第6章 理想(ネガイ)の世界 Part 2 -Reset the World-

Prologue 6

 私は、弱いから。


 あなたが傍にいてくれないと笑えない。


 私は、弱いから。


 あなたが傍にいてくれないと生きられない。


 私は、弱いから。


 こんな現実を認めることができなかった。

 だって私はまだそれができるだけの、当たり前の『幸せ』さえちゃんと味わってない。

 恋をして。

 愛を囁いて。

 子を産んで。

 そうして家族を作る。

 そんな当たり前の『幸せ』を。


 私のこの両手にあるのはいつも、名前も知らない誰かの赤い血だけだった。

 ようやく見つけたんだ。ずっと探していた、私がいてもいい居場所を。

 失いたくない。奪われたくない。

 誰にも奪わせない。


 だから私はこの刀いざなみに願った。

 誰も傷つかない、誰も戦わなくてもいい。みんなが笑っていられる理想の世界を。


 どうかこの『現実』が『ウソ』でありますようにと。

 どうかこの『ネガイ』が『現実』でありますようにと。


 そうして私だけの世界を―――――――――――――作り上げたはずだった。

 

 なのに。




「……どうして……みんな私の邪魔ばかりするの……私は、ただ……」




 何もかもが上手くいかない。


 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!


 私はただ暖かい場所が欲しかっただけなのに。

 私はただ幸せになりたかっただけなのに。

 数多の世界を作っても。数多の生を紡いでも。そんな神のような所業もただただ無意味に終わる。運命が私の理想をことごとく打ち砕いていく。

 どんなに都合のいいように歪めても、現実はきちんと元のあるべき姿に戻ろうとする。


 だから、その度に私の心は死んでいった。

 何度も。何度も。数えるのも馬鹿らしくなるくらいに。

 当たり前の『幸せ』は砂のように私の指の間をすり抜けていく。


 嘘でもいい。自己満足だと言われても構わない。


 私の……私だけの理想ネガイの世界。


 その世界で私は『普通の人間』として死ぬまで幸せでいなければならない。

 でなければ、私が魔道士ワーロックにまで身を堕とした意味がない。

 でなければ、もう一人の『本来幸せを享受するべきだったこの世界の私』にすべてを押し付けてきた意味がない。

 でなければ――

 でなければ――

 でなければ――

 でなければ――

 積み重なった理由つみは私の退路を塞ぎ、感覚を鈍らせる。


「……やり直さなきゃ」


 みんなのために。


「……やり直さなきゃ」


 みんなじぶんのために。

 

 怖い。苦しい。そんな感情はもうなかった。

 もう一度やり直せばまた幸せな日常が帰ってくる。それだけが唯一重要で、他の全てはどうでもいい。


 だからこれから行われるのは虐殺でも蹂躙でも淘汰でもない。

 これはただ、極限まで最適化された単純作業にすぎない。


 次は間違えない。


 頭の中にあるのはそれだけだ。今更理由の一つや二つ増えたところで、私の中で何かが変わることなどありえない。

 私にとってはもう、この行為はゲームのリセットボタンを押すのと変わらない。

 とても……とても軽いものになってしまった。


 だって私は、悪い魔法使いだから。

 だって私は、もう立ち止まることなんてできないから。

 だって私は、どうしようもなく弱いから。


 だから私————————

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