Epilogue 3
・1・
「キミィ……いい加減にしないと怒るよ?」
「……ハハハ。すみません」
医者はまたかと頭を抱えてユウトを見ている。
あの後すでに限界だったユウトは倒れた。
ここは病室。もっと言えば前回と同じ病室だ。タカオやミズキの手によってユウトはすぐに病院へ運ばれたのだ。その数時間後。もう夜の十二時を回りそうになってユウトは目を覚ましたのだ。
部屋は相変わらずの個室で、緊急だったこともあり特に見舞いの品もなく、花瓶には花はささっていない。ひどく殺風景な印象を受ける。
「青子さんの紹介だから優遇はするけど、限度ってものがあるよ」
医者はゲッソリとした表情でそう言った。
「先生とはどういう……」
ユウトは何となく尋ねた。別に深い意味はない。だが、医者は深くため息を吐く。
「……知りたいのかい?」
「いや……なんか、すみません」
その暗く澱んだ瞳があまりに哀れだったのでこれ以上の詮索はやめた。
(おい教師、何やったんだ……)
「まぁ今日はもう遅い。明日また検査するからゆっくり休みたまえ。そして早く出て行ってくれ」
最後は少し個人的な願望が入っていた気がするが、ユウトはいざ枕に頭を乗せると、すぐさま眠りに落ちた。
夜間。病院の一室。
(……なんか、重い)
ユウトは寝苦しさで目が覚めた。
「おや、目が覚めたのかい? ユウト」
「な、ナース!? なんで!?」
そこにはナース服姿の飛角がベッドで寝ているユウトの上に股がるような形で座っていた。
「ん? そんなのお前を看病しに来てやったからに決まってるだろ? なんたって命の恩人様だからね」
当然のように言う飛角。ユウトの頰にゆっくりと手を滑らせ、左右で違う二色の瞳が艶めかしい目線を送る。
「今何時だと思ってるんだ? それにその格好……」
「ふふ。ちょいと夜間勤務してるナースを口説いて貸してもらったのさ。……でもちょっと私にはキツいかな」
飛角は胸のボタンをいくつか外す。
飛角の出るところは出た体型にはナース服は小さかったようだ。だがそれが逆にとんでもない攻撃力を彼女に宿してしまった。ユウトは思わず目線を逸らした。
「ふぅ……これでよしっと」
「よしじゃねぇ! だいたいお前、ロシャードはどうした? あいつと離れたらお前は」
「私はここにいるぞ」
声のする方を見るとそこにはロシャード(ステッキVer)が花瓶にささっていた。
「……」
「……何も言うな。わかっている」
ロシャードはもう諦めたようにそう言った。
飛角の体は元に戻ったわけではない。腕輪が壊れたしまった以上、彼女の体を安定させる力は無くなっている。放っておけば拒絶反応で死んでしまうだろう。
だが今は、ユウトの魔法の力を得て新たに生まれ変わったロシャードがその役割を果たしているのだ。元々の彼の安定させる力、そしてそれに加え腕輪と一体化し続けていた機械の体だからこそ、擬似的なルーンの腕輪として機能しているのかもしれない。どちらにせよ理由は何一つわからないが、ユウトはロシャードの強い
「そぉら服を脱ぎ脱ぎしましょうねぇ。汗拭いてあげる。恥ずかしがらなくてもいいよぉ。怪我人だもの。世の中助け合いさ」
「ちょっ……!? 服の下に手を入れるなッ……イテテ!!」
「……飛角よ、お前は普段そんなキャラじゃないだろ」
普段はグータラで一切動こうとしない彼女をロシャードは呆れたように見て言った。
一通り彼女のなすがままに看病されたユウトは、病室の窓から外を見ていた。
(……完全に目が覚めてしまった)
「月が綺麗だねぇ……」
元の服に着替えた飛角はユウトの横に座って言った。
「そうだな」
今夜は満月だ。窓を通って一身に受ける月の光はユウトの心に染み渡るような安らぎを与えた。
しかし、飛角はそうでもないようだ。
「……」
「何?」
「……はぁ。お前はもう少し本を読んだほうがいいな」
「?」
ユウトが首を傾げるとガバッと飛角がユウトを押し倒す。その後流れるようにユウトに布団を被せ、自分もその中へ潜り込んだ。
「お、おい。いきなりなんだ?」
布団の中から飛角の顔がぴょこんと飛び出す。暗くてよく見えなかったがその顔が少し赤くなっていた気がした。
「ふふん……添い寝してあげよう」
上機嫌の彼女が耳元でそんなことを言ってきた。
隣で柔らかな彼女の体がユウトの手足に絡む。元より彼女は魔獣の力を持つ人間だ。人並み外れた怪力を持っている。怪我人であるユウトに振りほどけるわけがなかった。
「というか、私もそろそろ眠い……」
語尾はもうほとんど力がなく、そのまま彼女はスゥスゥ寝息を立て始めた。
「……寝やがった」
「……諦めろ。我々は……無力だ」
ロシャードによる死刑宣告。
それから日が昇るまでユウトは一睡もできなかった。
・2・
玉選館学園生徒会室。
そこは生徒会室と呼ぶにはいささか難しいほどに部屋は破壊し尽くされている。
そこには全身ボロボロで、左腕を肘の所から失った少年がいた。
神座凌駕。
すでに止血はしてある。血を多く流したものの、わずかに残ったヨルムンガンドの肉体の生命力のおかげで失血でショック死にはならないだろう。とは言ってもそれはただ時間を稼いだだけだ。凌駕は徐々に抜け落ちていく力を感じていた。もう姿は人間の体に戻っている。動けなくなるのも時間の問題。そうなると本格的にまずい。すぐに血液を補給する必要があった。後は海上都市の技術を使えば義手なり何なりを用意するのはそう難しいことではない。
「にぃに」
部屋の入口に妹の奏音が立っていた。両手に点滴機材一式と煮沸された生理食塩水を入れた袋を抱えていた。彼女の腕輪は壊れていない。おそらくは状況を察知し、保健室から持ってきたのだろう。
奏音は凌駕の右腕の血管に点滴の針を刺すと、破壊の爪痕が残る大きな机に背を預けさせた。
「うん。これで大丈夫」
「私はいったい……」
満身創痍の凌駕は呟く。
凌駕のタラニスリングは完全に消滅した。あの黒い渦によって。
あれが何だったのかは全くわからない。
ただ感じた。全身から血の気が引くような恐怖を。
多くの魔法を奪い、扱ってきた凌駕でさえ御しきれないほどの力。いや、あれはもはや天災と言ってもいい。人の身には余る力だ。
(……あれがあの男の本質だとでもいうのか)
「にぃに」
「なんだ?」
「私……いや何でもない」
「……そうか」
奏音にも何か思うところがあったらしい。その表情は以前とはまるで違っていた。
「最初からやり直しだね」
そう。全てを失った。だがそれが何だというのか?
失敗のない研究など存在しない。失敗を検証し次に生かす。それこそが人類を人類たらしめた要因だ。
神座凌駕は吉野ユウトに負けた。
今は甘んじてその結果を受け入れよう。
「あぁ……」
どこかで間違えたのだ。これからそれを見つけなければならない。
ルーンの腕輪。凌駕は魔法という存在のさらなる可能性に思いを馳せる。
そして笑みを浮かべる。
ふと、冬馬のことが頭をよぎった。
彼と出会ったのは中学生の頃だった。当時から秀でた才覚を持っていた凌駕に彼だけは唯一引けを取らなかった。むしろ底が見えないという意味では冬馬の方が上かもしれない。それほどまでに凌駕は冬馬を認めていた。
それなのに冬馬は自分と同じ道を歩まなかった。自分の道こそが最上だと信じていた凌駕には理解できない選択だった。
高校に入学して一か月が過ぎたころ、凌駕は冬馬と再会した。
『宗像。何故君はこっちに来なかったんだい?』
『ん? あぁ……あんまり堅苦しいのは性に合わないんだよ』
『私には理解できないな。あんな場所では君の価値は濁ってしまう』
『なぁ神座。友達ってどう思う?』
『友達?』
『そいつのために何かをしてやりたいと思ったことはあるか?』
『くだらない。我々の才能は「全」のためにこそある。「個」のために割く必要はない』
『……ま、お前ならそう言うよな。そこがお前と俺とで決定的に違うところなんだろ』
『どういう意味だ?』
『いずれお前にもわかるさ。使命じゃない。自分の全てを賭けてでも通したいワガママってやつが』
彼の言っていることが理解できなかった。
それは愚かな行為だ。六十億の人間とたった一人。どちらを救うかと問われれば当然前者だ。人間は常に少数の犠牲の上で最大の効果を得てきたのだから。適材適所という言葉がある。全体を統べる者は個人に意識を割く必要はない。それは個人同士が行うべき仕事だ。自分たちのような才ある者の仕事は船の舵を取ることに他ならない。
だが冬馬への興味は尽きなかった。もしかするとこの執着は自分のアイデンティティーとは相容れないものかもしれない。
だが。
初めてだったのだ。対等だと思える存在に出会うのは。だからどうしてもこちら側に引き入れたかった。
そんな宗像冬馬ならこんな時なんと言うだろうか?
やはりわからなかった。
彼があの時言った言葉の真意も未だにわからない。
わからないことが多すぎる。
世界はこんなにもまだ広かった。
「次だ」
凌駕はそう口にする。だが彼は変わらない。この道が正しいと信じている。
全ては人類の希望のために。
凌駕は残った腕を満月に掲げ、力を込める。
まさにその瞬間、
「君たちに次はないよ」
部屋の奥から声が聞こえた。
「ッッッ!!」
自分はともかく奏音が第三者の接近に気付かないのは不自然だった。同時にそれがタダ者ではないことを証明していた。
「誰だ!!」
闇の奥から姿を現したのは、中性的な顔立ちに真っ白な髪をした人物だった。
「初めまして。僕は
夜白はそう言って優雅に自己紹介をしてみせた。
「神凪、夜白……」
「君たちは少しやりすぎた。おかげで計画が少しだけ狂わされたよ。君たちがワイズマンズ・レポートの被験者狩りを次々クリアしてしまうものだから、僕が作った『F』も役に立たなくなってしまった。あれは彼らに経験値を積ませるためのものだったのに」
夜白は残念そうに告げた。しかしすぐに笑顔を作る。
「まぁその代わりいいものが見れたのも事実だけどね。うん。その点は感謝しよう」
夜白はパンパンと手を叩く。
「何、を……」
何を言っているのか全然わからなかった。目の前にいるのはこの街の汚点であるワイズマンズ・レポートの被験者。その最初の一人だと夜白は言った。だが他の被験者とは明らかに何かが違う。
「僕が許せないのはね、僕の作った腕輪をあんなガラクタにしたことなんだ。まったく、度し難いよ」
「ガラクタ……だと……」
凌駕の語調が少し強くなる。
夜白はやれやれといった感じで両手少し上げると、足元に転がっていたそれを放り投げた。
ドサッと凌駕の目の前にそれは落ちる。
「ッ!? リー……」
目の前にあったのはリーの無残な姿だった。だが驚いたのはそこではない。腕輪が壊れているのにも関わらず、体の大部分が魔獣に変化してしまっていることだった。
「所有者の脳を犯し、本人が気が付かないほどのレベルで徐々にその攻撃性を増していく。さらには僕が封じた魔獣を喰らうブラックボックスを開いてしまったがために腕輪が破壊されればその体はどんどん魔獣へと変化していく副作用付きだ。これがガラクタでなくてなんだと言うんだい?」
「そんな……馬鹿な……」
凌駕は絶句する。
奏音は恐怖で口元を抑えていた。
(私たちは、初めから……)
コツコツと夜白のブーツの音が響く。
「まぁアプローチは悪くなかったよ。さすがは『海上都市最高の希望』と呼ばれるだけのことはある」
夜白は暗い笑みを浮かべている。凌駕にはそれが悪魔のように見えた。
それはもはや『海上都市最高の絶望』と言えるほどに
「だからご褒美に見せてあげよう」
夜白はポケットから何かを取り出す。
それは明らかにルーンの腕輪ではなかった。もちろんタラニスリングでもない。
「なんだそれは……」
それらとはまるで違った機械的なデザイン。夜白はそれを左腕に装着する。
『Ready』
鳴り響く機械的な音声。
「本当の腕輪の力を」
夜白はそう言って腕輪に鍵のようなものを差し込んだ。
『Dantalion Open』
直後、凌駕の世界が震撼した。
第三章 強すぎる希望 -Obssesion- 完
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