第44-2話 悠遠の魔女 -Time stagnate-

・1・


『Greed』


 斧からユウトに向って、闇色の魔力による侵食が始まる。さっきのシンジとの戦闘でもそうだったが、どうやらこの呪いとやらは、宿主に対し絶大な力を与える代わりに、対価を求めるようだ。

「……くッ」

 最初に体に耐えがたい激痛が走る。その後はひたすら内に潜む獣を押さえつけなければならない。まるで腹の中を何かが暴れまわって、口から外に出たがっているそんな嫌悪感。

 もし……それに負けてしまったら、またあの時のように制御不能の災厄ばけものになってしまうかもしれない。

「よしッ……行ける!」

 骨の外殻が体を包み終わると、ユウトは地を蹴った。戦いを長引かせる気などユウトには毛頭なかった。


 しかし、突然視界は反転する。

 その体は


「ぐあッ!!」

 あまりの勢いにユウトの体が校庭の地面を抉る。

「な……んだ、今の……」

 青子はその場を動いていない。ユウトは自分が謎の衝撃を受けた場所を確認した。

(あそこで横から何かに殴り飛ばされた……のか?)

 青子からまだ十メートルは離れている位置だ。彼女が何かアクションするにも遠すぎる。

「……何を」

「私の腕輪は暴走し、常時魔法を発動している状態にあった。しかも力は歪に変化して、体の時間が逆行して小さくなるというおまけ付きだ」

 幼女姿だった頃の青子のことだ。ユウトにとってはそっちの方が馴染みがある。


「今の私の魔法は、その逆行していた時間分の辻褄を合わせようとしている」


「どういう――」

 ユウトが言葉を終えるよりも圧倒的に早く、何かがユウトの右側頭部を強打した。

「がはッ!!」

 だがそれで終わりではない。サッカーボールのように跳ねるユウトの体を、十、二十の見えない空中連撃が炸裂する。そして最後の一撃で、ユウトの体はゴールポストへと叩きこまれてしまった。

 ゴールポストは折れ曲がり、衝撃で激しい砂煙が巻き上がる。

「ふん」

 対する青子はやはりその場を一歩も動いていない。彼女は何もしていないのだ。

 だがユウトは見た。


 彼女の後ろ、砂煙の影にが映っているのを。


(……ッ、あいつが!)

 もう疑いようがない。この場には目に見えない敵が確かに存在する。

「気付いたか。これは私の魔力で構成された獣でな。そうだな……私の過去の結晶。刻獣とでも呼ぼうか」

「……刻、獣」

 ユウトはゆっくりと立ち上がる。正直、体を半分以上を骨の外殻に包まれていて助かった。衝撃に対してある程度体を守ることができる。もし生身の体であんな巨体の攻撃を一撃でもくらっていたら、確実に終わっていた。

 同時に何となく、さっきの青子の言葉の意味を理解できた。

「……つまり、あんたが今まで溜め込んだ時間、その辻褄合わせがその化け物ってことかよ?」

「まぁおおよそそういう事だ。花丸をやろう。付け加えるなら、こいつは私が魔法を使った分だけ成長していく。遅らせた時間を元に戻そうとする反発力のようなものだ」

 青子は今の大人の姿になるまでずっと、腕輪の暴走で魔法を発動し続けていたと言っていた。その期間に力が比例するのなら、こんなに恐ろしい話はない。

「せいぜい気を付けることだな。こいつはあくまで私の時間そんざいを調整するための存在けもの。私を守りはするが、あまり私に従順ではない」

「そんなもん出すなよ……」

 暴走とはよく言ったものだ。彼女の魔法は完全に制御不能の暴れ馬だった。


(……馬鹿みたいに速くて、見えない敵)

 刻獣は青子の魔法の反発力。姿が見えない理由はわからないが、あの異常なスピードは、停滞から加速に切り替わっているからだろう。


 一定空間の時を加速させる能力。


 ユウトはそう仮定する。

 時間を停滞する空間を作っても、数秒でユウトの概念喰いに喰われてしまう。それに対して青子はとんでもない隠し玉を出してきた。

「安心しろ。お前が殺される直前には刻獣を消してやる」

「……へへ、ちょっと信用できないんだが?」

 ユウトは冷や汗をかきながら、大斧を握る力を強めた。

「ほう、私を疑っている暇があるのか?」

 直後、風が揺れた。刻獣が動いた合図だ。


 ユウトは構えるが、遅すぎた。

 すでに刻獣はユウトに噛みつき、そのままその体を校舎の壁に叩きつけた。

「……ぐ……ッ!」

 メキッと鎧が軋む音がした。見えないが、きっと獅子の顎が万力のように閉じ始めたからだ。

「諦めるなら今のうちだぞ? ユウト」

「……だれ、が……ああああッ!!」

 苦痛に声を上げるユウト。牙が徐々に肉に食い込んでいくのがわかる。

「……馬鹿が」

 刻獣の動きがさらに激しくなったその時――


 閃光が走った。

 

「ッ!?」

 同時にユウトの拘束が解けた。何かが火花を散らして刻獣を吹き飛ばしたのだ。

 青子は黒い魔力をその身に漂わせた乱入者を睨む。


「どういうつもりだ? 遠見」


 気付くと遠見アリサがユウトの横に立っていた。その手にはパンドラを変形させた槍を携えている。

「……わ、私は、」

 思わず乱入してしまった、とでもいうような顔。その声には迷いがあった。それもそのはずだ。彼女はユウトに戦ってほしくない。むしろ青子の側に立つ人間なのだから。

「確かに……あなたの言う通りにすれば、ユウトさんはこれ以上怪我をすることもないのかもしれない……私もできることならそうしたい」

「……アリサ」

 彼女は構えを解いて、ただ下を向いて立ち尽くす。

 思えば戦いの度、何度も彼女に引き留められた。そして、何度も彼女の横を通り抜けてきた。

 だってその行動には確かな意味があったから。


 泣いてる誰かを救う。


 結局この一点にのみ、自分に価値があると思えた。

 立場も、しがらみも関係ない。人を救うことにこれ以上の理由はいらないのだから。

「だったら……」

 青子は静かに苛立ちの声を上げる。

 しかし、次にアリサが顔を上げたとき、その瞳にもう迷いはなかった。

「でも、この人はそんな楽な選択肢みらいを絶対に選ばない。あなただって、それはわかってるはずです!」

 アリサははっきりとそう断言した。

「……」

 青子の唇に浮かんでいたのは微苦笑だった。言葉に出さずとも、青子のその表情は肯定を示している。だからこそ、彼女はここまでの強硬手段にでたのだろう。

「だから私はあなたと戦う。ユウトさんを傷つけるあなたと! 私は最後までこの人を守る。それが……私の誓いだから!」

 アリサはパンドラの槍を上段に構えた。その目は青子をしっかりと捉えている。

 ユウトも立ち上がって彼女の隣に立った。

「心配しなくても、俺がアリサを守るよ」

「いえ、私が守ります。あなたは黙って私に守られててください」

 アリサが不服そうな顔をした。

「……いや、そんなこと言われても」

 彼女を落ち着かせるために言ったことだが、何故かアリサは食い下がる。

「はぁ……ったく、どいつもこいつもそいつにほだされすぎだ。痴話喧嘩なら他所でやれ」


「「誰が痴話喧嘩だ!!」」


 青子は大きく溜息を吐いた。

「いいだろう。ならば二人とも、今から私の補習に付き合ってもらうぞ。当然だが拒否権はない」


・2・


「刻獣が、見えてる」

「思ったより……大きいですね」

 ユウトの言葉にさすがのアリサも一歩後ずさる。遠目から獅子のようなフォルムしかわかっていなかったが、近くで見るとかなり大きい。おそらく先程のアリサの攻撃が影響したのだろう。

「グルルルルルルル……」

 空気を揺さぶる野獣の唸り声。

 その全長は約七~八メートル。普通のライオンと比べれば二倍以上大きさだ。青と白のたてがみに鋭い眼光。今まで全く見えなかった刻獣の姿は、今ははっきりと視認できる。しかし見えてしまったがために、そのプレッシャーはさらに増してしまったのも事実。


「そうか、確かお前の魔法は消す力だったな。それで私の刻獣の透過のヴェールを破ったか」

 青子は何やらぶつくさと呟いて状況を分析した。

「とにかく、見えてりゃこっちのもんだ」

「……甘いな」

 刻獣が高速でこちらに向ってくる。確かに速いが、見えていれば何とか対応できる。ユウトは斧で振り下ろされる大爪を防いだ。

「ぐっ……」

(こいつ……なんつう力だッ!)

 上からのしかかる重圧。戦慄するユウトの足場に亀裂が走る。

「はあぁぁぁ!!」

 アリサが動きの止まった刻獣に背後から挟撃を試みるが、


「お前ら、私のことを忘れているのか?」


 突然、彼女のすぐ横に現れた青子の刺すような鋭い蹴りが、アリサの腹部を襲った。

「がっ……あ!」

 声もなく、彼女の体は宙を舞った。

「アリサ!!」

 青子は脇腹を抑えて蹲っているアリサに近づく。

「まずはお前からだ遠見。二人とも確かに私の魔法に対処する力を持っているようだが、それならこちらが使い方を変えるだけだ」

 ユウトはすぐにアリサを援護に向かおうとするが、刻獣がそれを許さない。刻獣はもう一方の腕でユウトを押しつぶそうとしてきた。

「くそっ!」

 獣爪がわずかに頬を掠るのを無視して、強引に距離を取る。腰からメモリーを一本取り出して強力な一撃を放とうとするが、敵が速すぎて狙いが定まらない。


・3・


「な……んで……。私の周りの、時間は……止まって」

 アリサは困惑していた。槍に消滅の魔力を常に流し続けていた。アリサの周りの時間が弄られれば何かしら反応があったはずだ。

 なのに何もなかった。

「どうした? まだやるか?」

「愚問です!」

 アリサはパンドラの形状を拳銃に変えて、青子に三発撃ち込む。それらは青子の左腕、右腿、右腹部を正確に撃ち抜いた。

(やった)

 だが次の瞬間、弾丸に撃ち抜かれた青子の姿が煙のように消失した。

「!?」

「こっちだ」

(しまっ――)

 振り向く間もなく、全く別の方向から拳銃を持つ右手の甲を青子に蹴られた。激痛が走り、アリサは思わず拳銃を手放してしまう。そしてその直後、アリサの体から自由が奪われる。周りの空間時間を停滞されてしまった。

「どうやらその十徳ナイフのような妙な武器がないと、上手く魔法を扱えないようだな」

 さっき撃った彼女は、魔法でその場に留めた過去のイメージだとアリサは直感した。それならアリサに攻撃されるまで消えることはない。

「二人がかりなら勝てるとでも思ったのか? 私が正面から戦うとでも? 分断するに決まってるだろう。あまり大人を甘く見るな」

「……くっ」

「終わりだ」

 青子が意識を奪うために右腕を振り下ろそうとしたその瞬間、


 パリン、とガラスの割れる様な音と共に、彼女の影響下にあった空間が砕け散った。


「ッ!」

 体の自由を取り戻したアリサはすぐに立ち上がり、青子にお返しとばかりの蹴りを放った。だが彼女は両腕でガードしたため、ダメージはあまり望めない。

「何の真似だ、桐島」

「俺にとってはこの世界がどうなろうと大した問題ではない。だがもし……あいつが伊紗那を救えるというのなら、俺はその言葉を信じてもいい。少なくとも夜泉は……あいつを信じていた」


 三人目の乱入者は桐島秋斗きりしまあきとだった。


 彼が何を思って横に立っているのかはわからないが、それでも十分にアリサは彼を信用することができた。

「転移を利用した簡易空間切断か……」

 空間の上書き。アリサもその技は知っている。本来、転移という攻撃力に乏しい魔法を攻撃に転化した秋斗の奥の手だ。

 これで三対二。数の上ではこっちが有利だ。しかも本体である青子の側に二人。ユウトが刻獣を抑えているうちに片を付けられる可能性はグンと跳ね上がる。

 しかし、それでも青子は不敵な笑みを見せていた

「好きにしろ。ガキが何人束になったところで、結果は変わらん」

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