第22話 戦火の病棟 -Ground ZERO-
・1・
ユウトを抱きしめる伊紗那の力が一層強くなる。
「いいんだよ……もう……いい。ユウは十分頑張ったよ」
(そんな顔で……そんな声で……そんなこと、言うなよ)
まだ、
その言葉をもらえる資格を自分は持ち合わせていない。
だってその表情は……。
その声色は……。
「俺は……」
華奢な女性の力だ。
苦しいわけがないのに。
なのにとても息が苦しい。
胸の中心を射抜かれたかのような痛み。時間が経つごとにじわじわと痛みが増していく。
それは今までどの戦いで受けたものよりも痛い。苦しい。
(……違うんだ。俺はお前にそんな顔をさせたかったんじゃない。俺は――)
「待っ——」
その時、強烈な破裂音と共に病院内のすべての照明が落ちた。
「何だ!?」
「……停電、かな?」
しかしそれにしてはすぐに予備電源に切り替わらない。これだけ大きな病院ならばそれくらいの設備はありそうなものだが。
「おいユウト! 大丈夫か!?」
戦場青子は勢いよくドアを開けた。
「あ……」
青子が見たのは、教え子二人が抱き合ってる光景だった。
「悪い……邪魔したか?」
病室の扉を開け、それを見てしまった青子はばつが悪そうに言った。
たださえどう接しようか悩んでいた時に、この非常事態。さらには蓋を開ければ目の前で教え子二人が抱き合ってる、あまつさえキスでもするんじゃないかというほど顔が近い。そんなものを見せられては、さすがに思考も停止するというものだ。
「せ、せせせせ先生! いえ……いえ、だ、大丈夫です」
伊紗那は思わず軽く飛び跳ねユウトから距離をとる。
「青子さん、いったい何が起こってるんだ?」
青子が人前でユウトが自分のことを「青子さん」と呼ぶのを許すのは珍しいかもしれない。とはいえ二人の関係はただ教師と生徒というだけではないのだから、当然と言えば当然なのだが。
先ほど青子が「ユウト」と呼んだように、ユウトも「青子さん」と、完全にプライベートの時にだけそう呼び合うことになっている。
「わからないが……どうやらただの停電ってわけではなさそうだ」
青子は病室の窓から外を見てそう言った。
外では煙が上がっているのが見える。何かが盛大に破壊されたのだ。
「……どうした?」
ちゃっかり椅子を足場にしているのは今は触れないでおこうと思うユウトと伊紗那だった。
「どこかでゲートが……」
ユウトは左腕に刺さっている点滴の針を抜くと、まだ完治していない体に鞭を打つ。
「何をする気だ?」
「……ここにはたくさんの人がいる。助けないと……」
それができるのは自分たち魔法使いだけなのだから。
「……」
青子はユウトに向けて『
限りなく一定範囲の時間の流れを遅くする魔法。ユウトの体はその場で思うように動かなくなった。
「ッ!? 何するんだ青子さん!! 俺は——」
「うるさい黙れ! 今日はお前の保護者としてここにいる。ケガ人にそんな危ない真似させるわけにはいかん。私がPTAで叩かれるだろうが!!」
「でも……」
「
「……はい」
「青子さん!!」
青子はユウトに背を向けて言った。
「大丈夫だ。魔獣一匹くらい、問題ない」
青子は何だか照れくさそうな声でさらに続ける。
「それにまぁ……なんだ。たまには親らしいこともしないといけないしな」
そう言い残し、青子は病室を出た。
・2・
「あぁ!? 現状維持だ? んなことはわかってるわよ! 近くの病院で爆発事故が起こったからそっちに人員割かせろっつってんだよ!」
今朝急に上からの指示で警戒網を引く命令を受けた公安局警務部隊局長・六条リッカは声を荒げて通信を切った。
下される命令は「その場を動くな」の一点張り。目と鼻の先で緊急事態が起こっているのに何もできないのが腹立たしかった。
「どうされますか?」
部下の一人がリッカに指示を仰ぐ。
「チッ……とりあえず準備だけはさせとけ。どうせ警戒網引くだけで暇だしね」
緊急の指令とはいうが実際はこのあたりのブロックを封鎖する警戒網。それは一般人を通さないようにするためのごく普通のものだ。
他の部隊も同様。明らかに海上都市の警備システムに意図的に穴を開けているようにしか思えない。
「ったく、こうも身が固いとレオンのやつが羨ましくなるわね」
「あれ? リッカさん」
「あん?」
声のしたほうを向くと、そこには今まさに話したかつての部下・レオン・イェーガーがいた。両手一杯に買い物袋を持ち、隣には小さなかわいい女の子が立っている。
「……」
「あ、やっぱり。リッカさんじゃないですか! お疲れさ――」
「主婦か!!」
「ぐはっ!?」
リッカの手刀が無情にもレオンに炸裂する。
「おまっ……お前、いつの間に子供なんて……」
リッカは信じられないといった目でレオンと隣の少女・ハンナを交互に見る。
見た目では全然わからないがリッカもアラサーの独身である。歳が近く結婚していないレオンには少なからず仲間意識を持っていた。今、この瞬間裏切られてしまったが。
「?」
ハンナは首を傾げる。
「ち、違いますよ! この子は預かってるだけです!」
レオンは慌てて弁解する。何を隠そう彼女は結婚したくてもその男勝りの度胸と性格ゆえ、逆に男が逃げていくほどだ。ラリーの結婚式でも必死でブーケを取ろうとしていたのを今でも覚えている。あれは……飢えた野獣だった。
そのまま姿勢を低くしてハンナに話しかける。
「お名前は……何ていうのかな?」
(リッカさん……笑顔が引きつってますよ!?)
「……」
「……」
ハンナは返事をしない。ただひたすらさっきレオンが買ったアイスバーを舐めている。
「……」
「リッカさん?」
リッカはわざとらしく咳き込むと、レオンに向かって言った。
「どういう経緯か知らないが、犯罪を犯していないならいい。それよりアレには気づいているか?」
リッカはこの近くにある病院の方へ視線を向ける。
「あ、はい。でもこういう時は警務部隊が真っ先に動くのかと思って」
レオンは今は一般人。いくら前職とはいえ、彼らの領域に入り込む権限はない。
リッカは頭を掻いて言う。
「そうしたいのは山々なんだが……」
リッカは状況を説明する。
「そんなことって……」
「これが初めてってわけじゃない。お前だって知ってるだろ?」
リッカが入っているのは久遠学園で起きた「ジャック・ザ・リッパー事件」のことだろう。あの時現場に急行したレオンとラリーは今と同じように上からの圧力を受けた。
「上は、何か私たちに知られたくないものでもあるのかもな」
(……あの時と同じ状況。魔獣か魔法使い絡みの事件ってことか?)
レオンは思考する。
もしそうなら、この場でどうにかできるのは今は自分だけということになる。幸い、上司である神凪夜白には戦闘行為をしてはならないという命令は受けていない。それどころか時が来るまで基本的に自由にしていていいとさえ言われている。
「ハンナ。行けるか?」
「……五分」
「十分だ」
レオンは部下の報告を聞いているリッカに近寄り、ある提案した。
・3・
御影と飛角の対応は早かった。
まず御影は素早く姉のメガネを奪う。
「あれっ!? ミーちゃん。メガネメガネ〜。メガネがないよぅ」
フラフラとした足取りだが、これで余計なものを見せないで済むだろう。
「……レヴィルさん。姉を外まで誘導してください」
そう言って御影はレヴィルにそっと奪ったメガネを渡す。
「わかりました。フフフ」
「……何でしょう?」
「ごめんなさい。……でも、嫌そうにしてた割には、お姉さんに優しいんだなって」
レヴィルは御影の耳元でそう呟いた。
「ッ!? ……No。私は……」
「はいはいそこのお三方」
すでに「鬼化」している飛角は言った。彼女の額左側には一本の角が生え、爪は鋭く伸びている。彼女が持つ魔獣の細胞が活性化した影響だ。
今はもう腕輪を持たない彼女だが、腰に差しているロシャードがルーンの腕輪と同じ役割を果たしている。
「あぁ〜お客さん来ちゃったみたい」
通路の奥に魔獣ヘルが一体姿を見せた。御影たちを確認したヘルは奇声をあげる。その魔獣にしては小さな体はヴェロキラプトルを思わせる俊敏な動きでこちらに向かってくる。
「ちょっちごめんよー……フンッ!!」
飛角はその体からは想像できないほどの剛力で真横の壁に穴を開ける。
「そこを通ったら出口まで近道だよ。ほら、さっさと行った行った」
レヴィルは頷いて、赤理の手を引いて穴を通り抜けていく。
これでとりあえず目の前の魔獣に集中出来る。あとは——
「で、あんたは逃げないのかい?」
飛角は隣に立つ御影に対して言った。
「……問題ありません」
御影は何やらポケットから種のようなものを取り出す。さらに溶液を入れた瓶が繋げられた特殊な形状の拳銃も出した。
「えっ……それ銃刀法違反とかに引っかからないの?」
「……No。何を今更。弾は入っていません。よって水鉄砲と変わらない。それに——」
御影は種を装填し、ヘルに向かって数発撃った。水圧を利用し、種と溶液を同時に射出する仕組みのようだ。ペットボトルロケットの仕組みに似ているかもしれない。ただしこちらは本物の銃弾レベルまでにカスタマイズされている。
しかしそれでも当然向こうの方が動きが速い。軽々と左右に避けられてしまうが、それでも乱射した甲斐あって、一発だけヘルの足に弾が食い込んだ。
(ん? 何だ? 魔獣の足が……)
飛角が何かに気づいた。と同時に、種を打ち込まれたヘルの足から何かがものすごい勢いで伸び……いや、成長してヘルの体を縛り上げた。
「……全身凶器みたいなあなたに言われても」
御影の冷ややかな視線からは、鬼化だけのことを言っているわけではなさそうだ。
対象を沈黙させた御影は銃の構えを解く。
御影が研究で生み出した鉄を生み出す植物だ。
繊維が集まれば集まるほど強靭さを増すこの植物は魔獣の体を縛る鎖となる。血液の実に九十%は水分だ。種はそれを吸い、さらに銃弾から一緒に発射された成長促進剤の影響で急激な成長を促す。あとは壁に
「へー」
飛角は素直に感心する。
だが、魔獣はそんなに甘くはなかった。
「……ッ!?」
ギギギッ! と音を鳴らし、徐々に拘束を引き千切っていく。小さな体であってもそれは魔獣にしてはというだけだ。人間の物差しでは計れない。魔法を使わない御影ではさすがにそこまで予想はできなかったのだ。
「ハッ!!」
拘束を解き終わる前に、飛角の拳がヘルに突き刺さる。
ヘルは力尽き、霧散していった。
「フフン。借り一だよね?」
「……」
飛角のからかうような言葉に御影はそっぽを向いた。
・4・
「鳶谷先生。こっちですよ」
「はいはい。随分埃っぽいね? ここ、病院だよね?」
レヴィルは赤理を連れ、外を目指す。
飛角が壁に穴を開けてくれたおかげで、もう出口は視界に入っている。
同時に、壁に散っている血も少女の目に映っている。
(……ひどい)
そこいら中に、人だったものが倒れている。中にはまだ息がある人もいるかもしれない。だが今のレヴィルにはそれを見分けることはできないし、たとえできたとしても運べるだけの力もない。
いっそ赤理にメガネを返し手伝ってもらうのも手だとは思ったが、それでは御影が真っ先に彼女の視界を奪った意図を台無しにしてしまうかもしれない。例えばこの惨状を見て気を失ってしまうとか。普通なら十分あり得る。そうなってしまえば、レヴィルにはもうどうすることもできない。
子供の彼女に今できることは、一刻も早く赤理を外に連れ出し、外の大人の助けを借りることだけだった。
しかし、そんな少女たちの目の前に絶望が姿を表す。
「……そんな」
鋭い爪と獰猛な肉食獣の瞳。
「まだいたなんて……」
レヴィルは知らないが、ヘルという魔物は常に群れで行動する習性がある。そもそもこの病院という名の閉鎖空間に、一匹でいるはずがないのだ。
ヘルはゆっくりとした足取りで、レヴィルたちの方へ歩み寄る。
「ん? 何かこっちに来てる?」
赤理は相変わらず呑気に首を傾げている。
(どうしよう……このままじゃどっちも……)
一瞬、飛角たちの元へ引き返すのも手かと考えたが、すぐに無駄だと理解する。どう考えたって逃げ切れるわけがない。
戦う? 論外だ。今のレヴィルに戦う力はない。
「ッ!!」
ガラスか何かを踏み割る音が響き、レヴィルの背筋は凍った。
徐々に、徐々に。
足音のテンポが速くなる。大きくなる。
(……助けて、ユウトさん)
『……んだよ。人がせっかく気分良く寝てるっていうのに、この騒ぎはよぉ?』
「えっ……」
声が聞こえてきた。ユウトのものではない。もちろん隣にいる赤理でもない。
荒々しく、攻撃的で、不思議と懐かしい声。
直後、金切り声を上げるヘル。
目を開けるとヘルの体は空中に浮いていた。
壁や地面、さらには天井から突き出た大量の黒い刃によって串刺しになっている。
その黒い刃をレヴィルは知っている。影だ。
彼女が内に秘める力であり、彼女の外にある力。
「……兄、さん?」
影の刃はすぐに形を保てなくなり、ヘル共々霧散していく。
レヴィルは大事にしている折りたたみ式のハンドミラーを開く。あの戦いの時に鏡は割れていたので取り除いている。今では鏡というよりも小さめのケースといった感じだ。
そこには壊れた彼女の腕輪の欠片をしまっている。
ほんの小さな欠片だ。
その欠片が微かな光を放っていた。
・5・
ミズキは病院内の異変にいち早く気付いていた。
感じた気配は全部で四つ。内三体は以前感じたことのある気配だ。しかし、その三体を統率しているであろう一体は何か異様なものだった。
「ダメ。ユウトの携帯繋がんない」
この事態を伝えようと試みるミズキだったが、何度やっても繋がらない。
「どうするタカオ?」
タカオはしばし顎に指を当てて考える。そして閃いたと言わんばかりの顔でこう言った。
「よし。逃げよう」
その言葉にはさすがのミズキも呆気にとられる。
「……は?」
ここにいる魔獣を野放しにするつもりなのか? とミズキは思った。
「今の俺に本気の戦闘は難しいと思う。幸いここにはユウトの見舞いに来てるアリサちゃんや飛角だっているはずだ。たぶん刹那も来ていると……ウゥ……」
「って泣くなバカ!!」
自分で言っていて、ユウトと自分の差に涙を流し始めるタカオ。ここで「私がいるだろ!」くらい言えないのは、ミズキが恋する乙女だからだろうか。
「とにかくだ! 今俺たちに出来るのは、ここの病室で寝かされてるガイを安全な場所に運ぶことだ。ミズキ。場所わかるか?」
「結局私頼みなのね。えーっと……見つけた。ここから二つ上の階。一番北側」
「よしきた。それならさっさとイッ……!!」
タカオのまだ回復しきっていない体が悲鳴を上げる。
「ちょっと……大丈夫なの?」
「……問題ない。こんなもん普段のお前の蹴りに比べれば…………はっ!?」
思わずいつものノリで返してしまった。タカオの顔は青ざめる。だいたい決まっているのだ。次の展開は。
(しまった……今はマズイって)
タカオは思わず目を瞑るが、ミズキの反応は予想とは違った。
グッと急にタカオの体は少し軽くなった。
ミズキがタカオに肩を貸したのだ。
普段だったら鬼のような形相で迫ってくるものだが。
肩を貸している体勢のせいか、普段よりタカオの顔が近い。
思わず体が動いてしまったが、普段こんなに体を密着させることなんてまずない。
ミズキはタカオを直視しないように目を逸らす。こんなに間近で目が合ったりでもしたら耐えられない。
病衣からはタカオの匂いがする。さっき包帯は変えたが、まだ新しいのに着替えてはいない。一日分のタカオの匂いが染み付いてるのだ。
ミズキの頬がほんのり赤くなる。
恋する純情乙女にはいかんせん刺激が強すぎる。かなりの冒険だった。それはこんな非常時であっても関係ない。
ミズキは思い切ってギュッとタカオを抱く力を強めてみた。
「お、おい……」
「いいからさっさと歩く」
「あ、はい……」
(さ、さすがに怪我人には鞭打たないよな?)
(……ここまでやっても気づかなかったら殺す)
二人はガイの眠る病室を目指す。
三分ほどで階段まで辿り着く。
階段を目の前にして、ミズキはさらに探索の幅を広めた。
「アンタの言った通り、小さいのはもう片付いたみたい」
「だろ?」
タカオは予想通りといったしたり顔をミズキに向ける。
(……ち、近い……ッ!)
その時、ものすごいスピードで大きな気配が動き始めるのをミズキは感じた。
「タカオ、何か来る!! すごくヤバそうなのが!!」
「ッ!? あぁ……確かにヤバいのが来てる!!」
「え?」
ミズキは目を疑った。この気配、魔獣だとばかり思っていた。しかも大きな魔力を持った。
しかしタカオとミズキは眼前の光景に揃って目を疑った。
それは男だった。
ボディビルダー並みのムキムキボディ。左腕には白い布が巻いてある。
背中には二本の刀を担いでいる。
そして全裸の上に男物のパーカー。
極め付けに下は女物のスカート。
そんな男がこっちに向かって裸足で全力疾走してくる。
「え、え、え……!?」
「変態だ!!」
明らかに不審者。明らかに変態。
ただ二人は確信する。
こういう状況で、こんな変な奴がまともな奴だった試しがないと。
「ミズキ! 下がってろ!」
タカオは魔法を発動する。腕を硬質化させ、戦闘体制をとる。
「むっ?」
全力疾走男・ロウガもタカオに気がついたようだ。二本の刀を抜き、タカオとの対峙に備える。
「喰らえッ!!」
体が悲鳴を上げるのを我慢して、タカオは鋼鉄の拳を突き出す。
「フンッ!!」
ロウガは二本の刀を交差させタカオの拳の上を滑らせる。体操選手が跳び箱を飛ぶような、速度を一切殺さない跳躍を見せ、刃がタカオの腕の上をスライドし、火花を散らす。
(マズッ!!)
このままだとタカオの首が飛ぶ。
だが直前のところで刀の交差は解け、ロウガは二人の背後に着地する。
「……ッ」
「タカオ!!」
思わずタカオは自分の首に手を当てる。あのままだったら確実に殺られていた。
「あんた……何で?」
タカオは聞いた。
「知れたこと。万全でないものを痛ぶる趣味はない」
そう一言残し、ロウガは去っていく。
「……」
(あの男……人間、よね? 何か引っかかる感じがするけど……)
とりあえず戦闘は避けれた。ミズキは再びタカオに肩を貸そうとする。
「ほら、大丈夫?」
「か……」
タカオの体が微妙に震えているのを感じた。無理もない。ロウガが刀を引かなければタカオは確実に死んでいたのだから。
「タカ——」
「かっけぇ……」
「ムッ!!」
バシンっと怪我人に容赦のない鉄槌が下された。
・6・
戦場青子の目の前には一体の力尽きたヘルが倒れていた。
「フン。まぁ、こんなもんだろう」
青子の魔法は『
その一つが青子が手に持っている糸だ。
時間停滞の影響を受けた糸は形が変化しない。ピンと伸ばした糸は、強靭かつ極細の鉄串と変わらないのだ。また、巻きつければ破壊不可能の鎖にもなる。
「糸の鎖」に縛られたヘルは、「糸の針」で脳を突き刺されていた。
それだけで決着がついたのだ。
カツカツと廊下にリノリウムの床から音が響く。
青子は背後を振り返る。
そこにいたのは黒いローブを被った男だった。
「お前は……」
冬馬と同じ顔。だが纏う雰囲気がまったく違う。青子は一目で冬馬ではないと理解した。
青子は以前アリサから受け取った懐中時計に封じられていた、自分の知らない記憶を辿る。その記憶とは一つの事実に関するものだった。おそらくはこれが、アリサがユウトを魔法から遠ざけたい理由なのだろう。
記憶は断片的なものだったが、目の前の人物には覚えがあった。
青子はその男の名前を絞り出す。
「桐、島……秋斗」
秋斗は驚いたように眉を動かすが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。青子の言動から何かを理解したようだ。
「答えろ。お前は俺たちの敵か? それとも味方か?」
秋斗は問うた。
「あ? どういう——」
直後、轟音が全てを塗りつぶす。
天井を突き破り、極大の光の柱が降り注ぐ。
「ッ!?」
肌に焼けるような熱を感じる。周囲を走る光。
(……稲妻? 御巫か?)
しかしそこにいたのは髪の長い中性的な顔立ちの少年だった。特徴的な白装束に身を包んでいる。それだけでこの場の異常性がグンと跳ね上がる。
少年・伊弉諾はこちらを一瞥する。
「ずいぶん派手なご登場だな」
「……」
秋斗も少年から目を離さない。
(まずいな……)
これは青子にとっては難しい状況だ。右も左も気が抜けない。誰かが動いた時、自分がどう動くべきか。頭の中で考えを張り巡らせる。
だが、状況は休みを与えてはくれない。
今度は爆音と共に床を割いて、別の男が飛び出す。
男物のパーカーにスカートというふざけた格好の男。
二本の刀を構えて、目の前の白装束の少年を挟んで対峙する。
「……ずいぶん、派手なご登場だな?」
廊下には、
変態、神の一柱、ロリ教師、そして謎の少年。
すでに異常性を測るメーターは振り切れた。
各々個性豊かすぎるメンツが一列に並ぶ。
もはや状況を理解することを青子はやめた。
ここは——————混沌の渦中だ。
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