第14話 極限の希望 -Auswähl-

・1・


 とりあえずこの混沌とした状況を一つずつ紐解くため、話し合いという形をとることになった。

 場所はもちろんバー・シャングリラ。くだん誘拐犯ロボットも一緒だ。店は臨時閉店にしてある。ここなら誰にも邪魔されずに話ができる。


 アリサとガイ以外の全員が中央の大きなテーブルに腰掛けた。会話に参加する気がないのか、アリサは避けるように背中を向けてカウンター席に座り、ガイはその向かい側に立っている。


「先ほどは失礼した。私の名はロシャードという」

 変態ロボット改めロシャードは紳士的な挨拶をする。改めてみるとやはりただのロボットではないのだろう。

 あの動き。ほとんど無駄がなく、しかし人間のようなキレがあった。駆動系や関節部のパーツに相当高度な技術が使われていることは素人目でも想像できる。

 そしてもう一人。伊紗那と一緒にいたラフな格好をした女性。


「ほぉー。キミいいねぇ。ふわふわだねぇ。私の見立てだとD……いやEかな? どうだい? 今夜私と遊ばない?」

「あはは……」


 彼女は伊紗那にべったりくっついてちょっかいを出していた。

「こらやめんか」

「えー」

 ロシャードに首根っこを掴まれ、その女性はユウトたちの前に連れてこられる。

「失礼。彼女は飛角ひかくという」

「おーっす。飛角お姉さんだぞぉ」

 適当な挨拶。伊紗那以外興味がない様子だ。

「……ものすっごい美人だけど、ものすっごいダメオーラが見える」

 タカオが小声で言ってきた。

 肩までかかるウェーブのかかった髪。背が高めで長い脚はモデルのようだ。そして左目が赤いオッドアイ。

 加えて彼女はルーンの腕輪を隠そうともしない。

「あんたら魔法使いだよな? どうしてレヴィルに近寄ったんだ?」

 ユウトはまずそのことを聞いた。

「お、あの幼女もかわいい。ちょっとほっぺたをさわ――」

「待て。まったく……普段だらけ放題のお前が、何故かわいい女の子を見つけるとこうも活発的になるのだ?」

 飛角の頭をガシッと鋼鉄の手が掴む。

「そりゃもちろん。私のモットーは物臭道心酒池肉林だからね。めんこい姉ちゃんからかわいい幼女まで、いくらでも近くに置きたいんだよね。むしろベッドに入れたい!!」

「おちつけ」

 飛角はとりあえずレヴィルを諦め、テーブルにグデーっと顔をつける。その際、いろんな部分が押さえつけられて、男子には目の毒だ。

 微妙な空気を払うように、改めてロシャードはユウトの問いに答えた。


「すまない。私がそこの少女に近づいたのは、私のデータベースに彼女の顔と名があったからだ。もしかすると君はワイズマンズ・レポートの被験者なのではないか?」


「……」

 ワイズマンズ・レポート。その名は知っている。アーロンから得たそのレポートには確かにレヴィルのことが書かれていた。だがそれを知っているのはごく少数のはずだ。

(こいつらは、敵?)

 ユウトは一歩、右足を後ろに下げる。

「ん? あぁ大丈夫だよ。私たちも同じ被験者だから。ほら? お仲間同士、仲良くやりたいだけさ」

 彼の変化にいち早く気付いた飛角が言った。


「ならどうしてそこの変態ロボは人攫いなんてしてたの?」

 刹那が聞いた。そもそもの発端はこれだ。

「待て! 誤解だ! 私は変態ロボなどではない!」

 ロシャードが激しく弁解する。

「いやでもレヴィル見て息荒げてたしな?」

 タカオの言葉にミズキは頷く。

「変態ロボット……ククッ」

「飛角……貴様……」

 飛角は笑いを堪えきれていなかった。表情は伏せて見えなくても体がプルプル震えている。

「違うのだ。私はやっと飛角以外の、同じ境遇の人間に出会えたと思って気分が上がっていただけなのだ。人間の感情で言う興奮というやつだ」

「……やはり変態」

 みんなの冷たい視線がロシャードに降り注ぐ。


「あぁ、ていうか女の子攫ったのは私だよ?」


「え……」

 飛角の自供に、皆呆気に取られた。

「どうして……そんなことを?」

 レヴィルは恐る恐る尋ねてみる。

「うーん……生きるため?」

 飛角は難しそうな顔をして言った。


「私の体の中の臓器はほとんど魔獣のを移植されたものなんだよ。ほら魔獣って手当たり次第に魔力がある物を食べたがるでしょ? 私にもその暴食性が少しあって、定期的に魔力を摂取しないといけないんだ。ロシャードは機械だから自分で魔力を生成できない。だから私が比較的魔力の多い若い子から死なない程度にちょっとずつ魔力を頂戴して、アイツにも分け与えてたってわけさ」


 みんな黙っていた。

 彼女がさらっととんでもないことを言ったからだ。

 

 魔獣の臓器を人間に移植する。


 考えるだけでゾッとする話だ。

 ワイズマンズ・レポート。

 レヴィルの研究といい、彼女といい、平然と非人道的な人体実験を行っている。

(人を何だと思ってるんだ……)

 ユウトの心に怒りの感情が沸き上がる。

 例えどんな理由があっても。

 どんなに崇高な理念があったとしても。

 そんなもののために人生が狂わされる人間がいていいわけがない。

 しかし、


「ハハ、少年。気持ちは嬉しいけど、みんながみんな実験の犠牲者ってわけじゃないいんだよ?」


 ユウトの怒りを感じ取った飛角はそう付け加えた。

「どういう意味だよ?」

 彼女は実験自体には特に恨みも何もないようだ。体を好き勝手に弄り回されたというのに。


「君の考える正しさが、私にとっての正しさとは限らないってことさ」


 意味ありげな瞳で、飛角はユウトに目線を送る。

「ま、人生いろいろってことさね。うーん。君は顔は及第点だけど、ちょっと辛気臭いな。はい次~」

 テーブルに突っ伏した体を起こした彼女は、それ以上ユウトから興味をなくしていた。


「ならどうして女性ばかりを狙ってたの?」

 次はミズキが尋ねた。彼女の言い分なら、何も女子に限定する必要はないはずだと言いたいのだろう。

「そりゃあ、野郎の首筋になんて噛みつきたくないじゃん? どうせならかわいい子とキャッキャウフフがしたいってものだろう? その方が効率がいい。私のやる気的に」

 飛角は悪びれもせずにそう言った。

(((……オヤジか!)))

 全員が同じ感想を抱いた。


「……つまり、あなたがあの時ほうりさんと一緒にいたということは……」

 御影は額に手を抑えて確認する。聞きたくはないが、事実確認はしなければならない。

 それが例え死刑宣告だとしても。


「今日はあの子から魔力もらおうと思って」

「「「「……」」」」

「私の乙女センサーがビビビって来たんだよねぇ」


 ガタッ。

 少女たちは皆膝をつく。

「?」

 状況を知らない伊紗那は、ただ首を傾げている。

 

 勝敗は決した。


 勝者。祝伊紗那。


・2・


「ユウ……あの……」

 伊紗那は話に付いていけず、あたふたしていた。

「伊紗那、どうしてお前がここに……」

「鳶谷さんに聞いたの。ほら、前にお邪魔してもいいかどうか、聞いたでしょ?」

 そういえばそうだ。あの時は他のことで頭が一杯ですっかり忘れていた。

「だからその……来ちゃった」

「……」

「……ダメ、だった?」

「……いやダメってことはないけど」

 そんな風に言われるとそう答えるしかない。

 二人の様子を見ていた御影は、

「……なるほど。これが本物の実力というわけですか」

 何かわけのわからないことを言いながらメモを取っていた。


「えっと……お弁当作って来たけど、食べる?」

「あ、ああ……もらうよ」

「うん」

 伊紗那は少し嬉しそうにして、四段はある大きめのお弁当箱をカバンから取り出した。

「お店に何人いるかわからなかったから、ちょっと多めに作っちゃった」

 気分はちょっとしたおせち料理だ。それぞれの箱に、彼女のかけた手間が窺える。

「……ええ子や」

 タカオが天使でも見るかのように目を輝かせて拝んでいた。ミズキは彼の横で、少し機嫌が悪そうにしていた。「私だって……」と小声が聞こえたような気がするのは心に仕舞っておく。

「皿を出そう」

 そう言うとガイは店で使う皿を人数分持ってきた。

「ありがとうございます」

「問題ない」

「んじゃ私はこの卵焼きをいただこうかな」

 飛角は綺麗な指で柔らかな卵焼きをヒョイっと掴むと、それを一気に頬張る。

「ん~♪ 美味しい」

 飛角は幸せそうに両手を頬にくっつける。

「ねぇ~、毎朝私の朝ごはん作ってくれないかなぁ?」

 彼女は伊紗那の手を掴み、その指を艶めかしく絡めて迫る。

「ハハハ……」

「……私も料理を勉強するべきでしょうか」

 御影は伊紗那のお弁当を食べながら、そう口にする。

「私は料理できるわよ」

 刹那は少し自慢げに言った。当たり前と言えば当たり前だ。孤児院時代は自分たちが食べる料理は自分たちで作る・手伝うのがルールだった。大人になって社会に出た時、一番の支えは食だというのが院長の考えだったからだ。


「いいところだね」

 伊紗那は店内を見回してそう言った。

「さっきのことは……その……聞かないのか?」

 別に秘密にしていたわけではない。自分の力に自信を持てるようになったら打ち明けるつもりでいた。守れるだけの力を得たと。きっと胸を張って言えるはずだと思ったから。

「……うん。でもここの人たちは、ユウを必要としているのは見ればわかるから。理由はそれで十分、かな」

 確かにユウトにとって、このシャングリラという居場所はとても心地がよかった。改めて言われるとその実感がある。

「私としてはあまり危険なことはしてほしくないんだけど、誰かさんは聞いてくれないし」

「ハハ……」

「それに、いつかちゃんと教えてくれるんでしょ?」

 そう言って伊紗那は笑った。その表情には少しだけ寂しさも混じっているように見える。

「あぁ」


「あれ? アリサちゃんは?」

 タカオがアリサの不在に気付いた。店内を見渡してもアリサは見当たらない。いつの間にやら、その姿は消えていた。

(あいつ、どこ行ったんだ?)

 唯一話をしていた御影も知らない様子だ。

 タカオは頭をかきながら言った。

「まぁ思ってたのと違うけど、結果的に犯人捕まえたことだし、アリサちゃんには今度バイト代払わないとな」

 




 その時――


 カラン。

 店のドアが開く音がした。


「へー。ここがシャングリラのアジトかぁ。うんうん。結構いい感じじゃん」


 明るくはきはきした声が店内に響く。

「アンタは……」

「ヤッホー。ユウト君♪」

 入店したばかりの神座奏音は、ユウトに投げキッスをしてみせる。

「あの……今日はもう閉店です」

 ミズキは奏音に言った。外へ促そうと奏音に近寄るミズキ。だが、その手を掴む者がいた。

「よっと。へー、なかなかいい女じゃねぇか。俺好みだ」

「痛いッ……離せこのッ……!」

 男は掴んだ手を釣り上げ、舐めるようにミズキの体を凝視する。

「いいねぇ。その強気。お前、俺のペットになれ」

「は? んなもんなるわけ――痛っ!」

「お前の答えは聞いてない」


「……リー」

 タカオはひどく驚いた顔でその男を見ていた。それに向こうも気付いたようで、


「ようタカオ。久しぶりじゃねぇか」


「ミズキを放せ!」

 リーはまるで面白い物を見るような目で笑う。

「は? そう言われて放す奴がいるわけねぇだろバーカ」


 ダンッ!!


 ガイが動いた。腕輪を発動させたガイの左目は赤く染まる。握りしめた右腕は炎を纏い、やがてそれが狼の咢の形になる。

「……放せ」

 ミズキを救うために、彼はその拳を振るう。

「やめといたほうがいいぜ?」


 キィィィィィィン!!!!!!


 直後、突風が吹いたような鋭い音が鳴った。

「なっ!!」

 その光景にユウトは思わず絶句する。

 ガイの拳がリーの前で何かの抵抗を受け、止まっていた。

(風?)

 店内に再び突風が吹き荒れる。

「あーあ。知らねぇぞ?」

 次の瞬間、ガイが弾かれたようにものすごい速度で吹き飛ばされた。その体は何度もバウンドし、壁に激突する。

「……かはっ」

「ガイ!!」

 タカオがガイに駆け寄る。

 体にはまるで幾百の刃に切り刻まれたような切り傷。加えて折れた木材が突き刺さって、血が止めどなく噴出していた。

「だからやめとけって言ったんだ。俺のバリアに不用意に攻撃するからだ」

 リーの左目が赤い光を灯していた。


「風の魔法……」


「俺のバリアには、竜巻レベルの突風が常に極薄の風の膜に覆われ閉じ込められた状態にある。その膜に僅かでも傷を付けたらバーンッ! ってわけさ」

 敵対者は竜巻の突風を直に受けることになる。相手の攻撃に対して指向性を伴った自動反撃。戦車などに用いられる反応装甲リアクティブアーマーに近い作りなのだろうか。


「Double」


 突然。

 ユウトは近くにいたレヴィルからメモリーを生成し、双剣を呼んでいた。二つを合わせたハサミでリーの首を狙った。


 ガシィィィィィィィ!!


 激しい音が鳴り響き、店内に三度突風が吹き荒れる。


「何を……やっている……ッ!!」


 限界まで見開かれた赤い瞳は、敵を映す。

「っ!!」

 しかし不意の攻撃であってもリーの風の防壁は健在らしい。破られた防壁の膜から指向性を持った竜巻の槍が唸る。

 だがユウトは右の引力を操る剣で竜巻を右側に誘導することで、胴体への直撃を回避する。

「……ッ!!」

 右腕が風の刃によって切り刻まれ血が噴き出しても、ユウトはハサミを放さない。むしろ徐々に風の防壁を押し返し、ハサミが締まってきている。

「何っ!!」

 焦ったリーは、ユウトの腹に蹴りを叩き込んだ。


「……何なんだコイツ、正気か?」

 ユウトが本気で首を切り落とそうとしていたように見えたリーは、ひどく毒づいた。思わず自分の首を触る。

「ユウト……ッ」

 刹那がゆっくりと、ユウトに近寄る。彼女の足には最初の余波の影響か、折れた木材が深々と刺さっていた。大丈夫そうに振舞っているが、表情が硬かった。

 ユウトの右腕も血だらけで、まるでナイフが複数突き刺さったような傷。

 店内も。風の刃が暴れまわった跡がありありとわかる。

「ガイは?」

「かなり……酷い……」

 キッ、とユウトはリーたちを睨んだ。


 魔法を使った彼らが身に着けている腕輪は銀色ではなく、血のように赤い。

「何なんだその腕輪は……」


「――タラニスリング。それは私が作った腕輪だよ」


 三人目が店内に入って来た。

「お前は、神座……凌駕」

 学統会で会った玉選館の生徒。イースト・フロートきっての天才がそこにはいた。



 神座凌駕は店内を見回す。そして奥で壁に寄りかかっていた伊紗那を見つけると、ユウトの横を素通りし、彼女に近寄った。

「すまないほうりさん。でも君のような人が、こんな場所にいるべきではない」

 凌駕は伊紗那の手を取る。

「そいつに触るな!!」

 ユウトが怒鳴ると、憎悪の瞳が迎え撃つ。


「……鬱陶しいな。本来、彼らはこちら側の人間だ。お前のせいで宗像くんも彼女も濁ってしまった……許しはしない」


「黙れ!!」

 ユウトはハサミを分離させ、凌駕に迫る。

「……愚かな」

 凌駕はユウトの左手を掴んで腰の回転を殺し、がら空きになった腹に掌底を喰らわす。

「あ、ぐっ……」

 痛めた右腕では、まともに防御もできない。ユウトは剣を落とし、膝をついた。

「ユウ!」

「ユウト! ガイ! 放せっ!! この!!」

 ミズキは自分の腕を掴んで離さないリーを睨む。

「おー怖い怖い」

「このッ!」


「おっと動くなよタカオ」


 その声にタカオは止まる。リーが左手でミズキの顎を掴んでいた。

「動くとこの可愛い顔に傷がつくことになるぞ?」

「くっ……」

 タカオはミズキを人質に捕られて動けない。

「そうだそれでいい。ハハッ。お前はそうやって黙って見てればいいんだ。


 凌駕はユウトの前に立つ。

「黄金の腕輪か。噂に聞くオリジナルか? まぁそんなことはどうでもいい。どちらにしろ、貴様には過ぎた力だ」


 凌駕の左手に怪しい赤い光が生まれた。


 その手が触れた瞬間、光は動けないユウトを包み込んでいく。

 痛みはない。何をされたのかわからなかった。

 気付くと、ユウトの二本の剣が消滅していた。籠手も消えている。

「……何を、した?」


「私の力は、繋がりを断ち切る乖離の魔法。今、貴様から魔法を切除した」


 悪寒が走る。

 ユウトは左腕の腕輪に意識を集中させた。籠手を召喚するために。


 しかし、反応がない。腕輪は光らない。


「無駄だ。貴様の魔法はここにある」

 凌駕は手に持っている赤い宝石をユウトに見せた。

「ッ!!」

 赤々と輝く石には、帰る場所を失った力が閉じ込められている。


 そう。


 ユウトの魔法は奪われてしまった。


・3・


「クソッ! クソッ!」

 ユウトは何度も念じるが、腕輪は全く反応しない。

「無駄だと言っているだろう」

「……返せ!」

 ユウトは凌駕に殴りかかった。腰も入っていない、ただ勢いに任せた軽いパンチ。凌駕にとって、避けるのは簡単だ。

 カウンターでリーが放った突風は、ユウトの体を宙へ投げ出した。天井に背中をぶつけ、そのまま重力に従って床に叩きつけられる。

「……ッ!!」

 声にならない激痛が全身を駆け巡る。今までは無意識に魔力で体が強化されていたから、多少の無茶もできた。だが、今もユウトにその魔力の恩恵はない。


「本当はわかっているんだろう? 貴様は、彼らの情けを受けているだけだと」


 凌駕はうつ伏せに倒れたユウトの右腕を踏みつけた。

「身の程を知れ」

「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 ユウトを中心に赤い円が広がっていく。

「やめて神座君!! ユウが死んじゃう!!」

「心配ないよ祝さん。この男は君には必要のない人間だ。大丈夫。すぐに目を覚まさせてあげよう」

 惨憺たる状況に似合わず、凌駕は優しい笑みで返した。

「命は取らない。だが、二度と立ち上がれないように……そうだな、次はその記憶を剥ぐとしよう」

 再び凌駕の手に赤い光が集った。

 そして、ユウトの頭に魔手が迫る。

 その時――



 バキバキバキバキッ!!



 木材の破砕音と共に、突然天井が崩壊した。

 何かが落下してきたようだ。

 ちょうど伊紗那と凌駕たちの間に、木材の壁ができあがる。


 ユウトの視界に黒いものが映った。

 その黒衣、その仮面。そしてその籠手。


「お前は……」


 分界リンボでユウトたちと戦った、ユウトと同じ魔法を使う魔法使い。

 仮面の魔法使いが立っていた。



「……なんだ、貴様は?」

「……」

 仮面の魔法使いはすでに、あの時と同じ霧の大鎌を展開していた。周囲に不気味な霧が立ち込める。

「リー、この霧をこっちに近づけさせるな」

 凌駕は指示を出す。

「あいよ」

 リーの赤い腕輪が発光する。すると霧は透明な壁に阻まれたようにピタッと止まった。

 仮面の魔法使いはすぐさま大鎌を捨て、ユウトが床に叩きつけられたときに落とした白いメモリーを手に取った。

「あれ、私から作ったメモリー……」

 仮面の魔法使いは、そのメモリーを自分のスロットに差し込んだ。


『Blade』


 音声の後、籠手から白銀の刀が飛び出る。そしてさらに、


『Quake』


 大型のハンマーを展開する。

「ほう……」

 右手には刀。左手にはハンマー。

 まずは白銀の刀を投槍のように鋭く投げる。当然、展開された風の防壁に激突し、刀はそこで静止する。

「無駄だ! 俺のバリアは破れねぇ」

 だが仮面の魔法使いは終わらない。圧縮された烈風が解放されるよりも早く、持っていたハンマーで刀を強く打ち付けたのだ。まるで板に杭を打ち込むように。

 胃が持ち上がるような浮遊感。空気が振動する。耳鳴りのような音も。

 次の瞬間、すさまじい音と共に風の防壁は破壊された。刀はハンマーに撃ち出され、弾丸のようにリーへと向かった。

「ッ!!」

 刃が頬を掠める。リーはギリギリで避けていた。

 だが避けた本人は驚いたような顔をしている。まるで自分の意志ではないような。

「奏音、てめぇ……」

「ハハ。リー、貸し一ね?」

 舌を出す奏音。

 精神操作。彼女の魔法は一度触れた相手を意のままに操ることのできる。一瞬、彼を操って攻撃を回避したのだ。


「これ以上は無意味か。例の二人と奏音が見つけた被検体がいない。裏だ。追うぞ」

 凌駕の言葉にリーと奏音は頷く。

「放せ! タカオ、ガイ、みんな!!」

「……うるさい奴め」

 凌駕はミズキの頭に手を乗せると、乖離の魔法でその意識を奪う。

 直後、グッタリとミズキの体から力が抜ける。

「おいおい、あんまり乱暴するなよ? 俺が後で楽しむんだから」

「ふん。行くぞ」

 その背中に、ユウトは力を振り絞って声を張る。

「ま……て……!!」

 凌駕は立ち止まって言った。振り返らずに。

「安心しろ。祝さんは無事だ。……だがいずれ貴様は始末する」

 ユウトはその背を射殺すような視線で見つめた。


(かえ、せ……)


 体が動かない。電池が切れたように、ユウトの視界が暗転した。


・4・


「飛角さん。放してください。ユウトさんたちが!」

 飛角とロシャードはレヴィルを連れて、最初の烈風で店がめちゃくちゃになった拍子に裏口から逃げ出していた。

「すまない。だがここは堪えてくれ」

 ロシャードは答えた。彼らを見捨てる形になってしまったことには罪悪感を感じている。だが、何を優先するのかと考えた結果が今の行動だ。

「私らがあそこにいるとさらに被害が拡大するよ? あいつらの狙いはワイズマンズ・レポートの被験者の抹殺なんだから」


「その通りだ」


「「!!」」

 目の前に立ちふさがる凌駕。

「チッ……」

「逃がすわけないだろう?」

 凌駕は言った。後ろにはリーと奏音もいる。

(どうやって私らを見つけたんだ?)

 周囲を見渡しても彼ら以外に人はいない。偵察用のドローンが飛んでいるわけでもない。


「鳥だ」


「え……」

 ロシャードは飛角に言った。

「電線の上に留まっている鳥が私たちを見ている」

 飛角は上を見る。確かに一羽の鳥が電線に留まっていた。だがそれが何だというのだ?

「鳥は今のように風が吹いているときは、風上に向かって留まる習性がある。羽毛が逆立たないようにするためだ。だがあの鳥はそれをしていない」

 習性に従わない鳥。彼らは監視カメラのように飛角たちを

「あの嬢ちゃんの魔法?」

「おそらく。ここ数日、我々を追跡していたのと同じ手だろう」

 実際はもっと複数の鳥を操り、上空からその視界を通して探したのだろう。

 リーが風の魔法を使うことはもうわかっている。

(となると、あの兄妹のどっちかか……)


「そっちのネェちゃんが百万で、そっちのオートマトンが八十万。んでそのちんちくりんが三十万っと」

 リーはFのサイトでかけられた懸賞金を見て舌舐めずりする。

「鬼ごっこはもう飽きた。そろそろ終わりにしよう」

「勘弁してよね。こちとら朝から歩きっぱなしでもうクタクタなんだよ。私の一日の活動時間は一時間だってのに」

「その言葉には少々引っ掛かりを覚えるが、概ね同感だ」

 ロシャードは飛角の横に立とうとしたが、それは他でもない彼女の手によって阻まれる。

「……どういうつもりだ?」

「お前はその子を連れて安全なところに逃げなよ。ここは私がやってあげる」

「しかし……」

「いいから行け。まぁここは飛角お姉さんに任せなさい。私の首が一番高いみたいだしね。全然嬉しくないけど」

 確かに彼女には強い力がある。だがそれでもあの腕輪――タラニスリングと彼らは言っていたが、そんな得体の知れない力を三人も相手にするのは分が悪すぎる。

「大丈夫、適当に時間を稼いだらトンずらして後を追うから。私も疲れるの嫌だし」

 飛角の顔を見て、ロシャードはそれ以上何も言わなくなった。それは管理者マスターの命令に従うというよりは、彼女の真意を汲み取る人間らしい感覚故にだ。

「必ず追いつくのだぞ?」

「あいあい」

 飛角に背を向け、ロシャードはレヴィルを抱えて走り出した。


「あ、おい」

 ドン! と地鳴りが響く。飛角が地面を踏みつけた音だ。その衝撃で監視していた鳥は正気を取り戻したのか、すぐさまその場を飛び去って行く。


「よぉし。今日は特別に飛角お姉さんが相手をしてあげよう」


「「「ッ!!」」」

 飛角の体に、貯め込んだ魔力が満ち溢れる。

 綺麗だった爪は鋭く伸び、額の左側には鬼のような角が一本生えた。


 臓器八割は魔獣の物だ。本来なら拒絶反応を起こし、生きていられるはずがない。だがそれらはルーンの腕輪の力で完璧な調和を果たしている。体に馴染んだ臓器は当然、未だ強い生命力を持っていた。


 それは飛角という、一人の人間の体を変質させるほどに。

 より魔獣に近い、人ではない存在。

 鬼。その言葉が一番しっくりくるかもしれない。


 ――Outsider。


 人の枠を逸脱せし者は、指の骨を鳴らして息を吐く。

「こけおどしだ!」

 リーは風の刃を飛角に飛ばした。ヨルムンガンドの固い皮膚すら破壊した強烈な一撃だ。それを――


「フン!!」


 文字通り殴り飛ばした。

「何っ!?」

 力技。余波で周囲の地面が抉れる。飛角の腕も無傷というわけではないが、すぐに再生し、元に戻っていた。


「喜びな。次に目が覚めたら病院のベッドの中さ。三食飯付き昼寝し放題。あぁ……羨ましい」

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