第20話 異変の音 -The Sound of Beginning-
・1・
「えーっと……どったの?」
屋上で思わぬ人物に引きとめられた冬馬は珍しく困惑していた。当のイスカはそんなこと御構い無しに冬馬の体をペタペタと触っている。何かを確認しているようだ。
「動かないで……」
「……はい」
少女による取り調べは五分ほど続いた。腕や足を見るところから始まり、さすがに服を脱がすまではいかなかったが、匂いまで嗅いできたのにはさすがの冬馬もびっくりした。他の女子が見たら卒倒ものの光景である。
「もういいよ」
「うう……もうお嫁にいけないぜ……」
「?」
これだけ徹底的に調べ、彼女が導き出した結論は——
「……違う」
イスカは一言そう言った。するとやることはやったというようにピョコっと立ち上がり屋上を去ろうとした。
「待て待て待て!」
冬馬は思わずイスカの腕を掴んだ。
「何?」
「えーっと……」
(あれ? 俺、何で引きとめたんだっけ?)
冬馬は頭をフル回転させ、とりあえず彼女を引き止める案を考える。
(あ、そうだ……)
「お菓子……食べないか?」
鞄から取り出したのは板チョコだ。
「おぉ……」
イスカは目を輝かせてチョコに飛びついた。
「で? さっきのは何だったんだイスカちゃん?」
「ん?」
イスカは板チョコをかじりながら可愛く首を傾げた。
「いやだからさっき俺の体を触ったりして調べてただろ?」
「……ただの人違い。何でもない」
イスカはそっけなくそう返した。
「ふ〜ん。そうかい」
冬馬はそう言うと、屋上のフェンスを背にイスカの横に座った。
「トーマはここで何してたの?」
「ん? あぁ……まぁちょっとな」
お互いの口から出てくるのは曖昧な答えばかりだった。何を話すでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。だけどそんな今の時間が冬馬は嫌いではなかった。これは以前にも感じたことだが、イスカといる時間はあまり気を使わなくていい分肩身が楽だった。まるでペットの猫と一緒にくつろいでいるような気分だ。実際の所、彼女を引き止めたのはその辺りが理由なのかもしれない。
「もう行く。美味しかった」
それからしばらくして、イスカは今度こそその場を離れようとした。
「おう。付き合ってくれてありがとうな。あ、そうだ。これも持ってきな」
冬馬はポケットからいくつかキャンディーを取り出し、イスカの手のひらに置いた。
「おぉ……」
再びイスカは目の輝かせるが、すぐにその表情が曇る。
「ん? キャンディーは嫌いだった?」
イスカは首を横に振った。
「……私、貰ってばっかり。トーマに何もあげられない」
「なんだそんなことか。別にいいさ。そうだな……またここで俺の話し相手になってくれるかい? 次はもっと美味しいものを用意しておくから」
「美味しいもの」という単語に反応したのか、イスカはグングン首を縦に振った。
「じゃあね、トーマ」
「あぁ」
少女が屋上のドアを閉じたところで、冬馬の携帯が鳴った。
冬馬は画面を見て——
・2・
(ふむ……どうしたものだろうか……)
戦場青子は困っていた。ユウトの病室の前で彼女はどうやってこの扉を潜ろうか長考していた。
というのも、ここまで足を運んだのは他の教員たちがうるさいからだ。
青子は戸籍上一応ユウトの保護者という立場にあり、それは他の教員の間でも周知の事実だったため、彼らに見舞いに行くべきだと散々言われた。通りすがる教員一人一人に耳にタコができるほど同じことを言われると、さすがの青子も作り笑顔で相槌をを打つしかなかった。
『入院してるったって、あいつは私の見舞いなんて望むような年じゃないと思うんだが……』
青子はそうぼやいた。別に面倒くさいわけではない。最近は全く保護者らしいことをしてやれていないのに、こういう時だけ保護者面するのは少々気が引けるのだ。
普段生活費の一部を工面しているが、ユウトは生活費をバイトをして自分で稼いでいる。最近は送った生活費がそのまま封筒に入れられて帰って来ることもしばしばある。
基本的にユウトは学生マンション、青子は教員用のアパートと、別々に住んでいる。初めの一年は一緒に住んでいた時期もあったが、一年生が終わる少し前にユウトが青子に一人で住むことを進言したのだ。以来ユウトはあの学生マンションに住んでいる。
幸いここは学園都市。一人暮らしの学生のために手厚いサポートは多々存在するため費用の方はそんなに気にする必要はなかった。元々引き取って数年も経たないうちに一人立ちを考え始めていたような少年だ。なるべく青子に負担をかけないようにしようというユウトなりの気遣いなのだろう。
そんな気遣いをする少年が、果たして自分が見舞いに来ることを望むだろうか?
(昔から心配されていることに過剰に罪悪感を覚えるところがあるからなぁ。あいつ……)
『いいえ! こういう時だからこそです! 青ちゃん!』
しかし、わざわざ研究室まで押しかけてきた青子のことを「青ちゃん」と呼ぶメガネでおさげの女性教員は語気を強くして言った。
『ズズズッ!! あ、美味しい』
おまけにメイド服姿のレヴィルに勝手にお茶を注文して美味しそうに啜っている。
『吉野くんはいつもよく頑張っていますよ? 他の生徒のみならず先生からの信頼も厚いし、気も利くし……正直、私もいつも助けられてます!』
両手をギュッと握りしめ彼女はそう語る。
それは教師としてどうなんだろう? と青子は額に指を当てる。
見るからに間の抜けた雰囲気の彼女は、その予想を裏切ることなく、ドがつくほどのおっちょこちょいな性格だ。何もないところでコケることは日常茶飯事。そのドジは授業で使う教科書を間違えて持ってくるところから始まり、お茶を頼めばほぼ確実に湯飲みを割るわ、部活の顧問のくせに部室棟の鍵はしょっちゅう無くすわ。挙句、風が吹けばほぼ必ずスカートがめくれ生徒の前でパンツをさらけ出す始末。眼鏡を落とした日には一人では再起不能になってしまうポンコツもポンコツである。教師になる前にもっと人間的に周りに気を配ることを覚えろと言いたくなるような女性だ。
ユウトが手を差し伸べることも二度や三度ではあるまい。
(あいつ……普段からそんなことまでしてるのか……)
我が子の甲斐甲斐しさがついに教師にまで及んだことに、青子は頭を抱える。
そんな彼女がこの海上都市で、しかも教員としていられるのにはちゃんと理由がある。
海上都市には各分野に秀でた世界でもトップクラスの現役科学者が多くいる。彼らの中には研究の合間に自ら教鞭を振るう者も少なくない。彼女もその一人だ。
彼女はロボット工学のスペシャリスト。しかもその分野の中でも五本の指に入るほどの天才中の天才ときている。今は
彼女の名前は
あの鳶谷御影の姉だ。
(……頭はいいんだが、どうも他のことが抜け過ぎてるんだよなぁ。妙に暑苦しい時もあるし……とても
それ以前に何をどうすれば精密な作業が必要とされるロボット工学の分野で彼女のようなお間抜けさんが成果をあげられるのか甚だ不思議で仕方がなかった。おまけに地味目のセーター越しにもわかるほどの大きな膨らみ。天は二物を与えないとは言うが、彼女の場合頭と胸にステータス全振りしてるんじゃないかと思ってしまう。
そんな青子の考えなど御構い無しに、赤理は続ける。
『でも彼は今入院している身。こういう時、頼りになる大人が側にいるだけでどんなに救われることか!』
ちらっと青子を見る赤理。
彼女は青子と同じ時期にこの学園に来た、いわば青子にとっての同期の教員でもある。同期は赤理しかおらず、非常に迷惑な話だが最初の頃は教員たちの間では「赤青コンビ」などど言われたものだ。そのせいか彼女とはよく話をする機会があった。それなりに距離を置いていたつもりだが、気づけば彼女に懐かれていた。
『赤理。それはお前の経験則か? それとも願望か?』
『ベベベベベつに、私だって、その……くらい……経験……あったような〜なかったような……』
『なるほど。妄想か』
『うわぁぁぁん。妄想言わないでぇぇ!!』
赤理は涙を流しながら、青子にすがりついた。基本的に彼女はボッチ体質なのだ。
『ええい鬱陶しい!! そのバカでかい脂肪の塊を私に押し付けてくるな!』
本当に才能以外は性格、体つきまで正反対の姉妹だった。
その時、カチャっと何か音がした?
『うん? なんだこれは?』
青子はそれを手に取る。棒状で先端に機械の手が取り付けられた……ステッキ?
『あぁそれはね、昨日私が青ちゃんのために作ったの。ほら子供のころマジックハンドってあったでしょ? あれのハイテク版——ってイタタタ!?』
赤理は突然襲った痛みで思わず声を上げた。彼女のその豊かなバストをハイテクマジックハンドが鷲掴みにしているからだ。
『ほう……赤理、一応聞いてやるが何故私にこんなものを?』
青子は引きつった笑みを浮かべて聞く。だがそんな青子の心境にまるで気づかず赤理は言った。
『だってこの前職員室の棚の上の本を取りにくそうにしてたか——痛い痛い千切れちゃう!!』
『ふん……大きなお世話だ』
彼女のことだ。本当に親切心だけで作ったのだろう。怒りを削がれた青子はそれ以上は何も言わなかった。
『もー危ないじゃない。これ、林檎くらいなら握り潰せちゃうんだからね?』
(何でそんな握力に設定したんだ……)
『ふふん。これさえあれば怪我人の看病もラクチンなのです。持ち主の脳波を読み、的確なマニピュレートが出来る各種機能に加え、同時に三人くらいなら人間を持ち上げても折れることのない耐久力♪ なんたって戦術武装の技術を少し取り入れてるからね』
赤理は胸を張って自慢げに説明し始めた。彼女の手の中でマジックハンドが驚くほどの精密な動きを見せる。おまけに五本の指先からはそれぞれメスやらプラスドライバーやらおよそ絶対に看病には関係ないツールが飛び出してしまっている。
『まさかこれで搾ってジュースでも作れとか言うんじゃ——』
『搾りたてのジュースだって簡単に作れちゃうんだから!』
『……』
と、まあそんなことがあった。レヴィルの希望もあり、青子は彼女たちとユウトが入院する病院に来たのだ。ちなみに例のマジックハンドは鞄の中だ。使ってみると悔しいがなかなかの性能だった。
青子の服装は珍しく私服だ。白いシャツに黒いジーパン。どちらかというとボーイッシュよりなイメージだ。体の小さい青子は少々値が張るが、全てオーダーメイドで頼んでいる。子供用の服なぞ絶対に着ないと心に誓っている。
「ッ……」
今更いざ保護者らしいことなんてと思うとやはり若干の気恥ずかしさがある。これならまだ教師として見舞いに来た方がマシだとさえ思う。
「ん? そういえば赤理はどこだ?」
レヴィルもいない。
「あいつ、自分で付いてくるなんて言っておいて……もう迷ったのか?」
可能性としては十分あり得る話だから困る。
・3・
御影は飛角を連れ、同階のロビーにいた。
「うーん。ちょっと硬いけどこれはなかなか……」
飛角はナース服のままロビーにあった待合用ソファーにぐでーっと横になる。まるでコタツで丸くなっている猫のようだ。
「……そこは寝る場所ではありません。寝るならうちに帰りなさい」
自販機で缶コーヒーのボタンを押しながら御影は言った。
「うーん。それは無理な相談だにゃ〜」
「……?」
「我々には現在、住む家がないのだ」
飛角の腰に差さっているロシャードは言った。
「そうそう私ら今絶賛ホームレス状態なんだよねぇ」
「……そうですか」
御影は興味なさげにコーヒーの蓋を開ける。
「おいおい助けてくれないのかい? こんな美女が困っているというのに」
「……No。どうして私が」
「それじゃあユウトのところに泊めてもらおう。元々そのつもりだったし」
ガシッと飛角の肩が掴まれる。
「……Wait。なぜそうなるのですか?」
「だって私、ユウト気に入ってるし。自分でもちょっと驚きだけど」
飛角は悪びれもせずにそう言った。
「確かに……お前が男を気に入るなど珍しいな」
彼女は一時期魔力補給のために他の人間から死なない程度に魔力を吸い取っていたことがあった。それが彼女たちにとっては必要なことだったからだ。その方法は対象の肌に触れたり、粘膜接触だったり色々だが、ロシャードの知る限り飛角は一度として男性から魔力を吸い取ったことはない。本人曰く、『どうせ頂くなら可愛い子の方がいい』かららしいが。
「……どうしてユウトさんを?」
疑問だった。彼女はユウトと出会ってほとんど直接的な会話もしていないはずだ。玉選館での戦いの時も、話を聞く限り結果的に彼女を救うことにはなったが、それでも接点は少なかったはず。
「うん? あぁ……いやさぁ、あいつ腕輪を壊されて死にかけてた私を本気で助けようとしてくれたんだよね。何ていうか、あんなに他人に真正面から心配されたの初めてっていうか……なんかいいなって……やだな。私、まだ結構乙女チックなところがあったみたいだね」
そういう飛角の表情は完全に恋する乙女のそれだった。
あの時、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて、彼女は朦朧とした意識の中、ある賭けをした。
もし……万が一にでも、何か都合のいい運命のようなものが働いて幸運にも生き残れたら……。
その時はただ純粋に恋をしてみよう、と。
ずっと生きていれば儲けもんだと思っていた。思っていたのだ。
だけどそれだけではもの足りなくなってしまった。
考えてしまったのだ。もしもあの世に何か一つだけ持っていけるとしたならと。けどこんな所で死んでしまったら、自分には何も残らない。
思い出も、誇りも。自分を指し示すこれといった『特別』を飛角は持ち合わせていなかった。
だから自分でも恥ずかしくなるくらい極上に甘酸っぱい恋に飢えた。
だってこんな私でも、目の前の少年はきっと受け入れてくれる。そう思ったから。
(……またですか。またやりやがったのかあの天然フラグ製造機は)
と同時に自分もこんな顔をしているのかと思うと、御影の胸も少しドキドキした。
「私、これでも悪いと思ってるんだよ。私らのせいでみんなを危険に晒したこと。命を拾ってくれたことには本当に感謝してるけど、やっぱり心のどこかで思っちゃうんだよね……私らがあの場所にいなければ、ってさ」
絶体絶命の状況だった。勝てる見込みもなかった。あの時ユウトが勝てたのは、きっと偶然と偶然が重なった結果に過ぎない。たとえユウトが自分を置いて逃げる選択肢を取っていてもそれは合理的な判断だし、飛角には恨む権利はない。
「……No。それはあなたの思い上がりです」
「え……」
御影はそう断言した。
「……たとえあなたが救いを望まなくても、彼はあなたを助けていたと思いますよ」
きっと誰であっても。その手が届くのなら。
「……彼は、そういう人です」
「ふ〜ん」
「……何ですか?」
飛角はニヤニヤした表情で御影の見ている。御影は思わず自分の両頬に手をやる。
「いや、私の男を見る目も捨てたもんじゃないな〜っと……ふがっ!?」
ドサッと御影はソファーで寝転がっている飛角の上に馬乗りになると、冷たい視線を彼女に送る。若干頰が熱いのは本人も自覚している。
「……非常に不愉快です」
思わずとある少女の口癖を言ってしまうほどには動揺しているようだ。
御影はスッと顔を飛角の顔に近づけた。
「……プロジェクト・ワーロック。この言葉に覚えはありますか?」
御影は馬乗りのままで眼下の飛角に問うた。誰にも聞かれないように耳元で小さく囁くように。例のサイトを解読した際に出てきたワードだ。
「ん? あぁ……その名前には聞き覚えがあるな。よくは知らないけど、確か研究所の——」
「ミーちゃん……何やってるの?」
「「!?」」
話の途中で真横から聞こえてきた声に、御影は凍りついた。そのままギギギッと音でも鳴りそうな感じで首を九十度回転させる。
「ミーちゃん」。そんな風に自分を呼ぶ人間を御影は一人しか知らない。
眼鏡をかけたおさげの女性。よく見ると顔つきは御影と瓜二つだ。
「ねぇあれって……」
飛角もこれには少し目を丸くしていた。
「……姉さん」
「ミィィィィィィーちゃん!!」
彼女は普段の行動からは想像できない弾丸のような速度で御影に飛びついた。
「久しぶりだね! 会いたかったよぉ。同じ学園にいるのに何故か全然会えないし、連絡くれないんだもん! お姉ちゃん寂しかったんだからぁ!」
鳶谷赤理は久しくチャージしていなかった妹成分を補充するべく思いっきり妹を抱きしめる。
「……姉さん、離れて」
「何このカワイイナース服? 研修かなぁ? 言ってくれれば私がもっといいの作ってあげるのにぃ。介護用に特化したやつをさ! こう……腕が六本くらい付いたやつ」
妹のコスプレ姿に興奮している姉を見て、御影は心の中で「実の妹にパワードスーツ着せる気か」とツッコミを入れる。彼女にとってパワードスーツは服と同価なのかもしれない。
実際、神凪夜白によって発案された戦術武装は本来数十人がかりでパーツを設計・構成し組み上げる代物だ。しかし彼女はそれを一人でやってしまう。特に戦術武装をベースとした人型の無人機ロボットを作り出した彼女の功績は、彼女が天才と言われる所以である。
「あれ? そのステッキ……何か見覚えがあるような」
赤理は御影に抱きついたまま、飛角の腰に収まっているロシャードをまじまじと観察し始める。そしてうーんと首を捻る。
(ねぇ何、この人?)
(おそらく私の設計者だ。元の体の方のな)
そう、何を隠そう元のロシャードの体を設計したのは彼女だった。宇宙開発用に量産されたうちの一機が腕輪の実験に使われたことまでは知る由も無いが。
「あのぉ……」
「おや、レヴィル。こんなところで何してるんだい?」
飛角は言った。レヴィルは赤理を追うようにここまで来たようだ。
「鳶谷先生が飲み物を買いたいとおっしゃったので案内していたんですが、急に方向転換してしまって……」
レヴィルは困ったようにそう言った。
「あ、ごめんねレヴィルちゃん。いやぁ、久しぶりにカワイイ妹を見つけちゃってつい」
赤理は笑顔でそう言った。本当に妹に会えたことが嬉しいようだ。
「……なぜここに?」
ようやく姉の呪縛から抜け出した御影は赤理に聞いた。
「え? 吉野くんのお見舞いに来たんだよ?」
「……あ゛?」
一度、少年の普段の振る舞いについて矯正しなければならないと本気で思った御影だった。
・4・
その頃バー・シャングリラでは——
(突然のこととはいえ、怪我した挙句、熱まで出して寝込んでたなんて……私、役立たずもいいところだわ……)
先日、アウスヴェーラの三人がこの店に訪れた時に刹那は負傷してしまった。その時の怪我が原因で高熱を出してしまったのだ。熱自体は数日で下がったが、その頃にはもうすでに事は終わっていた。
彼女は「御巫」という昔から魔法に所縁ある特殊な家系の出で、シャングリラの正規メンバーではないがよく行動を共にしている。こと魔法に関しては誰よりも詳しく、誰よりも頼れる存在だ。
しかし結果はどうだ? 今回は全くユウトたちの力になることもできなかった。しかも今回はユウトの活躍が大きかったと聞く。刹那はそれが何よりも悔しかった。
(もぉ……ユウトに合わせる顔がないじゃない!!)
それは本来自分がやらなければならなかったことだ。
きっとユウトなら何事もなく気にするなの一言で済ませてくれるだろう。
だがそれではダメなのだ。
少女にとって、ユウトを支えることはずっと持ち続けている願いだった。あの孤児院で一緒だった頃から。
それ以前に刹那からしてみれば、ユウトもタカオもミズキだって本来は一般人だ。彼らに任せっきりというのはやはり認められなかった。
そんな彼女を遠くで見守っている人影が二人。
「刹那さん、まだヘコんでるなぁ」
「リク、女の子にはそういう日もあるの。年がら年中あなたみたいに頭お花畑じゃないの」
「酷い!?」
シャングリラメンバーの一人・リクに、同じくメンバーのアヤノはそう答えた。二人はタカオやガイのようにいつも前線で魔獣退治をしているわけではない。
非戦闘員。彼ら二人を含めそういった他のメンバーは、普段この海上都市のどこかで何らかの仕事についている。仕事は仕事でも企業勤めのオフィスワークなどとは程遠い。接客やビルの窓拭き、港の荷物運びといった過酷な重労働が主だ。
どんなに大変であろうが、それが彼らにとってのこの街で「生きる」ということなのだ。それと並行してシャングリラのメンバーとして仲間を支える役割もしっかり果たしている。タカオたちにとって必要な存在だ。
能力が戦闘向きではない二人は情報収集やパトロールが主な役割だ。
今は拠点でもあるこのお店をタカオたちが帰ってくるまで一時的に二人で切り盛りしている。二人はとある事情で居場所を失っていた所をガイに誘われ、今ここにいる。だから彼が愛しているこの店の修復も真っ先に買って出た。
すでに破壊された内装は綺麗に元通りになっている。
「はい」
アヤノはリクにそっとコーヒーを出す。
「えっ、僕に?」
「リクのおかげで店は元に戻ったんだから。これは私からの報酬。ガイさんやミズキさんみたいに上手くはできないけど……」
「ありがとう!」
リクは嬉しそうにコーヒーを飲み干した。
「あ、ミルクと砂糖は自分で入れてね?」
「ゴバァ!!??」
コーヒーにはミルクと砂糖を入れる派だった。
リクの魔法は「
「刹那さん刹那さん。みんな刹那さんを頼りにしてるんですよ?」
リクは刹那にそう言った。
「そうですよ。私たちにはこれくらいのお手伝いしか出来ませんから」
アヤノも続ける。
「……ありがとう二人とも。はぁ〜……よし! アヤノ。私も片付け手伝うわ。明日にはお店再開できそうなんでしょ?」
「はい!」
自分でもびっくりするほど落ち込んでいたが、二人にそこまで言われるといつまでも塞いではいられない。
その時。
物凄い重圧が刹那たち全員を襲った。
「な、に……?」
「……今の……鳴き声?」
思わず耳を押さえた。
金切り声にも似た、腹の底から震えるような音。その音に店内のグラスも幾つか割れた。
「……魔獣。二人はここにいて!!」
刹那は店の扉を開け、すぐにその気配を追った。
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