Epilogue 4
「やめて……」
ミズキは消え入りそうな声で懇願する。
彼女の頬にはベットリと血がついていた。
「ハハハハハハ!!」
ザクッ! ザクッ!
絶望の音がする。
シンジは自身の魔法で生み出した樹木の槍でタカオの体を突き刺した。
何度も何度も。一心不乱に。
その場を中心に、血がまるで一輪の花のアートのように地面に広がっていく。
その表情には狂気的な愉悦が見て取れた。まるで小さな子供が無邪気に虫の足を千切って遊んでいるような。そんなどこか軽ささえ感じる純粋な狂気。
「……ッ……!」
簡単には殺さない。それでは面白くない。もっと楽しみたい。
シンジはタカオの心臓や頭部は絶対に狙わず、最も痛みを感じるポイントを的確に潰していく。それでも普通ならショック死してしまうレベルだが、皮肉にも腕輪の治癒力がタカオを地獄に繋ぎとめていた。
タカオにはもはや魔法を使う余力もない。やわらかい肉を槍が一切の容赦なく引き裂いていく。
タカオの右腕が肘から切断された。ボトッという鈍い水音をたててそれはミズキの目の前に落ちる。
「……あ」
何かが、崩れた。
ミズキは自分の心にヒビが入る音を確かに聞いた。
「や、めて……タカオが、死んじゃう……」
今すぐタカオの元に飛んでいきたかった。
目の前のあの圧倒的な悪を倒す策なんてない。それでも今すぐに。たとえ自分が死ぬとしてもだ。
ガイだけでなくタカオまで自分の前から消えたら、もう何を信じていいのかわからなくなってしまう。ミズキにとってそれはもう死んでいるのと同義だ。
だが、足が動いてくれない。
広場の中心には巨大な花が咲いていた。
その花が生み出す毒の花粉のせいで、体が動かない。これもシンジの魔法だ。
いや、たとえそれがなかったとしても、すでに心の芯に恐怖を刻み込まれた時点で動けないのかもしれない。
もしこの
動けない
もうミズキは本当にダメになっていたかもしれない。
「ハハ……そろそろ打ち止めかな?」
もう十分楽しんだというように、シンジは最後に特大の槍を空中に召喚する。
「ダメ……」
あれはいけない。あんなものをまともに喰らったら本当に終わりだ。
「や……」
「これでおしまいだ。ありがとう。いい暇つぶしだったよ。これは僕からのささやかなお礼だ」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
シンジが腕を振り下ろそうとしたその瞬間――
「ミ……ズ……キン」
「え……」
草木をかき分けて、
「うん? ……あぁ! ようやくお出ましか。待ってたよ」
シンジは両手を広げて標的・神座奏音を迎えた。
ここに来て新たな来訪者。
しかし、
「……あんた、その姿……」
ミズキは絶句する。
奏音の体の半分が人ではなかったのだ。
顔半分は歪に変形し、左腕は鋭い爪を携え、人間一人分の大きさ程度に巨大化している。まるで魔獣のそれだ。バランスが悪そうに奏音は巨大な腕を引きずるようにしてミズキの方へと歩く。
「た、す……けて……」
彼女の体はタラニスリングが破壊されたことによる副作用で魔獣化が進んでいた。
「よっと」
シンジは無数の蔦で奏音の体を縛った。
「あ、ぐっ……」
「ターゲット回収成功♪」
シンジは両手を一度叩いて任務終了の宣言をした。
「……ターゲット?」
ミズキはシンジの言ってる意味が全然わからなかった。
すべては奏音を捕まえるため。
今までのことはただの暇つぶしだと。それに対してミズキは怒りを覚える余裕すら持ち合わせていなかった。とにかくタカオに向いていたシンジの注意が戻らないことだけを願っていた。他のことなどまるで頭に入らない。
奏音は激しくもがいた。半魔獣化した彼女の抵抗は半端ではなく、徐々に蔦が千切れ始める。
「あぁ、そんなに暴れないでよ。めんどくさいなぁ……」
さらに大量の蔦が追加された。
「……」
シンジは首を傾げる。急に抵抗が収まったからだ。
「ふぅ……やっと大人しくなった。念のため毒も——」
突如、耳が潰れそうなほどの甲高い音、いや鳴き声が鳴り響いた。
超音波に近いそれは、脳が震えるような奇妙な感覚をその場の全員に与えた。
びっくりはしたが、特に何も変化はない。
「……ハハ、最後の抵抗かな? ……ん?」
シンジの降霊武装内側のメインモニターに赤い文字が羅列される。どうやら各地で複数のゲートが開いたらしい。
「……へぇ。今のが
シンジは興味深そうに奏音を観察する。
「……ガイ?」
気づくとガイがミズキの前に立っていた。
「よかった! 目を覚まして……」
「……」
ガイは口を開かない。ミズキの言葉が聞こえていないようだ。
「ガ——ッ!?」
ミズキはそこで声を詰まらせた。
彼の背中からまるで別人のような気配を感じたからだ。これは魔法を使ったとかそういう話ではない。ずっと一緒にいた彼女だからわかることだ。すぐに何か違和感を感じた。
そう。何かとても冷たいものだ。
シンジもガイの存在に気づいたようで、鬱陶しそうに言った。
「何? 今僕忙――」
シンジが言い終わるよりも先に、ガイの大きな手がシンジの頭部を鷲掴みにした。
(……なっ!?)
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」
次の瞬間、シンジの体がジェット機のような速度で吹き飛んだ。そのまま少し離れたビルをいくつか貫通する。
「……ガ、ガイ?」
様子がおかしい。あそこまでの力をガイが持っているなんてミズキは知らない。そもそも魔法を使った形跡もない。
あれはただの腕力。人間一人をあんなに吹き飛ばす力なんてありえない。デタラメにも程がある。ましてや今日まで重症で入院していた人間ができる芸当ではない。
「……ッ!!」
振り向いたガイの圧に押され、ミズキは思わず息を飲む。
こっちに向かってヨロヨロと歩いてくるガイ。その姿がどんどん変化していく。
初めは自分の目を疑った。
腕が。
足が。
胴体が。
もうミズキの知っているものではなくなっていた。あの寡黙で優しい青年の面影はどこにもない。
魔獣は環境への適応能力が生物として異状なほど発達している。実際あの何もない分界で生き残れるほどだ。およそどんな場所であっても、その体を変体させ適応する。
ロウガが消耗を防ぐために、より効率的な人の形に姿を変えたように。
人の環境に適応した魔獣がいても不思議ではない。
そして、
女王種の声は他の魔獣の精神に干渉する力がある。
それが引き金だ。
自分が魔獣であることを忘れていた青年。
その奥底に眠っていた決して消えることのない獣の本性が目覚めてしまった。
鋭い爪、雄々しい翼。爬虫類を思わせる瞳。
およそ人間が畏怖するであろう要素をすべて持ち合わせたその姿は、まさにドラゴン。
かつて戦った魔龍・ヨルムンガンドと双璧を成す存在。
忘れられていたもう一匹の魔獣の王・ワイアーム。
まだギリギリ人の形を残したその魔龍はその場に立ち尽くし、二度目の産声で世界を震撼させる。
目の前にいたのは
第四章 災禍の剣 -Calamity Blade- 完
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