第17話 赤い腕輪 -Taranis Ring-

・1・


 イーストフロート第三区画。ここは比較的新しい区画で、無人の生産工場が密集した場所だ。今は「はみだし」と呼ばれている場所がかつて持っていた機能も含め、生産に関わるもの全てがここに集積されている。工場生産インフラ、食糧生産インフラ。全てが自動化され最適化されている。いわばこの海上都市の要と言ってもいい場所だ。

 すでに日が落ち始め、空は茜色に染まっている。

 その芸術的とも言える景色を背景に、黒衣の魔法使いは駆ける。工場の屋根を足場に軽々とした身のこなしで。この工場地帯に興味はない。向かうは玉選館学園。ここを横切れば最短距離で辿り着くことができるのだ。

 だが、そこで新たな黒が現れた。


 ガギン!!


 空中で激突があった。

 仮面の魔法使いは工場の屋根の上に着地する。そして振り返る。

 そこにいたのは黒い何かだった。

 ガシャガシャと金属の音がする。目を凝らすとそれが鎧だと気付く。真っ黒な鎧。中世の騎士を思わせるような造形とは裏腹に、手に持つ武器は現代的なデザインの両端に刃を持つツインブレード。戦術武装アームド・フォースに見えるが、非常に色濃い魔力を感じる。どちらかというとレオン・イェーガーが所有する魔道装甲ハンニバルに近いものだ。

 お互いに数秒向かい合う。何もしてなくても数百パターンの攻防が脳内でシュミレートされている。互いに最適解を見つけきれないからこその静寂。

 互いにどこの誰かは知らない。それでも一つだけわかることがある。


『Riot』


 こいつは邪魔だ。自分の行く手を阻む敵だと。

 その事実だけで十分だった。


 仮面の魔法使いが無数に召喚した長銃をフルバーストする。様々な角度から魔力の弾丸が放出され、工場の屋根を蜂の巣のように貫いていく。

 黒い騎士は先ほど見せた空中での激突時同様、圧倒的な身体能力でもって弾幕の合間を華麗に通り抜ける。

「……ッ」

 そして今度は黒い騎士の番だ。屋根が紙のように簡単にへしゃげるほどのロケットスタート。神速のツインブレードが仮面の魔法使いを襲う。


『Cain』


 接近されると銃は不利だ。仮面の魔法使いはすぐさま大剣を召喚する。その間も騎士の進路を限定するため弾丸は撃ち続けることはやめない。確実に自分の範囲に入れるために。


 そして――


 二つの黒が激突した。


・2・


「なっ……グッ!?」

 あまりに突然すぎて受け身も取れないまま床へ叩きつけられた。体の右側を強く打ったが、幸か不幸か感覚がなくなっている腕は痛みを感じなかった。

(何が起こった!?)

 通常、魔法は一人に一つ。これは絶対のルール。中にはその用途を別角度から捉え、全く違う力を引き出すことができる場合もある。ミズキの相違知覚がそれだ。

 ならば今のこの状況はなんだ?

 どうして『削ぎ落とす』能力がこう作用する?


「単純な話だ。私の力が拡張されたんだ」


「なんだ……その姿は……」

 ユウトは驚愕する。目の前にいるのは本当に人なのか? まず出てくるのはそんな馬鹿げた疑問。

 それは人の姿をしていた。

 鋭く尖った爪、皮膚には爬虫類を思わせる硬い鱗が張り付き、長い尻尾。


「タラニスリングは私がルーンの腕輪を改造して作ったものだ」

 より正確には元々存在し、今まで閉ざされていた拡張機能の解析に成功し、リミッターを外したものだ。

 つまりは腕輪のあるべき姿に近づいたことになる。

(この腕輪にはまだ未知の部分が多すぎる)


 凌駕はさらに続ける。その表情はまだまだ解けないパズルにワクワクしているようだ。

「魔獣を喰らい、その力を我がものとすること。それがタラニスリングの力。私はヨルムンガンドの肉体を喰らった」

 腕輪のブラックボックスの一つ、捕食機能。その鍵を開き進化した腕輪がタラニスリングの正体だった。

 半人半竜となった凌駕は言った。

「……ヨルムンガンド」

 あの巨魔を倒したのか? あの圧倒的な破壊の権化を。

「別に不思議なことではない。そこの女がまさに生き証人だ。人と魔獣の融合は可能だというな。魔法使いは所詮どこまで行っても人間だ。お前が考えたようにその木刀で頭を殴れば一撃で倒せる脆弱な存在。だが、これならどうだ? 魔法を持たないお前に果たして今の私を倒すことができるかな?」

「くっ……」

「まだ捕食率は一割程度。一度に喰らうには奴は大きすぎる」

 人間の食事と同じだ。腹八分目まで食べて、完全に消化して自身の栄養にする。それを繰り返していくことで成長していく。

「だが完全に取り込むのも時間の問題だ。かの最強の魔獣を完全に取り込んだ時、私は真の希望としてより輝く!」


 完璧な頭脳に完璧な肉体。


 人は自分では理解できないものを恐れ、排除しようとする。だがその逆もある。その存在に圧倒された時、どうしようもないと諦めた時、人はそれを神と崇めるのだ。ある国の魔女は異端と称され火あぶりにしたが、海を引き裂いた預言者は今でも崇められているように。

「私の魔法はこの手で触れ、私が認識したものを対象から削ぎ落とす力。こんな風になっ!」

「ッ!!」

 竜の翼を広げた凌駕がユウトに突進してくる。ユウトは本能的に後ろへジャンプ。背中から床に強く打ちつけた。

 ボゴッという音の後、ユウトがいた場所には大穴が開いていた。まるでその場の空間を切り離したかのようなこの世のものとは思えない切断面。

(あの手、空間そのものも削れるのか……ッ!)

 それはタラニスリングによって削り取るという概念そのものが拡張された結果か。

「だが力を拡張された今なら、こういうこともできる」

 凌駕の頭上にボワンっと明るい球体が生まれる。ユウトは本能的に危険を察知する。

(……あれは、マズいッ!!)

 直後、全ての音が消えた。

 放たれる一条の線。それは高エネルギーを束ねたレーザー。地面を引き裂きユウトを目指す。

「ユウト!!」

 ロシャードは全速でユウトの前に立ち、盾となる。ロシャードに直撃したレーザーは四方に飛び散り室内を引き裂く。

「ロシャード!!」

「グッ……問題ない」

 魔力で障壁を作り防御はした。だがその衝撃だけで体内のギアが悲鳴を上げている。

(今のは、あの時の……)

 分界で見た、ヨルムンガンドの大出力レーザーを思い出す一撃。あの時より規模は格段に小さいが、間違いない。

「まだまだこんなものでは終わらないぞ!」

 ドンと顎が地面にぶつかる。動けない。ユウトとロシャードを起点に強力な重力場が形成されているのだ。何百キロもの重りを全身で受けるような苦痛。

「ああああああああああああああああああ!!」

 ミシミシと体の奥から嫌な音が鳴る。二人は抵抗もできずその場に倒れた。

「複数の、魔法を……」

「もとより貪欲に魔力を喰らう肉体だ。奪った魔力を取り込めば、その力を行使できる」

 さっきユウトの体を吹き飛ばしたのもきっとこの力だろう。

 多重魔法。ユウトの一つの魔法を起点としたものとも違う。完全に理解の範疇を超えた存在。本来ありえないはずの力だ。

(いったい、いくつ魔法を持っているんだ……)


「ふん!!」


 急に重圧が消えた。そして瞬く間に鋼の拳が続けざまに凌駕に迫る。凌駕はその全てを腕を盾にしてガードする。

 金属同士がぶつかるような音がした。

「……ほう」

 ピシッ! 竜の鱗にヒビが入る。

「あまりナメてもらっては困る」

 ロシャードは全身から魔力を迸らせ構える。

「無効化能力……いや違うな」


「私の魔法は安定させることだ。重力場の乱れを安定させた」


 外部から加えられた力で歪んでしまった事象を強制的に安定させる力。

「私はロボットだ。本来与えられた仕事を完遂してこそ価値がある。そこに一切の乱れがあってはならない。故に私は全ての異常イレギュラーを許さない」

 事象に干渉して力を発揮する魔法にとっては最大の天敵。無効化ではなく安定。いわば『事象調和マジック・スタビライザー』。

(……飛角には散々地味だの役に立たないだの言われ続けてきたがな)

「これでその左手以外私には通用しないぞ」

 凌駕自身の魔法は残念ながら事象調和の効果を受けないだろう。剥ぎ取るという彼の行為は、彼の中だけで完結してしまっているからだ。

 呪いの類を解呪することはできても、死んでしまった人間を生き返らせることはできない。すでに終わってしまった事象はそこで安定する。それはロシャード自身どうしようもできないのだ。

 だがさっきの手合わせでだいたいわかった。身体能力では限界ギリギリまで機体を酷使したロシャードと同等。左手さえ気を付けていれば凌駕にダメージを与えることは可能だ。

「鬱陶しい奴め。なら……ふふ、そうだな、貴様の力を使わせてもらおう。吉野ユウト」

 魔力が凌駕の竜の左腕を包む。そして黒い籠手を生成する。

「なっ……!?」

 そう、それは今までユウトと共に戦ってきた理想写しイデア・トレースの籠手だった。


・3・

 

 タカオの体は激しい衝突で体育館の壁にめり込んでいた。

「くっ……」

「ヘヘ……今のは少し危なかったぜ。まさか半身を硬質化させて障壁を無理やりこじ開けてくるなんてなぁ!」

 タカオの拳はリーの風の障壁を突破した。普段は右腕までしか変化させないのを体の半分まで拡大させることでかまいたちを防ぎ、押し寄せる突風を力でねじ伏せた。

 では何故タカオの拳が届かなかったのか。その答えはリーの前に立つ少女にあった。


「……お前、三枝……なのか?」


「……」

 両手を広げて立つ少女・三枝良子は何も答えない。かつての優しい表情はそこになく、髪形も三つ編みを解いており、トレードマークだった眼鏡もかけていない。一瞬目を疑った。いざ目の前にしないと気付かなかったが間違いなく本人だ。リーは咄嗟に彼女を盾にしたのだ。

「助かったぜ良子」

 リーは良子の肩に手を置く。そして勝ち誇ったようにタカオを見て言った。

「まぁ殴れねぇよなぁ。かつてのお友達は。せっかく来たんだ。綺麗になったこいつに会わせてやろうと思ってよぉ。どうだ嬉しいか? 感動の再会ってか! ハハハ!!」

 そんな気はさらさらない。いわばこれは保険。タカオに対しての人質みたいなものだ。

「それにしてもテメェはほんとに変わってねぇな。こういう時の詰めがほんとに甘めぇ!」

「テメェ……ガハッ……」

 タカオは膝をついて吐血した。腹の底から湧き上がる気持ちの悪い感覚を抑えきれない。

「そうだよな? 苦しいよな? お前の能力に関してはあの女の記憶から大体調べはついてるんだよ!」

 奏音がミズキの脳内を読み取ったとき、向こうの戦力はすでに確認済みだった。故にタカオの弱点も把握済みだ。

「ハァ……ハァ……」

 タカオの魔法『金剛の右腕デクス・ダイアモンド』は正確には一部に過ぎない。タカオの本来の魔法は肉体組織を別のものに変化させる能力だ。だからやろうと思えばタカオは全身をダイヤモンドのように硬質化させることもできる。それをしないのは単純に危険だからだ。

 タカオは戦闘中でも長時間体組織を変化させたままにしない。必ずインターバルを入れる癖がある。体を周る血液以外の全てを変化させるため、体には相応の負荷がかかるのだ。右手だけなら大した負荷にはならないが、胴体部分を変化させるのは大きな危険が伴う。

 例えば心臓が伸縮性を失うと血流速度は減速する。最悪心停止の危険性がある。

 例えば肺が動きを止めると、呼吸ができなくなる。

(息が苦しい。……あと一回できるかどうか、か……)

 正直あの一撃で決めたかった。こっちはまさに特攻だったのだ。

「三枝、俺だ! わからないのか!?」

 タカオの叫びは虚しく終わる。

「無駄だ。お前のことなんかもう覚えちゃいねぇよ」

「……」

 良子はただ虚ろな瞳でタカオを見ていた。

 リーはタカオの体力を大幅に削ったことに満足したのか、用済みとばかりに良子を下がらせる。

「正直、お前には毎度驚かされる。何かされる前にこっちも本気で仕留めるとするぜ」

 リーのタラニスリングの輝きがさらに増した。そして内側から制服を破き、その体がみるみる巨大化していく。

「なんだ!?」

 全長三メートルはあるだろうか。人の形こそとってはいるがタカオの目にはほとんど魔獣に見える。

 魔獣ルーオン。リーが腕輪で捕食したのは分界奥地に生息する龍型の魔獣だった。ヨルムンガンドほどではないが、強力な魔物であることには変わりはない。火と雷を操ることができる力を持っていた。


「これがタラニスリングの力だ!」


 リーの背中を起点にまるで翼のように発生した竜巻がタカオを襲う。その竜巻は炎と雷を纏っている。

「ッ!!」

 激しい爆発音。もはやかまいたちなんて生易しいものではない。巨大な質量をもった鉄槌が体育館の壁を易々と貫通する。

「……なんて力だ」

「ハハハハ! これだ! この力だ! この力さえあれば俺は誰にも負けねぇ! 誰にもナメた口をきかせねえ。手始めにタカオ! お前を血祭りにしてやる!」

 血走った爬虫類のような瞳がかつて自分の意に沿わず、自分を殴り飛ばした男に狙いを定めた。


・4・


 プレイルーム。そこには冬でもないのに、ましてや室内にも関わらずキラキラ光る雪のようなものが降り注いでいた。

「くっ……体が……」

「……動きませんね」


「フフン♪」


 ミズキとアリサの前にゆっくりと降り立つ奏音。その姿はさっきまでとは大きく変わっていた。

 魔獣パピヨン。蝶の姿をした魔獣を取り込んだ奏音は、背中に生えた極彩色の羽を羽ばたかせ煌く鱗粉を発生させている。

「この鱗粉はね、私の領域を広げる役割があるの。一粒触れるだけで相手を支配できる。まぁミズキンは当然として……ありゃりゃ! アリサちゃんもなかなかの魔法耐性を持ってるみたいだね。二人とも精神まではもう少しかかるかなぁ」

「なん、なのよ……その姿」

「かわいいでしょ?」

 奏音は見せつけるように三百六十度回転してみせる。

「……悪趣味です」

「アンタと一緒で、悪趣味なんじゃない?」

 ミズキとアリサは口を揃えて言った。

「うぇーん。ひどい」

 奏音は両手で顔を隠して泣いている仕草をしている。

 パチンと指を鳴らすと、何もない空間がいきなりはじけた。いや、二人の周囲を舞う鱗粉が爆発したのだ。

「がはっ……っ!!」

 ミズキとアリサの体はボールのようにバウンドし投げ出される。

「今のはお仕置きだよ」

 どういう原理かはわからないが、奏音は精神操作以外の魔法を使っている。鱗粉をまるで粉塵爆発のように爆発させる。何かそういう力だ。

(なるほど……あの姿はこけ脅しじゃなさそうですね)

 アリサは背中にかけたサブマシンガンに手をかける。

(よし、今なら動く)

 どうやらあの鱗粉の範囲内にいなければ彼女の支配を受けないらしい。今の爆発の余波で周囲の鱗粉が吹き飛んだ。

(でも時間がない。手持ちは魔法石と手榴弾が二つにナイフ、拳銃とサブマシンガン)

 これだけではどうにも心もとない。決定打になる何かがいる。

「……私には見えてるよ」

「何が?」

 ミズキは奏音を見据える。


「アンタの本当の姿が」


「……」

 急にミズキとアリサは自分の首を絞め始めた。

(しまった!!)

 すでに範囲内だ。

 自分の意識外からの命令故にそこには一切の手加減がない。十の指が喉に容赦なく食い込んでいく。

「……へへ……少し、は……私の、気持ちが、わかったか。こ、のクソ野郎!」

 どんなに派手に姿を変えても。

 どんなに内側を取り繕っても。

 人の本質は決して変えられない。弱い自分は決して隠せない。

 ミズキがそうであったように、奏音もまた同じだ。


『頭の奥底を覗いたのが自分だけだと思った?』


「……ッ!!」

 奏音の脳内にミズキの声が流れ込んできた。

(さっき反撃された時に私とミズキンを繋いでたパスを使って……ッ!?)

 ほんのわずかな一瞬であっても可能だということは彼女が一番知っている。

 勝手に心を読まれた。勝手に思い出に踏み込まれた。まるで心臓を掴まれたような感覚。

 全て彼女が遊びだと言っていた行為を今度は自分が受けてしまった。

『アンタ……誰も信じてないんだね』

「ッ!?」

 ピキッと頭の中で何かが割れる音がした。それは彼女にとって何かとても決定的なものだ。

 脳裏に過去のおぞましい記憶がチラつく。

 少女。優しそうな男。誘拐。監禁。

 それらは断片的な記憶。消したいと願った過去。

「……信じられるわけないでしょ」

 笑顔が崩れ落ちる。そこにあったのは無表情。

 奏音はまるで気色の悪い虫でも見るかのような目で言った。


 この世で最も信用できるもの。それは間違いなく自分だ。

 そしてこの世で最も信用できないもの。それは間違いなく自分以外だ。

 そう断言できる。


 理由は至って単純。何を考えているのかわからないからだ。教師、友達、家族でさえ、どんなに優しい人間でも心の奥底で何を考えているのかわからない。そこに悪意があろうがなかろうが、もはやわからないことそのものが問題なのだ。

 それが気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。それはどういう原理かわからず、答えを探し求める研究者のそれと同じ、いやそれよりもなおタチが悪い。

 永遠にわかりえない答えを探すもどかしさ。奏音はそれを味わってきた。

 だから奏音は他者をにすることにした。周りの人間全てをにしてしまえば全て解決する。至極簡単な結論だ。

 は理解できる。

 は絶対に裏切らない。

 今の彼女には望んでいた世界が簡単に手に入る力がある。


『可哀想なヤツ』


「……」

 おしゃべりだった奏音の口はもはや完全に止まる。

 同じ系統の能力を持つということは、少なからず同じ願いを持っていたということだ。

 なのにどうしてここまで差がついた?

 どうして彼女は笑っていられる?

 奏音には理解できなかった。理解できないということは必要ないということだ。

「……もういいや。そうまでして私のモノにならないなら——」

 奏音は左手をスッと上げ、そして……


「壊れちゃえ」

 

 その手を振り下ろす。

 直後、数百数千の爆発が起こった。


・5・


 それは紛れもなく魔法でできた剣。

 それはいとも容易くロシャードの機械の右腕を切り落とした。

「なっ……」

 凌駕は理想写しの籠手におそらくはこの学園の生徒から作ったメモリーを差し込み一振りの剣を召喚した。王族が持つような祭事用の儀礼剣。それがどんな力を持っているのかは知らないが、楽観できる要素が微塵もないことは確かだ。

「これが理想写しとやらの力か……面白い。他にも試してみるとしよう」

 凌駕は別のメモリーを差し込む。


『Loading』

 あるいは剣。

『Loading』

 あるいは銃。

『Loading』

 あるいは槍。

『Loading』

 あるいは双剣。

『Loading』

 あるいは爆弾。

『Loading』

 あるいはボウガン。

『Loading』

 あるいは三節棍。

『Loading』

 あるいは鎌。

『Loading』

 あるいは鞭。

『Loading』

 あるいは特大剣。


 十人十色の攻撃がロシャードを襲う。

「させるか!」

 ユウトは木刀に魔力を流し、召喚された特大の剣を受け止める。

 ガガガ。凄まじい音がする。このまま鍔迫り合いに持ち込むのはダメだと本能が叫ぶ。

「ああああああああああああああああ!!」

 身を捻り、敵の剣を受け流し、後ろへジャンプしてなんとか距離をとる。そして入れ替わるようにしてロシャードの反撃。振り切った大剣を構え直す暇は与えない。上から下へ振り下ろすような蹴りは凌駕の頭部を狙う。だが直後、ロシャードの視界がグルンと回る。どんな体術を使ったのか逆に彼の体が縦に回転しているのだ。

「剣に気を取られていていいのか? そこは私本来の魔法の射程距離内だぞ?」

「しまっ……」


 ボゴッ!!


 この世のものとは思えない不気味な音をさせ、ロシャードの下半身が消し飛んだ。

「ロシャード!!」

 無残な姿となった上半身が転がる。凌駕の瞳はロシャードを捉えて離さない。

 捕食者の目だ。

「これで終わりだ」

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 させない。その一撃だけは絶対にさせない。

 ユウトは木刀にありったけの魔力を注ぎ、凌駕に振り下ろす。凌駕は新たなメモリーで召喚した長めの直剣でそれを防御。

 交差する剣をおかまいなしにユウトは吐き出すような言葉を口にした。

「見てたぞ。お前が剥離の魔法を使うとき、理想写しを一度引っ込めたな? つまりお前は複数の魔法を使えるんじゃない。腕輪の力で使う魔法を入れ替えてるだけだ!」

 ようは容器の中のものを入れ替えているだけだ。使える魔法は常に一つ。容器の中の魔法を空きスペースに移し、新たに使いたい魔法を容器に入れる。原理はわからないがルーンの腕輪の機能が拡張されたタラニスリングにはそれが可能なのだろう。それが多重魔法の正体。

「少しは頭が回るようだな。だが——」

 圧倒的な力でユウトの右腕を掴み壁へ叩きつけ、再び凌駕が直剣を振りかぶる。

「それがわかったとして何になる?」

「クソッ!!!!」

 両者の武器が激しく激突する。

(っ!?)


 その瞬間。


 ほんの一瞬。何かがユウトに流れ込んできた気がした。

 それは弱い電気が流れたかのような痺れにも似た感覚。何てことのない、ほんの少し気になる程度の些細な感触。

 だが続く連撃。剣がぶつかり合う度にそれがどんどん強くなる。

 そして何回目かわからなくなった最後の一撃。

「ッッッ!!!!」

 乾いた音が部屋に木霊する。

「……ふん」

 ついにユウトの木刀が手元から盛大に砕け散った。


「消えろ」


 理想写しを引っ込め、竜の左腕が姿を覗かせる。

 全ての繋がりを切り離す『剥離』の力。

 その脅威が振り下ろされる。

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