第24話 反撃の狼煙 -Counter Attack-

・1・


 御巫刹那は同じくシャングリラのメンバーであるリクとアヤノと共に戦場と化している病院の前にたどり着いた。

「あいつもここにいるみたいね」

 あいつとは伊弉諾のことだ。一体何が目的なのか。

 ここにはユウトやタカオ、それにガイが入院しているはずだ。さらに他の気配も多数感じる。魔獣、おそらくは先ほど戦った人狼型だろう。他にも数名。

(一体何が起こってるの?)

「……なんか、すごいことになってる」

 リクは思わず息を飲んだ。すでに目の前の建物が病院だとわからないほどに、崩壊は進んでいた。

 壁には砲弾でも飛んできたかのような大穴が数カ所。今も爆発音と破砕音が混じり合っている。中で誰かが戦っている証拠だ。

「ごめんね二人とも。まだ回復しきってないのについてきてもらっちゃって」

 刹那は申し訳なさそうに、後ろの二人に謝った。

 伊弉諾がどこにいるのかは、彼と魔力パスが繋がっている刹那にはおおよその位置は感じ取れる。


 しかし、ここまで来るのに二人の力が必要だった。


 「はみだし」を中心としたあの一帯には妙な警戒網が構築されていた。

 張り巡らされた警報装置は、赤外線を使った触れると鳴るタイプのものではなく、電子を用いた最新式のものだ。基本的なコンセプトはそう大差ないが、赤外線ゴーグルを使っても視認することはできず、触れると警報が鳴るだけでなく、人一人その場で軽く失神させる電流を流すことができる。

 幸い電気系魔法使いである刹那にはその「線」がはっきり見えた。いち早く気付くことのできた刹那は、リクの魔法・「望郷の瞳」の力を借りた。

 元の状態に戻す力。それは「元あった場所に戻す」という解釈もできる。その力で警報装置が「なかった状態」に壁を修復し、網に穴を開けて進んだのだ。

 さらにアヤノの「幻想怪奇」もリクが対処できない人の目をかいくぐるのに大いに貢献した。

 そうした二人の協力があってようやくここまでたどり着いたのだ。


「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」

「うんうん」

 アヤノが笑顔で答え、リクも頷く。

 だが刹那は気づいている。魔法使いとはいえ、二人とも戦闘要員ではない。その表情には相当な疲労が見え隠れしていた。

「私は中に入るわ。二人はここで待ってて。ユウトやタカオが出てきたら避難を手伝ってあげて」

「「はい!」」

 二人の返事に刹那は笑みで返して、目の前の魔境に対峙する。


 伊弉諾は言った。


 資格を示せと。


 それが何を指しているのかはわからない。

 しかしこの一線を越えたら、刹那は慎重に動かなければならない。魔力パスを通して刹那が伊弉諾の位置を把握できるように、伊弉諾もまたパスを通して刹那を見ているはずだ。

 刹那が持つ資格を。


 目の前の病院から放たれる異様な空気。

 まるで巨大な化け物が口を開けて待っているようにさえ思える。


 恐怖はある。

 初めて本当の敗北を味わった。稽古で味わうような生易しいものではない。

 一瞬だけ脳裏をよぎった自分の死。

 圧倒的な暴力に屈した。

 それで伊弉諾に資格なしと判断されたのなら、仕方がないかもしれない。

 誰よりも強くあること。

 本家ではずっとそう言い聞かされてきたのだから。

 敗北した今の刹那は無様だ。

 それでも——


「私は……」


 今はそれだけが自分の全てではないと信じている。


 取り戻す。全てを。


 刹那はそこに足を踏み入れた。


・2・


「行っちゃったね」

「私たちにはここまでしか手伝えないよ。それよりリク、私たちにしかできないことをやりましょう?」

 アヤノの言葉にリクは無言で頷く。

 きっとこれから出てくるであろう仲間をここで迎えること。そして安全なルートを提供すること。

 それが今の二人の役割だ。



「あれ? 君たち、誰?」



 陽気な声とは裏腹に、腹の底を抉るような冷たい囁きが背後から聞こえてきた。

「「ッ!!!!!?????」」

 リクとアヤノは弾かれたように振り返った。


 そこにいたのは二人と同じくらいの歳の少年だ。


 綺麗な顔立ちの中に、氷のような笑みを浮かべている。

 黒を基調とし、紫のラインが入った制服のような恰好。妖しさと不気味さが彼を一層この場で際立たせる。

「君たち酷いなぁ。人を化け物みたいに」

 突然背後から現れた少年・シンジは急に飛びあがった二人を見て面白そうに笑っている。

「けどおかしいな。確か今、博士がシステムを弄ってこのあたり一帯は封鎖されてるはずなんだけど……君たち、どうやって入ってきたの?」

 シンジの質問に答えず、リクはアヤノに小さな声を送る。

「……アヤノ、どうする?」

「……私たちと同じように警察の警戒網をかいくぐってきたような言い草じゃないわね」

「つ、つまり……どゆこと?」

「少なくとも味方ではないってこと」

 アヤノはそう結論づけた。警察関係者か何かか。しかし誰であれ、今この中にさらなる不安要素を入れるわけにはいかない。

「なら——」

 二人は戦闘態勢に入る。魔法は戦闘タイプではなくとも、シャングリラのメンバーである二人は多少の体術の心得がある。二人がかりで取り押えるつもりだった。数の上ではこちらが有利なのだから。

 しかし、二人の左手首にある銀色の腕輪を見ると、シンジの表情は一気に変わった。口の端を吊り上げ、まるで獲物を見つけた猛獣のような顔。

「ッ!?」

 全身が凍りつく。指先が震えているのに気が付いた。

「へぇ……、君たち魔法使いなんだ。……そっかそっか」

 シンジは顎に指を当てて、目の前の二人を交互に見る。

 シンジにはこの病院に誰がいるのかは監視映像を通しておおよその見当はついている。そしてその中にはがいるはずなのだ。

(……この様子だと対象の予測ルートを先回りする形になっちゃったか。さすがに遅すぎでしょ)

 シンジはため息をつく。


「まぁ、誰にも見られないようにって言われてるし、魔法使いで、かつ敵対の意志あり……」


 シンジは舌舐めずりして言った。


「じゃあ殺しちゃってもいいよね?」


 笑顔でゾッとするような一言を発した。

 その言葉で二人は目の前の少年が敵だと確信する。

「リク、行くわよ!」

「あぁ!!」

「ハハッ! 簡単には壊れないでよ? つまんないからさぁ!」

 二人はシンジに向かって走り出した。


・3・

 

 飛角と秋斗の激闘は続く。

 お互いに気は抜けない。秋斗は意識を針のように尖らせ、転移による死角からの攻撃で飛角にダメージを蓄積させていく。彼女の剛腕を一撃でも喰らえば秋斗の全身の骨は粉砕してしまうだろう。

 対して飛角はダメージを受けながらも、確実に秋斗に追いつき始めていた。この程度のダメージ、彼女の持つ魔獣由来の異常な再生能力がすぐさま回復させる。鬼化して伸びた飛角の鋭い爪が秋斗の服にわずかに掠った。

「……くっ!」

 空間を跳躍する秋斗の魔法にスピードで追いつくことは不可能だ。しかし、跳躍先を知ることはできる。もちろん常人では無理だが飛角は別だった。それを可能にしているのが、彼女の魔法だった。

 ルーンの腕輪を取り込み、それと同化した機械であるロシャードは今や腕輪と同じ存在に変化している。それは体内の魔獣の臓器を安定させるだけでなく、飛角が魔法を使えるということを意味する。


「あらよっと!!」


 ロッドの鉄槌が床を抉る。ほんの一秒でも転移が遅れていたら当たっていた。

 だが秋斗が表情を変えることはない。

(なるほど。奴の周囲ではいかなる魔法であっても物理法則に縛られるということか……)

 そのせいで転移によって完全に姿を消すまでに少し時間がかかってしまうようだ。


 魔力を物質として捉える力。


 それが魔法である以上、飛角の前では必ず何かしら認識可能な物質になる。魔法で生まれた火や雷といった自然現象はもちろん、たとえそれが霊体であったとしても拳一つで粉砕する。いかなる超常の現象も彼女にとっては破壊可能で、触ることができるものだ。それは秋斗も例外ではない。

 秋斗が空間を跳ぶ瞬間。

 完全に姿が消えるそのコンマ数秒前。

 飛角の目には転移先へ向かう一条の光が見えている。本来人間が認識すら不可能な次元領域で行われる魔法がわずかな軌跡として物理化しているのだ。飛角はその方向と距離を瞬時に割り出し、先回りする。あとは簡単だ。たとえ相手が別次元にいようと要はその光を掴むことさえできれば一本釣りの要領で秋斗をそこから引っこ抜ける。


「おい飛角! あんまり私を叩きギャァァァ!!」

 飛角は長物ロシャードを秋斗のいた場所に再び叩きつける。その衝撃で今度は床が崩壊した。

(跳んだ!)

 ロシャードの叫びに構うことなく、飛角は目で追うことなく左腕を背後に突き出した。

 バチバチと何かが砕ける激しい音が鳴り響く。

 だが確かな感触に飛角の口に笑みが浮かぶ。


「獲ったどぉぉぉぉぉぉ!!」


 世界の裏側から。

 強引に。

 引きずり出す。


「ッ!?」

 しかし飛角の表情が固まった。

(……軽すぎる)

 その手には確かに何かを掴んでいる感触がある。この感触はおそらく腕だ。だが軽すぎる。明らかに人一人分の重さに達していない。

 飛角がそれに目をやると、そこには秋斗の千切れた右腕があった。


「……まさか奥の手まで使うことになるとはな」

「ッ!?」


 背後から声が聞こえたかと思うと、振り返るよりも先に飛角の脇腹がゴバッと大きく抉れた。

「ガッ……バッ!!」

 正体不明の攻撃の余波で飛角は壁に激突する。

 たまらず血を吐き出した。白いナース服が鮮血に染まる。

(……ちょっと……これはマズイかも……)

 普通の人間なら余裕で失血死するレベルだが、彼女の体は特別だ。死にはしない。傷口も時間が経てば塞がる。


 ただ、相手はその時間を与えてはくれないだろう。


「クッ……このままでは」

 何とか彼女が少しでも回復する時間を稼ぎたいロシャードだが、今の彼にその力はない。

「ッ……もらうぞ。その杖を」

 激しい戦闘にようやく一段落ついたせいか、それとも先ほど放った謎の攻撃のせいか。秋斗もかなり消耗していた。額からは大量の汗が流れ出ている。


「……ハハ」


「……」

 この状況で突然笑みを漏らした彼女を秋斗は不審に思う。

「何のつもりだ?」


「いや、何……私ってばいつもこんな状況で助けてもらってばかりだなぁってね。そんで今はそういう自分が意外と嫌じゃない。囚われのお姫様って言うの? 私には似合わないと思ってたけど……我ながらどうしようもないほど攻略されちゃってるなぁ……なんて思ってみたりして」


 息苦しそうな飛角が秋斗に不敵な笑みを見せる。まるで子供向けの番組で今から正義のヒーローが登場でもするかのような絶対的な安心感。彼女の表情にはそれがあった。

「ッ!!」

 背後に人の気配を感じた。秋斗は素早く振り返り、現れた新たな敵を前に目を見開く。

(……吉野、ユウト)

 先ほど飛角が破壊した床を通って、下の階からユウトが飛び出てきたのだ。

 秋斗はローブで顔を隠す。



 御影の話で飛角を探していたユウトは、天井が破壊される音を聞いてここまでやってきた。

 御影のメモリーの力で簡易的ではあるが体力は回復している。さらに無機物を有機物に変換するこの魔法は、まるで錬金術のようにコンクリートを頑丈な樹木に変換して足場を形成することもできた。その力で上の階への階段を生成した。

 天井の穴を抜けると、ユウトの視界に見えたのは黒いローブで顔が隠れている男と、その奥で血だらけで壁に背を付けている飛角の姿だった。

「飛角!! ……テメェ!!」

 ユウトは籠手の拳を握り締める。

 空中でユウトは魔法を発動させる。するとそれに呼応して、天井、壁そして床から秋斗に向かって樹木の柱が襲う。

(やったか!?)

 柱同士が激突し煙を上げるが、煙が晴れるとそこに相手の姿はない。


「……やはり甘いな。貴様には相手を殺す覚悟がない」

「何っ!?」


 いつの間にか背後にいた秋斗の容赦ない回し蹴りがユウトの脇腹に突き刺さる。

「ガハッ……!!」

 メキメキと塞がりかけていた傷口が悲鳴をあげる。

 空中では衝撃を殺しきれず、ユウトは飛角のすぐ横の壁に叩きつけられた。

「……ほらしっかりしてよ私の王子様。助けに来てくれたんでしょ?」

 ユウトの登場のおかげで少しだけ時間を稼ぐことのできた飛角は未だ苦しそうではあるものの、そんな口を叩けるほどには回復していた。

「痛ッ……冗談言ってる場合か!」

「……一応本気で言ったつもりなんだけどなぁ」

 飛角は小さくため息をついた。

 ユウトは周囲の破片や酸素といった無機物を再び栄養に変えて、とりあえず開いた傷口だけでも塞ぐ。

 だが今ので打ち止めだ。他のメモリーと違って特定の武器を召喚しない御影のメモリーは、使用回数に制限、あるいは時間制限のようなものがあるようだ。

(アーロンのメモリーにも十秒っていう制限があった。そういうタイプのメモリーもあるってことか)

 この状況でもユウトの頭は不思議と冷静だった。

 静かに、しかし熱い闘志が湧いてくる。

(メモリーはあとは青子さんのが一つだけ)

 しかしこれはここに来る前に一度試してきた。

 一定範囲の空間の時間を止め、破壊不可能の壁を作る魔法。いわゆる空間凍結の能力だ。どちらかというと防御系の魔法に属する。

 今ここで飛角からメモリーを取り出すという手もあるが、彼女はまだ瀕死の重傷状態。これ以上の負荷はかけられない。それにその力がこの場で有効かどうかも定かではない。

 刹那やアリサのメモリーのように単純に攻撃を目的とした魔法であればなんとかなるのかもしれないが。

(……どうする?)

 ユウトは籠手で空を握る。


 その時追い詰められたユウトの脳裏に一瞬、光が走った。


「いや、まだだ……まだ俺には武器がある。あるはずだ!」


 ユウトはあの時の、神座凌駕との戦いを思い出す。

(あの時は必死でわからなかったけど、あれが使えれば……)

 あれは紛れもなくユウトの力。

 そしてその根底にはこの籠手が関係している。


 あの時、武器が欲しいと思った。


 目の前の頑強な敵を切り裂く鋭利な刃物。

 しかし結局召喚した刀は酷く脆いものだった。まるでとでも言うように。


「……そうか。勘違いしていた」


 ユウトは自分の中に流れる魔力を、意識を籠手に集中させる。ちょうど左腕に籠手を出現させるのと同じ要領で。


「あの時現れたのは武器なんかじゃない。俺の魔法籠手だ」


 ユウトの意思で出現するこの籠手は、いわばユウト自身の心そのもの。ずっとこの形が完成形だと思い込んでいた。

 だが心象を具現化するのであれば、ユウトが望めばその形を変えることができるはずだ。

 そしてあの時完全でなかったのはその本質を見誤ったからだ。


 武器ではなく――――器。


 それがあの時現れたものの正体。

「必要なのは魔力を注ぎ込む器。より強く、より効率良く、そしてより自由に!」

 一つ一つ、あの時の状態を復元していく。そして——


基部鋭化カーディナル・エッジ


 ユウトがそう呟くと、籠手が眩い光を放ちその形を変えていく。

 現れたのは一本の剣。

 刹那の刀によく似た作りだが、片刃ではない。西洋の騎士が使うような両刃の剣だ。刀身も一回り短くなって小回りが利くようになっている。


 理想写しイデア・トレース基部鋭化カーディナル・エッジ


 籠手の形を意のままに変え、最適化する技。

 今までユウトが理想写しで顕現させてきた『理想』を、ユウトにとって最も効率がいい、より状況に適した形に変化させる。


 


 籠手の能力自体が変わったわけではない。

 その本質は今までと同じだ。要は考え方の問題だ。


 人の理想を形にする魔法。


 だが他者の『理想』を形にするだけだった今までとは違う。

 他者の『理想』を受け入れ、その上で自分が最大限の効果を発揮できるように器に流し込むこと。

 他者の理想を自身の理想の上で最適化する。

 それが基部鋭化カーディナル・エッジ

 これは理想写しの新たな力ではなく、その応用。

 新しい自分ユウトのカタチ。


『Clock』


 ユウトは剣に青子のメモリーを差し込む。

 剣に力が流れ込み、未完の魔法は完成した。


『Clock Overdrive!!』


 剣のかしらを押して、魔力を一気に解放する。

 次の瞬間、ユウトの姿がその場から消えた。

(ッ! 消えた!?)

 秋斗がモーションに入るよりも前にユウトが目の前に現れた。

「くっ……!!」

「うぉぉぉぉぉ!!」

 ユウトの刃が秋斗に届くよりも前に、秋斗はかろうじて転移する。

「無駄だ! 速さで俺に勝つことはできない!」

 

 


「何ッ!?」

 時間にして一秒にも満たない。同じ転移魔法を使わない限り、あの距離を埋めることなど普通の人間にはできるわけがない。

 分身したわけではない。本来そんなことができる魔法でもない。


 自分の時間を加速させることで可能にした高速移動。


 先それが新たに進化したClockメモリーの力だった。

 転移して消えている間は攻撃できなくても、現れてしまえば関係ない。ユウトはただ転移先を見つけて先回りしただけだ。異常なまでに高速で。秋斗の意識の上を行く速さで。

 しかし、いい事ばかりではない。たった数秒使っただけでユウトの体には恐ろしいほどの負荷がかかる。発動中は魔力で強化された肉体とはいえ何度も連発はできないのが現状。この一撃で仕留めなくてはならない。

「逃がすかぁぁぁ!!」

 高速ユウト光速秋斗の戦い。

 右腕を失っている秋斗は防御ができない。転移した直後でもう一度跳ぶこともできなかった。

(……ッ!! もう一度使うか!?)


 ユウトの刃が秋斗に届く。その時——


 ガキン!! と激しい衝撃。ユウトの剣が勢いを失った。


「ッ!! ……また、お前か!」


 二人の間に割って入ったのは大剣を持った仮面の魔法使いだった。

「……行け」

 仮面の魔法使いは秋斗にそう一言告げた。秋斗は一度頷いて再び、今度はどこか遠いところへ転移した。

 それを確認して仮面の魔法使いは動き出す。

 ユウトは剣を構えるが、相手はその横を通り抜ける。

「ッ!!」

(狙いはあっちか!)

 自分が狙われている事に気付いた飛角はロシャードを握る。もうあれだけ時間をもらえれば十分だ。傷口は塞がった。

「このッ!!」

 横薙ぎの一撃を放つが、仮面の魔法使いは難なくそれを躱し飛角の懐へ入り込んだ。

「まずッ!?」

 拳は魔力が集中することで発光し、そこから押し出すような掌底打ち。

「ガハッ!!」

 飛角は窓を破って外へ吹き飛ばされた。

「飛角!! お前ッ!」

 飛角を突き飛ばした仮面の魔法使いの手にはメモリーが握られていた。さっきの攻撃で彼女からメモリーを引き抜いたようだ。


『Drain』


 出現したのは全長一メートルほどの小槌だ。さらに、


『Chain』


 もう一つメモリーを差し込む。籠手から無数の鎖が伸び、廊下の壁を貫通する。鎖は両者の間にまるで蜘蛛の巣のように複雑に張り巡らされる。

 もう一度加速したユウトは鎖の合間を縫って移動するが、移動ルートを制限されたユウトに追いつくことなど相手にとっては簡単なことだった。

「ッ!?」

 目の前に立ち塞がった仮面の魔法使いの鉄槌がユウトを襲う。

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 剣で防いだがその衝撃の後、青子のメモリーは剣から弾き出されて消失した。

(……あの小槌は魔力を押し出す力があるのか)

 そのままユウトは勢い余って床を転がり、やがて仰向けに倒れる。

 床に倒れているユウトに仮面の魔法使いは新たに召喚した霧の大鎌を構える。

「……ここから去れ」

 仮面の魔法使いはそう言った。

「……初めて喋ったな。正直疑問だったんだ。あんた本当に人間なのかって」

「……」

 ユウトは仮面の魔法使いを見据えた。仮面でその表情はわからない。

 どこの誰だかわからない。けど目の前にいるのは自分の前に立ちふさがる敵には違いない。

 違いないはずだ。

 だがユウトには一つだけ、どうしても腑に落ちないことがあった。


「なぁあんた——」


 ユウトは尋ねる。どうしても聞きたかったことを。



・4・


 伊弉諾、ロウガ、そしてレオンは三つ巴の戦いを繰り広げていた。

 とは言ってもレオンは伊弉諾へ攻撃はせず、ロウガに集中していた。怪しさでは目の前の白装束の少年も相当なのだが、ハンナがそうするべきではないと助言したからだ。

「ハハハハハ。いいぞいいぞ。もっと来い!!」

 そんな注意を払っているレオンとは真逆に、ロウガは自由なものだった。まるで無邪気な子供のように周りを気にもせず暴れ回っている。それをレオンは目で追い、一つ一つ精確に躱す。

 そんな二人を伊弉諾の雷撃が襲った。まるで庭の草木に水を撒くような仕草で。だが襲ってくるのは濁流のような雷撃だ。

『緊急回避』

 胸部のブースターが開き、火を噴く。

「うわっ!?」

 空中で三回転して、レオンは着地する。

 何とか直撃は避けた。今のは自分の意思ではない。ハンナがやったことだ。

 あの雷撃はロウガも相当警戒している。常に突進してくるロウガでさえ、雷には距離をとるほどだ。レオンも当たっていればどうなっていたかわからない。

「ありがとうハンナ」

「あと三十秒」

 ハンナは淡々と残り時間を告げる。

 幸か不幸か、今の雷撃でロウガの猛攻は一度止んだ。

「次の一撃で最後か……」

 もう時間がない。


「余との他にも初代の魔具がここに集まっているか……。偶然か、それとも価値を理解したコレクターでもおるのか。それにわずかとはいえその鎧の力を使いこなしているか」


 ゆっくりと降り立った伊弉諾はそう呟いた。

「……魔具?」

「だが同胞とはいえ今は邪魔だ」

 伊弉諾は手のひらをレオンへ向ける。


ね」


「ッ!?」

 レオンは反射的に盾を展開するが、ハンナは言った。

『ここは撤退。強制脱出』

「えっ?」

 レオンの反応に構わず、ハンナは背中のブースターを噴射し天井を突き破る。すれすれで雷撃が足元を走るが、今はそれどころではない。

「ちょ……うわぁぁぁぁぁ!!」

 レオンは頭に何度も衝撃を受け、ついに屋上へ到達。さらに上昇する。

 屋上から十メートルほど飛んだところでハンナは言った。

 とても残酷なことを。


『時間切れ……あとはよろしく……』


「え、嘘だろおい!」

 ハンニバルの鎧が解除され、空中にレオンと小さな少女が投げ出される。

 すでに屋上敷地内からも投げ出された状態だ。このままでは二人とも地面まで真っ逆さまに落ちる。

「……くっそ!!」

 レオンは空中でハンナを抱きかかえると、片手で庭にそびえ立つ樹木の枝を必死で掴む。当然枝は折れるが、勢いと方向を変えるには十分だった。

「おおおおおおおおおおおお!!」

 少女を抱きかかえたまま体の捻りを使い、レオンの体は庭の茂みの中に突っ込んだ。


「痛ぇ……」

 今ほどレオンは警察時代の厳しい訓練に感謝することはなかった。体の頑強さといい、咄嗟の機転といい、彼でなければこうはいかなかっただろう。

「……よくやった」

 何事もなかったようにハンナは地面に倒れているレオンの頭をポンポンと優しく叩く。

「こっちこそ助かったよ」

 あのまま盾を展開していれば、途中で鎧が解除されていた。そうなれば雷撃を最後まで防ぎきれなかっただろう。

 ハンナの判断は正しかったのだ。


「……けど……今度はもう少し安全な方法で頼むな?」


 レオンは苦笑いで懇願する。

 ハンナはプイっとそっぽを向いた。



「ふん。せっかくの活きのいい獲物だったがまぁいい。メインディッシュはまだ残っているからな!」

「ん?」

 伊弉諾は新たにここに近づいてくる者に気がついた。

 魔力パスを通じてその者が誰なのかは彼にはすぐわかる。思わず結んでいた口元が緩む。


「……やっと来たか」


「あぁ? どうした?」

 急に雰囲気の変わった伊弉諾に怪訝そうにロウガは聞いた。

「お前の相手は終わりだ犬」

「おい、そりゃあどういう——ッ!?」

 言い終わるより先に頭上から気配を感じた。


 上空に輝く光。

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 刹那は右手に凝縮した雷をロウガに向けて突き出した。

 ロウガは両手をクロスしてそれを頭上から受け止める。

 全力の雷と落下速度を合わせた一撃。バチバチと激しい音を鳴らし周囲に光が花火のように散っていくが、ロウガの屈強な体を貫くまでには至らない。未だ刹那の雷では傷一つ付けることは叶わない。

「はっ! 今度は貴様か人間! いいぞ、一度負けても臆することなく向かってくるその気概。俺は嫌いじゃないぞ!!」

「アンタに好かれてもちっとも嬉しくないわよ!! 今よユウト!!」

「ッ!?」

 背後からもう一人近づいてくる。ロウガは刹那を押し飛ばして白銀の刀を持つユウトの方を向く。

「くらえぇぇぇぇぇぇ!!」

 ロウガの爪をギリギリで避け、白刃が左腕の義手に突き刺さる。

「ぐっ……ちょこざいな!」

 少しビリっとしたがそれ以上の痛みはなく、ロウガは刀が刺さっているのも御構い無しに腕を大きく振るいユウトを吹き飛ばした。ユウトから離れてしまった白銀の刀は消滅する。

 ユウトは上手く受け身を取って刹那の横に並んだ。

「やっぱり他の魔獣と比べて段違いに硬いわね」

「あぁ。だけどあの義手にはダメージを与えた」

 そういう二人の顔に諦めはない。

 特に刹那の顔にはあの時味わった恐怖が見えない。

(ほう……)

 背後でそれを見ていた伊弉諾はうっすらと笑う。


 魔獣ロウガの前に、今度は御巫刹那と吉野ユウトが対峙する。

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