第37話 強欲の使い方 -As you go on instinct-
・1・
「……みんなのところへ、行かないと……」
ユウトは青子の目を盗み、壁伝いにすっかり重たく感じてしまっている体を動かしていた。向かい側の校舎からすでに戦いの音がここまで伝わってくる。
「こんな所でへばってる場合じゃないぞ、吉野ユウト!!」
ここでみんなを守れないようならそれこそ意味がない。今のユウトにはオリジナルのルーンの腕輪はない。しかし腕輪のあるなしは問題ではないのだ。
自分に喝を入れ、全身の筋肉に命令を出す。
「……ユウ」
「!!」
その時、この場で聞こえるはずのない声が背後から聞こえた。
「伊紗ッ――」
振り返ると同時に視界が揺れた。
何かが自分にぶつかったと思った矢先、唇を柔らかい何かに塞がれる。
「ん……んっ……」
「ッ!?」
赤い双眸に白い髪。ユウトの視界を一番大切で、一番遠い場所にいる魔道士の顔が埋め尽くす。
吐息がはっきりと聞こえた。心臓の音さえも。彼女はそのままユウトを壁に押し付けて、一心不乱に彼を求めた。
懐かしい髪の匂い。懐かしい肌の感触。熱にうなされる様な、ふわふわとした妙な違和感。このまま身を任せればたちまち溶けてしまいそうだった。
目の前にいるのはカーミラが語ったような存在なんかではない。ただ純粋に愛を求めるどこにでもいる女の子。そんな気がした。
だからこそ、ユウトは彼女を突き放した。
ユウトは伊紗那の両肩に優しく手を添えて、まっすぐ目を見て尋ねた。
「……お前、もう一人の?」
ピクッと少女の肩が震えた。あんなにも強かった仮面の魔法使いが少しでも指先に力を入れれば最後、砂のように崩れてしまいそうな弱弱しさだ。
「……やっぱり、あなたにとっての伊紗那は私じゃないんだね」
少女は悲しそうに、しかしどこか納得したような表情でそう言った。
「お前、どうして……」
あの時、ネフィリムから伊紗那を守ろうとして動いた後からの記憶はない。しかし、アリサからあの場で何があったのか。事の顛末は聞いている。
「私はこの世界で生まれた祝伊紗那」
彼女は告げる。
「でも私の人生は長くはなかった。あなたと出会うこともなかった。そんな時、彼女が私にもう一度やり直すための道具としての命をくれたの。私は彼女の力の大半と、記憶全てを請け負った」
過去は消せない。生きている限り亡霊のように背中に付きまとう。いくらやり直しができたとしても、祝伊紗那が祝伊紗那である限りそれは変わることはない。しかし自分の私欲で一つの世界を滅ぼし、代わりに作り上げた世界だ。自分が享受できなければ何の意味もない。
だからせめてもの救いとして、彼女は忘れることにした。
責められるべき身代わりを作り、切り離し、全部押し付けた。自分の血に汚れた過去全て。絶対に忘れたくない大切な記憶さえも一緒にして。それが例え逃避だエゴだと罵られても構わない。そうしないと新しい世界で愛する少年の横にいられないから。
祝伊紗那は祝伊紗那を捨てた。
そうしてその醜い抜け殻から、罪の仮面を被った防人は生まれた。祝伊紗那の醒めてはいけない
今思えばここまでは完全な予定調和だったのだろう。どうあっても自分の死という運命は彼女にとっての確定事項だったはずだ。何せこの世界において、祝伊紗那という席は一つしかないのだから。
しかしそれでも、
「例え私が彼女の現実逃避のための道具にすぎなくても、私は祝伊紗那を恨まない……恨めない」
もう一人の伊紗那はあの時と同じようにユウトの胸に顔を埋めた。
(こんな気持ちをくれたあの子を裏切れない)
いっそのこと自分を命令に忠実な感情のない殺戮者にしてくれていれば、こんな迷いはなかっただろう。
「私も、あの子も、同じだから……あの子がどれだけあなたを求めて、失ってどれだけ絶望したか……痛いほど理解できる」
彼女に命を貰い、初めて自分と同じ存在を目の当たりにして、ただ純粋に可哀そうだと思った。力になってあげたいと思った。だから彼女は祝伊紗那であることを受け入れた。十年来の親友の恋路を応援するように。請け負ったその瞬間から、激しい後悔と絶望に自分が呑まれるとわかっていても。
だって祝伊紗那とは本来そういう優しい女の子だったはずだから。
でも今の彼女にその役割はもうない。存在意味も。名も剥奪された。ここにいるのは伊弉冉の世界に残ったわずかな残留思念。一抹の夢、ただの幻だ。
「……お願い。あの子を、救ってあげて」
ボロボロ泣きながら、震える声で名も無き少女は懇願する。
「……身勝手なお願いだってことはわかってる。私のことはいくら恨んでくれてもいいから。そもそも私がちゃんと役目を果たしていればこんなことには――」
「もういい!」
「……ッ!」
ユウトが声を荒げたと思ったら、ギュッと彼の両腕に力強く抱きしめられた。
「あっ……」
「もう、いい。……あの時言ったろ? 例えお前が俺の知ってる伊紗那じゃなくても、それはお前を助けない理由にはならないって」
ユウトはいつものように祝伊紗那にかける優しい言葉でそう答える。
「……ユウ、ト」
「……あー、伊紗那は俺のことをユウって呼ぶぞ?」
困ったように笑ってみせるユウト。いざ同じ顔で、同じ声でいつもと違う呼ばれ方をするとなんだか妙な気分だった。
「……でも、私は――」
「お前はあいつと同じなんだろ?」
今は同じ喜びを知り、同じ痛みを知っている。両者に違いなんてない。
「……ユウ」
その名を口にすると、胸が熱くなった。名も無き少女に今一度名前が刻まれる。
「あぁ、伊紗那。任せろ」
その熱は存在を許されたことによる安堵だ。
(……あぁ、これ……)
この感じだ。
今更だがあの時の選択を改めて後悔する。ずるいと思ってしまう。
(……やっぱり私、嫌な子だ)
もう伊紗那はほとんど崩れていた。体は光となり、周囲に溶けていく。それでも彼女は心からの笑みをユウトに向ける。
もっと自分を見てほしかった。
もっと自分にドキドキしてほしかった。
今まで押さえつけていた欲が一気に爆発する。それを言葉にする。
「ユウ……愛してる……」
「あぁ……俺も大好きだ。伊紗那」
もう一度、今度は本物の祝伊紗那として口づけをした。
次の瞬間、祝伊紗那は消滅した。
・2・
飛角の嵐のような連撃はシンジにあと一歩のところまで迫っていた。
「ははっ! すごい力だ! やっぱこれくらいやってくれないと戦い甲斐がない」
行く手を阻む障害は文字通り薙ぎ倒す。無限に増殖する大樹の壁が次々と彼女の拳で破裂していった。
「ロシャード!!」
「おう!!」
さらに腰にしまっていたロシャードを如意棒のように伸ばしてさらに間合いを詰める。
「おっと」
しかしシンジは飛角の刺突をヒラリと躱してみせる。
(……くっ、こいつ……おちょくってんのか!?)
「なるほど二人がかりか。いいんじゃない?」
必要以上に近づかせることはしても、決して触れることはできない。シンジはすべての攻撃を嘲笑うかのように躱す。まるで相手を自分の手のひらで転がして、死と隣り合わせの闘いそのものを楽しんでいるかのように。
「でもそれじゃあまだ足りない。ほら頑張って! 前に病院でやったやつの方がもう少し頑張ってたよ?」
「ならこれでッ!!」
「ッ!?」
飛角の攻撃を避けた着地地点を狙って、アリサが槍に形を変えたパンドラを突き出した。案の定、先ほどと同じようにシンジを守る樹木が足元から高速で飛び出す。
「くっ……ッ!!」
だがそれはアリサも予想していたことだ。アリサはそのまま木製の壁にありったけの力を込めて槍を突き刺した。両手で構える分、さっきのナイフとは段違いに力が入る。今度は簡単には押し負けない。カーミラからもらった身体強化もある。
先端に消滅の魔力を迸らせた一点集中。
「はあああああああああああああ!!」
しかしそれでも槍は木壁を貫通するが、シンジまでは届かなかった。
「ッ!!」
先端に込めた魔力は問答無用でシンジの木壁を消滅させてはいるが、同時に再生した部分が槍を持つアリサの腕に絡みついたのだ。これではこれ以上動けない。
「君の魔法は僕が一度は欲しいと思ったものだ。注意してないわけないだろう?」
アリサ同様、前の世界の住人であるシンジは彼女の魔法を知っている。当然、その対処法も。確かに黒い消滅の炎は防御不可能の厄介な代物だが、アリサはそれを使うことを恐れている。制御できないからだ。だから全力で炎を出そうとしない。ならば付け込む隙はいくらでもあるのだ。
「……確かにそうかもしれません。でも、私だってここまでは予想していました」
「!!」
シンジの目の前で止まっていた槍の先端が急に変形した。使用者の思うがままに形を変える武器。今アリサが持つ槍は、いわば仕込み槍のようなものだ。
「くそっ!」
「遅い!」
先端がショットガンに変わったパンドラはアリサの魔力を一気に吐き出した。
「……やった……」
「……あっぶな」
目と鼻の先を弾丸が通った飛角は手近にあった机の上に着地する。
シンジを巻き込みそのまま背後の窓ガラスもまとめて吹き飛ばす大威力だ。文字通りハチの巣になっているはず――
「まだだ!!」
御影の傍にいた秋斗が叫んだ。直後、煙を裂いて鋭利な大樹が触手のようにうねりながら教室内を縦横無尽に駆け巡った。
アリサと飛角は持ち前の身体能力で、秋斗は転移で御影と共にそれぞれ回避する。
ものの数秒で戦場だった教室内部は樹海と化した。それだけに留まらずさらに浸食は進む。アリサたちはそのまま廊下の窓を突き破って外に脱出した。
「おいおい、今のは死んどくところだったんじゃないの?」
「……わかりません。あの距離でどうやって私の魔法を――」
「いやー、さすがに今のは危なかった。なるほど肝に銘じておこう。恐怖を克服……いや、違うな。なりふり構わなくなったってところかな? アリサ」
樹海から悠々とした足取りで姿を現すシンジ。その手には真っ黒な茨の槍を携えている。
「……その槍は!!」
それはシンジの魔法ではなかった。
かつて、前の世界で死神と呼ばれたある女性が使っていたものだ。
空間を切り裂くアリサと同じ無属性魔法。
(……空間を切り裂いて私の魔法を異空間に送った、ということですか)
確かにそれなら回避はできる。あくまで消滅の魔法が効果を発するのは触れたもののみだからだ。
「ま、これは博士にも内緒の奥の手だったんだけど……」
シンジが指先を少し動かすような素振りを見せると、直後に飛角と秋斗二人の両太腿、両肩を氷の棘が貫いた。
「がっ……!?」
(……はや、いッ!)
魔法発動までのタイムラグがほとんどなかった。何かをした素振りは見えたがそれでは全然間に合わない。
秋斗は自身に突き刺さっている氷槍を見て、憎悪に満ちた目でシンジを見上げる。
「……シンジ、貴様ァァァァァァァァ!」
「ハハ! 秋斗、君の妹の魔法だ。どうだい? 懐かしいだろう?」
御影は目を疑った。
「……あの槍、それに今の氷……複数の魔法を使う魔法使い……彼もワーロックなの?」
だが彼の両目は伊紗那のように赤く発光していない。他の魔法使い同様左目だけだ。
「さて……散々受け身に回ってあげたんだ。今度は僕の番ってことでいいよね?」
シンジは舌で自分の上唇を舐める。すぐに命を奪うなんて野暮な真似はしない。まずは手足を削いで、それでも向かってくるなら上々。心置きなくその戦意を砕く。そうして相手の可能性全てを一つ一つ丁寧に蹂躙していく。それがシンジのやり方。真に戦いを楽しむということだ。
的確に足の筋肉を潰された二人はその場を動けない。足に上手く力が入らないのだ。
「ふふん♪」
シンジは片手で黒薔薇の槍を弄びながら、まずは飛角に近づいた。
「さて、次はどこにしようかな。君、丈夫そうだし、お腹に大穴空いてもすぐには死ななそうだよね。試してみようよ? そっちの白衣の子も一緒にね。さっき君のせいで仕留めそこなっちゃったからさ」
シンジが猟奇的な笑みを浮かる。
「……フフ」
「ん?」
一瞬、状況に不釣り合いな笑みが聞こえた。シンジは首を傾げる。
「……ようやく、自分から近づいてきたな。このクソ野郎ッ!!」
「ッ!?」
動けないはずの飛角がシンジに向って襲い掛かる。彼女の再生能力は魔獣由来。人のそれとは比較にならない。
(取ったッ!!)
飛角はシンジの頭を吹き飛ばすつもりで拳を放った。
しかし――
「……な、に……」
拳がシンジまで届くことはなかった。それどころか今度こそ体の制御がきかずに、飛角はその場でうつ伏せに倒れた。その場にいたアリサや御影も体が痺れて動けなくなる。
「ごめんね。君らが外に出た時点で僕の勝ちは決まったようなもんだったんだよね。外一帯に麻痺毒を散布しておいたんだ。そろそろここら一帯を充満するころだ」
「……しま、った」
アリサは周囲を見渡す。すると学園の屋上に巨大な花が咲いているのを見つけた。シンジとの戦いに集中しすぎて気付かなかった。すぐにハンカチで口元を覆おうとしたが、もうそれができる力さえ出せなかった。
シンジはそれを確認すると黒薔薇の槍を改めて構える。
「残念でした。でも君たちだって罠を張ってたんだ。これでおあいこだよね?」
ゆっくりと飛角と御影の元に死の足音が近づいてくる。
「……くっ」
「マズいな」
今度はさっきのような動けなくなったフリではない。本当に指一本動かせない。
「そっちの二人は捕獲って命令だけど、君たちは特に何も言われてない。殺しちゃってもいいよね?」
振り上げられた槍は空間を引き裂く絶対の刃。防ぐことはできない。まさに絶望的な状況。
「じゃあね」
シンジが容赦なく刃を振り下ろした。
「待ちやがれ!!」
意外にも背後から聞こえたその言葉でシンジの動きがピタリと止まった。
「あぁ……」
振り返らなくてもわかる。確信があるからだ。
彼はきっと自分を楽しませてくれると。シンジの瞳に凶悪な光が灯る。
「……そうこなくっちゃ」
悪魔は振り返る。
「次は……君かい?」
・3・
「お前……」
ユウトはシンジを睨んだ。初めて見る顔だが誰だか見当は付く。
(……こいつはたぶんタカオをやったやつだ)
植物を操る魔法を使う少年。
ついさっきリクとアヤノから聞いた特徴とも一致している。
すぐに近づくことはせず、適切な間合いを測りながらユウトはシンジの注意を飛角たちから逸らす。
「やぁユウト。君にとっては初めましてかな? まぁ、僕にとっては相変わらずイラつく顔だけどね」
そんなユウトの目論見を知ってか知らずか、シンジはユウトに近づいていく。今この瞬間まで自分と殺しあっていた敵にはもう興味がない様子だ。
「お前が、タカオを……」
「タカオ? あぁ、あの時の。へぇ……友達なんだ。彼はなかなか僕を楽しませてくれたよ」
挑発的な言葉。怒りが湧き出すがユウトはまだそれをグッと堪えた。
「それにしてもおかしいな。君には僕の毒が効いてないみたいだ」
「さぁな」
ユウトは毒で充満したこの空間でも問題なく動けている。当然元々免疫があるわけではない。腕輪の治癒力に由来するものでもないだろう。そもそも今のユウトにはそのルーンの腕輪すらないのだ。
(……なら、俺の中にあるアレのせいか?)
ユウトは胸元を抑えた。
「ま、戦えるんなら何でもいいけどさ」
今の自分は伊紗那の願いを背負っている。初めて彼女が自分を頼ってくれたのだ。だったらこんなところで立ち止まってなんていられない。
ユウトは拳を胸元まであげ、戦闘態勢をとる。
「ん? ちょっと、早く
シンジは両手を広げて困ったような表情を浮かべた。
(……まずい、今のユウトさんには腕輪が……)
アリサは必死に体に力を入れるが、やはり動けない。
(お願い、動いて!! ……こんなの、無謀すぎる)
このままでは少年が殺されてしまう。シンジは人間なんかじゃない。あれは人の皮を被ったモンスターだ。心はない。
(……大丈夫だ。腕輪がなくても、今の俺なら戦えるはずだ)
肺の空気を全部外に出して、思いっきり吸った。
集中する。全神経をこの左腕に。
イメージする。正しい自分の形を。
「来いッ!!」
瞬間、眩い光がユウトから溢れだした。
「ッ!! 何!?」
こんな現象アリサは知らない。一瞬、エクスピアでの恐怖が蘇った。
光が弱まり、アリサは目を凝らす。そこにはユウトが立っている。理想写しの籠手を携えて。
「……う、そ」
腕輪もないのに魔法を発動してしまった。それだけではない。理想写しの形状も少し変わっている。
(……魔法が、進化した?)
「ふーん。見掛け倒しとか言わないでよ?」
シンジは義手に取り付けられたネビロスリングにキーを挿す。
『Ready......Vinea Open』
頭上に現れた禍々しい降霊武装。それがシンジの体を包み、タカオを倒した圧倒的な力が姿を現す。
「最初は一人くらい殺せば君も本気になると思ってたけど、君がその気なら別にいいや。お望み通り徹底的に叩きのめしてあげるよ!」
シンジは地面を蹴る。すると校庭から六本の丸太大の木槍がユウトに襲い掛かった。
「ッッ!!」
ユウトは籠手からブレードを伸ばして正面の二本を破壊する。そのまま残りを回避してアリサの元に降り立った。
「アリサ、すまん。先に謝っとく」
「え、何ですか!? ちょっ……ひゃっ!!」
ユウトはアリサの胸元に籠手を押し当てて黒いメモリーを取り出した。いくら理想写しが進化しようと、あり方が大きく変わったわけではない。他人から生み出したメモリーがなければユウトはほとんど無力なのだ。
「……えーっと……ごめん」
「……ッ!!」
アリサが恨みがましい目をユウトに向ける。だが状況が状況だ。今は構っていられない。
続いてユウトは御影と飛角に目をやる。御影は意図を理解したようで深くため息をついた。
「……はぁ。お好きにどうぞ。どうせ目の前に動けない女性を襲う変態がいることがわかっていても、私はこれっぽちも動けませんので」
(……めっちゃ怒ってらっしゃる)
御影が何に対して怒っているのかはわかるが、今はまだ彼女の意向に沿うことはできそうにない。
「私はいつでもウェルカム。何ならどさくさに紛れておっぱい揉んでも一向に構わない。むしろやれ。これだけの据え膳、私なら飛び込むけど?」
飛角はすっぱり言い切った。
「お前は……ブレないなぁ……」
ユウトは二人からもそれぞれメモリーを取り出す。
(よし、これで準備は――)
「ちょっと、僕を無視しないでくれるかな」
「わかってるさ」
『Eclipse』
メモリーを差し込み、黒の大弓を召喚するユウト。思いっきり弓を引き、文字通り黒矢の雨を降らせた。降霊武装でさらに強化されたシンジの波状攻撃が全て消滅する。
「ちっ……アリサの魔法か」
さらに追撃の矢がシンジを迫るが、シンジは逃げることはせず、手元に先ほどの黒薔薇の槍を召喚して空間を引き裂いた。ジッパーのように空間に穴が開き、そこに矢が吸い込まれていった。
「君だけが複数魔法を使えるわけじゃないッ!!」
さらにシンジが追撃とばかりに地面に触れると、巨大な氷槍が無数に地面から隆起した。
「くっ……!」
ユウトは串刺しにならなかったものの、氷に挟まれて身動きができなくなっていた。氷の柱は氷の牢獄と化す。
「さぁ、これでフィナーレだ!」
シンジは両手に木剣をそれぞれ作り出し、ユウトに向って一直線に突進する。
「ッ!!!!!!」
一瞬、シンジの背筋に寒気が走った。攻撃を止め、背後に飛んで距離を取る。
(……この感じ、あの時と同じ……)
これは病院で戦ったあの龍のネフィリムと同じ感覚だ。
ユウトの籠手が龍の顎を模した斧へと形を変え、同時に生じた余波で氷の牢獄が砕け散った。
「あの斧は……」
暴走したユウトが生み出した、理想写しとは全く異なる力。
「くっ……あ……ッ!!」
斧から負の感情が流れ込んでくる。熱く、泥沼のような深みを持つ純粋な悪意。一瞬でも気を抜けば理性を持っていかれる。
「……お前が、何なのかはどうでもいい……だ、けど、俺の中に居座るなら力を貸せ!!」
ユウトは殴りつけるように斧に拳を当て、そこからメモリーを取り出した。
途端に負の濁流は止まった。メモリーとしての形を得た呪いは、ユウトによって再度装填される。
『Greed』
直後、体の表面を骨のようなものが這いまわる。だが以前のように獣にはならない。ここにいるのはまだ人としての吉野ユウトだ。
「……」
もうシンジは軽口を叩かなかった。黙って腕輪の鍵を一度回す。
『Execution』
氷の獅子を召喚し、それに騎乗して高速で突進する。空気中の水分が凝固し、さながら巨大な氷の弾丸と化した。
対するユウトも掌握した概念喰いのスロットに御影と飛角のメモリーを差し込む。
『Extraction Bios Drain』
中から粉砕音が聞こえ、収まりきらなくなった莫大な魔力が溢れ出す。
『Exterminate』
「あああああああああああああああああああああああッ!!」
叫びと共にユウトは横薙ぎに斧を振るって氷の弾丸を弾き飛ばした。
「ぐあああああッ!!」
氷の弾丸が砕け、シンジの体が投げ出された。だがシンジはすぐに立ち上がる。降霊武装の装甲も半分程度破壊されているが、そんなことは関係ない。
「くっ……ハハハハ!! いいねとてもいいよユウト。そうこなくっちゃ!」
まだまだ楽しみ足りない。シンジは黒薔薇の槍を召喚する。
しかし、槍は錆付き粉々に砕けてしまった。
「ッ! ……バカな。僕の魔法が、何で――」
「お前の魔法じゃない」
ユウトは手元の二つのメモリーを見せた。それらにはシンジの使っていた彼のものではない二つの魔法が入っている。御影のメモリーは「変換」。飛角のメモリーは相手の魔力そのものに「干渉」できる。二つの力を組み合わせれば、相手の力をメモリーに変えることができるのだ。
シンジの場合、どうやって他人の魔法を自分に組み込んだのかはわからないが、こうして取り出してしまえばもうあの二つの強力な魔法は使えない。
「……お前」
シンジはユウトを忌々しそうに睨みつける。その顔はもう彼にとってこの戦いが遊びではないことを物語っていた。
「……まぁ、いいよ。二つ分の魔法を抱え込むのもそれなりに骨が折れるし。それに僕にはまだこれがある」
一度大きく息を吐いて、背後に巨大な花を咲かせるシンジ。
「ユウト。君の弱点は君の周りにいる
「俺はみんなを武器だなんて思ってない」
シンジはフッと笑う。
「……どうだか。君も本当は僕と同類だと思うけど?」
「……同類?」
「そうさ。力を求めて、それを使いたくて仕方がない。そうだろ?」
「違う!!」
ユウトはシンジの言葉をかき消すように叫んだ。
「あっそ。なら君が一人になるまで、僕が君の弾薬を破壊しつくしてあげるよ。そうすれば嫌でも――」
その時、シンジの腕輪が鳴った。
「ちっ、こんな時に」
シンジはうざったそうにモニターを展開して内容を確認する。
「へぇ……」
シンジが口元をニヤリと歪ませた。
「ユウト、朗報だよ。宗像冬馬達がネフィリムの居場所を特定したってさ。伊紗那もいるみたいだよ?」
「伊紗那がッ!?」
シンジは思った通りのユウトの反応に心を躍らせる。
「君に奪われた僕のコレクション。代わりに彼女で補うことにするよ。じゃあね」
「待て!! 逃がすか!!」
ユウトはシンジに向って魔力の斬撃を飛ばした。しかし巨大花の無数のツタが邪魔をして、簡単にシンジの逃走を許してしまう。
ユウトはその場に膝をついた。この概念喰いという代物。思ったより消耗が激しいようだ。だがこの力はあのネフィリムでさえ倒すことのできる、初めて手に入れた自分の力でもある。
あと何回使えるかはわからない。暴走の危険性もある。それでもユウトにとって必要な力だった。
消えていった少女との約束があるから。
「……伊紗那」
少年は空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます