第45話 魔女の餞 -Assignment for you-
・1・
「はぁ……無鉄砲な所はいくつになっても治らんか」
青子は軽く額を抑えて、もはや今日何度目かわからない溜息をついた。
「ハハハ……」
「褒めてない馬鹿が。悪い癖だぞ、それ。お前それで一回死んだんだろう?」
「うっ……ごめん……」
まさにその通りなので、ユウトは素直に謝った。
「まあいい、合格だ」
青子がフッと微笑んだ。
「いいのか? 行っても」
恐る恐る確認するユウトを見て、青子は呆れたように腕を組む。
「いいも何も、もう私にお前たちを止める術はないしな」
青子の足元には、砕けて散らばったルーンの腕輪がある。彼女のものだ。ユウトの予想通り、アリサの消滅の魔力が刻獣に繋がったパスを通って、青子に逆流したせいだ。いくら青子が分身を増やそうと、パスは本体へと必ず繋がっている。
腕輪が破壊されてしまった以上、もう青子は魔法を使えない。
「お前たちが腕輪を壊してくれたおかげで、ようやく私の
ガッツポーズで満足げな青子に、ユウトは声を上擦らせた。
「え、え、青子さんまさか……俺たちに腕輪を壊させるために、喧嘩吹っ掛けてきたのか!?」
「あ? まぁ……それもあるな」
青子は当然だろう、とでも言うように答えた。
「元より私の腕輪は暴走気味で、この状況下でそれはさらに悪化していた。かといって下手に壊せば私自身、どうなるかわかったものではなかったしな」
腕輪の副作用。ユウトは夜白の言葉を思い出す。通常の腕輪なら大丈夫なのかもしれないが、青子の場合はそうではない危険性を孕んでいた。
今、彼女がこうして無事なのは、アリサの消滅の魔力で腕輪の機能が完全に停止していたからなのかもしれない。
「何だよ……それ」
つまり、最初から最後までユウトたちは彼女の手のひらの上だったことになる。
「まぁそう言うな。そもそも私に勝てないようなら、この先お前が無駄死にするのは目に見えていた。喜べユウト。今0%が1%になったぞ」
青子が悪戯っぽい顔で、ツンツンとユウトの胸板をつつく。
「それって、あんまり喜べないんだが……」
ユウトは苦笑した。
「フフ」
そんなユウトの反応を面白そうに眺めていた青子が、不意にユウトに密着してきた。
「あ、青子さんッ!?」
「まぁ、私に勝ったんだ。保護者として、ご褒美くらいはやってもいい」
青子の黒タンクトップの襟元からは、今まで存在しなかった
「……ッ」
それに飛角ほどではないが、彼女に負けず劣らない抜群のプロポーション。幼女時代の面影も相まって、変に意識してしまうから余計にタチが悪い。
「どうした? ご褒美、いらないのか?」
かつての人形めいたあどけなさを残した容貌が、目線の高さまで迫り、蠱惑的な表情を浮かべている。
「ご、ご褒美って……具体的には?」
「お前が、とても喜ぶものだ」
「……」
ユウトはゴクリと唾を飲む。
(いやいやいや、待て待て落ち着け俺。よく考えてみろ。だいたいこういう時には必ず……良くないことが起きる)
誘いに乗るべきではない。そう直感する。
たまらず、ユウトは青子から顔を逸らす。すると、こちらを睨む三人の存在に気付いた。
「……不愉快です」
「……約束を数分で反故にするその腐った根性には感服します」
「私ならいつでもご褒美あげるのに」
アリサ、御影、飛角。三人とも、感情という感情が根こそぎ抜け落ちたような冷たい目をしている。
「ま、待て、違う! これはあくまで――」
「「「問答無用!!」」」
(デスヨネー)
ユウトは思わず空笑いする。
「喚くなガキ共」
青子の一言で、三人は渋々引き下がった。
「ふん、無欲なやつめ。こんな絶世の美女が言い寄ってやっているというのに。……まさかお前、やはり幼女趣味があるんじゃないだろうな?」
「そんなわけあるか!! ってか、ご褒美って言うなら青子さんのメモリーでいいよ」
「……ッ! あれは……ダメだ」
「え、何で?」
青子は微かに頬を赤くして、首を横に振った。
「……とにかく、ダメなものはダメだ」
戦力は多い方がいいと思って言ってみたのだが、思いのほか強く拒絶するのでユウトはそれ以上何も言えなかった。
「まぁいい、この話はこれで終わりだ」
青子は微笑して、ユウトから離れた。
「ここからはお仕置きの時間だな」
「へ?」
不意に聞こえた不穏な言葉に、ユウトは変な声を出してしまった。
「何だ、もう忘れたのか? さっき私を思いっきり殴ったときにそう言ったはずだが?」
青子は意地の悪そうな笑みを浮かべて、罪状を説明した。
「え、いや……でもあれは、不可抗力っていうか……」
「一体どんな理由があれば親を殴ってもいいのか、是非ご教授願おうか?」
ポンっと青子はユウトの肩に手を置く。
「あ……はい。すみません……」
もうどうにでもしてくれ、とユウトは力尽きたように項垂れる。
「では、これがお前に下す罰だ」
ユウトは怖くなって目を瞑った。彼女の場合、冗談抜きで何をされるかわかったものではない。
「ほら」
「いてっ……」
額にデコピンをくらった。そして彼女の手からキラキラ光る破片が落ち、それはユウトの手に収まった。
「これは……」
青子のルーンの腕輪の破片だ。
「人の体以外からでも作れるんだろ? ならそれで我慢しろ」
「青子さん……」
そっと胸を撫でおろすユウト。そんな彼を見て、青子はさらに付け加えた。
「それと課題だ。今、不登校になってる生徒が三人いる。わかるな?」
青子の言うその生徒は、おそらく伊紗那、冬馬、そしてエクスピアで捕まっているであろう刹那だ。
「その三人を次の授業日までに連れ出してこい。あとレヴィルもだ。お前なら、できるんだろう?」
学園がいつ復興するとか、授業日がいつなのかとか、まったく目途は立っていない。だけどそれでも、ユウトは青子のその言葉で少し心が軽くなったように感じた。
「青子さん……ありがとう」
自然と感謝の言葉が出た。
そんなユウトの顔から青子は背を向ける。
「いいからさっさと行ってこい」
いつになく優しいその声は、必ず戻ってこい、と背中を押してくれているように感じた。
・2・
「じゃあ、行くか」
「はい」
ユウトは隣にいるアリサに声をかけ、彼女は頷いた。
「俺も行く」
彼らの後に秋斗も続いた。もう動ける程度には回復したようだ。
ユウトは秋斗と目を合わせる。確かに冬馬に似ている。だが彼ではない。信用できるほど彼を知っているわけでもない。むしろ一度、二人は敵として戦っている。
けれど言葉は不要だった。お互いの目的は同じだから。
ゲートの横には、最初と変わらずカーミラが静かに佇んでいた。
この先は地獄。
彼女の言葉を思い出す。しかし、ユウトの心にもう恐怖はない。やるべきことはもうわかっている。
例え行き先が地獄だとしても構わない。そんな地獄の最下層から伊紗那を引き上げることができるのは、自分だけなのだ。
もし怖いとすれば、それが果たされないことだ。
だったら行くしかない。
ユウトはカーミラを一瞥し、地獄への第一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます