第47-1話 嫉妬の双竜 -Green-eyed monster-

・1・


「アッハハハハ! さぁ、ネズミのように無様に逃げ回りなさい!」

 ルナの右腕から絶え間なく、炎の奔流が天に向かって放出される。

 御巫刹那は雨のように降り注ぐ炎を持ち前の高速で掻い潜り、攻撃と攻撃の節目を探っていた。

「くっ……」

 まるで火山の噴火そのものだ。空気を伝ってくる熱だけで肌や肺にチリチリとした痛みが走った。

(あんな大きなの炎、いくら何でも出し続けられるわけない)

 刹那は痛みを忘れてしまうほど、神経を一点に研ぎ澄ませる。もちろんその間、足を止めることはない。

(ッ……ここッ!)

 炎雨が止み、与えられたわずか一秒。刹那は見逃さない。


「ところがドッコイ!」


 ルナに向って急な方向転換を試みたその瞬間、まるで読んでいたとでもいうかのような絶妙なタイミングで、刹那の眼前にもう一体のネフィリム・ナナが、ギザギザの歯を見せた凶悪な笑みで飛び込んできた。

「ッ!?」

 刹那は一瞬、刀を握る腕を押さえる。

(こいつに、私の力は効かない……)

 ナナに刹那の雷は効かない。きっと燕儀の炎同様、同じ属性攻撃はあの異形の腕に喰われてしまうだろう。


「頭!」


 唐突に背後から飛んで来た必要最低限の指示。橘燕儀の声とほぼ同時に、刹那は焦ることなくその場で体操選手のように足を広げ、姿勢をグッと下げた。

 まるで次の行動が初めからわかっていたかのような反応だ。

「オヨ?」

 ナナは反応できていない。刹那の首があった場所を燕儀の刃が入れ替わるように走り、ナナの胴体を横一文字に切り裂いた。

「ぐワッ!! 半分コ!!」

 ナナは遅れてビックリするような表情を見せた。

 ここまで三度、前衛で自由に暴れまわるナナの腕や首を切り落とすことに成功した。だが瞬く間にその体は元に戻ってしまう。心臓を突き刺してもケロッとしている。傷跡の一つすら見当たらない。

 斬る度に肌で感じる違和感。

 きっと燕儀も同じことを感じているに違いない。

 確かに魔獣の中には再生能力を持つ個体がいる。そういった個体は脳や心臓、体の重要器官が残っていれば、いくらでも自己再生できるのだ。

 だがこれは、


 『再生』というにはいくらなんでも度を越していた。


「知ってるよ。どうせすぐに元に戻るんでしょ?」

 強気な笑みを見せる燕儀。しかし刹那の目には、表情にいつもの余裕はないようにも見えた。

「でもそうはさせないよん。フォーちゃん!」

 彼女がその名を叫ぶと、背後から燕儀の降霊武装、フォーちゃんことフォルネウスがその巨体を現した。

「オ?」

 フォルネウスは二本の大刀で、宙を舞っていたナナの上半身をさらに細切れに切り裂く。声を上げることも許さない。肉を切り裂く音が聞こえ、赤い血が飛び散った。

「……」

 前に燕儀と戦った時も、あのフォルネウスという人形に刹那は苦戦を強いられた。

 燕儀より二回り大きな体で、彼女とまったく同じ戦闘技術を行使してくるのだ。まるで橘燕儀が二人いる様な気さえした。一人でも後手に回ってしまうのに。


 妹が切り刻まれているというのに、ルナは表情一つ崩す様子はない。

「そんなことしても無駄――ッ!?」

 息をつかせない二人の連携攻撃はまだ終わっていない。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 フォルネウスの背後から爆発的な光が放たれた。

 刹那は手元で作った雷のクナイよりさらに大きい、雷の槍をルナに向けて放っていた。軌道上にちょうどフォルネウスが重なっていたため、直前までルナは気付けなかったのだ。

「な、めんなぁぁぁ!!」

 しかし咄嗟にルナが翼を広げ、その反動で身を翻したことにより、雷槍は直撃せず頬を掠めただけだった。

「くっ! 外した……」

 渾身の一撃を外し、刹那は思わず地面を殴った。だがそこで、ふと何かが引っかかった。

(あれ……でも何で?)

(主様も気付いたか? あと無闇に手を傷つけるな。大事な手だぞ)

 念話を通して伊弉諾いざなぎが語り掛けてきた。ついでに注意もされた。しかし、彼も同じ違和感を感じたようだ。

「じゃジャーン! ふっカーツ!!」

 両手を広げてポーズを取るナナの体はやはり元に戻っていた。

「ウソでしょ……再生できないくらいに細切れにしたんだけどなぁ」

 これにはさすがの燕儀も頭を抱えた。確かに敵の心を挫くのにこれ以上の能力はない。

 無尽蔵。

 もはや再生の枠を超えている。


 だが、一つ。


「……ねぇ、姉さん。どうして向こうのうるさい方ルナは、さっきの私の攻撃避けたんだと思う?」

 刹那の問いに燕儀の唇がニヤリとつり上がった。

「実は私もおかしいなって思ってたんだよねぇ。あれだけの再生能力があるなら、そもそも私たちの攻撃を避ける必要はないよね。それに二人同時にかかってこないのもずっと気になってた」

 敵はどちらか片方は必ず後衛に徹している。一見幼女の柔肌のようだが、硬い龍鱗のせいで並の攻撃は彼女たちには通らない。初めに刹那がナナに掌底を打ち込んだ時にそれは確認している。

 だが、伊弉諾の刃はそれを無視して二人の体を切り裂ける。浅かったがさっきの雷槍も、かなりの魔力を練りこんだものだ。単純な出力は伊弉諾に次ぐ。

 だからなのかルナとナナは、彼女たちに傷を負わせることができるこちら側を明らかに警戒している。それが戦い方に顕著に表れていた。


(主様。頭の悪そうなナナ方の頬を見てみろ)


 伊弉諾の言葉で、刹那はナナを凝視する。

 違和感の正体はすぐにわかった。

「えっ……」

「どしたの刹ちゃん?」

「……治って、ない」

 刹那は気づいた。先ほど自分が放った雷槍が傷つけたルナの頬の傷。それ自体は小さなものだ。しかし、攻撃を受けていないナナの頬の、全く同じ場所にその傷が存在したのだ。


 小さな変化だ。だがそれは彼女たちにとって、重要な意味を持つ。


 刹那と燕儀は顔を合わせて、そしてお互いに不敵な笑みを浮かべた。

「どうしたの刹ちゃん? 顔がニヤけてるよん」

「姉さんこそ。相手が不死身じゃないってわかって内心ホッとしてるんでしょ?」

「……ッ、やだなぁ。私はどんな時でも冷静沈着。できるお姉ちゃんの必須項目だもん」

 絶対嘘だ。

 刹那は心の中でそう思った。一人でも、いずれ答えに辿り着いていただろうが、それでも今まで不死身の敵に対してどう攻めるか、頭を悩ませていたはずだ。


「ともかく」


「倒す方法があるなら」


 お互いの剣先をルナとナナに向けて重ねる。

 馬の合わない二人の少女は声すら合わせてこう宣言した。


「「ここからは私たちのターンよ(だよん)!!」」

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