行間5-1
一匹の
その世界では、人々は己が排出する悪意を一カ所に集め、封じることで自分たちの安寧を求めていた。それが彼らにとっての当然の「正義」であり、「答え」だったのだ。
あらゆる悪も憎悪も存在しない世界。
全ての人間が高潔で、誰もが幸せを享受できる世界。
争いのない平和な世界。
そんな人類が追い求め続けた究極の
しかし。
壺に溜まっていく水もいつかは収まりきらず溢れてしまうように。ある日、無限に吐き出され続ける人の
そして彼が生まれた。
生まれてしまった。
望まれた存在ではなかった。生まれたかったわけでもなかった。
人が紡ぐ因果が、幸せな日常が、善意の裏に隠れる誰もが持ち合わせる小さくて何てことのない純粋な悪意が、徐々に積み重なり、彼に形を与え、そして力を与えていった。
欲望は肉。憎悪は血となり体を駆け巡った。
理由? 理由なんてない。ただそれが世界の意思だったというだけのことだ。
何故、日は登るのか?
何故、空は青いのか?
それらは人が決めることではないように、彼はただ溢れ出るこの世全ての『悪』をその身で受けるために世界が構築した新たな器であり、機能に過ぎなかった。
機能に意思はいらない。欲も、仲間さえも必要ない。ただ心臓を動かして息をしていればそれでことたりる。それ以上は望まれない。
だからなのか、竜のその存在自体は恐ろしく純粋だった。
色で例えるなら『無色』。
何もない。黒でも白でも、ましてや灰色でもない。皮肉なことに世界の『悪』の結晶体は、ある意味この世で最も清廉な存在だった。
かといって崇められていたかというとそれは違う。
彼は暗闇の奥底にいてこそ清廉潔白でいられるのだから。
人間が持つ七種の罪。
『暴食』
『嫉妬』
『傲慢』
『憤怒』
『怠惰』
『色欲』
『強欲』
それら『
そう………………あの日までは。
それは偶然か、神の悪戯か。運命は彼に残酷で幸せな一つの出会いをもたらす。
竜は暗い地の底で『隻腕の聖女』に出会った。
何てことのない。この手のおとぎ話ではよくある話だ。
ただ。
彼の竜には。
七つの呪いを背負った彼にとっては、その出会いは差し詰め『八つ目の呪い』となったのかもしれない。
他のどの呪いとも違う。甘美で思わず手を伸ばしてしまう。自分を傷つけるものではなく、自分が傷つけるもの。
この気持ちを言葉で表すのなら――
……そう。
執着だ。妄執だ。…………………………………………依存だ。
それは『無色』の竜に色を与えた第八の呪い。
世界は彼に対してどこまでも残酷で、どこまでも優しかった。
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