第43話 神童の解 -The PerfecT-

・1・


「……神座……なんであんたがここに……ッ!」


 しかし神座凌駕はミズキの目の前を素通りするだけだった。彼女の反応を気にする素振りは一切ない。


 完全無視。


 さっきのコウモリ型魔獣がまた動き始めた。体の上に乗った瓦礫を押しのけ、ゆっくりと立ち上がる。

「行くぞ」

『あーい』

 凌駕が左腕を突き出す。そこに生身の肉体はなかった。

(……義手)

 彼はポケットからメモリーを取り出す。ぱっとみ理想写しのメモリーを連想するが、ユウトが使っているものよりも少し大きく、形状も異なっていた。

 凌駕はそれを義手のスロットに差し込んだ。


『Tesla』


 厳かな電子音の後に、彼の義手から直径30センチほどの六つの輪が吐き出される。それらはまるで各々が意思を持ったかのように自在に凌駕の周りを旋回し、やがて彼の背後で整列した。

「こっちにくるッ!」

 魔獣が通路を破壊しながらこちらに向って滑空してきた。この一本道の通路であんな大きな翼を広げて飛んでこられたら逃げ場などない。

「……フン」

 凌駕は特に何もする素振りを見せなかったが、背後の六つの輪は彼の目の前で二組の列を形成した。

 まるで砲身とでもいわんばかりに。


(これってまるでユウトの……)


 彼の目の前でそれぞれの輪が独自に回転し、雷が発生し始める。

 ミズキにはわかった。凌駕は周囲の魔力を一ヵ所に収束しているのだ。複数の輪で形成された砲身は電磁コイル。その中で魔弾を生成するために。

 二つの砲身から迸る極大の雷。凌駕を中心にして漏れ出た稲妻が壁や床を走った。


『ファイヤー!!』


 ブワッと周囲の温度が一気に上がった。砲身内で蓄えられていた光が、高熱の矢となって一気に放出される。

「ッ!!」

 眩しすぎてミズキは思わず目を閉じた。そして音が止むと、ゆっくり目を開ける。

 魔獣は跡形もなく消えていた。凌駕の目の前の壁や床は所々溶解し、鉄が焼ける臭いが鼻をつく。


「……やった、の?」

「まだだ」

『上からもう二体くるよ』

 この場にいない誰かの声の通り、さっきの魔獣が落ちてきた天井の穴から同型の魔獣が二体、その不気味な頭部を現した。

「ギギギギギギッ」

 ガチガチと軋むような不快な音を出しながら天井にへばり付いている。だが意外にもすぐには襲ってこなかった。凌駕やミズキをジッと睨み、機会を伺っているように見える。

「なるほど。少しは考える頭を持っているようだな。ならば……」

 凌駕は左腕に挿しているメモリーを一度抜いた。そして、

「それ以上で圧倒してやろう」

 反対側を向けて再び差し込んだ。


『Pythagoras』


 すると六つの輪は消失し、新たに凌駕の両肩部付近に浮遊するスピーカー装置のようなものが具現化した。同時に彼の義手にも小型のターンテーブルのような装置が取り付けられていた。

 その姿はまるで……、

(……一人、DJ?)

 ミズキは少しだけ呆れたような顔をする。あまりにもあの神座凌駕のイメージとはかけ離れているからだ。

「……言っておくが、これは私の趣味ではない」

『オラオラザコ共ォGO TO HELLゥゥゥゥ!! ノリノリで行くぜぇー!!』

 謎の声は突然トーンを数段上げ、ノリノリハイテンションで叫び始めた。

 しかし凌駕はあくまで冷静だった。彼は慣れた手つきで義手に取り付けられたターンテーブルをスクラッチする。


 初めはゆっくり慎重に。そして間髪入れずに強く激しく。


 するとミズキは内臓を揺さぶられる妙な感覚を受けた。まるでライブステージにいるときのような心地いい浮遊感。

(……音?)

 その正体は凌駕の左右のスピーカーから放出された音波だった。魔力が宿っているのか淡く発光し、それが円の形をしていることがはっきりわかった。


 直後、二体の魔獣の周囲で最初に起きたような小規模爆発が連続で発生した。


 魔獣たちはたまらず天井からその巨体を落とし、床に叩きつけられる。

「な、なに……ッ!?」

 さっきのレールガンと違い、今度は何が起こったのかまるでわからなかった。


「私が使っているのは魔法ではない。魔術だ」


「……魔術って」

 たしか刹那が時々使っていた。魔法ほど強力で特異ではないが、魔力を体系化した別種の力だったはずだ。ミズキ自身、それ以上のことはよく知らない。

 しかしよく見れば、凌駕の腕にはあの時の赤い腕輪はおろか、ルーンの腕輪も見当たらない。

 彼は最初から魔法など使っていなかった。


『説明しよう。魔術ってのは魔法と違って人体の外で起動すんの。んで、必要な魔力としかるべき手順を踏めば動くんだけど、私たちの場合、その手順を簡略化するために魔法陣を使ってるのよ。音波で空気中に真円を形成して、さらにさらにそこに――』


「喋りすぎだ」

 自慢げに説明する声を凌駕が遮った。

『いいじゃんべつにー』

「……あんた、さっきから誰と喋って――」

 しかし、それ以上ミズキの問いに答えることなく、再び凌駕は魔獣の方を向いた。


「仕上げだ」


 凌駕はターンテーブルをスクラッチする。

『切断、炎……っと』

 そして新たに二種類の魔法陣を作り出し、義手から輪やスピーカーの時と同じように剣を生み出すと、宙に浮かぶ魔法陣を纏わせる。

「はぁッ!!」

 凌駕の一振りで炎を帯びた巨大な斬撃が飛び、横一文字に切り裂かれた魔獣たちはまとめて消滅した。


・2・


「無事か?」

「……ッ」

 ミズキは反射的に身構えた。目の前の男は確かに自分を救ってはくれたが、信用できない。それもそのはずだ。彼らに受けた仕打ちを忘れてなどいないのだから。

「……」

 自分が警戒されていることを知った凌駕は、それ以上特に何も言う事なく、興味が失せたようにミズキに背を向けた。


 しかし、もう一人は違った。


『やーいやーい凌駕、女に拒否られてやんの~ププーッ!!』


 どこからともなく聞こえる通話越しのような謎の声。よくよく聞けば女の子だ。

「黙っていろ」

 凌駕は自分の左腕に向って話しかけた。

「……その義手」

 まるで理想写しのようだった。さっきの戦い方も。

「こんなものはただの模倣にすぎない」

「……模倣?」

「私は一度は理想写しを手に入れた。そしてそれは私には到底扱えるものではなかった。それは私とやつでは根本的に相容れないものがあったからだ」

 凌駕は言った。


「やつの理想写しは魔力に形を与える。最大効果を発揮するための最適な器を作る事こそが吉野ユウトという男の本質だ。自分ではなく、他者のために。結局やつの力はお膳立てでしかない。そんなもの、私が扱えるわけがない」


 凌駕はどこか寂しそうに機械の腕を眺めながらそう言った。彼なりに、あの時の戦いで思うところはあるのかもしれない。

 

「だが模倣と言ってもその性質を完全再現する必要はない。部分的であっても十分有用だ。これはいわば擬似理想写しデミ・イデア・トレースとでも呼ぼうか」


「……擬似理想写し」

 それは似て非なるもの。性能云々の話ではない。もっと深い、理想写しにとって最も重要な部分を排除した上での正真正銘の贋作。ミズキにはそう感じた。


「心配しなくても私にはお前をどうこうするつもりはもうない。腕輪の副作用とはいえ、我々に非があったこと認めている。私はただ奏音かのんを取り返しに来ただけだ」

「……そう」

 相変わらず不愛想ではあるが、今の凌駕からはあの時のギラついた敵意を感じない。とりあえず彼の言葉を信用してもよさそうだ。

「でも……その腕、大丈夫なの?」

「これは私が招いた過ちだ。気にする必要はない」


『そうそう。あれは自業自得だってぇ。凌駕はさぁ、あれだよね。全部が自分の想像通りに進むって自信満々で思ってる。んで、その結果取扱説明書をちゃんと読まずに失敗するタイプだ。クヒヒヒヒ』


 また声がした。謎の声は凌駕のことをこれでもかと小馬鹿にしている。

「……」

『ま、天才の前に人間性に問題があるこいつには、腕の一本くらいいい薬だって――ヒィィィィィィィ!!』


 急に凌駕が左腕についている小型モニターをミズキの顔の前に持ってきた。

「……え」

 ミズキは声を失った。


 なにせ謎の声の主はにいたのだから。


『……ッ』

 その少女は画面の端に体を隠し、ちょこんと顔を出してはすぐにまた画面外に消える。それを延々と繰り返していた。

「どうした高山篝たかやまかがり? 挨拶は人として基本だろう? さぁ、お前の言う真っ当な人間性とやらを私に見せてくれ」

 凌駕が意地の悪そうな笑みを見せた。

『……おま、おま、くぅ……』

 めちゃくちゃ顔を赤くして、篝は狼狽している。しかしいくら下がってもモニターを近づけられてる以上、彼女に逃げ場はなかった。

『……うぅ、わかったよぉ……』

 こうなったら凌駕は絶対に引かないと観念したのか、篝は恐る恐る画面外から姿を現し、ダイバースーツのような恰好がミズキに見えるように立った。


『た……たた高山、か、篝でしゅッ――痛ッ噛んだ!』


「……はぁ、よろしく。私は賽鐘ミズキ」

 よろよろと疲れたように再び画面の影に隠れた篝は小さくコクンと頷いた。

 この反応。どうやら極度の人見知りらしい。

「……ふん」

 凌駕はミズキから腕を離し、少しだけ満足そうな表情をした。


「これ……AI?」

 凌駕は首を横に振った。

「違う。こいつはかつて我々極限の希望アウスヴェーラが消したワイズマンズ・レポートの被検体。正真正銘の人間だ」

 ミズキはその言葉にただ驚いた。彼女はすでに死んでいて、でもここにいる。意味がわからなかった。

「……え、でも……え?」

 凌駕はため息をついて説明し始めた。


「こいつの魔法は物質をデータ化する。私が排除したと思っていたこいつはあろうことか自分の体を捨てて、電子の世界を自由気ままに泳いでいた……というわけだ」


『フフン。そゆこと。今まで私物を電子化して端末の中に収めるくらいしか使い道ないオワコン魔法だと思ってたけど……ヒヒヒ、まさか自分をデータ化できちゃうなんて思いもしなかった……。案外……私にとっては天国……』


 篝は緊張と恍惚が入り混じった表情で語り始めた。

 彼女曰く、彼女は元々凄腕のハッカーで、一日中研究所の部屋から出ずにネットに入り浸っていた彼女にとって、自身がネットの海に入ることは想像以上に良い事ずくめだったようだ。

 年を取ることもなければ、お腹が減ることも、面倒だったワイズマンズ・レポートの研究に付き合わされることもない。加えてありとあらゆるデータを閲覧でき、その全てを完璧に記憶できる。思考速度もPC並みときた。

 その気になれば一国を一夜で落とすことも可能らしい。


『あんたたちの戦いも……カメラ越しにリアルタイムで観戦してた……してました。……いやー、あれはスカッとしたわぁ~。凌駕のあの姿ったら……プププーッ!』

「……ずいぶんあんたには懐いてるわね」

 ミズキの前でも少しずつ平常運転で話し始めた篝だが、それでも彼女はまだミズキと目を合わせようとはしない。

 それにまさか、あの神座にこんな仲間がいるとは思いもしなかった。

「不本意だ」


『……だって……私、凌駕にはもう、その……体の隅から隅まで全部見られちゃってるし……キャッ!!』


 篝は頬を赤く染め、恥ずかしそうに言った。

「……あんた何やってんの?」

 ミズキの冷めた視線が凌駕を突き刺す。

「データ構造を見ただけだ。こいつの魔法は有用だからな」

『あ、ちなみに瀕死の凌駕を助けたのも私なんだよ?』

 篝は画面の中で胸を張ってそう言った。

「ほぅ、面白い冗談だ。お前の言う『助ける』は、無人のパワードスーツで怪我人を誰もいない廃墟に引きずりこむことを指すのか?」

 凌駕が鼻で笑った。

『助かったんだからいいじゃん! 私なんてあんたに一回殺されたんだけど?』


(……ダメだ……話が飛躍しすぎて付いていけない)



「ところで、お前はこんな所で何をしている?」

 凌駕がミズキに尋ねた。

「……あ」

 一度にいろいろなことが起こりすぎて、ミズキはタカオのことを完全に失念していた。

 ミズキは凌駕の肩をガシッと掴むと、こう尋ねた。


「ねぇ、神座……私に手を貸して」

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