第18話 渇望の代償 -What you lost. What you got.-
・1・
誰も声を発せなかった。
窓越しの空は暗くなり始め、もうすぐ日が落ちる。
他の部屋より一際大きく作られたその部屋では、死にかけの少女と、ほぼ全ての四肢を失った人形。そして――
半人半竜の神座凌駕の目は大きく見開かれている。
ドサッ! そこで初めて音がした。
「なん……だと……」
ありえないというような表情で自分の左腕を見つめる。
そこには何もない。肘の辺りから切断されていた。
目の前には黄金の腕輪を輝かせるユウトの姿。
魔法発動時特有の赤く発光した左目。
手には白銀の刀が握られている。
「……何故だ。なぜお前が
「俺にもわからないさ……だけど、これで戦える!」
どうやって魔法を発動させたのかはわからない。メモリーを籠手に差し込んだ覚えはないし、何よりもその籠手は未だ先ほど切り落とした凌駕の腕にある。
「ありえない……あってはならない。貴様などに私が!!」
凌駕の腕の断面から血管のようなものが飛び出し、接合しようと落ちた左腕を目指す。
「させるか!!」
ユウトは駆ける。体が驚くほど軽い。管を切り裂きあっという間に凌駕の懐へ入る。
「くッ!?」
手に持つ刀はいつもと違いガラスのような繊細さを感じた。まるでいつもより存在が薄いような。扱い方を間違えれば雪のように溶けて消えていしまいそうな予感さえした。理屈も何もわかっていない。少なくとも正規の方法で呼び出したものではない。完全な状態ではないのかもしれない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
スッと風をきるような音。意識の全てを切り裂くことだけに込めた逆袈裟斬り。刃にかかる抵抗は一切ない。その達人の如き一振りはあっけないほど簡単に凌駕の鋼の鱗を容赦なく引き裂いた。
・2・
奏音の視界は爆発で埋まる。
「……ハハ」
ふと声が漏れ出た。
「ハハハハハハハハハハハハハ!!」
壊れたように笑いが止まらない。
「もうサイッコー!! 全部吹き飛んじゃえ!!」
何も残らなくていい。誰も自分を裏切らない世界があればそれでいい。
爆発が止み、奏音はミズキとアリサを探す。
あれだけの爆発だ。よくて全身火傷。悪くて体がバラバラになっているかもしれない。
(生きてたら治療して今度こそ私のモノにしてあげる)
極彩色の羽を羽ばたかせ奏音はそう決めた。だけどそもそも期待はしていない。
(ま、あれで生きてるわけないよね)
そう思った直後、煙を引き裂きアリサが姿を現わす。
「ッ!?」
頰に黒い
(ヤバッ……!!)
奏音は思わず怯む。
爆発と煙のせいで鱗粉は吹き飛ばされてしまっている。そもそもほぼ密室に近いこの場所ではほとんど空気の流れがない。これでは奏音の領域は効果を発揮できない。
(すぐに換気を……)
リモコンを手に取るが、アリサはそんな暇を与えてはくれなかった。
「はあああああああああ!!」
ゼロ距離から放たれた掌底が奏音の腹部に直撃し、虎の子の魔力石で上乗せした力は内臓に強烈なダメージを与える。
「か、は……」
思わず換気扇を操作するリモコンを手放してしまう。アリサはそれを思いっきり踏み砕いた。
だが奏音は倒れない。魔獣と一体化したその体は普通の人間のそれとはレベルが何もかも違うのだ。魔獣パピヨンには固い鱗も再生能力もないが、体内に毒を持っている。
神経毒。量さえ間違えなければ即効性の痛み止めになる。それを用いて奏音はすぐに立ち上がった。
「……あれでも浅いのか」
アリサは仕留めきれなかったのを後悔する。
「その服……そっか。そっちも爆発に合わせて爆弾を使ったんだね? 確か手榴弾持ってたよね?」
奏音の言う通りアリサは鱗粉が爆発する寸前に手榴弾を起爆させ、爆風を相殺した。無論無傷というわけにはいかないが、それが生存の確率を大きく高める結果になった。
「でももう悪あがきは終わりみたいだね」
満身創痍のアリサを見て、奏音はニヤリとした笑みを見せる。
「くっ……」
右腕と左足の骨は確実に逝っている。これ以上はもう戦えない。動けないのはもちろん、銃を撃つのも体に大きな振動を与えるからだ。
アリサはそれでも肩にかけたサブマシンガンに手をかけようとして、そこで手が止まる。奏音の背後、煙の奥に人影が見えた。
「アンタの過去には少しは同情してあげる。人を信用できない気持ちもわからなくはないよ」
「アハッ!!」
勝利を確信した。
ミズキにはもう何度も触れている。彼女のほとんどは奏音の手中だ。だからもうこれはどっちが早いかの勝負。そしてその勝負では当然奏音に軍配があがる。額から血を流し、ふらふらの彼女に集中力で負けるはずはない。
「!!」
何か小細工をしてきたようだがもう遅い。
(私の勝ち……ッ!?)
だが魔法戦に勝利したにも関わらず、奏音の動きが鈍る。
(な、に……)
全身を悪寒が走る。気持ちが悪い。吐き気がする。
慌ててミズキの方を見ると彼女の拳が迫っているのが見えた。
「!?」
だがもう遅かった。振り返った瞬間に、奏音の顔面にミズキの全力の拳が食い込んだ。
「ぶ、がっ……!」
「はあああ!!」
拳が顔面にめり込んだまま、奏音は地面に叩きつけられた。
「がっ……なん、で……」
タラニスリングの機能が停止し、奏音は元の姿に戻った。
「ふぅ……」
ミズキは両手を腰の高さまで落とす空手で使われるような呼吸法で自分を落ち着かせる。
初めから精神操作戦で勝てるとは思っていなかった。だからミズキは自分が全力を出した上で負けることを信じて罠を張ったのだ。
奏音の思考を鈍らせるのにはもってこいの
「私もさ、人の黒い部分をたくさん見てきたから」
ミズキはそう呟く。今でも覚えている感覚。とても言葉では言い表せない。何百何千と繰り返しても決して克服できそうにない。
「アンタの敗因はたった一つ。それは信頼できる人間がいなかったこと」
「そん、なこと……ない! 私にはたくさん——」
「思い通りに動く人形はアンタの命令にしか従わないでしょ?」
「……ッ!?」
ミズキはアリサを見た。咄嗟に爆弾を投げつけるなんて正気の沙汰とは思えないが、それでも二人とも助かった。当然これはミズキが命じたことではない。彼女が彼女の意思で最善の選択をした結果だ。
どんなに周りを人で固めても一人だった少女と、仲間の数だけ可能性を得た少女。
それが同じ魔法を持つ彼女たちを決定的に分かつことになった。
「……信じない。私は信じてなんかやるもんか!」
奏音は泣きそうな顔で叫んだ。
「仲間? 信じる? そんなの絵本の中の話でしょ? 名前も知らない赤の他人を無償で助けるバカがどこにいるの? この世に本気で誰かのためになんて思って動ける人間なんていない。お仲間が助けに来たのだってきっとミズキンが可愛い女の子だからでしょ?」
もうそれは吠えるような言葉だった。
(そう思ってくれてるんならどんなにいいか……)
きっとタカオもユウトもそれが当然というようにここまで来たに違いない。そう思うと自然とため息が出た。だが悪い気持ちはしない。
(そう……いつだって)
「だったらもう一度見せてあげるよ。私の
ミズキの手が奏音の額に触れる。
「あ……」
脳内に直接流れ込む感情。
それは少女が忘れていた感情。恐れていた感情。諦めていた感情。
とても暖かい、信頼という言葉。
神経毒でもカバーできない部分がチクリと痛む。悔しいことにそれが心地いい。
「チクショウ……」
こんなものを見せられては認めるしかない。
どんなに理屈を並べてももう絶対に勝てない。
ただの少女の拳が何故これほどまでにきいたのか。その理由がわかってしまったのだから。
・3・
「手こずらせやがって」
リーはそう吐き捨てる。目の前には血だらけのタカオが倒れている。
半人半竜となったリーの力は圧倒的だった。変化する前とは別格の、それはもはや天災と言ってもいいほどの圧倒的な暴力。殴るだけのタカオにはそもそも攻撃力で負けている時点で勝ち目なんてなかった。
「まぁいい。なかなか楽しかったぜ? タカオ」
リーはタカオに近づく。トドメを刺すために。
「けどもう、邪魔だ」
リーはタカオの背丈ほどある足の裏でタカオを踏み潰そうとする。
「消えろ」
その時——
「……皆城、くん」
「!?」
タカオを呼ぶ声がした。この場でそんな言葉を出せる人間はいない。いや、一人だけいる。
「……皆城くん。皆城くん!!」
三枝良子は今にも泣き出しそうな声で少年の名前を呼ぶ。彼女は全てを思い出していた。
「……何ィ」
何故洗脳が解けたのか、リーは考える。
(奏音がやられたのか? それともアイツの悪戯か?)
どちらにせよ。面白い話ではない。必死で少年の名を呼ぶ少女が煩わしい。
「……黙らせるか」
リーが向きを変え、良子を目指す。だが、
「ッ!?」
ガシッと何かがリーの足の肉を掴む。万力のように捉えたものを決して離さない。
「させ、ねぇ……」
タカオは必死でリーの足を掴んでいる。まだこいつは自分に歯向かうのかとリーの頭に血が上る。
「タカァオォォォォォ!!!!」
リーは怒りに任せそのまま足を大きく振り上げ、タカオを空中に放り投げる。
「グッ……」
「これで正真正銘の最後だ。お前は俺が直接に噛み砕いてやるよ!」
ギラつく瞳はタカオを捉える。その顎は百の刃を携え獲物を待っていた。
(よかった……三枝、記憶……戻ったんだな)
誰がやったのか知らないが、誰かが奏音を倒したのだろう。タカオは心の中でその誰かに感謝する。
「……次は俺の番だよな?」
「ッ!?」
腕輪を二つ付けている左腕が熱い。焼けるようだ。
その熱さは鋼鉄を熱して溶かすが如く。
(……求めるのはダイヤよりもしなやかで強いもの)
その答えをタカオはもう知っている。
それは目の前にある。
(この左腕に宿すは魔獣の一撃!)
左腕が変化する。黒く。そして雄々しい。
それは言うなれば龍の腕。
生命を感じさせるしなやかな筋肉。全てを超越した破壊力。
守ることに主を置いた右手とは違う。これは破壊の象徴。
その名は——
「
極大の破壊が落下とともに振り下ろされる。
「今更新しい力に目覚めても遅ぇんだよクソがぁぁぁ!!」
噛み砕くのはやめた。リーは両翼の炎と雷の竜巻を重ね、タカオにぶつける。これが最大の攻撃。喰らえば跡形もなく消える。
空中では逃げ場がない。タカオは雷炎に突っ込んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
魔力を帯びた龍の爪は烈風を切り裂いた。
「何ッ!?」
タカオはそのまま空中で体を捻り、捻りを利用した全力の一撃をリーの、半人半龍の顔面に叩き込んだ。
「グッ……ブ……」
衝撃が全身を回り、足場を完全に破壊する。
着地もままならずタカオの体は床に衝突した。
「皆城くん!!」
まだリーが完全に倒れた保証はない。それでも良子はそんなことは御構い無しにタカオの元へ駆け寄る。そしてタカオを抱き抱えた。
「三枝、よかった……」
その瞳をよく覚えている。
その瞳はようやく呪縛から解き放たれ、そこにはかつての光があった。
「やっと……」
良子は泣きながら「ごめんね」と謝り続けていた。
(やっと俺は取り返した)
横目でリーを見ると腕輪の力で変化していた姿は解け、物言わぬ状態になっていた。完全に気を失っている。
「ガイ……仇はちゃんと、取ったぞ」
タカオは左腕を天井に突き上げる。
その時、
「タカオ!!」
体育館の入り口から馴染みのある声が聞こえてきた。
「ミズキ」
ミズキは走ってタカオの元へ駆け寄る。両手を広げ、今にも飛びつきそうな勢いだ。
それを察したのか、タカオも上体を起こし受け入れ態勢に移る。
二人の距離がどんどん縮まる。
三、二、一——
バシンッ!!
「へぶしッ!!」
「えーー!」
清々しい音を鳴らす強烈なビンタがタカオにクリーンヒットした。
タカオを抱えていた良子は何が何だかわからない様子であたふたし始めた。
「ちょっ……ま、何しやがる!?」
「あのあの……皆城くんは怪我を」
「あ゛ぁ゛?」
「ヒィィィ!! すみませんすみませんどうぞお好きにやってください!」
「ちょっと!? 三枝さん!?」
厚い掌返し。
冷めたようなミズキの目がタカオを捉える。
「誰? この女」
「……仲の良かった知り合いだけど」
「ふーん」
ミズキは何だか不機嫌そうにそう言った。
ミズキ的にはタカオが自分を救い出してくれるところを少しは期待していたのだ。彼女もれっきとした乙女なのだから。
「何なんだよもう!」
「うっさい! 助けにくるんならさっさと私のところまで来なさいよ! あんまり遅いから私があの子倒しちゃったじゃない!」
タカオの胸ぐらを掴み、ミズキは不満を爆発させた。
「……お前が、神座の妹を?」
「そうよ」
「本当に?」
「そうだって言ってるでしょ」
バッとタカオはミズキの両腕を掴む。
「ちょっ……!? え、ちょっと……え? え?」
ミズキは顔を沸騰したヤカンのように顔を真っ赤にして混乱する。
見ようによっては抱きしめているようにも見えないことはない。
「そっか。ありがとな! ありがとな!」
「……はぅ」
自分が今どんな顔しているかわからない。
タカオの言ってることは何のことだかさっぱりだが、自然と笑みがこぼれた。
(帰ってきたんだ。私の大好きな日常に)
その時だ。そう遠くない場所で胃に響くような怒号が聞こえたのは。
・4・
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
ガクッと凌駕の体が落ちる。
初めて、凌駕は膝をついた。それ自体は普通であればなんてことはない。ここに来てユウトなんか何度も体験している。何より傷は深くない。確かに大きなダメージではあるが再生は容易だろう。すぐに戦闘を続行できる。
屈辱。それだけが冷静さを邪魔をしていた。
(私が……こんなやつに……ッ!!)
神座凌駕は決してメンタルが弱い人間ではない。彼は海上都市全ての希望と言われるほどの男だ。あらゆる状況に対処できてこその天才だ。
常勝無敗。完全無欠。
それこそが彼の掲げる『極限まで到達した希望』なのだから。
まず考えるべきは対処方法。怒りを抑える術は心得ている。
(……あってはならない。正さなければならない!)
だが何故かこの時に限っては自分を抑えきれなかった。湧き上がる激しい感情がコントロールできなかった。
「ッ!?」
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
凌駕が咆哮する。
全てのガラスが破れ、重力魔法の影響か周囲の光さえも捻じ曲げる。
「くそッ!!」
ユウトはガクッと膝を落とす。白銀の刀は先ほど思いっきり降りぬいたときに力の入らない右手からすっぽ抜け、空中で霧散してしまった。まるで腕全体がパンパンに水膨れしたような不思議な感触。気付かぬうちに傷口が開き血が流れだしている。ここに来て右手のダメージが大きく出始めた。だが今それに構っている場合ではない。
(もう一回、出せるか?)
そう考えた時、凌駕の声が聞こえた。
「……吉野ユウト」
深い闇の底から響くような低い声。
「何故お前のような男が宗像と同じ場所に立っている! 何故お前のような男が祝さんと一緒にいる! お前にそれだけの価値があるとでもいうのか!!」
「……」
その問いにユウトは何も答えられなかった。それもそのはずだ。むしろその答えを知りたいのはユウト自身なのだから。それでも――
「それはお前が決めることじゃない」
瞬間、視界を影が覆う。
一瞬で間合いを詰められ、ユウトの頭を大きな手が鷲掴みにして壁に叩きつけた。
「がはっ……!」
左腕を切られているせいか、魔法は使ってこない。その代わり人間離れした単純な暴力がユウトを襲う。
「やはり、お前は相応しくない!」
「っ!!」
ユウトは意識を腕輪に集中させる。両手から光を迸らせ、双剣を生成する。これはレヴィルのメモリーから生み出される引力と斥力を操る剣だ。
(だいたいわかってきた。今まで作ったメモリーが使えるようになってるのか?)
しかしそれらは不完全な状態だ。いくら形を整えても中身が伴っていない。何かの拍子にすぐに砕け散ってしまうほど脆い。理想写しが完全な状態ではないのだろう。おそらく今は本体のベース部分とアップデートされた新しい領域だけが使えている状態。形は補えても中身がひどく不安定だ。
ユウトは双剣の能力を発動させ、床を隆起させる。その拍子に双剣は砕け散ってしまった。
凄まじい粉塵を撒き散らし凌駕から距離をとった。
きっと資格も力もまだ自分にはない。
それでも。
どんなに惨めでも。
「俺はただあいつらといたいと思った。それだけだ!!」
いつの日か必ずこの手を届かせてみせる。
これはそのための戦い。
次にユウトが生み出したのはガイの火銃。凌駕を巻き込んだ粉塵に容赦なく撃ち込んだ。
連鎖的に起こる激しい粉塵爆発。ユウトは爆煙をかき分けもう一度召喚した白銀の刀を今度は凌駕の胸に突き刺そうとする。
「もうその手には乗らない」
爆煙で視界を奪ったにも関わらず伸ばした刀を強靭な腕で握り潰された。
(チッ……あの体、視覚以外に敵を察知する機能があるのか?)
だがユウトはそのまま凌駕に迫る。
「この距離ならッ!!」
アリサの黒の大弓。その矢の部分だけを槍のように突き刺そうとする。破魔の一撃。これが決まれば凌駕の魔獣の体を強制解除できるはずだ。
「お前のような男を、私は絶対に認めない」
だがユウトは腕を掴まれ放り投げられた。
「この世は一握りの才あるものが統べる。お前たち凡夫は素直にそれに従っていればいい。それがお前たちにとっての幸せだ!」
空中で態勢を立て直し、着地時に響く振動をよそにユウトは次の攻撃に備える。それはもはや防衛本能。体が勝手に動いている感じだった。
「それをお前は理解していない」
「しまった!!」
いつの間にか凌駕が切り落とされた腕を掴んでいた。
「だからもう一度私がお前の意思を挫いてやろう」
凌駕は腕の切断面に切り落とされた腕を強引にくっつけた。
その時。
『Error』
「何ッ!?」
籠手が異音を鳴らした。手の甲に付いている宝玉が不気味な赤い光を迸らせ始めた。
・5・
「……なんですか、これ」
鳶谷御影はFのサイトを解析していた。世界中のあらゆるサーバーを通過しており発信元を特定できないばかりか、どうして動いているのかわからないほどプログラムは穴だらけ。極めつけは未知のプロトコルまで存在する始末。
(……おそらく穴に見えるのは製作者の意図。私が理解できない未知のプログラム)
一瞬、魔法が頭に浮かんだがそれなら考えても無駄なので他の結論を模索する。
そんな時、一通のメールが来た。
差出人は不明。中にはfailure.exeと書かれた実行ファイルが添付されている。
この状況で送られてくるということはおそらくはこのサイトに関係するものだろう。
御影は恐る恐るファイルを実行した。たとえこれが何かの罠だとしても、これだけが唯一の突破口だからだ。
(……さて何が出てくるか)
コマンドプロンプトが開き、プログラムが実行される。
「……これは」
どうやらサイトの解読プログラムのようだ。未知の部分だったところも含め全てが書き換えられていく。
そしてその一角にこんなことが書かれていた。
「……プロジェクト・ワーロック」
聞いたことのない名だ。自分の管轄ではないからかもしれないがそれでも何か違和感を覚える。
ここでは跡が残ると感じた御影は、データを端末に移して自室へ持ち帰ることにした。
その後、御影がアパートに戻るとそこには誰もいなかった。
伊紗那も冬馬も。いるはずの二人の姿はどこかへ消えてしまっていた。
・6・
それは渦。全てを飲み込むブラックホールを思わせるような。
『Error』
その場にいる全員が本能的な恐怖を覚えた。このままではマズいと。
『Error』
「なんだ、これは……ぐっ!?」
凌駕の左腕。理想写しの宝玉を中心に空間が圧縮され始めた。
「ぐああああああああああああああああ!!」
凌駕の腕があっという間に折れ、捻れ、千切れた。
それでもまだ一番近い凌駕を喰い殺そうと、その渦は周りにある全てを引き寄せる。凌駕は鋭い爪を床に食い込ませ、必死にしがみつく。
「なんだ、あれ……」
あんなものは知らない。あれはもはや理想写しの範疇ではない。
全てを飲み込む渦。
ユウトは片手で持てるほど質量を失ったロシャードを掴み、吸引から少しでも飛角を守るように覆いかぶさる。
「ん……少年」
飛角は人の体温を感じたのか、あるいはユウトの魔力を感じたのか、弱々しい声を出した。その声を聞いてユウトは大きな声で彼女に呼びかけた。
「しっかりしろ!」
「……私は、いいから……さっさと——」
「うるさい! お前が何て言おうと、絶対死なせないからな!」
まるで自分のことのように必死になる目の前の少年の姿を、飛角は重たい瞼で見つめた。
(……へぇ……そういう顔も、できるんだ……)
誰にも聞こえないような、本当に小さい声で彼女は呟いた。
「くそっ! ここから逃げないと。どうしたらいい。魔力を分ければいいのか?」
「飛角は腕輪を破壊されている。それではおそらく助からない」
「ならどうすれば」
「私を使え」
ロシャードはユウトにそう提案した。
「ユウト。君は他者の魔力を使えるのだろう? 神座凌駕がそうしていたように」
「あぁ、でも今はなんか不完全な感じだ。実はさっきもどうやって魔法を使ってたのかわからない」
ロシャードはしばらく考え、
「私を媒介に、君の魔法を発動できるかもしれない」
そう提案してきた。
「私の魔法は調和。君の理想写しの足りない部分を、一時的に私の力で補うことができるかもしれない。無論、できなければここでみんな死ぬことになるが」
目の前に提示された唯一の方法。もう迷っている暇はない。
「やるしかない、か。行くぞロシャード!」
「おう!」
覚悟はずっと前に決まっている。ユウトはロシャードに左手をかざす。
いつもと同じようにメモリーをかざす要領で。
『Scale』
籠手の中にメモリーが生まれ、電子音が鳴った。
ユウトに反応し、ロシャードの体が宙に浮く。そしてその形を変えていった。
それは先に天秤が付いた錫杖のようなものだった。銀色で統一された杖は現代的なデザインでありながらも、神聖じみた清らかさを感じる。
「やれ!」
「あぁ!」
錫杖の尻で地面を突くと、ジャランと天秤の部分が金属音を鳴らした。
光の膜が荒ぶる渦を包み込み、その力を鎮静化させていく。
これはあらゆる異常を正す鎮静の音。
その余波は、衰弱しきった飛角の表情さえも和らげていった。
そして——
全てを飲み込む『渦』は、完全に消滅した。
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