第15-2話 本物の価値 -Shangri-La-

・4・


 店の裏でユウトは何か戦う術はないかと試行錯誤をしていた。店の倉庫に保管してあった木刀を持ち出して振るう。もちろんこんなものでどうにかなるとは思っていない。

 魔法に対抗するには魔法しかない。それはジャックとの戦いで痛感したことだ。アーロンのように戦術武装アームド・フォースがあるわけでもない。自分にあるのはこの生身の体一つだけ。だからこの体でできることは何でも試しておきたかった。

 幸い、元々刀の心得は少しある。演劇の練習の時に剣道部から剣の指導も受けたことがあった。加えて刹那のメモリーを使用してからは、白銀の刀を使うたびにその技術は洗練されていた。

 そういった模索を続けた結果、ユウトは魔法の籠手は出せないが、魔力操作は今まで通り使えることに気が付いた。木刀を振り続けているうちに、刹那が折れた刀身を雷で補っているように、無意識に刀に魔力が流れていたのだ。

 もう一度、籠手の具現化を試みるが、こっちは成果なしだ。

(……やっぱり籠手はダメか。でも魔力が使えるってことは、腕輪の機能自体は死んでないってことだよな?)

 まだ戦いようはある。限りなく白兵戦になるのは目に見えているが、それでもないよりはだいぶマシだ。これで人並み以上には戦える。


「ユウト、ちょっといいか?」

「何だよ?」

 タカオは珍しく神妙な面持ちだった。

「ありがとな。本当ならお前だって大怪我してんのに。これは元々俺の役割だ」

 ユウトの痺れている右手が少しだけ強張る。

「いいよ。俺がそうしたいからそうするんだ」

 二人は近くのベンチに座った。

「あのリーっていうやつのことだけどな――」

「ちょっと待て。それは言わないといけないことなのか?」

 タカオは少し黙る。だがすぐに首を横に振り、

「いや、言わせてくれ。そしてユウト、お前は絶対に邪魔をするな。あいつとの決着だけは俺が付けないといけないんだ」

 タカオの瞳には強い決意が見て取れた。



「……」

「……」

 突然すぎて、しばらくその言葉に思考が止まった。

「……えっ。えっ!?」

「……お前、信じてないだろ?」

 タカオは苦笑して言った。

「まぁお察しの通り、俺は落ちこぼれだったけどな」

 タカオは大げさにそう言った。だがそれがただ虚勢を張っているだけだということはすぐにわかる。

「何があったんだ?」

「別に……何もなかったよ。何もなかったんだ……」


 玉選館のスカウトを受けたタカオは不安はあったものの、期待に胸を膨らませてその荘厳な門をくぐった。

 授業自体も他の学園とは全く違い、生徒が自主的に進めていく。教師はそれぞれの長所をより尖らせるためのカウンセラーにすぎなかった。彼らは誰かに教えを受ける行為自体が効率が悪いとわかっているのだ。真に優秀な者は、おのずと自分で答えを導き出す。彼らの場合、それが教師が一から百まで教えるスピードより早いだけなのだ。


「……化け物だな」

「すごいだろ俺?」

「……」


 タカオはというと、そんな変わった授業スタイルにも何とかついていけていた。さすがにスカウトを受けただけのことはある。

「それでそんな日々が何カ月か続いて、俺は一人の女の子に出会ったんだ」

 彼女の名前は三枝良子さいぐさりょうこ。三つ編みの髪で、眼鏡をかけたいかにも勉強できそうなオーラが出ている真面目な子だ。

 タカオと同時期に入学した彼女は、同じように毎日を忙しなく送っていたので、同じ悩みを共有することですぐに打ち解けた。

 主には勉強会という形で。


『皆城くん。ここの式のことなんだけど……』

『あ? ここはこっちの完成した式を詰め込めばいいんだよ』

『ダメ。それじゃあ使えたことにならないでしょ? 自分で見て、触って、それで全部理解して初めて使えるって言えるんだから』

『……真面目だねぇ』


 彼女はとにかく真面目で、その頃授業についていくために楽する手段を考え始めていたタカオには眩しい存在だった。だけど不思議なことにド正論をかざす彼女を嫌だと思ったことは一度もなかった。

「三枝はいいやつだよ。ああいうやつは好きだ」

 目の前の難問にまっすぐ誠実に取り組む彼女のその顔が、タカオは大好きだった。


 しかし、その日は突然やってきた。

 良子に目を付けたリーが彼女を連れ去ったのだ。

 リーが気に入った女を自分の物にすることは学園内でも噂にはなっていた。だけど同じ学園内であっても雲の上のような存在だったリーは自分や良子には関わりのない人間だと思っていた。それに良子は言ってしまえば地味目の女の子だったのもある。

 学園におけるリーの立場は教師よりも強い。誰一人彼に文句を言えはしない。より強いものが全てを支配する。玉選館とはそういう場所だった。

「俺はどうしてもそれが気に食わなかった。だから俺は、その日の夜にやつの部屋に忍び込んだ」

 当時、リーはまだ腕輪を持っていなかった。

 何というか、そのまま本でもかけそうなほどの一人の女を奪い合う男同士の殴り合いが繰り広げられ、最終的にタカオが殴り勝つ形で勝負は決した。

「我ながらかっこいいと思うよ俺。まぁ怒られるのは覚悟してたけどな。でも後悔はしてない」

 だってそれは絶対に正しいと思える行動だったから。その手法は褒められるものではなかったとしても、もう一度あの笑顔を、この手で救いたいと思ったから。


「……でも次の日、それは全部なかったことにされた。いや、俺という存在があの場から消えたんだ」


 次の日、タカオは良子に話しかけた。昨日の今日で落ち込んでいるかもしれないと思ったからだ。

 だが彼女は、

『あなた、誰?』

『……え』

 その言葉がグサリと胸に突き刺さった。

『お、おい。俺だよ! 皆城だよ! 冗談は――』

『あ……』

 良子は目を輝かせて、昨日タカオが殴り飛ばした男の元へと走って行った。

『おはようございます』

『おう』

 少女の肩に手を乗せるとき一瞬、その蛇のように鋭い目がタカオを捉えた。

 今思えば、それが魔法の類で洗脳されていたのだとわかるが、その当時は何が何だかまるでわからなかった。

 ただ、目の前の光景が事実なのだと思い知らされた。

 だがそれだけでは終わらなかった。

 玉選館そのものからタカオの存在は抹消されていたのだ。学生リストはおろか、それまでつるんできた友達、教師その全てからタカオはいなくなっていた。


「……俺は、逃げたんだよ。怖かったんだ。どうしようもない目の前の悪意から目を逸らしたんだ」


「……」

 ユウトは声をかける言葉が見つからなかった。

 ずっと、タカオは自分の理想の少し上を行く存在だと思っていた。やりたいことをやりたいと言え、大勢の信頼と助けを受け、それに全力で取り組む。それはある意味一つの理想の完成形。

 そのタカオが逃げ出すほどの絶望は果たしてどんなものだったのか? 想像できるわけがない。

「だけど、俺とあいつの関係は絶対嘘じゃない。あいつが言ってたように、楽して答えを得てもそれは本物じゃない。俺はこの腕輪に出会ってから、ずっとその本物を作り続けてきた。それが俺たちの理想郷シャングリラだ」

 タカオは左の拳を強く握る。その拳は少し震えている。

「やっぱり、今までビビってたのかねぇ……。手の震えが止まらねぇや」

 ユウトは右の拳をその拳に打ち付ける。

「本物が嘘に負けていていい訳ないよな?」

 その言葉で、タカオは最後の覚悟を決めた。


「あぁ、今度こそ……今度こそ、俺は俺が失くした最初の本物を取り戻す。俺たちでミズキも、三枝も、全部救うんだ!」


・5・


 次の日。早朝。

 アーロンから連絡を受け、ユウトとタカオは店の扉を開ける。

 伊紗那は御影に頼んで一緒に家に帰ってもらった。

 凌駕は伊紗那に対して妙な執着を持っているようにも見えたからだ。今回は伊紗那もそれを知っていて、この事態が自分のせいだと思ったのか、最後の最後までユウトを心配していた彼女を納得させるのには本当に苦労した。

「大丈夫だって。友達を迎えに行くだけだから。今日中には全部済ませて帰るよ。……そうだ。今日の夕飯はカレーがいいな。伊紗那のは美味しいからな。もう俺じゃ敵わないよ」

 ユウトは珍しく夕食のリクエストを出してみた。

 伊紗那はしばらく黙り込んで、そして言った。

「……わかった。待ってる」

 これ以上は何を言っても無駄だということを、彼女は良く知っている。

 いっそ諦めてくれればどんなにいいか。そう思わずにはいられない。

 だが同時にそんな姿を見たくない自分がいる。

 つくづく、どうしようもなく、自分が嫌になる。

 だから本当は殴ってでも止めないといけないのに、こんなことを言ってしまう。

「……大丈夫。ユウならきっとできる。大丈夫だから」

 伊紗那はユウトの右手を両手で包んでそう言った。

 それはある意味呪いの言葉だ。これでユウトは必ず帰ってこなければいけなくなった。

「あぁ」

 ユウトはその手に左手を重ねた。

「御影、後は頼むな」

「……Yes。では行きましょう」

 二人はシャングリラを後にした。


「よし……行くか」

「どこへ行くつもりですか?」

 アリサはユウトの前に立つ。彼女はどうやらユウトを先へ行かせるつもりはないようだ。

「言ったはずです。私はあなたを病院送りにしてでも止めますよ? 今回に限って言えばユウトさんが戦わないといけない理由はないはずです。それこそ警察に任せればいい」

 アリサは銃口をユウトに向けてそう言った。ボロボロの体に追い打ちをかけるのは忍びないが、足を撃ち抜いてでも止める腹積もりだった。そうでもしないと本当に止まらない気がした。

 ユウトはゆっくりとアリサに近づく。

「……来ないでください」

 それでもユウトは歩みを止めない。銃口はユウトに向けられたままだ。

「その右手だって感覚が無くなってるんでしょう? そんな体でどうするつもりですか?」

 トン。

「……えっ」

 気が付くとユウトの右手がアリサの頭を上に置かれていた。


「ありがとな。心配してくれて」


「……」

 しかし、その一言で心が揺らぐ。

 ゆっくりと左手を銃口に手を重ねる。

(ダメだ……)

「でもこんな俺にもまだできることがあるんだ。ほら、まだ動くだろ? この右手は後悔の象徴じゃないさ。だって――」

 勝てる見込みがある訳ではない。圧倒的な実力差はどんな小細工をしても埋められないかもしれない。

 それでもそれは自分が動かない理由にはならない。

 大切なものを取り返すための戦いに、諦めるという選択肢はない。


「この右手が誰かを守るためにあったなら、男としてこれ以上ないほど最高なんだから」


「ッ!?」

 もう銃口は地面を向いていた。

「まったく……」

 よくもまぁそんなことを簡単に。

「?」

「あなたはいつも私の言うことを聞かないんですから……本当に不愉快です」

「ハハハ……」


「あー、もう痴話喧嘩は終わったか?」

 ドン!!

「オワッ!?」

 タカオの足元に銃弾がめり込んだ。

「ちょっと……何すんのアリサちゃん!?」

「すみません。手が滑りました。それと馴れ馴れしく名前で呼ばないでください」

 アリサはそう言ってそっぽを向いた。

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