行間5-2

 初めて君を見たとき。


 私の心は震え上がった。


 何と美しいのだろうと全身に鳥肌がたった。


 容姿のことを言っているのではない。断じてそんな低俗なものではない。

 君を見た瞬間、私にはすぐにわかったのだ。


 明るく、清廉で、皆を愛し、皆に愛され。

 そんな純粋無垢にして理想の体現。まるでそうあることが世界の望みであるかのように。

 汚れを知らない。



 そんな



 この世にこんなに美しい存在があっていいものだろうか?

 否。私にはわかる。君は最初から壊れていたのだ。

 その不自然なまでに完璧な『白』は壊れているが故のものだ。


 この世に色のない人間などいない。誰もが誰かに染められる。それは劇的な事件、あるいは些細な言動が原因なのかもしれない。十人十色という言葉があるが、まさしくその通りだ。

 私は染めあげる者。

 人間に『黒』という絶対色の絶望をスポイトで一滴たらしてその反応を観察するのは、私にとって最高の愉悦たのしみだ。

 私は昔から生物の実験が大好きだった。生きとし生けるすべての命。その神が創った奇跡の結晶システムに手を加えてみたい。壊してみたい、と。

 それはまるでカエルに電気を当ててその反応を観察する実験のようなのだ。

 黒は浸食する。


 愛は憎しみやいばに変わった。

 信頼は裏切りを生んだ。

 絶望は新たな絶望を呼んだ。

 皆が皆、一様に面白い反応を見せてくれる。積み木の城のように積み上げられたものは芸術的に崩れてくれる。価値観は勝手に壊れてくれる。

 それをコーヒーを片手に優雅に眺める時間こそが私にとっての絶頂だ。


 しかし君だけは違った。

 君は何にも染まらなかった。何一つ変わらなかった。

 私が染めきれなかった初めての人間。

 いや違う――


 君は


 次の日にはいつもの笑顔で、いつもの場所に立っていた。何も変わらずに。


 もしこの世に色のない存在がいるとするならば、それはまさに君のような光の存在なのだろう。光の色を私は識別できない。赤なのか青なのか、それとも緑か。所詮私のような色に縛られた者には白く眩しいことしかわからない。

 重ね合わされた理想ひかりは、そこらの俗物いろとは違い確かに美しい。

 私の『黒』など到底及ばない。


 けどそれでも私にはわかる。わかってしまうのだ。


 君という存在が。

 

 束ねられた理想。そのねつで徐々に触れるものを黒く焦がしていく君という絶望ねがいが。


 私だけが君を理解できる。なぜなら私と君は本質的に同じ色なのだ。


 君は焼け焦げてしまったものを、眩しすぎる光で隠している。


 君は――















 

 


 そんな君を……やはり私は壊してみたい。


 どうしようもないほどに。ぐちゃぐちゃに。


 その『純白』を『純黒』へと変えてみたい。


 何を壊せばいい? 何を殺せばいい? 何を弄べば君は絶望してくれるだろうか?


 私の生涯の命題だ。

 絶望のさらにその先。もう他の色になど決して染まることのない『純黒』を。

 私は。

 自分と同じ……いやそれ以上の。

 全てを飲み込むばけものをこの手で生んでみたい。

 科学者の性だろうか。この危険の香りに私は抗うことができない。もはや君の絶望は私にも伝染している。


 そう。


 私は生まれて初めて君という絶望おわりに心の底から恐怖したのだ。


 世界を壊す『魔道士ワーロック』という存在に。

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