第10話 魔獣の王 -Jormungand-

・1・


「ここは……街、か?」

 アリサに連れられ辿り着いたのは廃墟のような場所だ。周りには明らかに人工的に建てられたと見える建築物がある。相当な年月が過ぎたのか、劣化が激しすぎて今にも崩れてしまいそうだ。まるで戦渦に巻き込まれたようだ。

「この辺りは比較的ゲートが開きやすいです。見つけたらそこを通って帰ってください」

「あぁ、わかったよ」

 アリサは人差し指を立てて、さらに続ける。

「いいですか? 危険ですからここにはもう二度と来ないでください」

「でもアリサだって……」

「私はいいんです。自分の身は自分で守れますから」

 ユウトは腰にしまってある拳銃に目が行く。

(そういえばアリサの魔法って一回も見たことないな……)

「でも、俺はまだ知りたいことがあるんだ。あの仮面の魔法使いだって……なんであいつは俺と同じ魔法を……」

「……仮面の魔法使い?」

 バゴッ! 向こうの角から音がした。柱か何かが崩れたような音だ。

「隠れて!」

 アリサはユウトの手を取って、近くの廃墟に潜り込んだ。

 二人は息を殺す。

 心臓の音がバクバク聞こえてくる。

 この壁一枚隔てた先は魔獣が歩いている。


 しばらくして、

「……行ったみたいですね」

「……そ、そうだな」

 ユウトは少し上ずった口調で言った。

「……?」

 アリサは首を傾げるが、すぐにその理由に気付いた。

 自分が壁に背を預けて座っているユウトに対面で跨るように座っている。

「……ッ!!」

 バッと離れる。だが声は出さない。出せばやり過ごした意味がなくなってしまう。非常にもどかしかった。

「ご、ごめん!」

「……不愉快です」

 アリサはユウトに背を向けそう言った。

「……ん?」

 ふと、視界の端に何か見えた。

「これは……」

 ユウトはその「何か」を手に取る。

「……写真立て?」

 ひっくり返すと、

「え……」


 その時、今度は先ほどの音が可愛く思えるほどの、けたたましい爆音が鳴り響いた。

「今度はなんだ!?」


「そんな……どうしてやつがここに?」

 アリサは見るからに狼狽している。何か知っているようだ。

 ユウトは外を見た。

「うそ……だろ……」

 今まで戦ってきたどの魔獣より圧倒的な質量。存在感。

「……ヨルムンガンド」

 巨魔きょまがそこにはいた。


・2・


 ――ユウトとアリサが大型魔獣と遭遇する三十分前。


「作戦はこうだ」

 はじめは六人全員でユウトとはぐれた場所まで向かう。

 そこで仮面の魔法使いが現れた場合、刹那が相手をする。

 他のメンバーは、タカオはミズキと。ガイは夜泉と御影と。それぞれのペアで探索を続行。感知タイプの魔法使いが一つに固まるわけにはいかないため、こういうチーム分けになった。


 問題は刹那だ。

「刹那、勝算はあるのか?」

 ガイが刹那に聞いた。正直なところここが作戦の要となってくる。

「わからない。ユウトと同じ魔法が使える以上、あれで全部とは言い切れないし……。でも、足止めくらいならできると思う」

 悔しいが仮面の魔法使いは強い。全員でかかっても歯が立たなかった。

 それでもやるしかない。


「じゃあ……くぐるよ?」

 ミズキは裂け目をくぐるのは初めてだ。緊張した面持ちで一歩前に出る。

「どうだ?」

 タカオはミズキに問う。裂け目をくぐる前はその奥を感知することはできなかった。ミズキの頭の中にはそこには何もないという認識になっている。

 だが入ってしまえば、

「大丈夫。見えてる。でも何……これ? 一キロくらい先に大きな魔力が一つ」

「大きな魔力?」

 その大きな魔力が他の反応を塗りつぶしているため、ミズキはユウトたちの正確な居場所を特定できなかった。

「……本当に魔法なんてものがこの世にはあるのね」

「ふふ、ほら科学で証明できないことがまた一つ増えたわ――やめてくれないかしら?」

 御影は夜泉の頬を抓る。

「とにかく急ごう。ミズキ、案内頼む」

「うん」


 しばらく白い森の中を一行は歩いた。この森を抜ければ、さっきの広い崖のある岩場に出るはずだ。

「……おかしい」

「えぇ、おかしいわね」

 ミズキと夜泉、感知タイプ組は口を揃えてそう言った。

「……ミズキ、どうした?」

「変なんだ。これだけ近づけば小さくても魔獣の気配を感じ取れるはずなのに、ここら一帯には

 確かに変だ。さっきまで大きな物音を立てれば湯水のように魔獣が現れていたのに。

「……誰かがここら辺の魔獣を一掃した、とか?」

 そんなことができるのは――


「……来る!」

「えっ!?」


 夜泉の反応にミズキは戸惑う。

 逆神夜泉と賽鐘ミズキはともに感知タイプの魔法使いだが、その能力には決定的な差異がある。


 ミズキの魔法は索敵だけで言えば、周囲の魔力反応を感じ取るレーダータイプ。


 対して夜泉の魔法は未来に起こる危険を予見する予知タイプ。


 その場に魔力反応がなくても、近い将来起こりうる危険であれば、彼女の索敵には引っかかる。

 そして彼女の予知は百パーセント的中する。

 それに気付いた時には周囲に霧が立ち込めていた。


「……霧っ!!」


 この霧は知っている。


 仮面の魔法使いは何もないところからいきなり目の前に現れた。

「……っ!?」

 その手に持った大鎌を迷いなく振り下ろす。


 ガキン!


 伊弉諾の刃がそれを受け止めた。

「待ってたわよ。あんたの相手は私がする!」

「……」

 寡黙な敵対者は鎌にかける力を強める。

「刹那、気を付けてね」

 ミズキは刹那の背中を見て言った。


 手筈通り、刹那が足止め。残りは二グループに分かれた。

(ミズキたちならきっとやってくれる。今私がやるべきこと……ここであいつをどれだけ足止めできるかにかかってる)

「ここから先へは通さない。私の全身全霊をかけてアンタを止めてやる!」

 悔しいが力で圧倒的な差があることを認めなければならない。

 相手はいくつもの強力な魔法を次から次へと駆使してくる。刹那はその一つだって攻略できていない。おまけにまだまだメモリーを隠し持っているはずだ。

 おそらく今の刹那では勝つことはできないだろう。


(だけど、負けないようにすることはできる)

 刹那は言葉を紡ぐ。自ら封を解くように。


「……雷神昇華らいじんしょうか

 

 雷が落ちる。

 伊弉諾を持つ右手から刹那の体に向かって雷が蛇のように巻きつく。

 以前、レーシャとの戦いで使用した脳波の上書き。それのさらに上。


 魔道の武具たる伊弉諾。


 この妖刀は魔力を与えれば与えるほど力を増す。刹那ですら限界を知らない。伝承では過去の使い手で山を斬った者がいると言われているが、定かではない。


 普段喰わせている量の三倍は与えている。欠けた刀身を補うだけに留まらず、伊弉諾の力は刹那の体にも影響を与える。

 魔力のフィードバック。

 

 自身の脳に負荷を与え、人間としてのリミッターを外す。

 痛みを遮断し、筋肉が出すことができる力の制限をなくす。


 何秒持つかはわからない。

 五秒、十秒……いや一分は持つか? 頼むから持ってほしい。

 意識を保っている間は疲労することは決してない。


 力は暴風の如く。速さは雷光の如し。


「……行くわよ」

 嵐が走る。


 両者の刃が再び激突する。


・3・


 その雄々しくも禍々しい巨魔の名は、ヨルムンガンド。

 この真っ白な世界に君臨する魔獣の王だ。


 全長は五十メートルほど。逆三角形に尖った頭。口元から垣間見える無数の牙。巨大な瞳は赤く血走り、蛇のように長い首をもたげ遠くを見ている。ドラゴンと言えば想像がしやすいだろう。


「ユウトさんは近くでゲートを見つけたらすぐにそこから逃げてください」

 アリサは巨魔・ヨルムンガンドから目を離さずに言った。

 彼女はここに残るようだ。

「何馬鹿言ってんだ。俺も残るに決まってるだろ」

 ユウトは答える。

「馬鹿はそっちです! アレは倒せるとかそういうレベルじゃありません。あなたに何ができるんですか?」

「それでも、お前をここに一人で置いておけない」

「……」

 アリサは押し黙る。このままここで口論していても埒が明かない。

「あーもう!」

 アリサは首を左右に振ると、ユウトに向き直る。

「前みたいに絶対に一人で突っ走らないでくださいね?」

「あぁ」



「何か作戦はあるのか?」

 ユウトはアリサに聞いた。ユウトの使えるどのメモリーを使っても、あの巨体にダメージを与えられる気がしない。それほどまでに圧倒的なのだ。

「心配しなくても、ヨルムンガンドが元の世界に進行することはありません。あの巨体ではゲートはくぐれませんから。それに変な話ですがあれはかなり大人しいです。こちらから仕掛けない限りは襲ってきません。問題は後から付いてくる配下の魔獣です」

 アリサはサラサラの地面に簡単な絵を書いて説明する。

 そこにはヨルムンガンドに付き添うように魔獣が描かれている。

「ヨルムンガンドに魔獣が集まるのには理由があります。あの巨体からは常に体に収まりきらない余分な魔力が溢れ出ているんです。他の魔獣はそれに引き寄せられています」

 それは親アヒルに付いていく子アヒルの行進のように。

 親を起点としてこの大行列は生まれている。もし運悪くゲートが開いていれば、そこから大量の魔獣がイースト・フロートのどこかで溢れ出る最悪の事態になりかねない。

「問題は配下の魔獣。魔力を吸って変異した「ヘル」という個体です。こいつらはとにかく頭がいい。ヘルをあっち側に通すのは危険です」

「だったら――」

「ダメです」

 言う前にアリサに却下された。

「大丈夫。方法はあります」

「何かいい方法があるのか?」

 アリサはカバンの中から何かのリモコンを取り出す。

「こんなこともあろうかと以前、ヨルムンガンドの巣に爆弾を仕掛けました。自分の住処を何よりも大切にするやつは必ず元の場所に戻ります」

 そうすれば魔力目当てで張り付いているヘルも芋ずる式にここを去る。という寸法だ。


 ヨルムンガンドはめったに表に出てこない。活動期間が短く、いつも巣で寝ているのだ。

 巣は大きな大空洞になっている。仕掛けた爆弾は決して多くはないが、岩壁の向こうに空間がある場所や水流の流れがある場所。そういった脆い個所に絞って設置してある。一度に爆破すれば、爆破解体の要領で崩壊させることができるはずだ。

「でもそれだと怒って暴れたりしないか?」

「このエリア以外ではなかなかゲートは開きません。分界リンボの中であれば好きに暴れてくれて構いません。むしろ暴れてくれた方が付いてくるヘルを蹴散らしてくれて助かります」

 アリサの言い分はもっともだった。これなら被害を抑えられる。

 だがアリサは難しい顔で続ける。

「問題は、爆破するために私が巣に近づかなければならないことです。ここでは無線は使えないので、有線で起爆しないといけません。ここから急いでも一時間はかかります」

 アリサが指示した場所は、ユウトが流されてきた川をさらに上った場所だった。


 ヨルムンガンドはまだ廃墟に足を踏み入れていない。

 ヘルもまだ白い森の中だろう。だがすぐに先行している個体が来るはずだ。

「だったらアリサは爆弾を頼む。俺は少しでもやつらの注意を引き付けるよ」

 アリサを進めるために、ヘルの注意を自分に向ける。ヨルムンガンドにこれ以上先に進まれると、ゲートが開きやすいこのエリアが魔獣大行列の進行ルートに入ってしまう。そうなれば想像できないほどの被害が生まれる。

「そんな無茶な!?」

 アリサは止めようとするが、ユウトはその手を掴む。

「っ!!」

 籠手が光を放ち、ユウトはアリサから黒いメモリーを生成した。

「やってやるさ」

 ユウトは笑ってみせる。

 怖くないわけじゃない。だけど誰かがやらなければならない。


 なら、自分がやるしかない。


「……無茶はしないでください」

「わかってる」

 その言葉は嘘だ。彼はその時が来たら必ず無茶をする。それがわかっているからこそアリサはこんな状況に巻き込んでしまった自分が憎かった。

「万が一の時のためにこれを」

 アリサは拳銃を一丁ユウトに渡す。これは気休めだ。ヘルは拳銃だけで倒せる相手じゃない。それでも目や足を打ち抜くなり、威嚇だって何でもいい。一パーセントでも彼の生存率が上がるならそれに縋りたかった。

「ありがとう」

 ユウトは拳銃をポケットにしまい、ミズキのメモリーをセットする。

『Raider』

 足に魔力を集中して高く飛んだ。そのまま足裏に魔力のバネを維持したまま、召喚した鳥たちを足場として、さらに空中を駆け上がる。


 それを見て、

「魔力操作……。あの女あんなものまで……余計なことを」

 だが、本当に悔しいことに今回に限っては感謝しなければなるまい。

 アリサはそう言うと、目的地を目指した。



 上空から見ると、すでに魔獣が何体か視認できた。

「あれがヘルか……」

 白い体に鋭い爪。トカゲに近いような印象を受ける。普通の魔獣より細身に見えるが、体格からしてかなり素早そうだ。

 ヘルはこちらに気付いたようで、廃屋の影に身を隠し始めた。

 ユウトは上空から索敵用に三羽、魔力で生成した鳥を飛ばす。

「数は……四、五……っ何!?」

 籠手に映し出されるモニターの画面にノイズが走る。

 飛ばした鳥が全滅したようだ。

(ちっ……確かに頭がよさそうだ)

 ユウトは手近な場所へ降り立ち、新たなメモリーを差し込む。


『Eclipse』


 黒の大弓をキャッチした瞬間、背後から圧を感じた。

(っ!?)

「SHAAAAAAAAAA!!」

 鋭い爪がユウトを襲う。

 ユウトは咄嗟に大弓でガードするが、そのまま後ろにふっ飛ばされる。

 だがまだ終わりではなかった。飛ばされた先にもう一体のヘルが待ち構えている。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ユウトは防御を捨て、待ち構えるヘルに矢を打ち込んだ。

 ヘルは悲鳴を上げ消滅し、ユウトの体は地面に叩きつけられる。

「……まずは一体」

 想像以上にキツい。頭が良いぶん、人間との戦い方を理解している。

 魔獣同士が連携している。今までの魔獣にはなかったパターンだ。

 ユウトはすぐに周囲を見渡す。いつでも撃てるように弓引く構えは解かない。

 何体か物陰からこちらを見ている。だがすぐに移動してしまう。

(囲まれたか……)

 凶刃が音もなく背後から迫る。

「ぐっ……!!」


 避ける。避ける。避ける。


 避けることしかできない。やつらは的確にユウトの死角を突いてくる。

 致命傷こそ避けているが、いつまでも避け続けることはできない。

「こ……のっ!!」

 ユウトは突貫してきたヘルに対し、無理に体を捻る。ギリギリで爪を避け、矢をその体に撃ち込む。

 魔獣は空中で霧散した。

 そのまま近くの廃屋に転がり込み、壁に背を預ける。

「はぁ……はぁ……」

(あと何体いる? 少なくとも三体。確証はない。でも当たれば倒せるんだ。どうにかしてあいつらの動きを止めれないか……)


 ピキッ。亀裂が走るような音。続けて真横から壁が破壊される。

(こいつら壁を破って……!!)

 二体襲ってきた。右のヘルに矢を当てることはできたが、もう一体に右肩を切り裂かれた。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

(三……体目……)

 かなり深いところまで爪で抉られている。勢いはそれほどではないが、血が止まらない。

 大弓を手放したことで魔法は強制解除。

 目の前にはまだ二体。こちらの様子を伺っている。ユウトに攻撃手段がないとわかるとすぐさま襲ってくるだろう。

 ユウトは左手でアリサに貰った銃を構える。狙うのは目だ。利き手ではない左腕で当たるなんて思っていない。だがやるしかない。

 バン!

 銃声が鳴り響く。弾は明後日の方向に飛んだ。掠りもしない。

 本物の銃は初めて撃った。ガイのメモリーで作った拳銃と違い、撃った重みが痛いくらいに体に伝わる。照準がブレる。

 ゆっくりと歩を進める二体のヘルに、ユウトはこれでもかと銃を撃ち続ける。


(……ダメか)


 二体が走り始めた。


 ユウトはキュッと目を瞑る。

 その爪がユウトへと伸びる。


・4・


 電光が走る。破壊が走る。


 刹那と仮面の魔法使いの激戦は大きな洞窟内へと場所を移していた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 刹那の光速の一太刀が仮面の魔法使いを捉える。まさにその瞬間、その体が霧散する。斬撃の余波がむなしく壁を抉る。

(またか……!!)

 どうやらあの霧を操る大鎌。自身を霧と同化させる力があるらしい。つまりは霧そのものが体であり刃なのだ。

 スピードでは勝っている。閉ざされた洞窟内では相手の逃げ場も限られる。しかしさっきからやっとの思いで追い詰めても霧化して逃げられてしまう。

 雷撃を飛ばしても同様だ。

(どうにかして……そうだ!)

 刹那は伊弉諾に魔力を集中させる。そして一閃。強大な魔力の斬撃を放つ。

 もちろん相手は体を霧に変化させ避けてしまう。

 だが狙いはそこじゃない。

「ここ!」

 刹那は両足に巻いたホルダーから四本ずつ杭を抜き、磁力の力で別々の方向へ弾丸のように射出した。

(これで、準備は整った)


 霧は空気の流れによって動く。


(そして空気の流れは磁場である程度操作できる!)

 八本の杭はそれぞれ岩壁に刺さっている。刹那はそれらを頂点として磁場の結界を作り出した。

 立方体の電磁場結界はその体積を徐々に圧縮し、中の霧を追いやる。

 やがてそれが人の形をとり始めると、刹那は再びありったけの魔力を刀に流して、極大の斬撃を飛ばした。


「……っ!!」


 仮面の魔法使いは避けきれず大鎌で受け止めるが、勢いを殺せず壁に叩きつけられた。

「はは……どんなもんよ! 先生の補講がこんなところで役に立つなんてね」

 転校初日から続いた、青子の地獄のような補講の日々。その中の一つに科学実験で磁場による気流操作というものがあった。あの時は難しくて頭を悩ませたが、何度も実験させられて体は覚えていた。恐ろしいことに。まさかこんな形で役に立つとは誰も思ってなかっただろう。


 だが、まだやつの手札を一枚削ったにすぎない。

 仮面の魔法使いは立ち上がり、懐から新たなメモリーを取り出す。


 その時、洞窟内でピーっという電子音が響き渡る。


「「!?」」

 ドカーン!! 激しい爆発が至る所で起こる。何度目かの爆発で岩壁が破壊され、大量の水が流れ込み、天井は崩れ落ちる。

「ちょっ……!! 冗談でしょ!!」

 気付けば仮面の魔法使いはもうどこにもいない。逃げたか?

「あいつ……っ!!」

 刹那もすぐさま体を翻し、出口を目指す。

(もう少し……)

 出口まであと三十メートル。

 足裏に魔力を集中させ一気に加速する。

「がっ!!」

 加速中に落石が背中に当たった。刹那は着地することもできずに倒れこんだ。

(まずい!)

 落石が落ちてくる。恐怖で思わず目を瞑った。


 だが、いつまでたっても痛みはない。

 刹那は恐る恐る目を開けた。

「えっ……」


 刹那がいる場所。

 そこは洞窟の入り口だった。


・5・


 痛みはなかった。

 代わりによく知っている声が聞こえてきた。


「待たせたなユウト」

「……タカオ」


 タカオだ。

 タカオの拳が襲い来るヘルの胴を貫通している。


「ユウト! よかった無事で」

 ミズキもその場に駆けつけた。

「ミズキ! 待て!」

「え……!?」

 残っていたもう一体がミズキに向かった。

 その鋭い牙でミズキの体を引き裂こうとした。

 

 が、そうはならなかった。魔獣はミズキの前で静止し、大人しくなる。

 そのお座りのような格好は、まるでペットの犬のようだ。

「どうなってるんだ?」


「大丈夫だよ」


 これは相違知覚アナザー・センスの応用。自分の感情を一時的に相手の脳に上書きする技だ。洗脳というよりはメンタルセラピーに近い。ミズキが感じる安らぎの感情を魔獣に与えることで、敵意を喪失させたのだ。

「タ・カ・オ。私を戦闘ではお荷物だと思ってた?」

 満面の笑みだが迫力がすごい。

「あ、はいすみません」

「タカオ、ミズキ! よかった。ユウトも無事か」

 遅れてガイたちもやってきた。

「ガイはどうやってここがわかったの?」

「……Yes。銃声の音を聞きつけました」

「うわっ!! って御影?」

「私もいるわよ。ユウト君」

 夜泉はともかく、御影の姿を見てユウトはびっくりする。

「何で御影がここに?」

「……No。話は後です。今はここから脱出することが先決です」

 ユウトは自分の手の中にある拳銃を見る。


 この銃を撃ったからみんなが駆けつけてくれたのか。



「あー。みんな、ノイズが酷いけどまたさっきのが来るよ」

 その言葉に全員が臨戦態勢をとる。

 ユウトもその一人だ。ガイからメモリーを生成し、それをセットしようとしたところで、

「……No。あなたはこっちで治療が先」

 御影に服を思いっきり引っ張られた。

「でも!」

「……No problem。いいから黙りなさい」

 御影が指をパチンと鳴らすと、白い森の奥から三つの影が飛び出す。

「こいつらは……」

 全身鎧で包まれた機械的な白いフォルム。どこかで見覚えがある。

(これって……)

 発電所で戦ったアーロンの鎧姿にどことなく似ている。


「……戦術武装アームド・フォース。戦術AIを積んだ旧型ですがあの程度なら問題ないでしょう」


「うぉぉ! カッケー!」

 タカオが目を輝かせていた。

「……Go」

 御影の合図で三機の戦術武装は同時に発進する。スケート選手のように地を滑走し、魔獣たちに向かう。

「SHAAAAAAAAAAAAA!!」

 AIを積んだ旧型と言っても、人が装着していない分、人間にはとてもできないような動きでヘルを撹乱し、装備したナイフでその首を正確に切り落としていく。

 鮮血が白い機体を赤く染める。


「……すっげぇ」

 この場にいる誰しもがそう思った。そんな言葉しか出てこなかった。

 御影はユウトの右腕を診察していた。

「……腕の方は傷が塞がっていますが、肩の出血が思ったよりひどい。これ以上動かすと失血死しますよ」

「ハハ……」

 安堵から来たのか、体が重い。

(でもダメだ……俺もまだ頑張らないと……)

 ここで寝ているわけにはいかない。

 任されたんだ。

「まだだ……まだ俺にはやることが……やらなきゃ……ヨルムンガンドが――」


 その時、遠くで爆発音が聞こえた。

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