行間3-1

 ここはとあるラブホテル。

 誰もが心のどこかで不思議な魅力を感じる場所だ。

 人間のありとあらゆる欲望が渦巻き、しかし決して互いに不可侵を貫く。いわば現代の魔窟。そこで何が行われていようと、現世うつしよとは無縁となる。

 どんな街に訪れても必ず存在する死角デッドスペース


 そんな魔窟の中の一室。そこはさらに混沌と化していた。


「あぁ~だるぅ。なんか……もう、とりあえず枝豆とビール持ってこーい」


 そう言った彼女はベッドの上で豊満な肉体を僅かにくねらせる。

 くせの強い長髪と赤い左目のオッドアイ。シャツ一枚で仰向けになり、だらしなくボタンひとつで留めてある胸元は、今にもはち切れそうに見える。

 そして額の上に置いた彼女の腕には、銀色の腕輪が付いていた。

 一言で言えば完全な無防備。同じ女性であっても息を呑むようなその美しすぎる肢体は、世の男性が見れば思わず飛びつきたくなるのも頷けるだろう。

 しかし、どうやら相方にはそれは当てはまらないようだ。


飛角ひかく、貴様はまだ酒が飲める歳ではないだろう。ダメだ」


 もう一人は言った。男性の声だがその声は人の肉声のそれとは違う。

 ホテルの一室には似つかわしくない、戦術武装アームド・フォースを思わせるプレートアーマー。頭部には兎の耳のようなレーダー。鋭角なフォルムのカメラアイは赤く光りを灯している。

 そして今まさにメンテナンスのために開いた胸部には、やはり同じく銀色の腕輪が取り付けられていた。まるで心臓エンジンとでも言うように。

 その機械はベッドの端に座っていた。


 彼は正真正銘のロボットだ。


 だがただのロボットではない。元は宇宙空間で活動することを想定されて作られた、お値段億単位の超高性能オートマトンだ。例え極寒の環境であっても、激しい衝撃に晒されても耐え抜ける強靭なボディに加え、イースト・フロート製の最先端AIを持つ。さらにルーンの腕輪を内蔵し、試験的に魔力をエネルギーとして運用しているのだ。

「えー。細かいことはいいじゃんかさ?」

「ダメだ」

「けーち。ロシャードのバーカ」

 それが何故、飛角と呼ばれる全力でだらけているグラマラスな女性と一緒にいるのか? それには理由がある。



 今から一か月前。

 何者かの攻撃によってイースト・フロート上空の有人衛星「アストロン」が大破。残骸は地球に接近する際に全て燃え尽きたが、一つだけ燃え尽きなかったものがあった。

 それが彼、ロシャードだ。

 幸いアストロンに搭乗していたのはロシャードだけで、死者はいない。だが大気圏を突破した彼は、たまたま飛角がいた研究施設に直撃。研究施設は文字通りの隕石を受け、崩壊した。


 幸か不幸か、それが研究所に収容されていた飛角を外に解き放つこととなる。


 ロシャードも無傷だったわけではない。内蔵されていたいくつかの機能は損傷。特に記憶に相当するメモリーのほとんどがイカれ、管理者情報がリセットされてしまった。運の悪いことにその時偶然近くにいた飛角を新たな管理者マスターとして登録してしまったのだ。

 さらにそれまでAIとして与えられたプログラムを遂行、最適化していたロシャードは飛角と出会いをきっかけに、偶発的ではあるが、限りなく人に近い感情を獲得していた。

 原因は不明。ルーンの腕輪同士が何らかの反応を示し、彼のAIに影響を及ぼしたのかもしれない。


 故に彼は意思を持つ機械となった。


「まったく……どうしてこんなことに」

「ハハ。さすがに受付の人の動揺具合には同情せざるおえない」

 このラブホテル。身を隠すために入ったのだが、受付の店員にしたらそんなことは関係ない。お客様は神様だ。いろんな人間がいるが大抵のことには目を瞑るのである。

 だが、とびきりの美女がと一緒に入ってきたら、それはびっくりもするだろう。

「さすがにロボットと子作りはできんなぁ〜」

 飛角はオッドアイで妖艶な視線を送ってみせる。

「馬鹿は寝て言え」

「んじゃオヤスミィ……」

 本当に寝てしまった。ロシャードは息は出ないが思わず溜息をつく。こんな感情を抱けるのも、彼が特異だという証拠だ。


 この二人には二つ、共通点がある。

 一つはルーンの腕輪。

 そしてもう一つは――

「そんなに悠長にしていていいのか? 我々はワイズマンズ・レポートの被験体。おそらく狙われている原因は十中八九これだぞ?」

 数日前からある集団に狙われていた。彼らが誰なのかは知らない。数日かけて復元したロシャードのデータベースの中で一番可能性があるのは、


Wiseman's Report -04- Iron Heart

Wiseman's Report -06- Outsider


 これだけだ。


「なるようになるさ〜。私は酒と女と枕があれば生きていけるし……」

 飛角はユラユラと手を振る。どうやらこれ以上、話をするつもりはないらしい。

「だから酒はダメだと言っているだろ。ジュースで我慢しろ」

「……ふぁーい」


 奇怪な二人組の逃走劇はまだまだ続きそうだ。

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