行間6-3

「ま、待て……降参だ」


 神凪青銅――ネフィリムの参謀・ジャタは膝をつく。

「おや、何の冗談だい?」

 神凪夜白は冷徹な瞳で、ジャタを見下ろす。

 彼女の『Dantalion』の力は解析。本来はありとあらゆる事象を記録・再現する魔法だが、焦点を「再現」ではなく「相殺」に変えれば、その事象そのものを完全に封殺することも可能だ。

 夜白はそれを用い、ジャタの魔術を全て無効化し、一方的に追い詰めた。

「命乞いが通用すると思ってるのか? 化け物め」

 隣で一緒に戦っていた宗像冬馬は語気を強めて、刃の先端をジャタの眼前にちらつかせる。まるで、今からこれがお前の命を奪うのだとでも言うように。


 決着はついた。夜白たちの勝利だ。


 しかしだからこそ、夜白はここで今すぐジャタを殺す必要はないと考えていた。戦闘が開始する直前に彼の口から出た言葉。この自らを元人間と言う魔獣は、間違いなく自分が知らない何かを知っている。それも自分にとって重要な何かだ。

「冬馬、この男にはまだ利用価値がある。今ここで――」

「黙ってろ、夜白」

「ッ!」

 夜白は思わず息を飲んだ。彼からそんな言葉が出るとは思いもしなかったからだ。

「こいつは今ここで殺す。殺さなきゃダメなんだ」

 静かな声からは殺意が漏れ出し、得物を握る手は力が強くなるあまり震えていた。

 明らかに冷静さを欠いている。夜白の知る限り、普段の彼らしからぬ言動だ。

「ふん……私が憎いか? そうだろうとも。そうだろうとも。私はお前の世界を壊した張本人のようだからな。祝伊紗那に吉野ユウト。お前にとって――」


「黙れ!!」


 冬馬が怒鳴った。そして静かにこう言った。

「お前が、二人を語るな」

「……冬馬」

 ふと、夜白は胸が痛くなった。

(あれ……何だろう? この感覚……すごく、嫌な感じだ……)

 息が苦しい。体に異常はないはずなのに。



 

 


 彼の父・最牙一心の実験過程で生まれ、最初から運命が決められていたただの部品パーツである自分を見つけてくれたあの時から。

 存在を認めてくれたあの時から。

 だから、冬馬の為なら何でもすると決めた。彼の望むものなら全てあげたいと思った。

 それが例え自分の創造主を殺すことであっても。迷うことなんてなかった。

 だって彼が悪夢を終わらせたいと願ったから。


 宗像冬馬は神凪夜白にとっての唯一かみだから。


 だけど、冬馬にとってはそうではない。

 認めたくないその事実が、不快の正体。

 とっくに気付いていた。


 だから、


 吉野ユウトが自分の誘いを断り、エクスピアと敵対したあのとき、正直嬉しかった。彼に興味があるのは間違いなかったが、それ以上に冬馬の境界の内側に踏み込むあの少年が目障りだったから。


 祝伊紗那が世界の敵になったとき、心が躍った。ワーロックという未知の存在を観測することができる。それに加えて、もう一人の邪魔者を消す大義名分を得られたから。


 二人は宗像冬馬という個人において、もはや害悪だ。彼もそれはきっと理解している。

 だけどそれでもなお、冬馬の中で二人は守るべき対象として居座り続けている。

 それがわかってしまったから辛いのだ。

(冬馬……君は……)


 夜白の視線をよそに、冬馬は剣を振り上げた。

「消えろ」


「ク、ククククク……」


 突然、ジャタが不気味な嘲笑を浮かべた。

「何がおかしい?」

 ジャタはゆっくりと口を開いた。

「いやぁ……そういうところだよ。そうやって私の言動一つ一つに愉快に踊ってくれる君の姿。実に滑稽だ」

「……何だと」

 夜白は周囲を警戒した。だが、お得意の魔術を発動させた形跡はない。

(……ハッタリか?)

「一つ講義をしてやろう」

 ジャタは人差し指を立てて言った。

「言葉は立派な武器だ。命乞いをする者の言葉など聞くべきではない。それは許しを請う言葉たてではなく、次に繋げるための行為やいばだからだ。そう、例えばこんな風に」


 突如、三人の周囲に影が差した。

「……上かッ!」


 直後、地面が爆発した。


 何かが真上から超高速で落ちてきたのだ。

「何、だッ!?」

 煙を裂き現れた巨大な尾が冬馬を襲う。

「ぐっ……」

 受け止めきれず、彼の体は宙を舞った。

「……何をしたんだい?」

 夜白はジャタに問う。


 何故、この牙城の主であるがここにいるのかを。


「何、我々は主からそれぞれ呪いちからを請け負っている。そして私の『傲慢』は、主を強制召喚できるというものでね。時間はかかるが、君たちはその時間を十分くれただろう?」

「……」

「無駄だよ。これは魔術でも魔法でもない。そもそも理解できないものだ」

 解析できない。確かにさっきジャタは何かをした。だが彼の言う通り、夜白はそれを捉えきれない。

「理解できたかね?」


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 答えは魔龍の雄叫びでかき消された。

「では、我が主と存分に遊んでいくといい」

「待て!」

 ジャタはそう言い残し、姿を消した。夜白はすぐに冬馬の方を振り向く。

「冬馬!」

 彼はワイアームと激しい攻防を繰り広げていた。しかし反撃を恐れもせず、まるで身投げでもするような勢いで絶え間なく迫るワイアームに、冬馬は確実に押されていた。

「待ってて、すぐに――」

「あいつを追え!」

「え……」

 夜白には理解できなかった。状況はどう見ても劣勢。今はあんな小物を追うために戦力を分散する場合ではないはずだ。ワイアームを前にそれは許されない。

(……そんなに、あれを殺したいのかい? 彼らのために……)

 彼が望むことなら何だってする。それが夜白の全てのはずなのに。


 今回だけは、心のどこかでわずかに抵抗を感じた。


「行けッ!!」

 冬馬の言葉に我に返った夜白は、魔力の残滓を頼りに逃げたジャタを追い始めた。

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