第23話 人ならざる者たちの狂宴 -Variant party-

・1・


 最初に動いたのはロウガだった。

 人の姿から本来の姿に戻る。その際に着ていた服は体の変化に耐えきれずに敗れた。ノーモーションからの瞬間加速で目の前の伊弉諾に向かって刀を振るう。

 迎え撃つ伊弉諾は雷で剣を生成しそれを受け止める。

「ほう。もう腕が再生したのか? 犬」

「ガルルル。それがどういうわけか貴様に焼かれたこの左腕。再生しなかったぞ!」

 ロウガが大振りの薙ぎ払いをする。ひどく嬉しそうな口ぶりだ。伊弉諾は軽々と避けるが、余波で周囲の壁が粉砕する。その際、ロウガの左腕に巻かれた白い布が解けた。


「ん、く……あれは……」

 余波の影響を受けて壁に叩きつけられた青子はそれを見て目を疑った。人狼型の魔獣の左腕についているそれはだ。

「この場所で見つけた代わりの腕だが、これはなかなかいい!」

 人間の腕ではとうに折れて、千切れていただろう。それほどの速度と破壊力を持つロウガの猛攻に耐えることのできる義手。

 確かにイースト・フロートでは当然義手や義足などの、医療工学の分野も充実している。

 人体にかかる負荷を最低限に減らしつつ、日常生活で全く劣らぬ精密な動きが可能になるまでに進歩していると聞く。体の一部を失った患者用に病院に義手が配備されてあったとしても不思議ではない。慣れるまでに相応の訓練が必要らしいが、相手は魔獣だ。人間の常識は通用しない。無理矢理神経を接続したか何かだろう。


 だがそれよりもきにするべきは——


(あの腕、妙にハイスペックすぎる気がするな……誰だ? あんなもの作ったやつは……)

 手首の可動域の広さ。

 トラックでもぶつけられたような圧倒的破壊力にも耐える頑丈さ。

 明らかに一般生活で扱うには過ぎる性能だ。

 おそらくは警備部隊やセントラル用にチューンされたものが一時的にこの病院に保管されていたと考えるべきだろう。


 そして何より


「あいつかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 青子はあの義手を作ったであろう「とある女教諭」に向けて恨みの叫びをあげた。

 しかしその声も伊弉諾が放った雷とロウガの剣がぶつかり合う爆音でかき消された。今度こそ破壊に耐えられなくなった床が抜け、二人は下に落ちていった。


「言葉を話す魔獣……」

 それだけではない。奴は武器さえ使ってみせた。明らかに今まで相手にしてきた魔獣より危険だ。

 ふと青子は気づく。さっきまで近くにいた秋斗がいない。

「桐島……チッ、ダメだ。詳しくは思い出せん」

 アリサから受け取った記憶では名前以外のことは思い出せなかった。いきなり襲ってこなかったところを見ると、完全に敵というわけではなさそうだが。

「とにかく……あの二人をさっさと避難させた方がいいな」

 もう魔法は解けている頃だ。この騒ぎだ。二人とも外へ向かっているかもしれない。だがやはり心配だ。

 青子はユウトたちの病室を目指した。


・2・


「ダーーーー!! 何だよ!! 上で何が起こってんだ!?」


 先ほどから上で聞こえてくる連続した爆発音。建物は揺れ、天井は瓦礫となって降ってくる。

 そんな中をガイを抱えたタカオとミズキは走っていた。

 病室には未だ面会謝絶と書かれていたが、すでにそこには止める者は一人としておらず、タカオとミズキはガイをすぐに見つけることができた。二人はそのまま急いでガイを運び出したのだ。


「タカオ! 上!」

「うお!? このっ!!」

 金剛の右腕デクス・ダイアモンド。硬質化したタカオの右腕が頭上の瓦礫を粉砕する。

「ミズキ! 他のみんなは?」

「この先に飛角がいる!」

 ミズキの言う通り、タカオははるか前方に飛角と御影の捉えた。飛角は鬼化していたが、すでに戦闘は終えているようだ。

「おーい二人ともー!!」

 タカオが二人に声をかける。


 しかし直後、その間に割って入るかのように天井を突き破り何かが落ちてきた。


 タカオは素早く反応して、ミズキの腕を引っ張る。通路の角に飛び込み身を隠した。おかげで爆風だけは回避できた。

「くそっ……今度は何だ!?」

「見て! あれ!」


 そこでは次元の違う戦いが繰り広げられていた。一振りで建物を破壊する刀を持った魔獣と、雷を操る少年。


 二人はそのどちらも知らない。正確には人間体のロウガにはさっき遭遇しているが、今は魔獣の姿でタカオにはわからないのだ。

 交わされる一つ一つが必殺の一撃。もはや一周回って逆に美しさすら感じるほどに両者の戦いは見る者の目を捉えて離さない。

 二人の激突の余波は、まるでジェットコースターなどで感じる浮遊感に近い振動となってタカオやミズキの胃を抉る。ちょっとでも気を緩めると吐いてしまうほどに。

 ただ理解が追いつかない。

 だがあの空間に入り込むことはそのまま死を意味することくらいはわかる。

「ダメだ。こっちは通れそうにない」

「どうするの?」

 タカオは少し黙って考える。そして何を思ったのかポケットからヒビの入ったルーンの腕輪を取り出した。

「ま、ないよりはマシってこともあるだろ」

 ガイの腕輪だ。それをガイの左手首にそっとつけた。

 その時ミズキはゾワリとした嫌な感覚を覚えた。たぶん見てしまったからだ。タカオの横顔を。


「……アンタまさかここに残るなんて言わないわよね?」


 ミズキは言った。タカオが今からしようとしていることに薄々検討がついていた。

 タカオはミズキの目をしっかりと見て、そして笑う。

「ここでお前らが逃げる時間を稼ぐ。最悪囮でもなんでもいい。お前らが逃げる方向には絶対行かせない。……大丈夫だって。さすがに自分からあの中に飛び込むような真似はしないって。ちょっとここから様子を見るだけだ。それに——」

「ッ!!」


 バシンッ!!


 乾いた音が通路に響いた。

「えっ……」

 頰が焼けるように痛い。そこで初めてミズキがタカオの頰に平手打ちしたのだと気づいた。

「ミズキ、何——」


「それに……何?」


 怒気を孕んだミズキの言葉がそれを遮る。そのままミズキはタカオの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。

「お、おい……ッ!?」


「簡単げに言わないでよ!! 私は!!」


 ミズキはたまらなくなって叫ぶ。けどそこから先の言葉が上手く出てこない。

「私は……」

 必死に何か言葉を探す。何か彼を止めるための言葉を。そして考えるたびに涙が出てしまう。タカオはそういうやつだから、と認めてしまう自分が心底憎い。

「私は、まだ……アンタに何も、返せてない」

「……ミズキ」

 考えすぎて頭が混乱してきた。思考がグルグル回る。すると不思議なことに今度はだんだん腹が立ってきた。どうして自分はここまで目の前のこの男の事で一喜一憂しないといけないのか、と。もう面倒だ。

「ああーもう!!」

「え、ちょ……なッ!?」

 半ば強引にミズキに引き寄せられる。

 そして。


 タカオの唇がミズキの唇で塞がれた。


「!?!?」

 突然のことでタカオは目を白黒させている。

「んッ!」

 ミズキはタカオを逃すまいと胸ぐらを掴んでいる腕に力を入れる。

 ほとんど強引に体を引き寄せ、体を密着させる。

 まるで絶対に離さないというように。

 すぐ近くでは今までに見たことのないほどの大激戦が繰り広げられている。だがそんなもの今のミズキには関係ない。

 恥ずかしさも、気まずさも。全部投げ捨てた。

 全部捨てて、ミズキはタカオにキスをする。

 まるで必死で繋ぎ止めようとするかのように。彼が自分の元からいなくなってしまう。そっちの方が遥かに怖いのだ。

 気づくと音も、時間の感覚も消えてしまっていた。眠っているガイのことを意識に入れる余裕もないほどに、ミズキの心はタカオを求める。


 そしてゆっくりとミズキはタカオから唇を離す。タカオは潤んだ彼女の瞳から目が離せなかった。恥ずかしさよりも前に驚きが来る。

 するとストンとミズキは腰が抜けたのか、その場でへたり込んでしまった。

「お、おい大丈夫か!? っておい……」

「……ッ!!」

 ミズキはタカオに今の自分の顔を見られたくないのか、片手でタカオの顔を遠ざける。

(何やってんの私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?)

 タカオに触れた部分が焼けるように熱い。勢い余ってわずかに触れた腕も。たった今離した唇も。まるで電気を流されたように体が勝手に反応する。

 普段のミズキなら絶対こんなことしない。考えるのが面倒になったからか、それともこの状況が吊り橋効果のように作用したのか。それはわからない。

 一つだけ確かなことがあるとすれば、

「ア……の」

「え?」

「……アンタのせいだからね!」

「何故!?」

 ガシッとミズキはタカオの頭を両手で掴む。

「私は……」

 ちゃんと言葉で伝えないとダメだ。

 自分の言葉で。

 自分がやりたいことを。

 ミズキは内から沸き起こる温かい感情を声にして出した。


「いい? 私は……アンタと、ガイと、三人であの場所に帰りたいの! 誰一人欠けることなく、ずっと一緒に……」


 ミズキは泣きそうな顔でそう言った。

 こんな告白にも等しいセリフ。少なからず彼女の中ではもっとロマンチックな雰囲気を望んでいたのだ。泣きたくもなる。

 それでも、それよりももっと大切なことがある。だから体が勝手に動いてしまった。勝手に声が出た。

「……」

 タカオは呆気にとられていた。それを見てミズキはムッとする。ここまできたら妥協するという選択肢はない。

「返事は!」

「……ハイ」

「よ、よろしい。じゃあ行くわよ? さっさと準備する!」

「イ、イエッサー」

 真ん中にガイを置いて、その両肩を二人で支える。

 

 三人は外へ向かって歩み始めた。


・3・


「っと、こっちも早く逃げないとマズそうだね」

「そうだな」

「……Yes。珍しく同意見です」

 御影と飛角、そして彼女の腰に差さっているロシャードの目の前では、伊弉諾とロウガの激戦が繰り広げられている。とても近づけるような状況ではない。あの二人を中心にまるで災害でも起こったかのように破壊の限りが尽くされている。そしてその被害領域は徐々にこちらに向かって広がり始めていた。


「よし、それじゃちょっと失礼して……」


「!? ちょっと、何を……」

「大人しくしていた方がいい」

 ロシャードは御影にそう言った。

 飛角は御影を担いでお姫様抱っこすると、全速力で走り始めた。

「ねぇ。ユウトはもう外に出たと思う?」

「……あの人が私の希望的観測に従ってくれるとは思いませんが」

「だよねぇ。もう、しょうがな……ッ!?」


 突然、飛角は急停止する。


 目の前に急に現れたのは黒いローブの魔法使い。その拳から放たれる一撃を飛角は片腕で弾いた。そのまま背後に一回転して床に着地する。

「誰だい、アンタ?」

 黒ローブの魔法使いは答えない。

(……前に分界リンボやシャングリラで遭遇したのとは違いますね)

 御影はそう分析する。見た目は仮面の魔法使いと共通点が多いが、ユウトと同じ理想写しイデア・トレースの籠手を着けていない。


「貴様が持っているその杖を渡せ」


 黒ローブの男・桐島秋斗は一言そう言った。

「ハッ、冗談。これは私の大切なものだからね。お前のような奴には渡せんなぁ」

 論外だ、と飛角は吐き捨てる。

 今の飛角にとってロシャードこそがルーンの腕輪であり、生命維持装置なのだ。そう言われて易々と渡せる代物ではない。

 飛角は御影をゆっくり下ろす。

「……何のつもりですか?」

「いや何、アンタを守りながらはちょっとキツそうだ。それにあいつの目的はどうやらこっちみたいだし。だからアンタはユウトたちの所へ行ってあげて」

 すぐ横には階段がある。ここから少し上がればユウトの病室は近い。

「……わかりました」

 御影は階段へ向かった。しかしすぐに歩みを止めて呟いた。

「……死なないでくださいね?」

「おやまた珍しいことを」

「……せっかくあの人が助けた命ですから」

 飛角はフッ笑う。そう言われると、普段は限りなく怠惰を貪る彼女だが、本腰を入れなければならない。自然と握り拳に力が入る。

「大丈夫。私、強いから」

 正直飛角としては不安の方が大きい。自分の強さには自信があるが、確実に勝てるという保障もない。

 御影が行ったのを確認して、飛角はロシャードをステッキ形態からロッド形態へ変形させる。彼女が念じれば、ロシャードはそれに応じて形を変えることができる。

 二、三度クルクルと回して先を秋斗に向ける。

「……」

 秋斗は無言で構える。

「こいつが欲しいんだろう? ほら、取ってみなよ?」

「飛角……目が回るからあんまり回すな」

 バッ!! と二人がその場から消える。

 一人は空間を跳躍して。

 一人は人間離れした脚力で。

 コンマ数秒。


 そして両者は激突する。


・4・


 ユウトと伊紗那は誰もいない通路を歩いていた。

「……下の方で、誰か戦ってるのか?」

 青子はもちろん飛角、それともタカオという可能性もある。

「……行かないと」

「……ユウ」

 心配そうな表情でユウトを見つめる伊紗那。彼女の目から見ても明らかにユウトは戦える状態ではない。いくら医者から問題ないと言われているとはいえ、それは日常生活においてという話だ。こんな状況を想定しているはずがない。戦うなんてもってのほかだ。


「……やっぱり」

「お前は……」


 背後から声が聞こえた。

「……御影、青子さん」

 そこには呆れた表情でユウトを見ていた鳶谷御影と戦場青子の姿があった。青子は少し服がボロボロになっているが、怪我はなさそうだ。

「御影、お前まだこんなところに……」

 御影は魔法を持たない一般人だ。こんな戦場のど真ん中に本来いてはいけない。

「……あなたにだけは言われたくないセリフですね」

 御影はユウトの肩を持ち、フッと笑う。不謹慎かもしれないが、彼女の知る吉野ユウトという人間であれば必ずまだここにいると思っていた。そして彼は現にここにいる。それが嬉しくもある。ほっこりと胸が温かくなって、自然と頰が緩む。


「さて。私は一刻も早くお前を外に避難させたいわけだが」

「青子さん——」

「ダメだ」

 青子は無情にもそう言い放つ。その瞳にはこれ以上今のユウトに無理はさせられないという強い意思があった。

「この場はお前一人でどうにかなるレベルを超えている。それにそんな体で一体どうするつもりだ?」

 青子はユウトの胸を軽く突く。

「ッ!!」

 ユウトは未だ完全には癒えない傷に呻く。伊紗那は慌ててユウトに寄り添った。

 もう傷口自体は塞がっている。しかし内側の組織はまだ修復中だ。無理をすればここでの入院生活はすべて無意味になってしまうだろう。

「ほらみろ。だからお前は——」


「……動ける体があればいいんですか?」


「あ?」

 そう呟いたのは意外にも御影だった。御影はユウトの正面にくると、左手を掴む。ムニムニと指圧マッサージのように扱いたと思うと、今度はそれを自分の胸にあるわずかな膨らみに押し当てた。

「と、鳶谷さん!?」

 伊紗那は顔を赤らめて動揺する。彼女はを見るのは初めてなのだ。

「お、おい……」

「……ッ!。ん……いいから早くしなさい」

 正直、ユウトに揉まれるのであればそれはそれで構わないのだが、今はそんなことをしている場合ではない。

(……揉んでもらえば私のもあれくらいになるでしょうか?)

 御影は自分の周りのおっぱいおばけ(飛角・赤理)を思い浮かべる。今まで全く興味がなかったが、今後は一考の余地はありそうだ。

「わ、わかった」

 ユウトも彼女の意図を察したのか、左手に意識を集中させる。

 するとそこから淡い光が吹き出し、収束する。

 神座凌駕かむくらりょうがに魔法を奪われてからちゃんとメモリーを作ったのはこれが初めてだ。ユウトは上手くできたことに少し安堵する。


『Bios』


 聞き慣れた電子音がなるが、いつものように特に何か特定の武器が具現化する様子はなかった。

 だが、ユウトはそれが正常だと理解している。

「……ふぅ。どうですか?」

「あぁ、いけそうだ」

 ユウトは近くにあったガラスに触れる。するとガラスが徐々にユウトの手のひらから体内に吸い込まれていくように消えていく。

 御影から取り出した魔法は「変換」の力だ。

 植物のように無機物を有機物に変換する魔法。ユウトはガラスだけでなく大気中の酸素までも取り込み、自身の栄養に変換することで体力の回復を促進させたのだ。

 御影はユウトの体をペタペタ触る。先ほど青子に軽く小突かれたところに触れてもなんともなさそうだ。顔色も心なしか良くなっている。

 だが御影は忠言する。

「……いいですか。これはあくまで応急処置です。絶対にいつもみたいな無理はしないでくださいね?」

「わかってる」

「……」

「な、なんだよ?」

「……いえ」

 御影は目を逸らしてそう言った。

(……まぁ、死ななければ私が治してあげます)


「……行くの?」

 伊紗那はユウトに聞いた。

「あぁ。みんなが戦ってるんだ。俺だけ何もしないわけにはいかないよ」

 そう答えるであろうことは伊紗那は予測していた。だから胸が苦しくなる。

「私は……行って欲しくないよ……」

 伊紗那は俯いてユウトの胸に額を埋める。そして弱音を吐くように呟いた。自分でもこんなことを言うのはずるいと思う。こんなことをしてもきっと何も変わらない。ただ彼を困らせてしまうだけだとわかっている。それでも縋り付くような思いでそう言ってしまう。もしもこれで立ち止まってくれるならどんなにいいことか。

 ユウトは俯向く伊紗那の頭を優しく撫でるとこう言った。

「……ごめんな」

「うん。わかってるから」

 再び顔を上げた伊紗那は笑顔を見せる。


 全部守る。例えこの血肉の一片たりとも使い果たすことになっても。

 もとよりそのための体。もとよりそのための魔法ちからだ。


 でもそれだけじゃない。


 必ずここに戻ってくること。それもまた少年に課せられた使命だ。

 ここに至るまでのものはすべて過程でしかない。

 すべてはこの笑顔をもう一度見るために。今度は目を逸らさずに。

 そんなごく当たり前で単純な理想ねがい

 もう答えは出ていた。


「……それにしてもこのメモリーを取り出す作業。何とも言えない快感が生じますね。……ちょっと、クセになりそうです」

 御影は頰を赤らめてそう言った。魔力を吸われる感覚というのは人によってはそういう風に感じるものなのかもしれない。

「……どうですか? 戦場教諭も一つ」

「ブッ!? は、は!? なんで私が!? って離せ!」

 青子はあとずさるが、御影が背後から彼女を羽交い締めにする。

「……No。さぁユウトさん。ぐいっと。戦力は多いほうがいいでしょう? あなたが生き残るためにも」

「こ……っのッ!」

「……ハハハ」

 ユウトは青子に近づく。青子の表情はどんどん赤くなる。

 御影の言うことはもっともで、決して普段の仕打ちをお返ししようだなんて思っていない。決して。

「離せコラ! お、おいユウト、仮にも私は母親だぞ!? おまっヒャウ!?」


 新たに手に入れたメモリーを懐にしまい、ユウトは走り出す。


・5・


 レオンがリッカに提案したのはとてもシンプルなことだった。


 動けない部隊の代わりに、レオンが現地へと向かう。


 幸い部隊を抜けているレオンだが、神凪夜白の話ではセントラルと同じような独自に動ける権利を有しているという。元々それが欲しくて部隊を出たのだ。こんな時に役に立ってくれなければ困るというものだ。


「……レオン、あれ」

 傍に寄り添うワンピース姿の少女・ハンナが病院の入り口を指差す。見ると、病衣の少年と黒髪の少女が気を失っている青年を担いでこっちへ向かって歩いてきている。

「おいそこの二人、大丈夫か!?」

 レオンは二人に駆け寄った。ハンナは少し離れたところで見ている。

「えっと、アンタは……警察の人?」

「まぁそのお使いみたいなもんだ」

 タカオは首を傾げる。

 ミズキは離れたところから自分たちを見ているハンナに視線を向ける。普通に考えて、あんな少女をこんなところに連れてくる警官がいるわけがない。

(……怪しい)

 誰が、敵でもおかしくない。ミズキは二人に対して注意だけは向ける。最悪、洗脳するつもりでいた。神座奏音かむくらかのんのように完璧にはいかないかもしれないが、できるはずだ。

「とにかく外に出ろ。公道に出て東に行くと警察の部隊がいる。そこで保護してもらうんだ」

 レオンはそう言うと立ち上がる。

「アンタは?」

「俺は中で起きてる異変を調べてくる」

「ダメだ危険すぎる!」

 タカオは止めようとレオンの腕を掴もうとするが、ポカンとハンナが持っていた傘で頭を叩かれる。

「いてっ……!?」

「……弱いくせにでしゃばるな」

 ハンナはタカオを見下してそう言った。その言葉に悪意はない。魔道兵器である彼女にしてみれば人間なんて弱い存在なのだから。

「ちょっとアンタ! 何勝手に——」

「あーごめんごめん。こいつちょっと恥ずかしがり屋だからさ〜って、痛いっ痛い!」

 恥ずかしがり屋と言われたことに腹を立てたのか、ハンナの傘がレオンの頭に何度も直撃する。

「でも大丈夫だ。それにお前たちには他にやるべきことがあるだろう?」

 レオンは眠っているガイに目をやる。

 その言葉にタカオとミズキは顔を合わせ、頷く。

「気をつけてくれ。ここには怪物がいる。まだ病院内に俺の仲間がいるかもしれない。悪いけど見つけたら助けてやってくれ」

 タカオはレオンにそう頼んだ。


 そしてレオンは一言。

 さながら正義のヒーローのようにこう言った。


「任せろ」


・6・


「まったく……何であんなこと言ったんだ? 一般人だぞ?」

「……別に」

 ハンナはそっけなく答える。

 まだあの白銀の鎧は装着していない。ハンナの話では今のレオンではあの状態は持って五分といったところだ。ここは戦いに備えて温存しておくべきだろう。


「……近い」

「……ッ!!」

 突如、かまいたちが壁を突き破りレオンを襲う。魔獣ロウガの放つ超高密度の風の刃。いくら注意をしていたといっても、意識外からの災害に、レオンはわずかに反応が遅れる。


「……トランス」


 ハンナがそう命令ことばを出すと、少女の体が光になり、レオンに吸い込まれていく。そしてみるみるうちに鎧を構成していった。


 ガシンッ!!


「うわぁぁ!!」

 激しい衝突音とともにレオンの体がピンポン球のように吹き飛ばされた。

「イテテテテ……ありがとう、ハンナ」

「……来る」

「くっ!!」


 目の前に現れたのは白装束を身にまとった美少年。

 そしてそれを追う刀を持った狼のような魔獣。

 

 少年は一瞬、レオンを、いや正確にはハンナを見るがすぐに視線を戻す。

 一方ロウガはニヤリと笑う。

「ハハハハハ!! こいつもなかなか強いオーラを感じるぞ! お前も俺を楽しませてくれるんだろうな!!」

 ロウガは試しとばかりにレオンに刀を振るう。

「このっ!!」

 左手についている盾。そこに収納されている剣を抜きレオンは迎え撃つ。

 御巫刹那を吹き飛ばした時と同じくらいの攻撃だ。だがレオンは耐える。足元には隕石でも落ちたかのようなクレーターが生まれるが、ロウガの刀を止めた。


「ほぅ……合格だ」

「そっちこそ……日本語上手いなこの野郎!!」


 背中のブースターを噴かせ、レオンは突っ込む。

 刀を相手にしている以上相手の間合いにわざわざ立つ必要はない。むしろ懐に入り込んだ方が圧倒的に安全だ。

 掬い上げるような一撃を食らわす。だが——

(浅いッ!)


『……レオン。あっちには近づかない方がいい』

 念を用いた会話でハンナはレオンに助言する。

「知ってるのか?」

『……あれは私と同じ存在。それも私よりもはるかに上位の』

 だから百パーセント勝てない。敵対すべきではない。ハンナはそう言っているのだ。

「わかった」

 幸い、少年の方からこっちに攻撃してくる様子はない。

 レオンは目の前の魔獣に集中する。


 混沌の、その根源へと。

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