だった。あの燕儀ですらたった数秒の魔装で死の一歩手前を彷徨ったのだ。自分もよくて同じ、悪くて命を落とすのは目に見えている。
「……それでも」
刹那は全身に力を込めて立ち上がる。体が悲鳴を上げているのは百も承知だ。
「刹、ちゃん……」
意識があったのか、燕儀が苦しそうに呻く。その目が「やってはいけない」と語っているのを刹那はあえて無視した。
「やるわよ、伊弉諾」
(いいんだな?)
「いいわ。あなたに私の全部を預ける」
ここで野垂れ死になんてありえない。
「私には……まだやらなきゃならないことがたくさんあるんだから!!」
(承知した。心せよ。せいぜい余に喰われぬことだ)
刹那は刀を構える。そしてその
「魔装!!」
その瞬間、幾千の眩い光が溢れだし、体の内側を想像したこともない激しい熱が走った。
御巫刹那の視界は、あっという間に白い世界に埋め尽くされた。
・2・
「は~い、またまた刹ちゃんの負け~♪」
ベシッとした竹刀の乾いた音。
だだっ広い道場には二人の少女がいた。一人は額に鈍い痛みを覚え、涙目で尻もちをつく胴着姿の少女。そしてもう一人は、それをニヤニヤ顔で見下ろす同じく胴着姿の少女だ。
「もう一回!」
「えー、もう私の十連勝だよん? さすがに疲れ――」
「~ッ、もう一回!!」
御巫刹那が泣きだしそうになるくらい真剣に迫って来るものだから、橘燕儀はバツが悪そうに頭を掻く。
「ん~。じゃあこうしよう? あと一回だけ相手してあげる。んで、負けた方は今夜ユウトくんのベットに忍び込むの」
「何でよ!?」
刹那がわずかに頬を赤く染めて後ずさる。それを見て燕儀は口元に手を当ててニヤニヤと意地の悪い笑みを見せた。
「あれれ~ドシタノカナ~? 添い寝……もしかしてご褒美だった?」
「そそそ、そんなわけないでしょ!? 勝てば……いいのよ。勝てば」
「そそ。その意気だよん♪」
燕儀は竹刀を置いて、その場に正座した。刹那も続くように彼女の隣に座る。こうして座ると心が落ち着くのだ。七歳になる刹那にはこの道場はまだまだ広すぎる。
「ねぇ、何で姉さんはそんなに強いの?」
「それはもちろんお姉ちゃんだからさ☆」
速攻で胸に手を当ててドヤ顔で答える燕儀。刹那はそんな彼女を小学生とは思えないひどく冷めた瞳で見つめていた。
「ううッ……最近妹が冷たいよ。竹刀で頭を叩きすぎちゃったかな……」
「人を壊れたおもちゃみたいに言わないで!」
刹那は燕儀をポカポカと叩く。
実際、一つ年上だからというのは理由にならない。現に刹那は他の年上の門下生に剣でも武術でも勝っているのだから。もっと言えば、生まれながら持つ魔力の才は誰よりも優れている。
「ん~、まぁ強いて言うなら私と刹ちゃんでは剣を握る理由が違うから……かなぁ?」
「理由? 何?」
強さに対しどこまでも好奇心旺盛な目を輝かせて迫る刹那の額に軽い衝撃が襲った。
「あうっ!」
「ふふ、残念。これ以上はお姉ちゃんの秘密なのだ」
「~ッ」
不機嫌そうに頬を膨らませる刹那。燕儀はそんな彼女の頬を優しく抓ってこう付け加えた。
「まぁまぁそう怒らない怒らない。刹ちゃんは私にはないものをたくさん持ってるんじゃん。私がどんなに欲しいと思っても手に入らないものをさ。だからおあいこってことで」
「言ってる意味がわからない!」
「……やっぱり叩きすぎたかな? お姉ちゃん心配になってきたよ……」
「シャーーーーーーッ!!」
こうして二人が冗談交じりにじゃれつくのは、もう日課と化していた。刹那にとっては初めて目の前に現れた同年代の壁。飽くことのない切磋琢磨は二人の絆をより強くしていった。
そしてあの日――突然それは終わりを告げることになる。
「ん? 待って……」
「何?」
燕儀は急に暴れるのを止めた刹那を不思議そうな目で見る。
「負けたら夜這いって、それじゃあよく忍び込んでる姉さんには何の罰にもならないじゃない?」
「妹よ……そこに気付くとはやはり天才か」
「姉~さん~~ッ!!」
カンカンに怒っている刹那に対し、またもやニヤけた表情の燕儀は言った。
「にしても七歳のお子ちゃまが『夜這い』なんて言葉を知ってるなんて……最近の若い子は進んでおるのぅ~」
「ッ!?」
ボッと沸騰したように顔が赤くなる刹那。拳はプルプルと震えている。それは最終ラウンド、体術格闘戦(実戦)の開始合図だった。
「ハハ、かかってきなよおマセさん♪」
「姉さんの……バカァァァァァァ!!」
少女の怒号が道場に木霊した。
ちなみに勝敗は、翌朝顔を真っ赤にしていた刹那を見ればお察しいただけるだろう。
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