第39話 突き立て合う剣と牙 -Great minds think alike-

・1・ 


「何ここ?」

 西側から侵入したシンジとアーロンは、最初に出た広い空間で異様な光景を目の当たりにした。

「こりゃあ……どういうこった?」


 そこにいたのは何十人もの人間だった。


「よし、まだ息はあるな……なんだこのツタみてぇのは?」

 ここにいるすべての人間が何やら植物のような不気味な触手に繋がれている。だが繋がれているだけで特に何かされている様子は見当たらない。

 アーロンがポケットにしまっていた小型端末を起動して、手近な男性のIDを確認する。

「こいつは……なるほど。どうやらこいつらはイースト・フロートから連れ去られたやつららしいな」

 一部統率のとれた魔獣が人間を殺さずにゲートの奥に連れていく。そういう報告は受けている。しかしその目的までは不明のままだった。

「ふーん。つまりハズレってことね」

 シンジはつまらなそうに周囲を散策し始めた。

「バカ野郎! 大当たりだ。すぐに救出班を手配する」

 そう怒鳴るとシンジをよそに、アーロンは海上都市側と連絡を試み始めていた。


(あ~はいはい……ご立派なことで)

 シンジは深くため息をつく。

(やっぱり合わないなぁ。ここでサクッとヤッちゃおうかな?)

 そんなことを考えていると、ふとシンジの手が手近にあったバインダーに触れ、挟んでいたレポートが地面にばらまかれた。

「あーあ、めんどくさいなぁ……ん?」

 拾う気もなかったシンジの目がある一点で止まる。

(この名前……)

 こんな場所に人が使う道具があることも、ましてや敵の文字が読めることさえも気にならなかった。

 シンジが注目したのはレポートのある一点。著者の名前だ。


「……神凪、青銅」


 聞き覚えのありすぎる名だ。

 神凪夜白と同じ苗字だからというわけではない。


 前の世界の住人であれば、彼の名を知らない者はいない。


 なんせ彼こそが自分やアリサたちが所属していた魔法戦士育成機関の魔法研究所所長。そして同時にを誘発させた一人なのだから。

 少年の瞳に危険な色が宿る。


「何だ、大当たりじゃん」


・2・


「なっ……ユウト、伊紗那……」

 宗像冬馬は一瞬混乱する。自分は夜白と共に北側の洞窟に入ったはずだ。それなのにしばらくすると夜白は消え、突然目の前に二人が現れたのだ。

「お前らここで何してる? とにかく、お前らはここから――」


 触れた瞬間、二人の親友は霧のように消え去った。


「ッ!?」

 冬馬は絶句した。

「……うま……と……」

 声が聞こえる。誰かが冬馬の方に触れた。


「冬馬。しっかりして。ただの幻覚だよ」


「……幻、覚」

 隣には始めと同じように夜白が立っていた。

「うん。罠だね。魔法……ではないな。これは燕儀君が使う妙な術に近い……まぁその分解析は容易かったけどね」

 細く白い顎に指を当てて思考する夜白。しかし未だ呆然とする冬馬を見て、

「大丈夫かい?」

 と、心配そうな表情を見せる。それは普段の彼女からは考えられない、冬馬だけに見せる顔だった。

「あぁ……」

「……何を見ていたの?」

「……何でもない」

 怪訝そうに尋ねる夜白に冬馬はそう返した。

「……」



「ほう、お前が新しい神凪か」



 いきなり全方位から声が聞こえてきた。

「どこだッ!」

 当然こんな場所にスピーカーはない。洞窟内だからといって音が反響した感じとも違う。男の声はもっと近くから聞こえた気がした。

 少しだけ、どこかいつもより余裕を感じさせない冬馬。そんな彼を見て、夜白は静かにその方向を指さす。

「大丈夫。どうやらこの先にいるみたいだ」

 彼女の指さす方向に光が見えた。


 その場所へ移動すると、二人は明るく開けた場所へと出る。古びて所々破損が見受けられるが、人の手が加わった建築様式。たくさんの椅子が無造作に並べられ、奥には何かを祀っているような空間。どうやらここは聖堂に近い目的で作られた場所のようだ。

 祭壇の前で大鷲の頭を持つ祭司姿の魔獣が佇んでいた。以前エクスピアに侵入した個体のうちの一体だ。

「やぁ、さっきのはどういう意味だい?」

「どういう意味、とは?」

 夜白の問いに、ジャタは目を細めて返す。

「僕が『新しい神凪』って話さ」

「……何だ貴様、自分が何者かすら理解していないのか?」

「……」

 その言葉に夜白の表情が強張る。目の前の怪物が放つ言葉の意味がまるでわからなかった。

「ふん……」

 少し期待外れといったように息を吐くと、ジャタの体が波打つようにうねり始め、やがて大人の人間の形に収まっていく。

 それは白髪に黒ぶち眼鏡をかけた三十代くらいの男性の姿だった。

「改めて。私の名は神凪青銅。……人間だ。今はジャタと名乗っている」

 ジャタ――神凪青銅は「元」を強調してそう名乗った。

「……神凪」

 自分と同じ名前。試験管ベイビーである夜白には当然親はいない。同姓は珍しいことではないが、青銅の言葉からは何かそれとは別に強い意味を感じた。


「お前には聞きたいことがある」


 しかしそんな夜白の前を遮るように冬馬が立つ。

「ふむ。何だね?」

「伊紗那をどこへやった?」

 普段の彼からは決して想像できない低い声。彼が今すぐにでも爆発しそうな怒りをギリギリのところで抑え込んでいるのは誰にでもわかった。

「貴様に教える義理はない。あれは私のおもちゃだ」

「……ッ、おもちゃ、だと……ッ!」

「……冬馬」

 青銅は愉快そうに両手を広げて肯定する。

「そう、あれはこれ以上ないほどに面白い! 叶わぬ理想に踊らされ、一人で勝手に壊れてくれる。見ていて本当に飽きないよ」

「……貴様」

「ククク、ワーロックとなったあれはかの妖刀で自分の望む世界を作り上げた。ではなぜ今こうなっていると思う? お前は本当に今この状況が、あれの望みだと思うかね?」

 青銅は眼鏡をクイッと上げる。その表情は悪意に満ちていた。

「……まさかッ」


「そう! お前はなかなか頭が回るな。その通りだ。私のせいだとも! お前たちの世界に魔獣を送り続けていたのはこの私だ!」


 青銅は両手をパンと合わせ、まるで自分の仕掛けたいたずらが上手くいったときのような満足そうな笑みを見せる。

 そもそも冬馬達が日常を捨ててまで戦わなければならない根本の理由、それは「魔獣」という脅威だ。

 本来、管理者である伊紗那の筋書きにそんなものはあってはならない。彼女が求めるのは、あくまで彼女自身の幸せなのだから。


 だが、現実はそうはならなかった。


 つまり、祝伊紗那の用意した『完璧なシステム』に不具合が生じたことになる。その原因は外から魔獣ウィルスを持ち込まれたことだ。

「まぁ、初めは別の目的で送っていたのだが、まさかあれが作り出した世界だったとは……ククク、私は運がいい。おもちゃは多いほうがいいからね。そうだろう?」

「……お前は、伊紗那をどうするつもりだ?」

「何、邪魔者と一緒に消えてもらうだけだよ。どのみちあれはもうすぐ勝手に消える。それを私が少し有効利用させてもらっても問題あるまい」

「……消え、る?」

 その冬馬の顔を見て、青銅は合点がいったようだ。


「気付いていないのか? 


「ッ!?」

 青銅は壇上で歌うように続けた。

「ワーロックというのは精巧に積み上げられたトランプの城のようなものだ。その存在はこの世の何よりも完全で美しい。だが、それ故に一つでも狂えばたちまち崩れ去ってしまう」

 そして青銅はそれをとある少年の死をもって完遂した。二つに分かれた彼女の魂を一つにせざる負えない状況を作った。最も歪な形で。

「もしあれが次に世界を作ろうと刀を起動させれば――」


「ワーロックとして保有する自分の魔力に耐えられずに、消滅する……」


 夜白が導き出された残酷な未来を口にした。

「その通り!」

 実際、彼女は世界の構築まではやりきるだろうと考えている。歪んでいるとはいえ、いまだ彼女は主君であるワイアームを従えるほどの強大無比の力を行使できるのだから。しかしその後彼女の命が尽きることもやはり変えようのない未来。

「その後で刀を回収すれば、私は彼女の犠牲で残った世界を思うがままに作り替えることができる。研究者としてこれ以上のことはあるまい。なんせ世界そのものを実験材料にできるのだから! まぁそれまで存分におもちゃを楽しむとするよ」

 青銅の言葉に、夜白が心配そうに隣に目をやった。しかし冬馬はさっきとは打って変わって静かだった。

「……冬馬」


「……よくわかった」


「ん?」

 冬馬はポケットからネビロスリングの鍵を取り出す。

 理性などとうに吹き飛んだ。



「とりあえず……お前はここで俺が消す!!」



 鋭い殺意でもって青銅――目の前の怪物を睨みつける。

「ハハハハハ!! いいねその殺意。そう、それでいい。わかるとも。理解するより憎む方がはるかに楽だからな。それは獣の思考だ。おめでとう。これで君も一歩こちら側に近づいた」

「誰がッ!!」

 冬馬は腕輪に鍵を差し込もうとした。しかし、


「だがいいのかね? 世界を再構築するにあたって我々にとって邪魔な障害を守らなくて? 例えばそう……貴様らが本陣に匿っている使などは今頃どうしているのだろうね?」


「ッ!」

 奇襲を仕掛けようとしていたのは冬馬達だけではない。こちら側の情報を抜き取られている。以前侵入を許したあの時かもしれない。

 お互い考えることは同じなのだ。どちらが上手を取れるか。そこが勝負の分かれ目となる。


 だが、


「問題ないよ。


 夜白が涼しい顔で答えた。

「ん?」

 この一ヶ月、夜白が何もしていないはずがない。魔力濃度が特に濃い分界での活動はあの魔道具にどんな影響を及ぼすか未知数だったが、それでも試験を重ねてきた。どこまでやってもいいのか? そのライン引きはとうの昔に終わっている。


 一度起動してしまえばあれは無類の強さを誇る未知の兵器だ。

 だから問題など何一つない。


「……貴様」

 夜白は両手を大きく広げて宣言した。


「さぁ、始めようか。人と獣の決闘を」

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