第?話 //UNKNOWN ONE//

「いやぁ~、さいっこうにいい感じに舞台がぶっ壊れてきたなぁ……ククク」


 盤上を眺める者がいた。


 明かりの消えたモニタールームでただ一人座り込む黒いスーツ姿の男。細部に至るまでオシャレに気を使っているのか、歳三十前後にしては若く見える。

 エクスピアに勤めるこの男の名はウィリアム・タガート。かつては冬馬の父親である最牙一心の側近で、今では裏で冬馬たち対魔獣部隊のサポートをしている。


 


 普段の所作からは洗練されたどこぞの執事と間違われてもおかしくない出来る働きぶりを見せる彼だが、今この場においてはその雰囲気はガラッと変わっている。

 悪意をそのまま形にしましたというような歪んだ笑み。

 彼はタガートであってタガートではない。

 カーミラだけが知っていた彼の真名はカグラ。


 この世界に潜む『悪』だ。

 

 言い換えるなら、この世界におけるゲームマスターといったところか。

 しかしそれは過去の話だ。

 伊弉冉の所有者であった彼だが、刀が現所有者である伊紗那に渡ってしまったことでその権限はほとんど失われている。出来ることといえば彼女の舞台せかいを眺めることくらい。人がかろうじて感じ取れる程度の若干の干渉は出来るが、ほとんど無害な幽霊と変わりない。

 しかしそれも今や過去の話だ。

 なぜならカグラはこの世界での『役』を手に入れたからだ。レオンの元同僚ラリー・ウィルソン。彼と瓜二つの容姿をしているのはそのためだ。


 世界からラリーという人間の死を偽装し、同時にタガートという人間うそに組み込む。


 。一心に秘書などそもそもいないのだ。仮にいたとして、彼の計画に加担する存在を冬馬が生かしておくはずがない。


 そう。。 


 それがわからなくなってしまっている。

 現実が捻じ曲げられている。

 普通ならこんなこと一介の幽霊ごときにできはしない。しかし幸か不幸か、ラリーの死と一心の周りには共通してある『イレギュラー』が存在する。

 そのイレギュラーとは、ラリーを殺したジャックという別人格。そして一心殺害に関与した神凪夜白だ。この二人にはカグラにとって価値ある共通点が一つだけ存在する。


 それはどちらも本来彼女いさなの筋書きにない存在だということだ。

 

「いやぁー、ここまで本当に大変だったぜ。あの間抜け親父に腕輪を見つけさせて、研究に没頭させるように色々仕組んだりいやがらせしてなぁ」

 ルーンの腕輪はカグラが唯一強く干渉できるアイテムだった。


 それはカグラこそが、オリジナルのルーンの腕輪の製作者だからだ。


 この世界にその腕輪がある以上、その事実だけは変えることができない。それはかつての世界で腕輪によって魔法を得た伊紗那でさえも不可能。彼女にとってもこの結びつきは絶対だからだ。

 そもそも腕輪さえなければこんな事態になっていない。それでもこの世界に腕輪が存在しているのはそのためだ。


 ルーンの腕輪だけはどんなに世界を歪めても必ずどこかに存在を許してしまう。


 そして。

 腕輪の研究によって生まれた神凪夜白。

 腕輪の影響でとある少女の心に生まれたジャック。

 どちらも彼女に望まれて生まれたものではない。

 そんな彼らの行動は、この世界ではとても不明瞭な事象となる。いわゆるバグだ。カグラはそのバグにおいてのみ強い干渉力を得たのだ。

 一度管理システムにアクセスできればあとは簡単だ。肉体の構築に事実の捏造。イレギュラーを中心として可能な限りカグラは干渉を繰り返し、そしてその最適解として「ウィリアム・タガート」という一人の役が生まれた。

 全てはワーロックを生み出すため。

 そしてその体を奪うために。

 

「でも伊紗那アレはダメだなぁ」


 カグラは落胆の声を漏らす。

「せっかくの完全調和が崩れちまってる。あれじゃ時期にガラクタ行きだ」

 ワーロックとはガラス細工のようにとても綿密な存在だ。同じ工程を取ったからといって、寸分違わぬものができるとは限らない。そもそも作業化できるような存在であればここまでの苦労はない。


 その存在はいわば『無限分の一Unknown one』。


 神さえ知らぬ天外の黄金比を体現した者だからこそあの力は成立する。


 だからこそ一度自らの魂を分割するという愚行を行った彼女がたとえ元の姿に戻ったとしても、それはもはやただの『紛い物』でしかない。

「ま、俺も今やただの一役者だ。今の俺には何もできねぇ」


 しかし『紛い物』が悪いとは思っていない。むしろ『紛い物』ほど厄介な劇薬はないのだ。

 求めるのは変化。今まで考えもしなかったような劇的な何かだ。

 希望絶望本物偽物愛情憎悪大いに結構。

 カグラの求めるものは、皮肉にもカーミラのそれと同じものだ。


「せいぜい気が済むまで勝手にドンパチしてくれや! ヒャハハハハハ!!」


 闇で覆い尽くされた室内で、男の狂気が木霊する。


 男はその時が来るまで、ただ楽しむだけだ。

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