第13-2話 少女たちの闘争 -Girls talk show-

・4・


 三つのチームが編成された。どのチームも過去に誘拐があった場所で待機することとなる。

 レヴィルはミズキと同行。護衛はタカオだ。

 アリサと御影にはガイが。

 そして刹那は一人で、ユウトが付く。

 それぞれが指定のポイントに向かった。


・Aチーム アリサ・御影・ガイ


「何で私があなたと……」

「……No。それはこっちのセリフ」


 アリサと御影はジャンクショップで誘拐犯が現れるのを待っていた。ガイは向かい側の建物。使われていない二階で待機している。

 二人は別で協力関係にあるが、仲がいいわけでは決してない。むしろ今この瞬間だけは敵同士と言ってもいいのかもしれない。

 お互い目の届かない場所にいれば問題ないのだが、作戦開始前に単独行動は極力避けろと言われている。それにアリサはともかく、御影には戦う術がない。二人の間には氷よりも冷え切った空気が流れていた。

 店内では、アリサは武器として使えそうなものを探す。例えただのビンでも、油と紙があれば火炎瓶になるし、割れば鋭利な武器として使える。意外と馬鹿にならないのだ。実はこういう探し物、アリサは結構好きだったりする。まるで女子学生がお店でかわいいアクセサリを探すような感覚だ。

 御影はというと、特に目的はなく目に入ったものを手にとっては元に戻している。アリサと違って武器になりそうなものを探す必要はないし、PCパーツなど知識はあるが、一から組み立てようという気概もない。彼女にとっては支給されたもので十分なのだ。そんなわけで何の用もない御影は、まるでループ映像を見せられているかのように、延々と同じ場所を回り、同じ作業を繰り返していた。


「……ところで疑問なのだけど、ジャンク品を嬉々として漁る女子って、果たして魅力的なのかしら?」

「うっ……」

 確かに彼女の言うことには一理ある。少なくとも優雅ではない。

「さ、最終的には誘拐犯を捕まえればそれでいいんです」

「……自分のところに来る自信がないの?」

 御影はフッと口の端を釣り上げてみせる。

 カッチーン。

「何言ってるんですか? 当然誘拐犯は私のところに来るに決まってます。何ならその額を撃ち抜いてみせますよ?」

 アリサは射抜くような瞳で御影を見る。

 それはダメなんじゃないか、と御影は心の中で思った。

「それよりあなたこそ、私の邪魔をしないでくださいね」

「……No。心配ない。今の私には先生から授かったバイブルがある。誘拐犯は私にメロメロ」

 二人とも全く根拠のない自信を振りかざしていた。


・Bチーム ミズキ・レヴィル・タカオ


 レヴィルとミズキは公園にいた。タカオは離れた場所で待機。

「ごめんね。こんな遊べない所で」

 ミズキはレヴィルに聞いた。

「はい。大丈夫です」

 二人は並んでベンチに座っている。ここは公園と言っても「はみだしの物置」と言われるような場所だ。当初の思惑とははずれ、こんな小さな子供もいないような場所では遊具は使われることはない。掃除もされず錆びれ、辺りには廃棄された機材やらが散乱していた。そんな場所だから当然、公園内には彼女たち以外人っ子一人いない。ある意味ではターゲットにされる確率が上がっているとも言える。


「でも意外だなぁ。レヴィルちゃんがこんな勝負に参加するなんて」

「……いえ私は……その」

 レヴィルは少しモジモジしていた。それを見てミズキは悪戯っぽい顔になる。少女の耳元で小さく囁いてみた。

「……ねぇ、もしかして好きな人でもいるの?」

「ヒャイ!!」

 レヴィルはピンッと背筋を伸ばす。

「アハハハハ」

「もう。ミズキさん……」

 かわいく頬を膨らませるレヴィル。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。

「ごめんごめん。でもそれなら相手は誰かなぁ。ユウトだったりして?」

「……」

(えっ……何この空気?)

 どうやらドンピシャだったようだ。

 そこでミズキはハッと気付く。

(私のバカ……)

「ち……違うよ。私、心なんて読んでないからね!」

 ズカズカと少女の気持ちに踏み込んでしまった。それがどんなに傷つく行為か彼女が一番よく知っているはずなのに。

「いえいえ。別に気にしてません。その……ちょっと恥ずかしかっただけですから」

 レヴィルは両手を胸の前まで上げて言う。内心、ちょっとほっとした。

「ユウトかぁ……何で?」

「……ユウトさんは優しいですから」

 その顔は立派に恋する少女の顔だった。楽しそうに想い人のことを話してくれる。

「初めて会った時も、兄さんの時も、ずっと私の傍にいてくれて、助けてくれました」

 レヴィルには兄以外にそういう存在がいなかったから。ユウトを兄と重ねてしまうのかもしれない。

「ふーん」

(あの御影って子もそうだけど、逆神さんの時といい、もしかしてユウトって相当な天然ジゴロなんじゃ……)

 今度その辺についてじっくりと問いただしてみよう、とミズキは決めて缶コーヒーを口にする。


「ミズキさんはタカオさんが好きなんですよね?」

「ブフッ!!」

 盛大にコーヒーを噴出した。

「な、ななななな……」

「ふふ。見てればわかりますよ」

 レヴィルはチロッと舌を出して、お返しとばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。


・Cチーム 刹那・ユウト


 ユウトと刹那は北側。はみだしの入り口付近にいた。

 刹那は指定された場所をうろうろしている。少し落ち着かない様子だ。

 ユウトは近くで身を隠し少し離れた場所からその様子を眺めていた。

「……大丈夫なのか?」

 どことなく動きがぎこちない。意識しすぎているのだろうか? 念のため、すでに刹那からメモリーは生成してポケットにしまってある。いつでも出ていける。



「だーれだ?」



 突然、誰かに背後から両手で目隠しされた。

「っ!!」

 ユウトは全く忍び寄る気配に気づけなかった。

「はいはい暴れない暴れない。お姉さんがギュってしてあげるから」

 女性の声だ。


(……って、あれ、この声)


 それはとても懐かしい声だった。


「……燕儀えんぎ姉さん?」


「せ~いか~い!!」

「うわっ!?」

 声の主は自分だとわかってくれたことが嬉しくなって、そのままユウトの背中に思いっきり抱き着いた。

「どうしたのユウト? ちゃんと隠れてないとダ……」

 ユウトにくっついている少女を見て、刹那は絶句した。

「ちがっ……刹那これは――」


「……どうしてアンタがここにいるのよ」


「え……」

 刹那の様子がおかしい。

「やっ。久しぶりだねせっちゃん」

 可愛らしいチェック柄の半袖に黒のホットパンツ。おしゃれなのか黒縁の眼鏡をかけたその少女はにこりと笑う。


 橘燕儀たちばなえんぎ

 彼女はユウトと刹那が幼少を過ごした孤児院さくらで一緒に暮らしていた人間だ。歳はユウトより一つ上。院ではお姉さん的な立場にあり、みんなを可愛がっていた。

 ユウトも例外ではなく、彼女によく一方的に可愛がられていた。悪い人間ではないのだが、その天真爛漫さに慣れるのには少し時間がかかった。


「今すぐユウトから離れて、姉さん」

「へー。まだ私のことを姉さんって呼んでくれるんだ? 嬉しいなぁ」

 燕儀はユウトに抱き着く腕を離すとゆっくり起き上がった。

「まぁいいや。久々に二人の顔が見れたし、イースト・フロートここに来て正解だったかな」

「どうしてここにいるの?」

 刹那は語調を強めた。燕儀は気にすることなく、眼鏡をクイっと上げて答える。

「それはもちろんお仕事だよん。お・し・ご・と♪」

 彼女は可愛らしくウィンクしてみせた。

「……」

「ハハ。まぁしばらくはこの島にいる予定だよん」

 燕儀は再びユウトをギュッと抱きしめた。

「なっ……」

 明らかに刹那の反応を楽しんでいる。

 相変わらず彼女の愛情表現は昔と変わらない。まるでペットを可愛がるようだ。

「じゃあまた会おうね。ユウトくん♪」


 そう言い残し嵐のように現れた燕儀は、嵐のように去って行った。

 その背中を見送る刹那は、何だか悲しそうな顔をしていた。

 明らかに様子が変だ。彼女自身、燕儀を嫌ってはいなかったはずだ。むしろその逆。とても仲が良かった。共に剣術を学んでいた仲なのだから。


「どうしたんだよ刹那?」

 だからどうしてもわからなかった。どうしてそんな顔をするのか。

「……そっか、ユウトは先生に引き取られたから知らないんだ」

 そして刹那は告げる。


「姉さんは……御巫本家からある物を盗み出そうとして、孤児院から追い出されたのよ」


・5・


 未開発地区であるはみだしでは珍しくない無駄にできた建物と建物の間の細い小道。橘燕儀はそこをまるで探検するように歩いていた。

 別に遊んでいるわけではない。これも仕事の一環である。

「フフフフ~ン♪」

 彼女は今とても機嫌がいい。可愛い弟と妹と久しぶりの再会を果たせたのだから。自然と歩調も軽やかになるというものだ。

(二人とも成長してたなぁ。特にユウトくんは背も伸びたし、肩も大きくなってたし、男の子って感じ♪ お姉ちゃんちょっとドキドキしちゃった)

 彼女にとっては今でも二人は愛すべき姉弟なのだ。


 バキッ!!


 そんな燕儀の目の前で突然ゲートが開いた。空間がガラスのように割れ、鋭い爪をもった獣が現れる。

 ヘルだ。彼女は知る由もないが、ヨルムンガンドという大きな支柱を失ったヘルは度々こっちへやって来るようになってきていた。


 トゥルルルル。


 今度は携帯が鳴った。燕儀は目の前のヘルを気にも留めず電話に出る。

「はーい。橘です♪。イースト・フロートに到着したよん」

『やぁ。待ってたよ。それじゃあとりあえず僕のところに来てくれるかな? 場所と鍵は端末に送るよ』

「了解で~す」

『ところで目の前のそれはいいのかい?』

「大丈夫だよん。

 燕儀は何事もないようにヘルの横を素通りした。そしてそこから三歩離れると――


「SHAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 次の瞬間、ヘルのその体が炎に包まれ、絶叫を上げて霧散した。

 燕儀の掌には刃が見えた。日本刀の刃だ。それはまるで体の一部だというように、皮膚の下から突き出ている。気付く間もないほどの一瞬で、彼女の刀はヘルを斬りつけていたのだ。役目を終えたそのはスゥっと彼女の体内に戻っていく。

『へぇ。君も面白い物を持ってるんだね。是非とも調べさせてほしいな』

「ダメですよぉ。これは企業秘密です♪」

 燕儀はどうせ見ているであろう電話の相手に向かって、ウィンクしてみせた。


・6・


 どうやら相手がまんまと囮にかかったらしい。

 タカオたちの班から応援要請を受け、ユウトたちはすぐに駆け付けた。

 場所は公園だ。

「タカオ!! ……って、え……」


「はぁ……はぁ……失礼だが君はもしかして」


 武骨な鎧が息を荒げてレヴィルの方に歩み寄ろうとしていた。

(……あれが誘拐犯……でいいんだよな?)

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 

 タカオが魔法を発動させる。金剛の右腕デクス・ダイアモンドを振るう。

「えぇい。さっきから邪魔をするな少年よ!」

 相手も拳で迎え撃つ。

「うっせぇこの変態ロボットがぁ!!」

「何だその言いがかりは!?」

(自立人形オートマトン? でもあんなに感情豊かなAIなんて……)

 本来オートマトンは組み込まれた人工知能はプログラムを正確に従事し、失敗を重ねるたびに自ら考え、修正し、自己進化するものだ。だがそこに感情という数値化できないものは存在しない。だからさっきのように怒りを露わにすることはないはずだ。

 両者の拳が激突する。タカオの右手から繰り出される鋼鉄の一撃は、鋼の装甲さえも粉砕する威力がある。相手がロボットなら遠慮なくその真価が発揮される……はずだった。

「フン!」

「何ッ!?」

 信じられないことに、押し勝ったのはロボットの方だった。

「うっ……ぐあっ……!!」

 パワー勝負で負けたタカオは相手の拳の威力に圧倒され吹き飛ばされてしまった。

「少年よ。邪魔をするな。私はそこの少女に用があるだけだ」

 ロボットはレヴィルを指さす。

 怯えるレヴィルにミズキは庇うようにして抱きつく。

「そいつらに手は出させねぇぞ……」

 タカオはゴミの山の中からゴミをかき分けて立ち上がる。

「何度やっても同じだ」

「……そいつはどうかな?」


『Blade』


「っ!?」

 ユウトは意表を突いて横から襲いかかる。

「二対一とは! 卑怯千万ひきょうせんばん!」

「何ッ!?」

 ロボットは片腕で白銀の刃を受け止める。

(くそっ! 斬れない……)

 想像以上に硬い。よく見ると相手の装甲表面が青白く光を灯している。それは魔力の光。このロボットは魔力を使っている。切断できないほどの硬度は魔力操作によるものだろうか? しかもユウトの斬撃に対してピンポイントでのガード。相当の手練れであることは間違いない。

 だがユウトはなおも刀で相手に圧をかける。相手がロボットなら遠慮はいらない。手足の一つでも斬れればよかったのだが、目的はそれだけではなかった。

「ここだ!」

 ユウトが作ったその一瞬の隙を、タカオは見逃さなかった。

 腹部めがけて全力の拳を放つ。

「舐めるな!」

「「っ!!」」

 二人は驚愕した。

 ロボットの右のももの部分がガシャッと音を立てて開き、別の腕が現れた。その腕がタカオの拳をすんでのところで掴む。腕を掴まれたタカオはがら空きだ。

(隠し腕……マズい!!)

「少し眠っているがいい」

 ロボットはタカオの首めがけて手刀を繰り出そうとした。

 その時――


「はーいそこまで。ロシャード、ステ~イ」


 ロボットの動きが止まった。

 ユウトは声のした方を向くと、


「……伊紗那」


 と、見覚えのないけだるげな女性。

 何故? という疑問が頭の中を駆け巡る。

「えーっと……」

 伊紗那は戸惑いの笑みを浮かべ、横にいる声の主に肩を貸すようにして立っていた。

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