第4章 災禍の剣 -Calamity Blade-

Prologue 4

 無数の光が真下で蠢く夜の摩天楼。


 高層ビルを屋上から屋上へ飛び移る影が一つ。

 いや。

 正確には一人ではない。それを追う影があった。

「しつこい……」

 ビルの屋上を軽々と飛び移る少女・イスカは舌打ちする。華奢な体からは想像できないほどの脚力。その正体は体内にあるナノマシン。元は医療用に作られたそれが彼女に異常なまでの身体能力を与えている。

 だがそれに対してその追っ手は違った。追っ手はイスカのように跳躍しているわけではなかった。一瞬で間合いを詰めてくる。速いとかそういう話ではない。A地点からB地点までを一瞬で移動する。いわゆる瞬間移動テレポートというやつだ。相手が魔法使いであることは疑いようがない。

「……空間跳躍」


 そう呟いた瞬間、目の前にそいつは現れた。


「っ!!」

 イスカは思わず腰にしまっていた二本のダガーを構える。

 ガキン!! と金属と金属が交差する音。

 両者は高層ビルの屋上に降り立った。

「……」

 イスカは一歩下がって二本のダガーを上段と下段それぞれに構える。

 一瞬たりとも目を離さない。いや、離せない。相手の闇に溶け込んだその体を月明かりが徐々に浮き彫りにした。

 イスカは改めて追跡者を観察する。さっき激突した時に確かに感じた金属音。だが特に武器らしいものを持っている様子はない。黒いローブに全身を包んで顔は見えないが、体格から見るに男だろう。青子から報告を受けているユウトと同じ魔法を使う仮面の魔法使いとも似ているが特徴が一致しない。

(どう来る?)

 イスカはルーンの腕輪を持っていない。だが対魔法使い戦ができないわけではない。相手は同じ人間だ。やりようはいくらでもある。彼女にとって「魔法使いだから」という言葉は理由にならないのだ。しかしその彼女でさえも目の前の相手は危険かもしれないと本能が警告を鳴らしていた。

 一筋の汗が頬をなぞる。眼前の敵の、その瞳から鋭利な刃物のような冷たい視線を感じるのだ。


「貴様が持っている研究データを渡せ」


 黒ローブの追跡者は一言そう言った。

「……研究データ」

 おそらく先ほど襲撃したエクスピア関連の研究所から持ち出したものだろう。イスカはその中にどんなデータが入っているのかは知らない。の手がかりになりそうなものを片っ端から持って出ただけだからだ。

 イスカは黙って戦闘体制を維持する。彼女たちにとって重要な手掛かりが入っているかもしれないのだ。当然渡すわけにはいかない。


「渡さないというのであれば……」


 シュッ。追跡者が消えた。

(上ッ!!)

 彼女の戦いで培った本能がそう判断した。ここまで何度か瞬間移動による襲撃を受けた。そのパターンはイスカの中に蓄積されている。イスカは一歩下がり、上からの襲撃を紙一重で躱す。今は背中のケースに収容した愛用している大型ブレード『テンペスタ』は使えない。この武器ではどうしても大振りになってしまう。相手が一瞬で間合いを詰めてくる能力を持っている以上、小回りのきくダガーの方が仕留めれる確率は高いとイスカは判断した。狙うは頭部か心臓。下手に腕や足を潰したところで空間を飛ぶことのできる相手には意味がない。

 イスカは持っていたダガーのうち一本を相手に投げつけた。

 しかし再び追跡者の姿が消えた。まっすぐ眉間に吸い寄せられていたナイフは虚しく空を裂く。

(どこ?)

 いちいちあちこち見るようなことはしない。周囲の気配を探る。風の動きを肌で感じる。さっき魔法使いが間近でテレポートで跳んだ時にわかったことだ。相手が質量を持っている以上、動けば必ず周囲の気流に変化がある。その変化を感じ取るのだ。

 剥き出しの肌に感じる違和感。

「そこ!」

 イスカは振り向きざまに背後にナイフを突き立てた。

「……ッ!?」

 手応えはあった。途中で止められはしたが、確かにナイフがローブを切り裂いた。


 イスカは驚愕する。


 ナノマシンによって常人離れした怪力を持つ彼女の攻撃を止められたことではない。

 切り裂かれたローブから現れたその顔を見たからだ。


 


「終わりだ」

 シュッ。イスカの視界が一瞬ぐらつく。まるでジェットコースターに乗った時のような感じだ。

 直後に襲う浮遊感。体いっぱいに感じる風でようやく自分がビルから落下していることに気が付いた。

「クッ……!」

 イスカは背中のケースからテンペスタを取り出し、思いっきりビルの壁にそれを突き立てる。

 ドガガガガガ!!

 激しい音が鳴り、ようやく少女の落下が止まる。すでに男の姿はどこにもなかった。懐に入れていた記憶メモリーも失くなっている。どうやら魔法使いがイスカ自身を跳ばしたあの一瞬で奪われたらしい。

 だがそれよりも。

 引っかかる。

(あの顔……)

 イスカはその追跡者の顔を思い出す。そして——


「……トーマ?」


 少女はその名前を呟いた。

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