第47-2話 嫉妬の双竜 -Green-eyed monster-
・1・
「くっ……こいつらッ! 急に動きが!」
迫る刹那の一振りをルナは紙一重で避けた。だがそれでも刹那はルナに肉薄する。続く返しはその特徴的な右の巨腕で防ごうとするが、頑強な龍鱗をもってしても伊弉諾の刃を完全には止めきれないようだ。
「はぁぁぁッ!!」
「ぐっ!」
バキバキと鉱石を砕くような凄まじい音を立てて、剛腕が悲鳴を上げた。
「待てマテー!」
そして燕儀はというと……もう一方、ナナとそう遠くない場所で対峙していた。
「ッ!!」
刹那の攻撃のタイミングを見計らい、燕儀はフォルネウスを従えナナの正面と背後を取る。そして同時に十文字に斬りつけた。
だが、さすがに相手もそう簡単にはいかせてくれない。
「ほいサ!」
彼女は、その小さな体躯からは想像できないほどの大きな翼を背中から広げ、背後から迫るフォルネウスの剣を防ぐ。以前見たときよりも大きく、骨格周辺には刃を通さない硬い部位があるようだ。
「もう痛イの、効かナイぞォ?」
ナナが牙を見せる。今まで何度も燕儀の剣をその身に受け続けた彼女は、その動きに徐々に慣れ始めていた。きっとそれは剣術を理解したというよりも、むき出しの生存本能のなせる技なのだろう。
ナナの巨大な左腕に雷が収束し始めた。
「それはどうかな?」
だが燕儀は、それすら嘲笑うかのように次の手を披露する。
「がッ……!?」
直後、ナナの両腕が肘から豪快に切断された。
「な、ニ……ッ」
ナナの表情が驚愕に塗り替わる。
一瞬だった。
燕儀は剣を振り終えた後、そのまま宙で一回転した。ただの回転ではない。その際、両踵には三十センチほどの黒い刀身が見え、その刃がナナの体を切り裂いたのだ。
ナナはたまらず膝をついた。
「お前……武器……二本じゃ、ナイのカ?」
「奥の手ってのはこうやって使うんだよん♪」
燕儀は踵の刃を体の内にしまう。
彼女の伊弉諾は刹那のそれとはまったく違う。折れた刀身を取り込んだその体は、神の刃を生み出す窯だ。
血は鉄となり、刃と化す。
橘燕儀そのものが、一振りの形のない刀なのだ。
「ナナ!! このッ!!」
ルナが強引に刹那を振り切り、ジェット機顔負けの高速で低空飛行しながらナナを回収する。刹那たちからやや距離をとる頃には、二人の傷ついた腕は完全に元に戻っていた。
「姉さん……遅れたでしょ?」
刹那が燕儀の隣で音もなく着地して、ジーっと怪しむような目で文句を言った。
「えー、そっちの剣が浅かったんじゃないの?」
しかし燕儀は口笛を吹きながらそれを軽く流す。
「……ったく、タイミングシビアすぎよ」
溜息を吐きたくなった刹那だが、構えは解かない。敵はこちら側の間合いのギリギリ外に立っている。遠くで援護射撃に徹していたルナには間合いを見切られていると考えるべきだろう。
「今の戦い方……あんたたち、気付いてるわね?」
「ほエ?」
さっきの戦闘。刹那たちはそれぞれ相手を決めて戦うというスタイル事体は変えていない。そうしなければまともに勝負にならないからだ。
ただ、彼女たちはそれに加え一つルールを設けた。
それは狙う部位を一ヵ所に統一するということ。
さっきは二人とも、それぞれルナとナナの右腕を狙っていた。
「まだ推測の域だけどね。でも確かなのは、あんたたちの
刹那の言葉に燕儀が続いた。
「強いて言うなら『
「……」
「オー、お前たちアタマいいナぁ~……痛イ」
ナナはパチパチと不揃いな手で拍手し、ルナに頭を叩かれていた。
「仕組みがわかれば何とかなる。問題はタイミング。今の感じだと一秒以上間隔が空くとダメみたいね」
「そうだね。さっき刃に呪詛を乗せてみたけど、効果はなし。魔術を使ってあの能力に細工をするのは無理そうだね」
例えば能力を一時的に反転できれば、もっと簡単に倒せると考えたのだろう。それでも攻撃と同時に術式を組み上げる……しかも実戦でなんて、簡単にできることではない。魔術は魔法と違って、大なり小なり準備が必要なのだ。
それができてしまうのが橘燕儀の恐ろしいところなのだ。
燕儀は刹那を遥かに凌駕する魔術の知識を有している。秘術・禁術含め、実践レベルで使いこなしているのだろう。才能という一点においては刹那は群を抜いている。だが彼女はそれを補って余りある才を、努力という名の復讐心で埋めてきた。
「ふん。まぁ、半分合格ってところね」
今まで圧倒的な存在だった自分たちの足を掴まれ、嫌そうな顔を見せるルナではあったが、それでもまだ彼女は臆すことはなかった。
「……半分?」
刹那は首を傾げる。
(まだ何かあるっていうの?)
「私たちは『嫉妬』」
「ナナたちハ二人で一人だゾ」
ルナとナナは立ち上がる。
「何も修復だけが私たちの力じゃないわ」
「どういう意味?」
「ありゃりゃ……なんか嫌な予感」
ルナは、今度はナナの頭をよしよしと撫でながら言った。
「忘れたの? さっきナナはそっちの赤毛の剣を防ぐために、翼を進化させた」
そこまで言って、ようやく刹那も察した。
「まさか……ッ!」
「そのまさかよ!」
次の瞬間、ルナはナナ同様、大きく生まれ変わった竜の翼を広げ、そこから炎の矢を雨のように射出した。
・2・
「くっ!」
那由多の炎が刹那と燕儀に降り注ぐ。
燕儀は素早く前へ出た。パンッと両手を合わせ、体内で生み出した伊弉諾の刃を大きな盾状に変化させる。それを二人の前方に壁として配置した。これで燕儀は伊弉諾の攻撃力を防御力に転化させるだけでなく、相手の炎を利用することができる。
だが、
「こっちもいるゾー」
いつの間にか、さらにその上を飛行するナナが大きく開いた両翼から、同じように雷の矢を射出してきた。
「このッ!!」
燕儀のような防御手段を持たない刹那はありったけの魔力を刃に乗せ、極大の斬撃を放った。三日月型の斬撃は傘のように頭上の矢の雨を弾くが、ナナはそれを素手で受け止め、凶悪な左腕はそれを一瞬で丸呑みにした。
「うきゃキャ! 漲ってキターーーー!」
ナナは目を輝かせて歓喜の声を上げる。
「お返しよ♡」
「しまっ……!?」
刹那の雷撃はそのままナナの力に変換された。ナナが力を得たという事は、それはつまりルナも同様に力を得たということになる。
今度はルナが今までの比ではない……さながら隕石のような巨大な業火の塊を上空から落としてきた。
最悪なのは、この空間に上からの特大範囲攻撃から身を守れる場所がないことだ。
「「……ッ!!」」
直後、洞窟の中が灼熱の炎で埋め尽くされる。
数秒、時が止まったように静寂があった。それを経てようやく聞こえてきたのは、自分自身の苦しみ喘ぐ声だった。
「……ぐッ……が……ハッ……!?」
一瞬で酸素全て燃やし尽くされ、まともに呼吸ができない。しかし、
(生き、てる?)
無傷とまではいかないものの、刹那は無事だった。
「なん……で……」
文字通り隕石が自分の真上に落ちてきたのだ。無事で済むわけがない。
「そうだ、姉さん!」
刹那は必死になって辺りを見回す。燕後が何かをしたのは明らかだ。
探さなくても彼女は少し離れたところで膝をついていた。
(はぁ……よかった)
少しだけ、胸の内で張り詰めていたものが和らぐ。自分と同様、服のあちこちが焦げてボロボロになっているが、大きな怪我はなさそうだ。
「って、何で私が姉さんの心配なんか――はっ!?」
声に出てしまったことに赤面する刹那。しかしこういう時、いつもなら真っ先に絡んでくる燕儀は珍しく何の反応も示さなかった。
「へぇ……今ので生き残るなんて、なかなかしぶといじゃない」
「ぶっとイぶっとイ! キャハハハハ」
宙を泳ぎながらケラケラと笑う双子のネフィリム。とそこで、ルナは何かに気付いたようにこう言った。
「ん? いつの間にか一気に人間の気配が増えたわね。ナナ、あれやって?」
「ガッテンショウチ」
ルナに言われ、ナナは左腕を天井高く上げて静止する。それを見ていた刹那には、同じ雷を扱うものとしてわかることがあった。
あの巨大な腕から何かが発せられている。まるで電波のような何かが。
「ビビビッ……ビーーーー」
(何を……?)
すると、いきなりナナの両目が眩い光を放ち始めた。それはさながら映写機のように壁に映像を映し出す。
そこに映っていたのは、
「ゆッ……ユウ、ト!?」
刹那は今まで行方知れずだった幼馴染を見て心臓が飛び出そうになる。そこがどこかはわからないが、この領域内なのは間違いないだろう。どうやらユウトは近くにいるらしい。
(あの馬鹿、何でこんな所に……しかも何であの女と一緒にいるのよ)
刹那は彼の隣を歩いている遠見アリサを睨む。以前、ユウトは彼女は敵ではないと言っていたが、それでも刹那は何だか気に喰わなかった。
(それとあれは……宗像、くん? いやでも、何かちょっと……雰囲気違う)
「あーもう! ジャタはどこ行ったかわかんないし、ロウガはあっち側行ってるし! ナナ、さっさと片づけてあいつら仕留めに行くわよ。このままじゃ、ワイアーム様のところに辿り着かれちゃう」
ルナが左手で頭を掻きむしりながら言った。
「オウ。食べてイイノカ?」
「いいわよ。さぁさっさと――」
次の瞬間、二人の片翼が音もなく同時に吹き飛んだ。
「はぁっ!?」
「なんデスとッ!?」
当の本人たちもあまりに一瞬の出来事で面食らっていた。片翼を失った二人はお互いに制御を失い、大きな音を立てて地面に落下した。
「……そういえば、あなたたちの仲間だったよね。ユウトくんを傷つけたの……」
燕儀がゆっくりと立ち上がる。
「私の可愛い妹をイジメるだけならともかく……可愛い可愛い弟を狙うのはちょっとお姉ちゃん、許容できないなぁ」
「ぐっ……アンタ何言って!?」
ルナとナナはほぼ同時にやられたため、翼を再生できない様子だ。いつもなら瞬時に修復される負傷部位に変化がない。
いや、それよりも問題は――
(今……見えなかった……)
彼女が何かしたのは明らかだが、動きがまったく見えなかった。燕儀の近くではフォルネウスがギシギシと不気味な音を立てている。
ルナとナナを切り裂いた斬撃は二つ。一つはあの機械人形だろう。主人の神速にシンクロしたせいか、関節部分が負荷に耐え切れず、火花を迸らせていた。
燕儀はそんな壊れかけのフォルネウスにゆっくりと触れる。するとフォルネウスの外装がどんどん溶け出し、彼女に吸収されていった。
「姉さん、何を……」
(あの娘……まさか至るというのか?)
伊弉諾が少し驚いたような声を漏らした。
「伊弉諾、至るってどういう意味?」
(余の力を刀として使うだけでは二流ということだ。真に使う者は余を己が身に纏い、神格を共にする。先代がそうであった。あの娘は足りない半神をあの人形ごときで補うつもりのようだ)
燕儀の所々赤く染まった髪が、完全に燃える様な赤一色に染まる。体は白い装束に包まれ、黒鉄の鎧が歪に纏わりつく。
気を抜けば一瞬で意識を持っていかれそうなほど圧倒的な魔力。これは燕儀のものだけではない。おそらく彼女は先ほどのルナの炎を全て自分の魔力に変えたのだ。無論、そんなことは不可能だ。明らかに人間の許容量を超えている。
「うっ……く……」
燕儀が一瞬、苦しそうな声を漏らした。
「姉さん、無茶よ!」
「大丈夫大丈夫。ちょっと体の中が……くっ……洒落にならないくらい燃えるように、熱いだけだから……」
そう言う彼女の口元からは一筋の血が流れていた。
(全然大丈夫じゃないじゃないッ!)
「私は……あの時何もできなかった。御巫に復讐するために、あらゆる知識や技を吸収して強くなったはずなのに……結局、弟一人守れなかった」
燕儀は右手をかざす。神炎は渦を巻き、形を得る。次の瞬間、それは彼女の身長と同じくらいの荘厳な大剣に姿を変えた。
(神剣・
不穏な空気は刹那自身にも伝わった。
「私、大抵のことは笑って済ませるタイプだけど、ユウトくんは別。もうあんな失態、二度と起こすわけにはいかないの。私が私であるために」
燕儀は剣を構える。それだけ。たったそれだけで圧に押されたルナとナナは思わず一歩下がっていた。
「ちょっと私……今激オコだよ」
神の座へと足を踏み入れた少女が、隠していた牙を見せた。
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