間章・第4話 数と質 -Penetration-
・1・
「……ウソ、でしょ?」
「……面目ない」
早朝からミズキは頭を抱えていた。
久我山との直接対決は一週間後に決まった。すでに四日が経過している。この三日間タカオは朝早くから夜遅くまでどこかに行っていて、今日が初のまともな作戦会議となるわけだ。
だというのに……。
「あれだけ偉そうに啖呵切ったのに何で作戦の一つもないのよ! 私らの命がかかってんのよ? どっから出て来たその自信!? ていうか今まで何してたのよ!?」
「悪いとは思ってる。でも後悔はしてない!」
「……」
ミズキがゴミでも見るような目をタカオに向ける。
「……うぐ。し、仕方ねぇだろ。あの時はそれが一番だと思ったんだよ。だいたい一億何て払えるか! 貧乏ナメんな!」
タカオは逆に開き直る。もとより選択肢は一つしかなかった。だから自分の選択について後悔することは何一つない。
「はぁ……、あんたもよくこんなのに付いて行こうと思ったわね」
ミズキは溜息を付いてカウンター席に腰を下ろすと、そうガイにぼやいた。
「まぁ……成り行きかな。タカオには恩がある。それに——」
「それに?」
「タカオに付いていけば大丈夫。何となくそう思うんだ」
ガイはカウンターで豆を挽きながら、二人とは対照的に落ち着いた声でそう言った。
理屈ではない。心の赴くままに。
「それは賽鐘だって同じだろう?」
「ブッ!! べ、別に……私は……。もう、後には退けないし……その……」
(……あんなことされたら……って私! 何考えてるの!!)
ガイはそんなミズキを見てクスッと笑っていた。相変わらず何を考えているのか全然わからない。そんな人間は初めてだ。だから少女は当たり前の質問を投げかける。
「何よ?」
「いや……」
(はっきりしない……なんかモヤモヤする)
久方ぶりの感覚。今までは知りたくないことまで知ってしまっていたというのに。もっと知りたいという気持ちが芽生えていた。
「二人とも。そろそろリクたちが来るぞ〜」
でも、一つだけ共通点は見つけた。
テーブルの方からタカオの声がした瞬間、それを聞いて二人の顔に笑顔が浮かんだ。
(……ま、いっか)
わからなくても、それだけ確認できれば十分だ。今はもう騙すか騙されるか。背にナイフを突き付けあっていたあの時とは違う。
少女は思う。こんな何気ないありふれたワンシーンの中に今自分はいる。だから自分の選択は決して間違っていないと。
「えぇ!? 久我山さんと勝負!? タカオさんあなた馬鹿ですか!」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
驚きのあまり思わず口に出たのだろう。リクはハッと口を覆う。
勝負のルールは自分の持てる力の全て。範囲ははみだし全域。つまりはみだしというバトルフィールドの中であれば何でもありだ。
そして勝利条件も単純明快。
腕輪の破壊だ。
取り決められた内容はこれが全てだ。
人数制限については特に言及されていない。一時間にも及ぶルールの取り決めの中で一度もだ。今考えてみれば交渉の際、意図的にこの議題から遠ざけられていた気がする。ここは『穴』だ。おそらく向こうも強力な手下を引き連れて来るだろう。数で来る可能性もある。
タカオ側の戦力は首輪で支配されていないタカオ自身とガイ、そしてミズキの三人のみ。どちらにしろこちらには切れる手札がほとんどない。不利な状況になるのは間違いない。
「ところで皆さんはどういった魔法を使えるようになったんですか?」
アヤノがそう聞いてきた。
「……ッ」
ミズキの肩がわずかに震えた。
アヤノの問いはもっともだ。作戦を立てるにしても能力の詳細を知らないと立てようがない。魔法のタイプによって策もまた変わる。
「俺の魔法は体の一部を別の物質に変換できるってものみたいだ」
タカオは答えた。そして付け加えるように、
「ただ頭の中で明確なイメージがないと変化できない。ここ数日でそれがよくわかった」
何度か別の物質に変化するのを試してみた。
例えばゴムのように腕を伸ばすことはできないか?
例えば体を液状化できないか?
例えば——
色々試しては見たが、結局成功したのは鋼のような硬度だけだった。
「俺の場合右腕が硬質化するのは、まず『殴る』っていう明確な目的があって、それを最大まで高めるために必要なものはって考えついた結果なんだと思う」
生身の人間ができる戦い方などたかが知れている。自分の体が伸びたり液状化したりなど突然想像できるものではない。
戦闘において誰もが一番信頼できてかつ、明確なイメージを抱けるもの。それが拳だ。硬質化は普通の人間の拳よりパワードスーツなんかの機械の拳の方が痛い。きっとそういう感じのノリだろう。
「……単純」
「はいそこ! 悪口は良くないよ」
タカオがミズキにツッコミを入れる。
「だが単純ゆえに強力な力だ」
ガイがフォローを入れる。
「ガイ……」
「……当たれば」
「おい」
「ガイさんはどうですか?」
リクがガイに尋ねた。
「俺は炎が出せる。それだけだ。意識すれば炎に形状を与えることもできるが……」
だが自分が思い描いた形状にはならない。何というか、勝手に狼やらゴリラやら鷹ができてしまうのだ。
「だが……うちのガス代がタダになる夢のような魔法だ。俺は気に入っている」
ガイは胸元に拳を当て、静かに感動していた。
「アハハ……」
「いやリク、それかなり重要な力だから」
アヤノはリクに真面目な声でそう言った。そして彼女はキラキラした目でガイを見つめていた。まるで便利なものでも見るかのような目だ。
「……何?」
「ダメだぞ。うちのガイはやらんぞ?」
ガイは首を傾げ、タカオは間に割って入る。
「コホン。……そ、それで、ミズキさんは?」
「わ、私は……」
ミズキはキュッと拳を固める。まだどうしても怖い。タカオとガイはこんな自分を受け入れてくれたが、だからと言って目の前の二人が同じように受け入れてくれるとは限らない。
二人もそれを理解しているのか、ミズキに何か声をかけようとしたが、それは少女自身の手で遮られる。
「大丈夫。私も……前に進むって決めたんだ」
ミズキの瞳に決意が灯る。
「私の魔法は他者の心に干渉する力。まだ自分でも制御できてないから他人の思考が私の意思とは関係なく読めてしまうの」
「えっ……それじゃあ」
リクがびっくりした声をあげた。
「ごめんなさい。さっきから、その……あなたがずっと私のことを……その……かわいい……って……(ボソボソ)」
少年の思考はダダ漏れだった。ミズキの頰がほんのり赤く染まり、それと比較してリクの額から汗が流れる。
「「へぇー」」
タカオとガイが何やら悪い顔になっていた。
「ちっ、違います! 誤解ですってば! 僕はただ……ハッ!!」
リクは真横に漂う異様な気配に気付いてしまった。
「リ〜ク〜?」
アヤノはあくまで笑顔だった。
「え、何でアヤノが怒るの!? え? え?」
「ちょっと後で話そうか?」
「……はい」
ミズキは不思議そうな顔でそんな二人を見ていた。
「私のこと、気持ち悪いって思わないの?」
「……今、恐ろしさを体感しました……痛いっ! 痛いよアヤノ」
「大丈夫ですよ。気持ち悪くなんてないです。私たち魔法使いはみんな似たようなものですから。もちろん私にだって他人に知られたくないことの一つや二つありますけど、ミズキさんは魔法を悪用するような人には見えないですし」
アヤノが曇り一つない笑みを見せた。
「……うっ」
(……つい最近までやってたけどな)
ゴンッ!!
ミズキの拳が隣のタカオの脳天に直撃した。そして小声で、
「……聞こえてるわよ?」
「……すみません」
アヤノはさらに思い出したかのようにこう付け加えた。
「それに練習すれば魔法の制御だってきっとできますよ! リクなんて始めの頃は——」
「待ってアヤノ! 何を話すつもり!?」
リクが慌てていた。
「……プッ……アハハハハハハハハハハハ!」
ミズキが急に吹き出した。
「あ、伝わりました?」
お腹を抱えて首を縦に振るミズキ。アヤノはそれを見て嬉しそうだった。
「お〜、何があったんだ?」
「気になるな」
タカオとガイも話に混ざる。
「ふふふ……えっとね、彼が初めて魔法で物を直そうとした時——」
「その話はやめてーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
リクの叫びが店に木霊した。
・2・
決闘当日。
タカオ、ガイ、ミズキが店の扉を開けて出ると、すでに久我山が店の前に立っていた。
「よぉ。早いじゃねぇか」
逃さない。まるで草陰から獲物を狙う肉食獣の如きオーラからはそんな言葉がひしひしと伝わる。
「おはようございます久我山センパイ。わざわざ出迎えですか?」
タカオは特に気にすることもなく答えた。
「ククク。相変わらず生意気な野郎だ。だがまぁいい。準備はできてんだろうな?」
「もちろん」
もう始める気だ。時間すら与えないつもりだろう。
ここからは一瞬も気を抜けない。まだ決闘自体は始まっていないが、もうすでに戦いは始まっている。
「ルールは前に決めた通りだ。お前か俺の腕輪が壊れた時点で勝敗は決まる。いいな?」
大将戦。たとえガイやミズキの腕輪が壊れたとしても決着はつかない。戦いはタカオか久我山。どちらかの腕輪が破壊されるまで続く。
「あぁ」
タカオの返事に満足し、久我山はポケットからコインを一枚取り出した。
「これが開始の合図だ。最後にもう一度だけ聞いてやる。ここでやめてもいいんだぜ? 腐っても元後輩だ。それなりにサービスしてやるよ」
「ハハハ冗談。それにそれだと俺の目的が果たせない。俺はここの住人全員をアンタから解放するつもりだしな」
久我山の前に相対するタカオ。
「ふん……いいだろう。やれるもんならやってみろや!」
キンッ!
久我山の岩のように大きな手から小さなコインが宙に弾かれた。
コインは重力に引かれ、二人の視線の高さまで落ちる。
その瞬間。感じた。タカオの背筋が凍るほどのプレッシャー。
「あぁ……そういえば」
その言葉を。
「この一週間、お前らの情報は全部筒抜けだったぜ?」
「ッ!?」
コインが地面に落ちた瞬間、久我山の前に影が二つ降り立つ。
(こいつらは!?)
双子の少女。その顔には見覚えがあった。右の少女は長い髪を後ろで結んだ活発的な印象の姉。左の少女はセミロングの落ち着いた妹。
だったはずだ。
何か雰囲気がおかしい。タカオは魔法に関する情報を集めるため、はみだしの住人ほぼ全員と話をした。当然、目の前に姉妹とも。
「こ……のっ!!」
タカオは魔法を発動させ、両腕を硬質化させ防御の構えをとる。完全には防げないがないよりマシだ。
右の少女は手のひらから高圧の水流。左の少女は口から突風。姉妹の阿吽の息が合わさった魔法の嵐が襲いかかる。
「タカオ!」
ガイが球状の炎を飛ばす。だが呆気なく消しとばされた。
(相性が悪いのか!?)
嵐はタカオに直撃することはなく、横を素通りする。数秒遅れて背後で激しい破砕音が鳴り響いた。
「二人とも! ……ッ!?」
ミズキはガイが咄嗟に庇っていたので問題はない。ガイも無傷だ。
嵐が直撃したのは店の方だった。
まるで大砲の弾でも撃ち込まれたかのように、店には大穴が開いていた。もうほとんど原型がなんだったのかわからないほど徹底的に破壊し尽くされている。
「……この野郎」
「怒るなよ。敵陣を抑えるのは戦略として当然だろうが」
開幕一撃。どうやらそのためだけにここで待っていたようだ。それはいい。だがタカオにはそれよりももっと気に食わないことがあった。それは、
「その二人に……何をしたッ!!」
双子の姉妹の首にも当然首輪は付いている。おかしいのはそこじゃない。問題は目の前の二人がタカオが出会った時と全然雰囲気が違うことだ。まるで——
「操られている、か?」
「……ッ」
久我山が勝ち誇った顔で言った。そして自身の腕輪を見せる。
(なんだ……あれ?)
ルーンの腕輪に何か付いている。端末型のアクセサリのようなものが。
「こいつは『
今までであれば、たとえ『隷属の首輪』であっても能力に制限をかける程度の暗示はかけれても、精神を完全には縛れなかった。だから久我山はミズキを利用してきた。だが増幅器を使った今、彼にはそれが容易にできる。首輪を付けた人間を自分の手足のように自由に操作できるのだ。
(意識を無理やり押さえつけてるのか!?)
洗脳は少年の心を一度は折ったものだ。当然久我山が自身の魔法を
「ガイ! 賽鐘!」
タカオが叫ぶと二人は左右に走り出す。久我山の視界から出ていく。
久我山が手下を使うことは初めからわかりきっていた。タカオが正面から。ガイとミズキが背後から久我山を襲うつもりだ。
ミズキは自分を仲介してガイとタカオの意識を繋いだ。即興の無線機だ。
(作戦に変更はないわ。むしろ好都合! 意識を押さえつけてるなら久我山はそっちに常に気を張ってないといけないはず。二人とも言ってる意味わかるわよね?)
((あぁ!))
誰でもいい。三人のうち誰かが久我山にダメージを与えられれば精神支配は揺らぐ。はみだしの連中と無理に戦う必要はない。数が少ない以上、狙うは久我山ただ一人。
「勘違いするなよ?」
その瞬間、三人の背筋が凍りついた。
「何、だ……」
どこもかしこも、
目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。目。
見られている。
あたり一帯は
「嘘だろ、おい……」
「……これは、厳しいな」
「そんな……」
囲まれている。その奥で久我山は罪人を見下ろす王のように告げた。
「皆城タカオ。お前の敵は、お前が救おうとしているやつら全員だ」
・3・
一時間が経過。
隠れる場所などどこにもなかった。タカオは荒くなった息を整えながら次の攻撃に対処するために神経を尖らせる。例えでも何でもなく、常に誰かに見られている。それがタカオの精神を確実に摩耗させる。
「はぁ……はぁ……ッ!?」
ふいに自分の周囲が暗くなった気がした。頭上に何かがいる。
「このっ!」
タカオはすぐにその場から離れた。次の瞬間、タカオが元いた場所には直径三メートルほどの岩が落ちてきた。
物を正確に狙った場所へ飛ばす魔法と物を一時的に巨大化させる魔法の合わせ技。一人一人の能力が必ずしも戦闘向きというわけではない。久我山の目として機能する者。組み合わせ次第で恐ろしい力に豹変する者。様々だ。
今度は目の前に三人。うち二人はさっきの姉妹だ。
(
ほんの一瞬、退くことを考えたが、タカオはそのまま体を前に押し出すように地を蹴った。
この一時間、何十という魔法と対峙したが、重要な場面では必ずあの姉妹が出張ってくる。どうやらあの姉妹が一番攻撃に特化した魔法を持っているようだ。だからここで仕留めておく必要がある。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「あのバカッ!」
ミズキの左目が赤く光を灯す。すかさず姉妹二人に魔法で思念を送った。しかし主導権が彼女たちに無い以上、たとえミズキの魔法であっても彼女たちを操ることはできない。
だからミズキがやったことは操ることではなかった。
ミズキが仕掛けたのは彼女たちの眠っている意識を刺激すること。
すると姉妹の手がわずかに止まった。タカオはその瞬間を見逃さず、真ん中の男の懐に入り、溝内に鋭い一撃を叩きつけ、魔法を発動させる暇も与えず無力化した。魔法は使っていない。彼らを傷つけることがタカオの目的ではないからだ。
同時にミズキは姉妹の妹の方を取り押さえていた。
「大人しくしなさい!」
姉は高圧水流の噴出点である左手をミズキにかざしているが、撃とうとはしない。その手がわずかに震えているのをミズキは見た。さっきの刺激がここで生きてきたようだ。もし撃てば、妹もただでは済まない。それを本能的に回避するように彼女の自我が久我山の支配に抵抗している証だ。
『ったく、無駄な抵抗を』
どこからか声が響いてきた。姉の鎖が光を放ち、支配の力が増す。するともはや手の震えは完全に消え、左手から迷いなく高圧水流の槍が放たれた。
「……っく! このゲスが!!」
ミズキが毒づく。
「ッ!!」
槍がミズキと双子の妹に届くよりも前に、ガイが間に割って入った。ガイは右手から炎を噴かせ槍を横から叩き払った。水と炎が相殺し、あたりに激しい蒸気が生まれる。
「ガイ!」
何も見えない。タカオが叫んだ。
蒸気が晴れると、意識を失った姉を優しく抱えるガイの姿が現れた。
それを見てタカオとミズキは胸を撫で下ろす。
「キリがないな」
ガイが言った。
これで十人目。見るとガイの方でも数人気を失わせて無力化していた。その中にはリクもいた。見事に目を回して気絶している。
「とりあえず怪我はさせてない」
ガイは少女を地面に寝かせるとそう言った。
「ここまでは何とかなってるが、たとえこの調子で全員を無力化できたとしても、その頃には久我山と戦える体力は残ってないだろうな。向こうは未だ無傷。それに増幅器とやらで強化したやつの力がこれだけと考えるのは危険だ」
タカオの言葉にミズキも頷く。
「で、どうするの? こいつらの腕輪、壊しとく?」
ミズキがタカオに聞いた。今は気を失っているが、みんな目を覚ませば久我山の支配下にある限り何度でも襲ってくる。だがここで腕輪を壊せば脅威度は大きく下がるとミズキは言いたいのだろう。
だがタカオは首を横に振る。
「いや、腕輪はこいつらにとって命の次に大切なものだ。だから壊さない」
「は? バカなの? それじゃあ……あぁ!! もういい」
ミズキは言っても無駄だなと直感し、頭をワシワシと掻いて了承した。
「だがその方針で行くなら長期戦はできないぞタカオ」
「わかってる」
ガイの言葉はもっともだ。とりあえず最大戦力を一時的に無力化したとはいえ向こうにはまだまだ手駒が多くいる。
「どうにかして久我山とサシで勝負できれば……」
久我山の魔法は戦闘タイプではない。丸裸にしてしまえば文字通り裸の王様だ。タカオの魔法ならば勝機はある。
問題はどうやって分厚い衣服を剥ぎ取るかだが。
「手は……あるかも」
その時、何やら考え込んでいたミズキが小さく手をあげた。
・4・
久我山は最初の場所から動いていなかった。近くには二人のガタイのいい少年が立っている。当然彼らも久我山の支配下にある。久我山の命令がなければ指先一つ動かすことはない。
久我山は破壊したタカオたちの店の中から壊れていない椅子を見つけ出すとそれに腰かけて目を瞑っていた。
ザッと背後で乾いた土を踏む音が聞こえた。
まるで予想通りとでもいうように久我山の口元がニヤリと曲がる。
「来たか」
「あぁ」
決闘開始から一時間半。ようやくタカオは敵の前に立つことができた。
「待たせたな」
それほど距離が離れていたわけでもないのに、タカオの息は荒い。
「何だボロボロじゃねえか? 立ってるのもやっとって感じだな」
久我山は楽しそうにタカオを眺める。だが、
「やっぱりミズキの言う通りだな」
「あ?」
「お前の能力は『支配』であって『洗脳』じゃない。意のままに操るにはあいつらの意識が邪魔だったんだ」
強制はできても服従させることはできない。体の主導権は常に当人にあり、それは同時に抵抗でもあった。彼らは兵士ではない。たとえ命令であっても人を殺すことなどできない。それはやってはいけないことだと理性がストッパーになるからだ。
「だからお前は意識を封印した。そうしないとお前の命令を100%実行できないからだ」
おそらく彼らの意識を奥底に眠らせたのはミズキにやっていたような能力に制限をかける暗示。その応用だろう。増幅器の力があればそれくらいのことはできるのかもしれない。あとは簡単だ。ゲームと同じ要領で駒に命令を送ればいい。彼らはその通りに動く。
だが意志を封じたということは考える頭がないということだ。洗脳は「思い込み」を利用するが、久我山のそれはゲーム内における操作キャラにすぎない。イレギュラーに対応するには
それが『支配』であって『洗脳』ではないと言った理由。
「はっ! だったら何だって言うんだ! 忘れたのか? 俺はまだピンピンしてるんだぜ? お前をそこまで叩きのめせりゃ上々だ。もう奴らは用済みなんだよ。行け!」
久我山の左右に控えていた少年二人がタカオに迫る。タカオも前に倒れこむように走り始めた。そしてこう言った。
「……お前だって忘れてんじゃねぇのか?」
「!?」
走ってくるタカオの遥か後方から何かが飛んでくる。
拳大の岩だ。
「俺も一人でお前と戦ってるわけじゃない」
(まさかっ!?)
物を正確に狙った場所へ飛ばす魔法。自分の手駒の中にそんな魔法を使う者がいた。
「うちには精神系魔法が使える頼りになるやつがいるんだよ!」
ミズキの魔法で久我山の首輪に干渉することはできない。だが精神拘束を解除し、眠っている意識を覚醒させることはできる。さすがに全員を起こす余力も時間もなかったが、これで久我山の強制力が働くまでは体は当人の自由。タカオ側につく人間だっている。
岩はまっすぐ久我山を目指す。本能的に久我山は少年二人に盾になるように命令を送っていた。
「もう遅ぇよ!!」
新たな命令を受け、矛から盾へと切り替わった少年達はもう脅威じゃない。タカオは二人の横を素通りし、拳を握る。
「歯ぁ食いしばれよ。この拳はちょっとばかし痛ぇぞ!!」
この拳には自分だけではない。敵味方、そんなちっぽけな枠組みを超えて、この場にいる全員の気持ちが乗っている。
誰にも止めることはできない絶対の一撃。
「あああああああああああああああああああああ!!」
「ぐっ!!」
タカオは全速力で力の乗った拳を久我山の顔面に思いっきり叩き込んだ。
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