第44-1話 悠遠の魔女 -Time stagnate-
・1・
――賽鐘ミズキが神座凌駕と再開する約二時間前。
シンジを何とか追い払ったユウト。
今回は暴走せずに済んだが、未だに自分の内に眠るあの力が何なのか? 正確な答えを得たわけではなかった。しかし、腕輪のない今のユウトにとって、それは必要不可欠な力であることは間違いない。
笑顔で消えていった少女との約束を果たすために。
「伊紗那を止めないと。世界をやり直す……ふざけんじゃねぇ。そのために他の全部を消すなんて馬鹿な事、あいつにさせてたまるか!!」
彼女を救ってあげて。
そう、もう一人の伊紗那に後を任された。
だからユウトが伊紗那の元へ向かうことを決断するのに時間はいらない。今更迷う必要なんてどこにもないのだから。
そして彼はそれをみんなに話した。正直、反対されることを覚悟していたが、意外なことに御影や飛角はやっぱりというように深い溜息をついて了承してくれた。
「反対……しないのか?」
「……反対したら、止まってくれるのですか?」
御影は眉間に指先を押し当てて、そう返した。
「いや、それは……ごめん……」
「……」
御影はいつも通り落ち着いたように見えるが、小さく頬を膨らませ、目を合わせてくれない。相当ご機嫌斜めだということは今のユウトにもすぐにわかった。
「できれば私も一緒に付いて行ってあげたいんだけどさぁ……あのちびっ子を守る役、必要でしょう?」
「……No。誰がちびっ子ですか。私だって、もうすぐ姉さんくらい……」
『私も付いている。問題はないさ』
飛角の腰に収まっている喋る杖・ロシャードもユウトを後押しする。
「お、ロシャード。私の
『誰が便利棒だ!! だいたいお前は――』
「よっと」
ロシャードがガミガミと文句を垂れ流す中、飛角は無視してユウトに後ろからグデ~っと寄りかかるように抱き着いてきた。たわやかな胸の感触が背中いっぱいに広がる。思わずユウトは背筋をピンと伸ばした。
「フフン。まぁ……その、なんだ。これはそのお詫びと、さっき助けてくれたお礼」
耳元でそう囁くと、彼女はユウトの顎を掴んでクィっと自分の唇に引き寄せた。
「んッ!?」
あまりに一瞬のことで、ユウトは抵抗すらできなかった。
「……ん……ンッ」
飛角はじっくり数秒かけて、それからゆっくりとユウトから唇を離した。
「お前……ッ」
声が出ない。彼女の熱を帯び、潤んだ赤い左目はとても綺麗だった。
「……ッッ」
ユウトは呆気にとられ思わず膝をつく。それ以上の会話はなく、飛角も頬を赤くして背中を向けてしまっているので、さらに気まずくなってしまった。
『青春だな』
ロシャードは遠い目でそう呟く。
ガシッ!
突然、ユウトの肩が強い力で掴まれた。
「……何しれっとキスしてるんですか」
まるでゴミを見る様な御影の冷たい視線がユウトを突き刺す。
「いや、今のはあいつが勝――」
言い終わる前に再びユウトの口が塞がれた。一度彼を黙らせた後、御影はユウトの下唇を軽く甘噛みし、ゆっくり、そして小さく左右に顔を動かす。
「ッ! な……なっ、お前まで……ッ」
さすがのユウトも口元を抑えて、これ以上ないほどに顔を真っ赤にした。
御影はゆっくりと顔を上げ、今度はちゃんとユウトと目を合わせる。
「……いいですか? ちゃんと私の元に帰って来てください。寄り道は許しません。それが条件です」
彼女は子供に言い聞かせるように、一語一語はっきりと言葉にする。
「……あと、これ以上新しい女を作ってこないように」
最後の部分は特に強く念押しされた。
(目が据わっている……)
もう一人の伊紗那との事は黙っておこうと誓うユウトだった。
「わかった。約束する。絶対みんなの所に帰ってくるよ」
「……まぁ……今はそれでもいいです」
御影は少しだけ不満そうな表情をしたが、踵を返した。しかしすぐに立ち止まって、
「……帰ってきて、もらわないと……困ります。……子供を作るという話……まだ有効ですので……ッ」
最後に振り向かず、消え入りそうな声でそう付け加えた。
・2・
「それが、あなたの答えなのね?」
会話を近くでずっと見ていたカーミラは、ユウトに最後の確認だというように問う。
ユウトは一度、頷いてみせた。
「そう。なら細やかだけどこれは私からのサービス」
カーミラは小さく微笑むと、人差し指を虚空に這わせ、ツゥゥっとゆっくり下に下ろしていく。するとまるで彼女のそのきめ細やかな細い指先を追うように、空間に切れ目ができた。ゲートだ。
「これは……」
「このゲートはあなたが行くべき場所へと通じているわ。でも心しなさい。この先は地獄よ。引き返すことも許されない。覚悟ができているのなら、足を踏み入れなさい」
カーミラはあくまで優しくそう言った。まるでユウトを試すような瞳を向けて。
(……この先は、地獄)
ユウトはぱっくりと開いた
(あいつはそんなところにずっといたのか……一人で)
暗い闇に堕ちた少女を引き戻す。そのためには自分もその闇に足を漬けなくてはならない。今、ユウトはその境界線に立っている。まだ足を踏み入れてもいないのに、背筋にゾッとするような感覚が襲ってきた。
これは……恐怖だ。絶望だ。
祝伊紗那という少女をずっと縛り付けてきたもの。そのほんの一部だ。
(させねぇ……これ以上あいつを一人になんかさせねぇぞ!)
覚悟はとうの昔にできている。恐怖心は捨てた。
「いい
ユウトの決意を悟ったのか、カーミラはゲートから一歩下がった。
「……で、あなたはどうするの? アリサ」
カーミラはさっきから思い詰めた表情で黙りこくっているアリサにも尋ねた。
「……私、は――」
「私は反対だ」
その時、アリサではない第三者の鋭い声が異を唱えた。
足を止めたユウトは声のする方を向く。
「……青子さん」
声の主は校舎から歩いて出てくる戦場青子だった。
「ユウト、悪いがお前にはここで大人しくしていてもらう」
直後、空気が凍り付いた。
「……何ッ!?」
瞬く間にユウトはその場で身動き一つできなくなった。カーミラを除く他の全員も同様に動けなくなっているようだ。
「これは……ッ」
この感覚。覚えがある。前にも一度だけ受けたことがあった。
一定範囲の空間時間を減退させる青子の魔法だ。時の流れを限りなく遅くした空間内では青子の許しを得たもの以外、まるで拘束されたように動けなくなる。大人の姿になっているからなのか、その力は以前よりはるかに強力になっているように感じた。
「青子、さん……何、で……」
青子はゆっくりこちらに歩を進めてくる。
「青子さん……ッ。何でだよ! 何であんたが邪魔するんだ! あんたは伊紗那を……このままにしておけって言うのか!!」
「その女に何を吹き込まれたかは知らんが、やめておけ。無駄死にするだけだ」
青子はカーミラを一瞥し、そう答えた。
「そしてお前のその無駄死には、私たちにとって決定的だ。遠見アリサ。お前もそれは理解しているはずだろう?」
「……」
アリサは黙ったままだ。
「どういう意味だ? どうして俺が行っちゃダメなんだよ!」
正直、青子に反対されるとは思わなかった。何だかんだいって、彼女はユウトの意思を尊重してくれる。今までずっとそうだった。だからどうしても余裕なく、言葉尻が強くなってしまう。
「私にはわずかだが、前の世界の私の記憶がある。遠見から受け取ったものだ。だから当時の祝のことも少しだけ覚えている」
対する青子はつとめて冷徹に話す。
「今のあいつがどういう精神状態にあるのかわからないが、かなり不安定だってことは間違いない。それも相当悪い方に」
青子は顔をしかめる。
「だが、あいつのお前を思う気持ちは本物だ。お前の為ならきっと何だってするだろうさ」
「……」
「そんなあいつは今、指先一つで世界を創造するなんてふざけた力を持っている。なら何故それを今すぐに使わない?」
「それは……」
確かに変だ。彼女が本当にやり直したいと思っているのなら、今すぐにでもリセットしていないとおかしい。
(……できない理由があるのか?)
「おそらくその理由はユウト、お前にある」
「俺、に……」
青子はそう断言した。
「そうだろ?」
彼女はユウトの隣にいるカーミラを睨む。カーミラは小さくため息をついて答えた。
「そうね。あなたの言う通りよ。だって彼はあのワイアームという
「……呪い?」
ユウトの内にある力。カーミラはそれを呪いだという。それもガイ――ワイアームから受け継いだものだと。しかし、不思議と納得できる。きっと病院の外で拳を合わせたあの時だ。あの時、ドロドロとしたおぞましい何かが体の中に入り込んでくる感覚が襲ってきた。
「ただ、問題は彼だけではないわ。伊弉冉の世界創造を起動するためには、使用者が全てを制御できる状態でなければならない。だから元々この世界に存在しないはずのアリサも同じよ。他にも数人、前の世界から来た者は存在するわ」
きっとさっき襲撃してきたシンジもその一人だろう。彼はアリサや秋斗のことをよく知っているようだった。
「だったら!」
最悪自分が死んでも、世界が終わることはない。
ユウトは動かない体を無理矢理動かそうと必死に抵抗する。
「ダメだ」
しかし、青子から許しの言葉が出ることはなかった。
「……そういう問題じゃないんだ」
彼女は少しだけ辛そうな表情を見せた。
「あいつにとってお前を殺すことは、死ぬより辛いことのはずだ。だからユウト。もし、お前が死ねば、もうあいつを止めることは誰にもできなくなる」
青子はもしユウトが死ねば、今の伊紗那はこの世界の人間はおろか、残りの異物を殺すことにさえ躊躇わなくなる。それはつまり、世界が終わることを意味すると言っているのだ。
「後のことは私が片を付けてやる。だからお前はここで大人しくしていろ」
そんなこと、はいわかりましたと言えるわけがない。
「癪ではあるがエクスピアで宗像も動いている。お前よりはるかに可能性はある」
そういう問題ではない。
「お前はッ……お前は祝を殺す覚悟があるのか!!」
「くっ!!」
ユウトは自らの内に潜む呪いを開放する。籠手を変化させ、
「チッ……また厄介な力を憶えやがって」
青子は一度魔法を解き他を開放すると、再び左目を赤く発光させユウトを睨む。
「青子さん。先に謝っとくよ。でも例えあんたでも、今回は引き下がれない。これは俺が片を付けなきゃいけない問題だ!」
「初めての親子喧嘩か……ふん、面白い」
ユウトは概念喰いに強欲のメモリーを差し込んだ。
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