第12話 学統会 -Hope of Hope-

・1・


 十月中旬。

 逆神夜泉さかがみよみ分界リンボに連れられ、魔獣の群れに出くわし、謎の魔法使いと出会い、巨大な魔獣とさえも戦った。思えばたった数日の間にいろいろな事があった。

 あの日から一カ月が経過しようとしていた。


 そんな数々の苦難を乗り越えてきた少年・吉野ユウトは、の絶体絶命のピンチに今直面していた。


「……そろそろ観念してください」


 ユウトは唾を吞み込む。

 ここは久遠学園屋上。背後には鉄製のフェンス。

(まずい……逃げ場がない)

 ギュッとフェンスを握る力が強まる。


 事の始まりは、ユウトの入院中に病室で起こったある出来事だった。


 鳶谷御影とびやみかげからの濃厚なキス。


 あの日を境に彼女の猛烈な異常行動アプローチが始まった。

 昼休みには必ずユウトの教室に顔を出し、人目を気にせず抱き着いてきたり。

 下校後にシャングリラに行こうものなら必ず後をつけてくるし。

 図書委員の仕事の時にいたっては、その行動はさらにエスカレートする。

 まるで恋愛本か何かに書いてある行動を、一つずつ実践しているみたいだ。

「……ユウトさん」

 あとは、呼び方も苗字から名前に変わった。

「……御影さん。何で毎日追いかけてくるんだ?」

「……No。これは愛情表現。追いかけてなどいません。あなたが逃げているだけです」

「じゃあその手は何だ?」

 御影は大きく手を広げ、さながら歴戦のゴールキーパーのように絶対に背後を抜かせない構えだ。完全にユウトをこの場から逃がす気がない。

「……No。ユウトさん、あなたは乙女に何を言わせる気ですか?」

 御影は少しだけ頬を赤らめる。

「え!? 俺今からそんな言えないようなことされるの!?」

 強引に振り切ることはもちろん可能だが、彼女はユウトが魔法使いであることを知っている。それを取引材料に持ち出されたくなかった。

(どうにか穏便に済ませないと……)

 彼女の機嫌を損ねないように、妥協案を見つけ出すのだ。


 ふと、病院でのキスシーンが頭の中をよぎる。


「……えい」

「おわっ……」

 正面から御影に抱き着かれた。その衝撃でユウトの靴が脱げ、もみ合いになり、あっという間に彼女にマウントポジションを取られてしまった。

「……上の空でしたが、どうかされましたか?」

 小さい体に似合わず、なかなかどうして、したたかだ。

「……何でも……ありません」

 降参したと取ったのか、御影は普段全く見せない年相応な笑みを見せ、ユウトの耳元で囁く。

「……さて、ここには誰もいません。だからどうぞ遠慮なくあなたの全てを私に見せてください。何なら今からこ――」


「は~いそこまで~」


 ヒュッと御影が持ち上げられた。

「……冬馬」

 両手で御影の腰に手を回し、宗像冬馬むなかたとうまが万歳した猫のように彼女を持ち上げている。

「……宗像さん。何用ですか?」

「悪いねぇ鳶谷っち。ちょっとこいつに用があるんだわ」

 冬馬は御影にスマイルを送る。大抵の女子はこれでイチコロだ。

 しかし、御影にはまるで効果がなく、

「……奇遇ですね。私も彼に用事があります。今から――」

「おっと、待った」

 冬馬が御影の言葉を遮る。御影は首を傾げた。


「鳶谷っち。残念ながら今のままじゃ、いつまでたってもユウトを落とすことなんてできないぜ?」


「ッ!!??」


 戦慄が走る。

 御影は雷に打たれたような顔だ。その目が大きく見開かれている。

「……私の……何が間違っているというんでしょうか?」

 だがそこはさすが科学者。すぐに問題点を探り始めた。

「あー、鳶谷っちは愛が知りたいんだよな?」

 御影はコクンと頷く。

「ちなみに今の方法は誰に教わったんだ?」

「……Yes。逆神夜泉さかがみよみです。彼女にこれを貰いました。教科書にと」

 御影はポケットから薄い本を取り出した。これは以前学園内で彼女が渡してきたものだ。

 タイトルは――


『悔しい……でも×××』


 冬馬はそれを受け取りペラペラと内容を確認する。

 そこには男が女性を縛り、無理矢理従わせるが、あれやこれやと色々あって、次第に女性が従順になっていく結構ハードな内容が描かれていた。いわゆる大人向けの同人誌と言うやつだ。

(逆神、なんてものを……)

 恋愛に対してこれまで何の興味も持っていなかった少女には、とんでもない置き土産だ。

 間違いなくからかわれている。彼女の悪戯じみた笑みが目に浮かぶ。


 冬馬はパンっと本を閉じると言った。

「無知って怖いな……とりあえず鳶谷っち、さしあたってどう考えても配役が逆だと思うんだけど?」

(そこ!?)

「……No。男女でその本の通りの行為をして愛が発生するなら、逆でも問題ないかと。ユウトさんにそれを求める方が現実的ではありません」

「まぁ……そうだけどなぁ」

 冬馬は悲しそうに首を振り、そして告げる。

「でも残念ながら、この本はその手の特殊な性癖の方々にしか効果がない」

「ッ!!??」

 またもや衝撃の事実が彼女を揺さぶる。御影はついに動かなくなってしまった。


 そして、


「……God damnガッテム。あの女、今度会ったら絶対にバラしてやる」

 誰にも聞こえない小さな声で御影は復讐を決意する。

「……わかりました。この方法は止めましょう」

 御影は冬馬の手を離れ、そう言った。

「はぁ……助かった」

 ユウトは胸を撫で下ろす。これでしばらくはゆっくりできそうだ。

「……ですが困りました。早急に次の策を考えねば……」

「え?」

 どうやらまだ終わっていないらしい。


「そこでこれだよお嬢さん」


 冬馬は同人誌を丸めてポケットに仕舞うと、新たに一冊の本を御影に手渡す。

「……これは?」

「これは昔ユウトに貸した恋愛漫画なんだが、あいつ結構気に入っててな」

「……つまりここには、ユウトさんの性癖が詰まっている、と?」

「何でそうなる!?」

 ユウトのツッコミに二人は反応せずに続けた。

「そういうこと♪ まずはこれでユウトの好みを研究するといい」

「ちょっと! 冬馬さんや!?」

(あいつ何てものを渡しているんだ! 確かに……その漫画は面白かったけど)

 御影はその漫画を両手で受け取った。その目はまるで何か重大な発見をした科学者の目だ。好奇心でキラキラと輝いている。

「……宗像さん。感謝します」

「いいってことよ。全二十六巻。いつでもお貸ししようじゃないの」

「……Yes。では後日改めて伺います」



「おい」

 ユウトは冬馬に耳打ちする。

「何も解決していないように見えるんだが?」

「安心しろ。あれはかなりプラトニックなやつだし、毎日襲われるよりマシだろ?」

「それは……」

 そうかもしれない。


「……ところで宗像さんは何か御用があったのでは?」

「あぁそうだった。ユウト、ちょっと頼みがあるんだが」

 珍しいかった。冬馬が頼み事なんて。

「何だよ?」

「俺と一緒に学統会に出てくれないか?」



 学園統括議会。通称、学統会。


 一年に一度、イーストフロート内の全ての教育機関から代表生徒二名が選出され、その代表者たちによって様々な議論が行われる行事だ。もっとも、多くの生徒には縁のないものだが。

 ここで取り決められたことは、この街の学生には大きな影響力がある。

 選出方法は非常に単純で、学園内の成績上位二人が選ばれるのが通例だ。去年は一年生ながら、冬馬と伊紗那が選ばれた。おそらく今年も同様だろう。

「……正確には今年は私と宗像さんが選ばれました。ですが私は辞退したので」

 御影はそう言った。

「じゃあ伊紗那は?」

 冬馬は首を横に振る。

「あいつも今回ダメなんだ。なんか用事があるとかで」

「でも俺以外にも適任はいるだろう?」

「片方が欠席の場合、もう片方が補充要員を指名できるんだ。幾つか条件はあるが、お前だって成績も悪くないからそれはクリアしてる。それに気心が知れてるのはお前だけなんだよ。な? 頼むよ」

 冬馬は両手を合わせて懇願する。

「……Yes。私も問題ないと考えます。いい機会です。あなたの目指すモノを見てくるといいです」

 そこまで言われると断れない。

「……わかったよ」

 そうしてユウトは冬馬と共に二日後の学統会に出席することとなった。


・2・


 学統会当日。

 場所は幸いにも久遠学園だった。大講堂を貸し切って行われる。

 ユウトはアイロンかけたてのシャツに、夏の間しまっていた久遠学園のブレザーを久々に羽織る。

 冬馬も同様の服装だ。普段はシャツを着崩しているイメージが強い分、今のビシッとした姿はユウトの目には新鮮に映った。これでも一応御曹司だから似合うのは当然か。

「ユウト、俺たちの席は?」

「えーっと。E席だな」

 ユウトはというと、さながら冬馬に付き従う秘書のような感じになっている。


 大講堂に入ると、思わず息を呑む。

 普段学園長のスピーチなどで皆が座る椅子は全て取り払われ、それがより一層講堂内を広く感じさせた。

 中央には円形に配置されたテーブル。それぞれの学園代表二名が続々と席に付き始める。

「……すっげぇ」

「ハハ。何言ってんだ。こんなのただのホームルームと変わんねぇよ」

 これを見てその言葉が出る神経がもはや自分とは違う。ユウトはそう思った。


「ん? 宗像じゃないか」


 突然、背後から声をかけられた。

「あぁ、あんたか」

 冬馬は軽く会釈して声の主に答えた。

「やぁ、一年ぶりだね。元気そうで何よりだ」

 長身でスラッとした体形。整った顔立ち。そして清潔感溢れる爽やかな笑顔。白い制服を着たその少年は軽い挨拶をしてきた。

(この制服って確か……玉選館ぎょくせんかん!?)

 その制服をユウトは知っていた。いやむしろこの島でこの制服を知らない人間はいないだろう。


 玉選館学園。


 イーストフロートの数ある学園の中で、学力、財力共にダントツで頂点に位置する学園だ。

 この学園には入試という制度がない。学園側が常に他校の優秀な生徒をヘッドハンティングするのだ。それでようやく入学資格を得る。故に凡人は一人としていない。まさに選ばれた人間のみが入る事を許された最高峰の学園だ。

「そっちも元気そうだな。神座かむくら

「そちらの彼は……」

 神座と呼ばれた少年はユウトを見る。気のせいか笑顔は絶やさないが、その目は何だかユウトを値踏みしているように見えた。

「吉野ユウト。俺の親友だ」

 冬馬はユウトを紹介した。

「そうか。私は神座凌駕かむくらりょうが。よろしく」

 凌駕は右手を伸ばす。ユウトはそれに応える。


「あー! 冬馬だー!」

 今度は明るい声が聞こえた。見ると、凌駕の後ろから走ってくるショートカットの少女。彼と同じ玉選館の制服を着ている。どことなく顔立ちが凌駕に似ているように思う。

「奏音。走るんじゃない」

「ごめんごめんにぃに。冬馬、久しぶりぃー!」

 元気な少女は冬馬に話しかけた。冬馬は少し困ったように挨拶する。そして次に、快活な少女の興味は隣のユウトに移った。

「キミは……」

「えっ……」

 一瞬、少女の左目が赤くなった気がした。まるでルーンの腕輪発動時の現象のような。だが、もう一度見ると少女の瞳は発光していない。

(……気のせいか?)

「ねぇねぇキミ。名前は?」

「吉野……ユウト」

「うんうん。覚えたよユウト。私は神座奏音かむくらかのん。奏音って呼んでね♪」

「は、はぁ……」

 少女の勢いにユウトは飲まれてしまった。


「ところで、今日は祝さんは来ていないのかい?」

 凌駕は冬馬に尋ねた。

「あぁ、あいつは今回は来ない。代わりにコイツが出る」

「……そうか」

 一瞬、ほんの一瞬だけ凌駕の目つきが変わる。

「にぃに。そろそろ時間だよ?」

「あぁ、悪い奏音。ではまた。宗像、君と祝さんならいつでも玉選館うちに来てくれて構わない」

「チャオ♡」

 奏音はウインクをする。二人はそのまま自分の席へ向かった。



「……」

 神座凌駕の名には聞き覚えがあった。都市内では結構な有名人だ。テレビや雑誌などでも多く取り上げられている。

 幼い頃から秀でた才覚を持ち、ほぼ全ての学問に精通している。ここ数年では毎月のように学会で新たな研究成果を発表しているとか。まさに本物の天才。

「なんか……すごかったな」

 月並みだが、そんな言葉しか出てこなかった。彼の纏うオーラはそこいらの学生の物とはまるで違うように感じた。

 しかし冬馬は、

「そうか? 俺はそうは思わないけどな」

「……」

 ユウトは冬馬を見る。言っている意味がわからなかった。


「強すぎる光ってのは、人には毒だったりするもんさ」


 冬馬はそう言った。

「……はぁ。それよりお前ら二人とも、玉選館から誘いを受けてたのか?」

 ユウトは凌駕の言葉を思い出す。

「あぁ……半年くらい前からな。まぁ断ったけど」

「何で!?」

 玉選館に入るということは人生を約束されることと等しい。誰もが認める。それを蹴るなんてユウトには信じられなかった。

 だが冬馬はこう答えた。

「あそこは堅苦しすぎてなぁ。今みたいにのんびりやってる方が俺には合ってる。たぶん伊紗那も同じ理由なんじゃないか?」

 冬馬はそう言って笑顔を見せた。


***


 神座凌駕はトイレの鏡の前に立っていた。

「……吉野、ユウト……か」

 ふと、冬馬の横に立っていた少年の名を紡ぐ。

 忌々しそうに。

「平凡そのものだな」

 その声は先ほどの好青年とは程遠く、冷たいものだった。

 凌駕はユウトに対して何も感じなかった。


 


「……貴様程度が、彼の横に立つなど許されないことだ」


 凌駕は石鹸で両手を入念に洗い、トイレを出る。

「……どうした、奏音」

 妹である神座奏音は外で凌駕を待っていた。そして兄を見つけると楽しそうに言った。


「にぃに。私、♪」


 その言葉の意図を察し、凌駕は不敵に笑う。

「リーには悪いけど、今回は私が貰っちゃうね♪」


・3・


 元警察官、現在は一時的にフリーター状態のレオン・イェーガーは昼食の買い物を済ませ、両手に食材でいっぱいの袋を持って自宅を目指していた。

 一人だとカップ麺などのインスタントで簡単に済ませてしまうのだが、今は同居人のハンナがいる。小さな子に栄養の偏る食事を与えるのは、レオンとしては避けたいところだった。

 というわけで、今日のメニューはカレーだ。


 ――一時間前。


「ハンナ、昼飯何が食べたい?」

 レオンは洗濯物をたたみながら、少女に尋ねた。

 基本的には炊事洗濯は全てレオンがやっている。だから当然、洗濯をすればその中には女の子用の服や下着もある。これらは雇い主である神凪夜白かんなぎやしろが、ハンナのために一通り揃えて送ってきてくれたものだ。


「……」


 少女は答えない。ずっと壁を背に体育座りでレオンを見ている。


「……」


(……このパターンは何でもよさそうだな)


「……カレー」


「え……」

 小さな声で少女は呟いた。

「……カレー、食べたい」


***


 ――そして今に至る。


(今日のメニューはハンナの要望だ。最高のカレーを作ってやるぜ!)

 レオンは拳を握り、闘志を燃やす。


「……やめ……さい」


「ん?」

 声がした。少女の声だ。

 レオンは周囲を見渡す。だがそれらしいものは見当たらない。

(となると、見えないところか……それなら、あそこか?)

 レオンは目に見える部分を全て排除し、瞬時に声の出所を割り出した。

 警察時代のカンの良さはいまだ健在だ。

 建物と建物の間。小さな小道がある。

 そこを入っていくと、声が近づいた。

(ここだ)


「……助けて」


「ッ!?」

 可能性が確信に変わる。

 レオンは買い物袋を放り投げ、走った。

 三メートルほど先の角を曲がったところでレオンの目に飛び込んできたのは、メイド服の姿をしたプラチナブロンドヘアーの少女。彼女が十人くらいの学生に囲まれている光景だった。

(何故メイド服!? いや、今はそこは重要じゃない!!)

 学生の一人が少女に手を伸ばす。レオンの腕がその手を掴んだ。

「お前ら……何してる!!」


「……」


 レオンは学生一人の肩を掴む。すると呆気なく、彼は態勢を崩して転げてしまった。

「ッ!?」

 だが文句も何も言わずにすぐに立ち上がる。他の連中も、そのことをまったく気にも留めていない。

(こいつら……何なんだ?)

 彼らの目には光を感じない。レオンはとりあえずメイド服の少女を安心させるために声をかける。

「大丈夫だ。お嬢ちゃんは俺が守ってやる」

「……あなたは」

 レオンは向かってくる学生に対して構えを取る。

「……あぁぁぁ」

 だが次の瞬間、学生たちは突然動きを止め、全員一斉に眠るように倒れてしまった。

「……何なんだ?」

 明らかに行動がおかしい。少なくとも正常な思考は働いていない。

(操られてる?)

 催眠術。暗示。そういった類の可能性がある。

 まるで少女を襲うことが叶わなくなって、用済みになったと言わんばかりに。彼らは突然意識不明となった。


「お前!! そこで何をやっているんだ!!」

「え?」

 その時、怒鳴り声が聞こえた。


***


 通報を受けた六条リッカは、都市警務部隊局長という組織のブレイン的な立場にありながら、珍しく事件現場まで足を運んでいた。

 その理由は、


「いつかこうなるとは思ってたよ……」


 通報されたのが元部下だったからだ。

 リッカは手錠をかけられたレオンの肩にそっと手を置き、憐みの視線を送る。

「違う! 俺じゃない!」

「往生際が悪いぞ。お前だって知っているだろう? 犯人クロはみんなそう言うんだ……」

 初めて警察に対して理不尽を感じた。

「……マジですか?」

「……」

 リッカは首を横に振る。

「……弁解の余地は?」

「……」

 首を横に振る。

「……どうしても?」

「……プッ」

 リッカは堪えきれなくなり吹き出した。

「ハハハ!! 何だそれ! そんなもん警察に聞くなよ! ヒィィィ! おかしくって腹痛いわ。安心しろ、冗談だ。すでに襲われた少女から証言は取れているよ」

(この人は……)

 そういえばこういう人だった。

「よくやったな」

 リッカはレオンの手錠に鍵を差し込み、自由にする。

「リッカさん……」

 レオンは感涙にむせび泣いた。

「私がそんなことをするわけないだろう? 部下からも厚い信頼を寄せ、美人局長で通っているこの六条リッカ様が」

「……ハハハ」

(いや、目がマジだったぞ。本当に牢屋にブチ込まれるかと思ったぜ)

「まぁそれは置いといて……何があった?」

「実は――」

 レオンは自分が見たものをリッカに説明した。


 少女を襲おうとした学生。

 皆一様に様子がおかしかったこと。

 そして突然の意識喪失。


 どれも不可解な事ばかりだ。レオンはリッカたちが来る前に、倒れた彼ら全員の意識がないことを確認している。

「一人意識が戻った学生がいた。事情聴取はしたが何も覚えていないらしい。嘘を吐いている様子もない」

「あの、リッカさん。彼らは……」

 レオンは倒れた彼らの心配をしていた。

 彼らのあの目。明らかに普通じゃなかった。そしてレオンにはその普通じゃないことに、一つだけ思い当たる節がある。

(……あれは、魔法だったのか?)

 カンだが、そう思った。

「心配するな。軽く説教して返すさ。元々やつらは近くでたむろっていた素行の悪い連中だったようだしな」

 リッカから不気味な笑い声が聞こえた。

 とりあえずレオンは彼らに向かって手を合わせる。願わくばこれから起こるを耐え抜けるように。



「あの……」

 リッカと別れたすぐ後、襲われていたプラチナブロンドヘアーの少女がレオンに話しかけてきた。

「助けてくれて、ありがとうございました」

「あぁ。お前も無事でよかった」

「私、レヴィルといいます。助けていただいた御恩はいつか必ずお返しします」

「俺はレオンだ。いいよ。子供を守るのは大人の役目だからな。その気持ちだけで十分だ」

 レオンは少女の頭を優しく撫でる。


「ところで無粋な質問かもしれないが、どうしてメイド服なんて着てるんだ?」

「えっと……お手伝いですかね? さっきまで買い物をしていました。そうしたら突然あの人たちが追いかけてきて……」

 レヴィルは彼女の体格より少し大きめの買い物袋を見せる。

(なるほど。母親が仕事着として着せて、そのまま出てきちまったのか……)

「へー。偉いじゃないか。なら今度は襲われないようにまっすぐ帰るんだぞ」

「はい」

 そう返事をしてレヴィルは買い物袋を持って帰って行った。


(ん? 買い物袋?)


「局長、ここに買い物袋が落ちていますがどうしますか?」

「あぁ? あ~、そうだな。とりあえず持って帰れ。一応、証拠品だ」


 ダッ!!


 レオンは全速力で走り出した。


・4・


 九時から始まった学統会は二時間ほどで終了した。

 現在午前十一時半。

 ユウトは頼まれた仕事をやり遂げ、わが家へと戻る。

 やり遂げたとは言っても議会はほぼ神座凌駕の独壇場だった。彼を中心にいろんなことが話し合われ、彼の聞いていて心地良いような言葉に皆一様に頷く。ユウトも冬馬も、実際のところずっと話を聞いていただけだ。

 鍵を差し込み、ユウトは自室の扉を開ける。


「あ、ユウ。お帰り」


 部屋には親友の祝伊紗那ほうりいさながいた。どうやらキッチン周りの掃除をしていたらしい。昼食の準備をするつもりだったのだろう。

「悪い。昼食は俺も手伝うよ」

「いいの。ユウは座ってて。私の代わりに学統会、出てくれたんでしょ?」

 伊紗那はユウトをテーブルに座らせ、お茶を出す。

「ごめんね。迷惑かけて」

「別に迷惑ってほどじゃないさ。それに元々今回は御影が出る予定だったんだろ? お前が謝る事ないって……ってあれ?」

 トレーを抱きしめ、口元が半分隠れている伊紗那がジト目でこっちを見ていた。


「……最近、鳶谷さんとずいぶん仲がいいよね。キスまでしたし……」


 伊紗那は学校では言えなかった不満をぽつりと漏らした。

「ブッ!! ち、違うって。あれはなんていうかその……」

 フフっと伊紗那はユウトの狼狽を見て笑う。

「冗談だよ。でもやっぱりユウには迷惑かけちゃったから。昼食は何でも好きな物作ってあげる」

「じゃあカレーにしよう。そのまま夕飯にも応用できそうだし」

「うん」

 キッチンに戻った伊紗那はすぐに昼食の準備に取り掛かった。

 いつもながら、テキパキと食材を捌いていく。

(……やっぱり悪いな)

 ユウトもキッチンに入り、伊紗那の横に並ぶ。

「やっぱり俺も手伝う」

「もう……いいって言ってるのに」

 そう言う伊紗那は嫌そうな顔一つせずに、人参、玉ねぎ、ジャガイモを切っていく。ユウトは米だ。容器に水を入れ、米を丁寧に研いでいく。


 しばらく水の音と包丁のストンという音だけが鳴っていた。

(ええっと、小さなカップは――)

 手を伸ばす。


「あっ……」


 伊紗那も同じものを探していたのか、二人の手が触れた。

「わ、悪い」

 慌てて手を引くと、皿がユウトの手に当たって落ちて割れてしまった。

 ユウトはすぐに拾おうとするが、

「痛っ……!」

 指先を切ってしまった。

「待って。すぐに消毒液持ってくるから」

 伊紗那は冷蔵庫の上に置いてある救急箱を取る。

 ユウトの指先を丁寧に消毒し、絆創膏を張ってくれた。

「これでよし」

 伊紗那の両手がちょうど胸元のあたりでユウトの指を包み込む。


 目線が彼女の唇に吸い寄せられる。


(……っ!!)

「……ウ」

(何考えてんだ俺!)

「……ユウ」

「な、なに?」

 きょどった声で答えた。

「大丈夫? やっぱり休んでた方がいいよ。お米は後は炊飯器にかけるだけだし」

「そ、そうだな」

 意識してしまう。やはり疲れているのだろう。

 ユウトは伊紗那の言う通り、昼食が出来上がるまでソファで休むことにした。

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