第28.5話 集結 -Side; Xpia-

・1・



 吉野ユウトがエクスピアの地下の一室で目覚める約二十四時間前。


 エクスピア・コーポレーション最上階会議室にて。


「……よし」

「何してるの?」

 白いドアの前で、両手で自分の頰を叩いたレオン・イェーガーをハンナは不思議そうな顔で見ていた。

「いやぁ、今日から新しい就職先で本格的に仕事するわけだからさ。こういうのは最初が肝心だろ?」

「……わからない」

 戦いに一応の決着がついたものの、依然として都市を覆い尽くすほどの巨大な空のゲートはその大きな口を開けたままだった。

 レオン及びその鎧であるハンナは神凪夜白から緊急の徴集を受けた。以前から話を受けていた対魔獣殲滅部隊についてだ。この緊急事態にエクスピア側も計画を前倒しせざるおえなくなったのだろう。

「……ッ」

 とは言っても彼にとっては初出勤のようなものだ。前職もそうだったが、どうも最初のこのドアを開ける瞬間だけは慣れることができない。

「じゃ、じゃあ開けるぞ?」

 ガシャ。

「えっ……」

 すでにハンナが開けていた。

「ちょっ! ハンナ待っ――」


「いらっしゃーい♪」


 扉を開けた瞬間、明るい声が飛んできた。

「へ?」

 思わず間抜けな声が出てしまった。声の主は高校生くらいの女の子だ。サラサラの黒い髪の中にところどころ赤い髪がメッシュのように入り混じっているのが特徴的だ。

「君が最後のメンバーだね。あ、可愛い……君、お名前は?」

 少女は目を輝かせて隣のハンナに近寄る。ハンナはサッとレオンの後ろに隠れた。

「ありゃ? 嫌われちゃったかな?」

 もともと人が好きな性格ではないが、それにしては警戒の色が強い気がする。長いこと一緒に生活する上で、レオンは彼女のそうした機微を理解できるようになっていた。

「……ハンナ、どうしたんだ? これから一緒に戦う仲間だぞ? 挨拶くらい……」

 レオンはハンナに小声で聞いてみた。いくら人見知りとはいえ、最初からこの調子ではハンナがつらい。今のうちに解消しておくのがベストだろう。

「……この間と違う人?」

「?」

 少女はレオンの方を向いて言った。

「私、橘燕儀たちばなえんぎ。よろしくね♪」

「レオン・イェーガーだ。ここに来るまでは都市警務部隊に所属していた。こっちは相棒のハンナ」

 レオンが手で促すと、ハンナはコクっと彼の後ろで小さくお辞儀した。


「やぁ、揃ったみたいだね」


 背後から声がした。レオンは振り返る。

「神凪博士」

「やぁレオン君。そのとは仲良くやってるみたいだね。後でデータは回してくれるかな?」

 神凪夜白はハンナを一瞥して部屋の中央へと歩んだ。

「……」

「ハンナ?」

 その場で動かないハンナにレオンは声をかける。

「……あの人、嫌い」



 軽く自己紹介を済ませた後、改めて室内を見渡すが、思っていたよりも人が少ない。この部屋にはレオンとハンナを含め、六人しかいない。

 先ほどの橘燕儀と名乗った少女。神凪博士、そして態度と体、どちらも大きな男。名前はアーロンと名乗っていた。レオンには覚えのある名前だった。確か中央情報局セントラルのトップで、相当な色物だという噂で有名だ。


 そしてもう一人。初め見た時はレオンは目を疑った。


「初めまして。ウィリアム・タガートと申します。私は直接前線で戦闘はいたしませんが、皆様のサポートをさせていただきます」

 黒いスーツ姿の三十台前後の男性。その顔はジャック・ザ・リッパ―事件で死んだレオンの元同僚・ラリー・ウィルソンそのものだったのだ。

「……ッ」

「ん? 私の顔に何か?」

 タガートはレオンの視線に気づいてそう尋ねた。

「い、いえ……それよりこれで全員ですか?」

「あ、あと三人いるよ。一人は先の戦いで負傷しててね。もう一人は鳶谷赤理とびやあかりって君たちの武装とかを調整する研究者なんだけど……今彼女行方知らずなんだよね。まぁそのうちひょっこり顔を出すんじゃないかな? 最後の一人は仕事が終わったら来るよ」

(となると全部で九人……いや、実質の戦うのは五人か)

 もちろんレオンとハンナは二人で一人で加算している。

 夜白は前へ出て話し始めた。

「知っての通り、空に開いたゲートは今も閉じていない。通常一度開けば数分で勝手に閉じるんだけど、なんせこの規模だ。今までと同じようにはいかないだろうね」

 スクリーンに巨大ゲートのリアルタイム映像が映し出される。すでに夜だというのに明るいのは、向こう側の世界が見えているからだろう。夜白を除き、この場にいた者は皆あの現場にいたのだ。事態の深刻さは痛いほど理解している。

 タガートが付け加える。

「燕儀様とアーロン様のおかげで第一波の被害は防げました。しかし数は少ないですが今もなお魔獣ブルーメはあそこから降り続けています。現状、各地の旧型リングオーナーのグループが各個対応している状況です」

(まさかデータ収集のためにばら撒いた腕輪が僕の予想の外で役に立ってくれるなんてね。嬉しい誤算だ。久我山君には感謝しないとね)

 あのまま魔獣の進行を許していればこの都市は一時間と待たずに壊滅していただろう。そうならなかったのはギリギリでロールアウトした夜白の新型リングはもちろんだが、それ以上にその後も街で魔獣と戦っている魔法使いグループの功績が大きい。

 夜白はフッと笑い、映像を切り替える。

「予定を前倒ししたせいで人数は十分とはいえないけど、君たちにも戦線に出てもらうよ。大丈夫。君たちは優秀だ。僕の腕輪をフルに活用してくれたまえ」


 ネビロスリング。

 元々ルーンの腕輪はユウトが持つオリジナルの劣化コピーにすぎない。しかしネビロスリングはそもそもオリジナルを元に設計されていない。ルーンの腕輪の戦闘データを元により純度の高い魔法を発動できるように夜白が規格を一新した新型の腕輪だ。

 加えてレオンの操る魔道装甲ハンニバルのデータと、鳶谷赤理の戦術武装アームド・フォースの基礎理論を応用することで、魔力で鎧を生成することを可能にした。それが魔力の鎧、降霊武装アームド・ネビロスだ。

 まさにそれは科学と魔法の融合と言ってもいい。魔法使い最大の弱点でもある生身の体を鎧で多い、身体能力を極限まで跳ね上げることができる。

 一度制御できてしまえば、そこから先は科学者の領域だ。ルーンの腕輪のようなブラックボックスは存在しない。好きなように調整をすることができる。

「ハッ。おもしれぇ」

 アーロンは机に足を投げ出しそう言った。

「だがどうするよ? このままチマチマ各個撃破したところで埒があかねぇぞ? それに奴らのこともある」

 奴らとは病院で遭遇した言葉を話す魔獣のことだ。現時点でその存在を確認されたのは五体。そのうちワイアームと称される魔獣は、一年前分界リンボでエクスピアが放った私兵を壊滅させ、その後行方知らずだった第一種危険魔獣だ。こっちでははみだしと呼ばれる区画で『ガイ』という青年に擬態していた。

(彼もようやく動いたか。まぁ、腕輪の性能を試すには絶好の獲物だ。せいぜい派手に暴れてくれ)

 夜白はかつて廃工場で出会った異形の青年を思い出し笑みを浮かべる。


「それについてはあまり時間をかけるつもりはない」


 扉が開く。若い声がそう告げた。

「やぁ冬馬。待ってたよ」

 夜白が明らかに嬉しそうに宗像冬馬の元へ駆け寄る。


「この部隊を指揮する宗像冬馬だ。さっきも言ったがこの極限状況を長引かせるつもりはない。一気に奴らを殲滅する」


 夜白はそんな冬馬を横で見つめる。夜白だけが気づいている。

 その言葉には明らかな『焦り』があった。


・2・


「はぁ……」

「どうしたんですか博士? ため息とは珍しい」

 寝台の上に寝そべっているシンジは神凪夜白に問うた。

「いや、まぁようやく覚悟を決めてくれたところまではいいんだけど。どうもモヤモヤしてね」

「宗像冬馬のことですか? ハハ。あれはもう後戻りできないでしょ? だって

 シンジはことも何気にそう言った。

 そう。冬馬の父、最牙一心さいがいっしんはもうこの世にはいない。現在メディアで報道される彼は夜白が作り上げたただのホログラムだ。来るべき日に冬馬が社長を引き継ぐ予定だが、それまではまだ存在していてもらわなければならない。しかし今やエクスピア・コーポレーションは実質冬馬のものと言っても過言ではない。

 元々イースト・フロートはとある海底遺跡の上に建てられた人工島だ。その遺跡からオリジナルのルーンの腕輪と碑石が発見されたのである。その日から一心は取り憑かれたように狂気の研究に没頭するようになった。それはもうどんなに犠牲を出そうが構わないというほどに。あのまま彼を野放しにしていれば、この都市は死の街と化していたかもしれない。

 だから彼は決断した。

「さて、君の義手の調整に入ろうか。こういうのは赤理君の方が専門なんだけど、まぁいないなら仕方ないか」

 夜白は宙に浮かぶディスプレイを見て、キーボードを弾き始める。

「前から聞きたかったんですけど、お二人はどういう関係なんですか?」

「ん? あぁ、そうだな。彼は僕に世界を見せてくれた恩人なんだよ」

「はぁ……」

 シンジはよくわからないといったような表情だ。


 ワーロック。


 碑石にはそんな言葉が記されていた。それが何なのかはわからないが、一心が考案したワイズマンズ・レポートはそのワーロックを人工的に生み出すための計画だった。そしてその第一号として作られたのが神凪夜白という試験管ベイビーだった。

 腕輪に付着したわずかな細胞を培養し作られた人間。『W-846』という用意された識別番号と数えるのも嫌になる程の投薬、そして調整のための水槽だけが夜白の世界だった。


 そんな時だ。神凪夜白という人形が実の息子であるにも関わらず同じく実験材料にされていた宗像冬馬という少年に出会ったのは。


「彼との出会いは……まさに僕にとって運命だった」


 きっと夜白は冬馬のためなら文字通りすべてを差し出すだろう。

 もし彼が戦いで目を潰したら、自分の眼球を差し出す。

 もし彼が望むなら、どんな悪にも手を染める。

 とにかくそばにいたい。それはもはや狂信の域に達していると言える。

「やはり僕には理解できない」

「それでいいよ。別に理解を求めてはいないしね」

「ところではどうするんですか?」

 シンジはモニターの一つに目を向ける。

「あぁ」

 そこには神座奏音かむくらかのんという少女だったモノが拘束されていた。

女王型クィーンは他の魔獣を制御する能力を備えているんだ。女王アリみたいなものだよ。神座奏音は精神操作系の魔法使いだったからね。マークはしていたんだ」

「それであいつらを操るつもりなんですか?」

 だとしたら少し興ざめだとシンジは思った。あれだけ難易度の高い獲物だ。そんなに簡単に済んでしまっては面白くない。

「いや、彼らには理性がある。いくら女王型とはいえあまり効果は期待できないだろうね」

「では何のために?」

 夜白は少し考えて、端末に中のとあるファイルを開いた。そして投影ディスプレイをシンジの方に投げた。


 そこには『WEEDSウィーズ』と書かれていた。


 シンジはその資料に目を通していく。

 そして。

「ハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 シンジは大声で笑い始めた。

「そんなに面白かったかい?」

「やはりあなたは最高だ! これはいい。最高に狂っている!」

 シンジは腹を抱えているが、夜白はどう反応していいのかわからないといった様子だった。

「そうかな? 現状の戦力を考えたら必要だと判断しただけだよ」

「ククク、いやでもこれは……なるほど。そのための女王型か」

「まぁこのまま廃棄するには惜しいし、彼らもそれを望んでいると思うんだよね」

 夜白はもう一つのモニターを眺める。そこには無数のカプセルが陳列されている。ざっとだが軽く百は超えるほどの数だ。

「どうしてわかるんです?」

 シンジは尋ねた。

「わかるさ」

 夜白は笑顔でこう答えた。



「だって彼らは僕なんだから」

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