行間6-4 -画竜点睛-

 事の発端は、今から数時間前に遡る。


 これは一人の魔道士ワーロックと双子の片割れとの間で交わされた、誰にも知られることのない舞台裏の物語ワンシーン


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「オマエ、いつも泣いテルな? なんデダ?」

「……」


 ただ一人、ずっと玉座で膝を抱えて座り込んでいる祝伊紗那に、ナナはこの時初めて声をかけた。それは同情などでは決してなく、彼女は彼女で食べ物を探して偶然ここに居合わせたに過ぎない。

 そんな中思わず話しかけてしまったのは、この場において伊紗那という少女が明らかに異物だからに他ならない。それはまるで純白のドレスに赤い血が一滴ポツンと落ちているような……そんな小さくて強すぎる、無視できない違和感。そして同時に、ナナが人並みの知性を持つ存在だからこそ成立する『対話』だった。


「……わからない……ただ、怖い……」


 それ以上、言葉は出てこなかった。

「コワい?」

 ナナには彼女が何を言っているのかまるでわからなかった。

「ン? うーん?」

 首を傾げるナナ。


 怖い? 何が? 自分にとって怖いとは何だろうか?


 そんなことをしばらく考えて、ナナはウエーっと苦い表情でこう言った。

「うぇーィ……不味かったノカ?」

 伊紗那の暗く沈んでいた表情に変化があった。どうやら少しだけ驚いているようだ。

「……あなたは私が怖くないの? あなたのお姉さんは随分と私を怖がってたけど」

 彼女はナナに問う。

 相変わらず双子の片割れ・ルナは、伊紗那に対して何か背筋の凍る嫌なものを感じているようで、初めて出会ったあの時以来、ずっと彼女を避けていた。伊紗那はここを動かないので、必然的にルナが外に追いやられることになる。そのせいで愛しのワイアームになかなか会えず、ルナのイライラは日に日に増すばかりだ。

「ホエ?」

 しかし、ナナは違った。特にこれといって伊紗那に対して過剰な恐怖を感じてはいない。当然だが、その理由は本人ですら理解していない。

「フフ……」

 初めて白い髪の少女が笑った。

(急に笑い始めタゾ……ヘンなヤツだナ)

 伊紗那はナナの頭を優しく撫でようとそっと手を伸ばしてきた。しかし、ナナはピョンと反射的に飛び跳ねて、彼女から一定の距離を取る。

「フカーーーーッ!!」

 翼を広げ、全身で威嚇する。まるで懐いていない猫のようだ。

「はは……ごめんなさい。私にも……妹がいればって、ちょっとだけ思っちゃったの」

「イモウトが……もぐもぐ……欲しいノカ?」

 そう聞きながら、ナナは近場の岩壁に巨大な左腕を突き刺して、拳大の岩をバリバリと食べ始めた。

「うん……そうだね。私は弱いから。私が立ち止まってるとき、背中を押してくれるような妹が欲しかったなぁって。そうしたら……」

 少女の言葉がまたピタリと止まる。

「どシタ?」

「……ううん。

(次? ハテ……?)

 頭を悩ませているナナをよそに、伊紗那はおもむろに左腕に理想写しイデア・トレースの籠手を召喚した。

「あなたたち姉妹はいつも仲がいいよね」

「? 当然だロ? ナナたちは姉妹ゆえナ」

「当然……か。難しいなぁ……」

 伊紗那は何やら寂しそうに手元を見つめた。すると彼女の籠手が光り始め、手のひらに一本のメモリーが浮かび上がった。

「おぉ……」

 その瞬間、全身の毛が興奮で逆立つ。

 ナナにはそのメモリーがとても美味しそうに見えた。今食べた岩とは比べ物にならない。濃厚な魔力の塊。食べなくてもわかる。きっと今まで食べてきたどんなものよりも素晴らしいものだ。

 伊紗那は目を輝かせてモゾモゾと近づいてくるナナを見て微笑し、餌でも上げるようにゆっくりとメモリーを差し出した。

「ありがとう。ちょっとだけ元気でた。これはお礼」

「くれるノカ!?」

 ナナはメモリーと伊紗那を交互に見る。まだ警戒は解かない。しかし、口からはドバドバと涎が垂れていた。

「うん。お腹が空いた時に食べてもいいよ。おやつになるかどうかはわからないけど、あなたとは相性がいいはずだから」

 許しが出たことで、警戒心はあっという間に欲望に飲み込まれた。

「いやっホーッ! キャハハハハ!」

 メモリーを掴み取り、小躍りするナナ。すぐにはむしゃぶりつかず、メモリーを宝物のように天に掲げて眺めていた。

「お前、イイヤツだな。ナナ、お前スキだゾ」

「フフ、ありがと」

「オ☆ヤ☆ツ! オ☆ヤ☆ツ!」



 その後もしばらく、この舞台裏の物語は続く。

 何の変哲もない、ただの会話。世界を滅ぼせるだけの力を持った彼女たちは、この瞬間ときだけは無邪気な少女となった。


 最後のピースがはまってしまった音に気付きもしない。ただの少女に。

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