第34話 それぞれの戦い -A month later and ...-

・1・


 空が引き裂かれた。

 あの悪夢のような日からもう一ヶ月が経った。


 鳶谷御影とびやみかげは自分の通う学び舎である久遠学園にいた。学園内の電気系統は自家発電装置のおかげで幸いまだ稼働している。ここ以外にもそういった施設は都市内にいくつか存在する。

 各々外壁には気休め程度のバリケードと魔法使いを交代で配置させ、現在はここに立て籠もっている状態だ。未だ外では魔獣が闊歩し、一般人が易々と出歩ける状態ではない。


「……ッ!? ……いけない」


 保健室でうたた寝してしまっていた彼女はピクンと肩を震わせ、勢いよく起き上がった。

「いいよ。ちょっと休んでなって。あんたここんところ働き詰めじゃないか。知ってる? ひどいクマだよ?」

 飛角は御影の頭を優しくテーブルに押し付ける。彼女の言う通り、ここ一か月、御影はろくに睡眠をとっていない。毎日毎日、昼も夜も休む暇なく怪我人の応急処置に追われているからだ。目にはクマができており、廊下を歩く時も常にフラフラで見ていて本当に危なっかしい。

「……No。そういうわけには、いきません。私は……私にできることをしなければなりませんので」

 御影は目を擦って言った。

 学園内は多くの怪我人で溢れかえっている。かすかに漂う血の臭いはもう慣れてしまった。幸いこの学園にはある程度の薬品がまだ保管庫に揃っていたし、魔法使いたちの奮闘のおかげで、本格的な医療器具を必要とするような重症患者もおらず、今まで何とかなってきた。

 しかし怪我人に対して医学知識を持つ人間の絶対数があまりに少ないのが現状。御影はその不足分を一人で補っていた。

「ふふ。でないとユウトに合わせる顔がないから?」

「……」

 御影はその言葉がお気に召さなかったのかプイッと明後日の方向を向く。

「……あなたこそ、大丈夫なんですか? その体。その状態が体に全く影響がないわけではないでしょう? それに……」

 海上都市全域の魔力濃度が増したことで、飛角の体は常に鬼化した状態になっていた。彼女は戦闘時によくこの状態に変化して魔獣の如き力を発揮している。とはいえやはりベースは人間。体にいくらか負荷がかかっているのは間違いないはずだ。

 それに加え、彼女の見た目のこともある。魔獣という脅威が認知され、今人々の神経はとても張り詰めた状態にあった。それこそ一歩間違えれば倫理に反することが起きかねないほどに。そんな非日常の中、彼女のように角が生えている人間は、人によっては恐怖の対象でしかない。実際、言葉を話す人型の双子の魔獣が外で確認されているのも悪い噂に拍車をかけていた。

「ねぇ」

「……はい?」

 しばらく返事がなかったところで、急に飛角から御影に話しかける。


「あんたが私を気にかけてくれてるのって、私がワイズマンズ・レポートの被験者だから?」


「……」

 今度は御影が押し黙る。

「あのリストに名前があった逆神夜泉さかがみよみって子、担当してたんでしょ? あんたはあの計画に深く関係してたわけじゃないみたいだけど……でもだったら――」

 だったらそこまで罪を感じる必要はない。そう言おうとしたところで、

「……No」

 しかし御影は飛角の言葉を遮った。

「……それについても私の回答は同じ。私は私にできることをやっているだけ。別にあなたは関係ない。自惚れるのもいい加減にしなさい」

 御影はそう答えた。この件に関してはもう彼女なりの答えを出している。夜泉を施設から逃がした件といい。彼女との勝負の件といい。後悔はしていない。

「ホントに?」

「……本当です」

 飛角は肩口から御影の顔をまじまじと覗き込み、御影は対抗するように顔を逸らす。

「マジで?」

「……マジで——ンッ!?」

 突然背中からとてつもない質量がのしかかってきて、御影は肺か酸素を全てぶちまける。

「もーう! 御影ちゃんはカワイイなぁ~」

 飛角が彼女を背後から抱きしめた。

「……離、れて」

 もはや抵抗する気力もない。為すがままになっていた。


「で、?」


 しばらくじゃれついたあと、飛角が尋ねた。一ヶ月前に心臓ごと両断されたという少年について。


「……まだ眠っていますよ。と言っても体に


「……全くねぇ」

 普段であればその言葉に安心感を覚えたいところだが、何故だか逆に不安のようなざわついた感情が湧き上がってくる。

 御影はガラスを一枚隔てた病室、ベッドで眠る吉野ユウトを見つめた。

「心配?」

「……」

 御影は答えない。しかしその答えを飛角は手に取るように理解できる。何せ自分も同じなのだから。


「まぁ、今はあーして眠ってる方があいつのためかもしれないけど」

「……


 考えもしなかった。同時に怖く感じる。

 その事実をユウトが知れば、きっと彼は行ってしまう。

 自分の事などこれっぽっちも考えずに。

 こっちの心配など気づかずに。

 いや、気づいていても結果は変わらないのかもしれない。それほどまでに今の事態は良くない。もしわがままを言えるなら、このままユウトにはしばらく眠っていて欲しいと御影は思っていた。


「あぁ……心配と言えば、あっちの子もだよね」

 その言葉を聞いて御影は、ユウトのベッドの隣で壁を背に体育座りをして、太ももに顔を埋めて小さくなっている金髪の少女に視線を移す。


 遠見アリサはここにユウトを運び込んできてからというもの、ずっとあの調子だ。


 血だらけのユウトを抱えて、同じく血で汚れ、ボロボロの服だったアリサ。いつもの凛と澄ました雰囲気は影も形もなく、泣きじゃくっていた。子供のように。

「……あんな彼女は初めて見ました」

 その事実が示すことは一つしかない。さすがの御影もあの時は全身の血の気が引いた。それが十分にありうる可能性だとわかっていたからこそ、すぐに理解できてしまったのだ。

 そして同時に、自分は今まで何をしていたのだと激しく後悔した。もう、あんな思いは二度としたくない。

 彼女の傍らには黒いフードを被った少年もいた。飛角は出合頭に警戒していたが、御影にはその顔がどこか宗像冬馬に似ていると感じていた。


「……もう一度、彼女と話をする必要があります」

 御影は静かに口を開く。


「……彼女たちが何者で、今この世界で何が起こっているのかを」


・2・


「は〜いアーロンさん、お弁当ですよ〜」

「え、あの……ッ!」

 眼鏡でおさげの教師、鳶谷赤理とびやあかりは妹とは真逆のおっとりした平常運転で、アーロンに手作りのお弁当を差し出していた。

「こんな状況なので大したものはできませんが——」

「あの……前にも言ったが、お礼ってんなら別にそこまで毎日しなくてもいいぞ? 俺はただ仕事をしただけだ」

 まず、何故行方不明だった彼女がここにいるのか。それはアーロンが向かった先の分界リンボで、大型の魔獣に追われていた赤理とレヴィルを発見したからだ。アーロンはその魔獣を撃退し、彼女たちを助けた。

 どうやら彼女たちはワイアーム覚醒以降、街中で突発的に何度も開くゲートの一つに巻き込まれたらしい。連絡が取れなかったのもそのせいだったようだ。

 結局アーロンが向かった先でも第一目標であるネフィリムのアジトは確認できなかったが、人命救助も仕事のうちだ。たとえ仕事でなくても、襲われている女性を助けないなど男としてありえない。アーロンとはそういう男だ。

 問題はそれ以降、赤理が妙にアーロンに懐いてしまった事だった。

「あの……ご迷惑でしたか?」

 三十センチほどの身長差のせいで自然と上目遣いになる赤理。潤んだ瞳を眼鏡から覗かせる。

「ッ!! ぐっ……そんなことは、ないが……」

「よかったぁ」

 にっこりと笑って胸を撫で下ろす赤理。

(……なんか調子狂うぜ)

 何気ない一つ一つの仕草は狙ってやっているのなら相当あざといが、それを素でやってしまうのが赤理の恐ろしいところである。


「じー」


 そんなアーロンを半眼で見つめている小さな少女がいた。その見てくれは何故かメイド姿だ。

「な、何だガキ?」

「……いえ」

 レヴィルはスッと目を逸らす。

「このガキ……ッ!」

「もー、アーロンさん! この子はガキなんかじゃないですよぉ! ちゃんとレヴィルちゃんっていう名前があるんですから! 道に迷ってた私をちゃんと案内してくれたできる子です!」

 赤理がレヴィルを抱き寄せ、ぷっくりと頰を膨らませてアーロンを糾弾した。

「は、はぁ……けど鳶谷博士、そいつは——」

「赤理」

「え……」

 赤理は無遠慮にアーロンに顔を近づけてもう一度言う。


「あ・か・り」


「……赤理、さん」

「よろしい♪」

 赤理は満足そうに頷くと、抱いているレヴィルの頭を撫でた。

「……で、レヴィル。お前のその格好はいったい何なんだ?」

 アーロンはレヴィルの奇妙な格好について尋ねた。本来であれば、レヴィルは檻に閉じ込めておくべき人間だ。何せ彼女は一度は世間を騒がせた『ジャック・ザ・リッパー事件』の犯人なのだから。正確には彼女の中に住まう擬似人格である『兄』がなのだが、未だ安全性の立証がされていない以上、そうするしかない。特に今のような非常時ならなおさら。

「ぷはっ……これは、その……」

「ふふ。これは私が作ったんですよ〜」

 赤理が「えっへん」と大きな胸を張ってレヴィルの代わりに答えた。

「私、可愛いお洋服を作るのが趣味なんです。でもミーちゃんも青ちゃんも全然着てくれなくて……こんなに可愛いのに……。ほらレヴィルちゃん、お人形さんみたいで可愛いでしょう? 私のセンサーにビンビン来ちゃうんですよ!!」

 幸せそうな顔で赤理はレヴィルを抱いていた。

「は、はぁ……」

 レヴィルが隔離されていないのは、ひとえに赤理のおかげだ。彼女の直談判のおかげで、社内では赤理の側でのみ、レヴィルは自由を許されていた。

 もちろん、彼女の危険性も承知の上でだ。アーロンが赤理を気にかけている理由も実はそこにある。

 

「で、赤理、さん。本筋に戻るぞ? 俺の腕輪の調整はどうなってる?」

 アーロンは一度咳払いをしてそれた話を強引に軌道修正する。

 三人のいる場所はエクスピア・コーポレーション地下に存在する格納庫。ここには都市防衛戦で破損した戦術武装が多く格納されてる。赤理の仕事はパワードスーツ、及び兵器の修復と状況に応じたアップデートだ。無論、アーロンの扱う降霊武装もここで整備される。

「はいはーい♪」

 赤理はモニターに『グシオン』のステータスを表示させる。実際には腕輪の魔力で鎧を構築するため現物はここには存在しないが、構築に必要な設計データそのものは赤理が一から組み上げたものだ。

 ネビロスリングの魔法構築理論は神凪夜白かんなぎやしろによってほとんど完成されている。だから後からいじることはほとんどない。そもそも魔法なんていう突飛な分野は赤理にはちっともわからない。

 赤理の仕事はあくまで器の設計。夜白は中身の実装。この二つの黄金バランスでもって、ネビロスリングは完成する。

「前に空中での姿勢制御に少し違和感があるって仰っていたので、そこは直してます。武装に関しては神凪博士との兼ね合いもあるのでまだですが、鎧の可動域も見直してますから前より格段に動きやすくなっていると思いますよ。これはあの時助けていただいた時に私が気付いた私見ですけど――」

「ありがてぇ!」

「あっ……」

 アーロンは赤理の肩に手を乗せて食い入るように画面を眺める。まるで子供のように。彼の顔を間近で見る赤理の頬がわずかに赤く染まる。


 そんな二人を近くで眺めるメイド幼女。

(……やっぱりこの人)

 レヴィルは自分を闇の中から引き上げてくれたとある少年を想う。

 似ている。

 無自覚に女性を惹きつけるところが。そしてそのタチの悪さが特に。


・3・


「刹ちゃ〜ん。何か見つけた〜?」

「……あのバカ姉、何で私がこんなことを……」


 御巫刹那みかなぎせつなはぜぇぜぇと息を吐きながら、遠くで胡座をかいて自分を監視する橘燕儀たちばなえんぎをこれでもかと睨みつけた。

(まぁ、あんなに無様に敗北したのだから仕方あるまい)

 刀に収まっている伊弉諾が念話で答えた。

「……うぐっ」

 耳が痛い。だがその通りだ。


 二人は今、ゲートをくぐり分界の調査に来ている。激闘を繰り広げていた二人が今はどうしてこうなっているのかというと、簡単に言えばそれは刹那が燕儀に惨敗したからだ。

 刹那は首についているチョーカーのような器具に触れる。この首輪のせいで刹那は燕儀に逆らえない。首輪には少量だが強力な毒が仕込まれており、それは燕儀の判断でいつでも投与することができるのだ。いくら雷を自在に操ることのできる刹那でもこれに対処する術はない。

(まぁそう悲観するな。主様を殺す気ならとっくにやっている)

「……そうかもしれないけど」

 今刹那は宗像冬馬が指揮するエクスピアの対魔獣部隊で燕儀の下で働かされている。これは燕儀が冬馬や夜白に持ちかけた相談だった。

 牛型のネフィリムに体を真っ二つにされたはずの夜白はなぜかケロッとしていたが、燕儀の提案を快く受け入れた。冬馬も渋々だが了承した。対ネフィリム戦において、ロウガを退けたという刹那の戦闘能力は彼らにとって必要だったからだ。今は一人でも協力な魔法使いが必要なのだ。

(単に今の仕事を優先したのか……それとも身内故の甘さか……。もし後者なら貴様に復讐など果たしてできるのか?)

 伊弉諾は自らの半神を体に取り込んだ少女の真意を考察する。


「ねーまだー?」

「うっるさいわね! まともな足場がないんだから静かにしててよ!」

「しくしく。せっかくお姉ちゃんが可愛い妹のために耐熱加護をかけてあげたのに……」

 足元はマグマの海だ。足場と呼べるものは所々突き出ている黒い溶岩のみ。普通であれば呼吸すらままならず、とても人間が生きていける環境ではない。

 しかし刹那には燕儀から受けた耐熱術式がある。この魔術のおかげで灼熱の大地に身を焦がされる心配はなく、呼吸も可能。普段と同じように活動できるのだ。さすがにマグマにダイブしようものなら危険だが、二人は同じ鍛錬をしてきた御巫の戦士。そんなヘマをするなど万に一つありえない。


 五分ほど進んだところで、刹那は指を鳴らす。

 今の動作で指先から微弱な電磁波を放出した。その反射波を感知することで、周囲の空間を把握するという雷の魔法の応用。即席のソナーみたいなものだ。

「便利だねぇ……ッ!? 刹ちゃん! そこ離れて!」

「えっ……」

 急に燕儀が態度を変えて叫んだ。

(下だッ!!)

 直後、急に溶岩の海が騒つく。激しい火柱を上げて、そこから一匹の巨大な魔獣が姿を現した。刹那のソナーではマグマの中までは探知はできない。死角からの接近を許してしまった。

「きゃあああああッ!」

 衝撃で空中に放られた刹那。少女の体が灼熱の海に投げ出される。

 しかし急に浮遊感は消え、刹那の体は何か硬いものに抱きとめられる。

「……これは」

 刹那を抱きとめたのは燕儀の自立稼働する降霊武装『フォルネウス』ことフォーちゃん。フォルネウスは空中で刹那を抱いて静止していた。マスターである燕儀と同等の戦闘能力を付与された物言わぬ人形。ただでさえ純粋な実力に差がある燕儀との戦いで、刹那を苦しめた原因の一つだ。

 刹那と伊弉諾はそんな苦い思い出の象徴を見て、同じことを思った。


((こいつ飛べんのかよッ!!))


「フォーちゃん! そのまま刹ちゃんをお願い!」

 燕儀はフォルネウスを追い越し、両手から二本の伊弉諾を生成する。折れた妖刀のもう一振り。それは彼女の体内に存在する。そのおかげで燕儀自身が炉となり、血肉から自在に刃を生成できるのだ。

 燕儀は十文字にその巨体を切り裂き、爆炎が包む。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 堪らず絶叫をあげ、背後の岩盤を砕いて魔獣は消滅した。

「よっと」

 今の破壊で新たに出来上がった足場に燕儀は鮮やかに着地する。


「ねぇちょっと……」

「ん?」


 スィーっと、マグマの上を滑走するフォルネウスに担がれた刹那が低い声で燕儀に物申す。


「これ使えば私がわざわざマグマを渡る必要なかったんじゃない?」

「てへっ☆」


 カチンッ、と頭の中で音が聞こえた気がした。燕儀のこういうところは昔とちっとも変わっていない。

 伊弉諾を刹那から奪うためにこんなことをしているのか。それとも絶対に大丈夫という信頼があるからなのか。刹那には相変わらず彼女の心中がわからなかった。


「でも無駄じゃなかったみたいだよ」


「え……」

 刹那は燕儀の視線の先を見た。崩れた岩盤の先を。

「あれは……お城?」

 お城にしては少々不格好な気もするが、明らかに自然にできたとは思えない造形。

 そして決め手となるのはこんなに離れていても中から感じる、ゾッとするほどとんでもない魔力の圧。


「アー、アー、こちら橘。こちら橘。敵の本拠地発見しました〜。ドゾー」


 ついに二人はネフィリムの根城を発見した。


・4・


「悪いな、イスカちゃん。こんな所に閉じ込めちゃって。ほい、夕食」

「……ん。ありがと」

 イスカは相変わらず淡々と答えるだけだ。冬馬は特に気にせず、自分の手料理を彼女に差し出す。

 何故冬馬がイスカとこうして一緒にいるのかというと、それは一月前の分界での話に遡る。

 数ある分界の一つ、中世の王宮のような廃墟が見える世界で二人は唐突に再開を果たした。話を聞くとイスカもまた、突然開いたゲートに巻き込まれたらしい。そこに冬馬を狙った鳥類型のネフィリムが現れ、二人は急遽協力することとなる。

 激戦の中、降霊武装も魔法も持たない彼女の人間離れした戦闘能力は目を見張るものがあった。

 小さな体には不釣り合いな大型ブレードを振り回し、致命傷に近い傷を受けてもすぐさま回復する体質。おまけに人間の限界を超えた反射速度。冬馬の知る、いつも猫のように気だるそうにしていた彼女からは考えられない動き。

 しかしそんな彼女との共闘でも、鳥型ネフィリムとはようやく互角といったところだった。


「まさか俺たち、だったとはねぇ……」

「……ん。びっくり。トーマ、実は悪い人?」


 鉄格子を挟んで宗像冬馬とイスカはそんな話をまるで世間話のようにしていた。

 彼女はエクスピアに対して害を及ぼす存在の一人で、片や自分はそのエクスピアの現状トップ。そんな二人はお互いに格子を背にして語り合う。

「一応俺としては正義のヒーロー……はないな」

 冬馬は自分で言って苦笑する。

 どうしてイスカの素性がわかったのかというと、とある使の協力を得たからだ。

(……まさか青子先生がここの職員だったなんてな。まぁだとしたら、恨まれても仕方ないけどな)

 すべては父親の非道な研究の結果。その責を背負うと決めた以上、戦場青子に対して言い訳するつもりはない。もちろん後ろの彼女にも。全部終わったらいかなる罰も受け入れるつもりだ。

 だが、それは今ではない。


「体は大丈夫なのか?」

「心配ない」

 彼女の言う事は本当だろう。何せ、

(……ワイズマンズ・レポート。被検体05。プロジェクトコード『ISUCAイスカ』)

 後から知ったことだが、彼女もまたエクスピアの裏の研究に関係していたのだ。

 ワイズマンズ・レポートの成功例は六人だが、それ以外にも被験者はいた。イスカはそのうち一人。当時研究員だった青子が研究所から逃がした少女だった。

 しかもその研究を指示していたのは、

(……夜白のやつ、俺の知らないところであんな実験を)

 父親である宗像一心の掲げたプロジェクト・ワーロック。ワイズマンズ・レポートはその枝分かれの一つだった。冬馬は今までその存在を知らなかったのだ。

 そしてもう一つ、気になる事があった。


 そこに、親友であるの名前も載っていたことだ。


 リストには死亡と書かれていた。だが彼女は今も生きている。しかも報告では彼女は二人いたとも聞いている。

 そしてあの日、白く変貌した彼女は優しく冬馬に微笑みかけた。その笑みがどこか壊れたおもちゃのようだったことを冬馬は今でも覚えている。

 いったいどれが本物の彼女なのか。冬馬はわからなくなっていた。

(……伊紗那、お前はいったい)


「……友達が心配?」


 唐突にイスカが冬馬に問う。

「あ、あぁ……まあな」

 まるで心の中を読まれたようで、冬馬は珍しく焦る。

「こないだまであんなに仲良かったのになぁ……今はバラバラだ。俺も、伊紗那も……そしてユウトも」

「あの時のユウト、いつもと違った」

 イスカが当時の感想を述べる。

「……」

 冬馬はあの時の光景を思い出す。

 血と炎の臭い。轟く咆哮。

 あれは濁流のような圧倒的な破壊だった。

 あれは業火のごとき憎しみの塊だった。


 冬馬の知らない少年の一面。


 あれはまるで――

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