守るべき対象

パナとかいうヨゥロ族の女と、ドーラとかいう大男に、シーパルはついていった。


一応、警護のためにキュイの部下が十人ついていっているので、心配はいらないだろう。


ロデンゼラーの街中で、ラグマの軍人たちを襲うなど、易々とできることではない。


仮に襲撃があったとしても、それだけの人数が壁になってくれるなら、シーパルは全力で魔法を使うことができる。


彼以上の魔法使いなど、この世にそうはいない。


ルーアは、伸びをした。

早起きしすぎたためか、少し気怠い。


部屋に戻り、くつろぐか。そんなことを考えていると、馬蹄の音が耳に入ってきた。


騎馬が、土を蹴立てている。


かなりの勢いだった。

キュイの部下だと見当はつくが、つい剣の柄に手をやり、身構えたくなってしまうような勢いだ。


ルーアとルシタの前で、騎馬は止まった。


「何事でしょうか?」


ルシタが、驚きを隠せない様子で聞く。


騎兵は、下馬すると直立して敬礼した。


「キュイ副将軍より伝達です、奥方」


「……あの人から?」


少数民族が、山を下り陣を敷いて、戦闘態勢をとっているという。


キュイの部隊は、迎撃に出ていた。


「危険を感じたら、すぐに逃げるように。家を守ろうなどと考えるな、とのことです」


(……ん?)


伝令兵が、駆け戻っていく。


見送りながら、ルーアは怪訝に思っていた。


ルシタも、不安そうな表情をしている。


「……どういうことでしょうか、ルーアさん? 今までにも何回も出動はあったのに、遣いの方を寄越してくるなんて、これまでなかったのに……」


「……」


答えることができずに、ルーアは沈黙した。


違和感がある。


戦争が起きる。

キュイの部隊が撃退に向かう。

そこまではわかる。


指揮官の家族が、敵の別働隊に狙われる。

有り得ない話ではない。


ならば、自分たちも別働隊を組織して迎撃するか、他の部隊に救援に向かってもらうかすればいい。


それくらいは、すぐに思い付ける男だろう。


わざわざ伝令を寄越すということは、ルシタが危害を受ける可能性を感じ取っているからだろう。


別働隊を組織しないのは、なぜだ。


危険は、敵の軍が齎すものでないからか。


キュイは、漠然とルシタが危険であると感じているのではないか。


戦争とか敵軍とか関係なく、もっと私的な敵。


昨日、病院で見掛けた姿を思い出す。


ひどく落ち込んでいた。


館に戻った後も、沈んでいる様子が窺えた。


だから、テラントに話を聞くよう促したのだが。


嫌な予感がした。


キュイも同じように、漠然と嫌な予感がしたのではないだろうか。


そして、ルーアの嫌な予感は、いつも当たる。


「ルシタさん、館の中に、戻りましょう」


不安が、頭を擡げてきている。

それを、払拭することができない。


ルシタの背中を押し、館へと戻った。


「あの……ルーアさん……」


「わかりません。わかりませんけど、凄く危険な匂いがします。とにかく、まとまっていた方がいい。オースターとユファレートを、起こしてきてもらっていいですか?」


頼むと、ルーアはデリフィスの部屋へと向かった。


ノックする前に、扉が開く。


すでに、デリフィスは身支度を終えていた。

もちろん、剣も携えている。


「起きてたか、デリフィス」


「……馬蹄の音がした」


鋭い眼付きをしている。

デリフィスも、危険な匂いを感じ取っているのかもしれない。


リビングへと戻った。


程なくして、ルシタがティアとユファレートを連れて戻ってきた。


ユファレートに手を引かれるティアは、緊張感なくふらふらしている。


余程朝に弱いのか、まだ眼が開いていない。


「なにかあった?」


ティアよりは、幾分眼が覚めているようであるユファレートが、聞いてきた。


「……いや、ちょっと説明が難しいんだけど……」


そこで、微かな殺気を感じた。


多分、ルーアよりも早く察知したのだろう。デリフィスが、真っ先に館を飛び出す。


ルーアも続き、そして舌打ちした。


「……こいつらか」


キュイの館は、街の郊外にある一軒家である。

そのため、周囲はよく見渡せる。


館の入り口を囲むように、『コミュニティ』の兵士が向かってきていた。


「……十二人だ」


剣を抜き、デリフィスが言う。


見張られていたのだろう。

そして、キュイの部隊が離れた時機を見計らって、襲撃をかけてきた。


ティアやユファレートも館を出てくる。


ルシタは、玄関から顔を出して、ルーアたちを不安そうに見つめていた。


デリフィスが、駆け出した。

先頭の兵士が剣を振り迎え撃つが、腕ごと斬り飛ばされる。


兵士の一人が、矢を番えた。


「!?」


狙いは、突出したデリフィスではない。


ルーアでも、ティアやユファレートでもない。


咄嗟に矢を叩き落としたルーアの胸中に、怒りが染み拡がる。


矢は、ルシタ目掛けて放たれていた。


(狙いは、俺たちじゃなくルシタさんか!?)


キュイが感じ取った危険は、『コミュニティ』からのものなのだろうか。


『コミュニティ』と、事を構えているのだろうか。


「オースター!」


指示を出しかけた時には、すでにティアは動いていた。


ルシタの元へ戻ると、手を取って館へと駆け込む。


察しが良くて助かる。


これで、眼前の敵に集中できる。

館へ近付かせないように、倒していけばいい。


ユファレートが撃ち出した電撃が、兵士を灼き焦がす。


一塊になっている四人の兵士が、弓を引いていた。

矢の先に、火が点っている。


館を、焼くつもりか。


「ざけんなっ!」


頭に血が上るのを感じる。

ルーアは、腕を振り上げた。


「バルムス・ウィンド!」


荒れ狂う暴風が、兵士三人を吹き飛ばす。


なんとか逃れた一人は、デリフィスの剣に叩き潰されていた。


「ライトニング・ボルト!」


ユファレートが再度放った電撃が、また一人倒す。


勝ち目がないと感じたか、兵士たちが、潮が引くように後退し始めた。


そのまま、散り散りになって逃げ出す。


追おうとして、だがデリフィスは踏み止まった。


兵士たちは、ばらばらに逃げている。


追ったところで、一人か二人しか倒せない。


それよりも、現状を確認することを、優先するべきだろう。


ユファレートと、館に駆け戻った。


デリフィスだけは、周囲を警戒するために玄関の外に残っている。


ルシタは、青冷めて床にへたり込んでいる。


「……ねえ、ルーア」


ユファレートに袖を掴まれ、ルーアは頷いた。

なにを言いたいかは、わかる。


「ああ、ルシタさんを狙ってきたな」


「なんで……」


「そうよ! なんでよ!?」


ルシタを気遣っていたティアが、いくらか声を荒らげる。


さすがに、眠気は吹き飛んでいるようだ。


「……推測だけど」


これまでにあったことを、ルーアは説明した。


外にいるデリフィスにも聞こえるよう、少し声量を上げて。


キュイから、伝令が来たこと。

小規模とはいえ、戦争が起きそうなこと。

キュイが、ルシタの危険を察知しているのではないかと、ルーアが感じたということ。

そして、今し方の襲撃。


真っ先に狙われたのは、ルシタだった。


「多分、だけど……キュイさんは、『コミュニティ』になにかされてる」


「なにか?」


ユファレートが、小首を傾げる。


「脅迫とかの類いだとは思うけどな……」


「じゃあ、ルシタさんが狙われたのは……」


「親しい人間を、ってことだろうな……」


「ちょっと待って、ルーア」


考え込んでいたティアが、顔を上げた。

頬を、汗が伝っている。


「あのさ……じゃあ、昨日の……ユリマちゃんは……?」


「!」


思わず、ルーアは言葉を失っていた。


親しいかどうかはともかく、キュイはユリマのことをひどく気に掛けていた。


財産を手放してまで、彼女の治療費を工面しているのだ。


それを、『コミュニティ』が調査していないとは思えない。


あの病院の警備の杜撰さは、昨日体感した。


知り合いだという嘘が、簡単に通用したのだ。


キュイは、ユリマに対して負い目がある。


そこを衝かない『コミュニティ』ではないだろう。


「……ユリマって、誰?」


「……」


ユファレートの質問が聞こえなかったわけではないが、ルーアは答えられなかった。


どうするべきか。脳は、それを考えることに全力を振るっている。

ティアも、同様だろう。


「主人の、知人の方の娘さんですわ」


答えるルシタを、ルーアは見つめた。


彼女を、守らなくてはならない。

そして、ユリマも。


戦力を分けるしかない。


ここで固まっていては、ユリマが危険である。


全員でユリマの元へ向かう手もあるが、それはそれで危険だった。


キュイの部下たちが一緒ならば、おそらく街中での襲撃はない。


ラグマの軍人という看板は、『コミュニティ』にとっても重いはずだ。


攻撃を仕掛けたら、すぐに小隊くらいは駆け付けるだろう。


逆に、自分たちだけなら、街中はかなり危険だった。


一般人に紛れて、いつ背後から襲われるかわかったものではない。


「……俺が、病院まで様子を見に行く」


しばらく考えたあと、ルーアは言った。


「駄目よ! そんなの、危険すぎる! せめてもう一人……」


反対するティアに、掌を向けた。


「いや、全部俺の思い過ごしかもしれないからな。俺一人でいい」


デリフィスもユファレートも、正確な病院の位置は知らないだろう。


ユリマが襲われる確たる根拠もないのに、何人も連れてはいけない。


ここに、はっきりと狙われたルシタがいるのだ。


「駄目よ! 一人なんて、襲ってくれって言ってるようなものじゃない!」


「わかってる。けどな、オースター……」


「ルーアが行くなら、あたしも行くからね」


「わたしも、そうした方がいいと思うわよ」


ユファレートが、ティアに同意する。


「だけどな……」


ルーアが言いかけると、ノックされる音がした。

玄関にいる、デリフィスである。

みんなが、彼に注目した。


「戦力バランスを考えろ」


いつも、言葉数は少ない。

その分、的確であることが多い。


「……」


確かに、二人ずつに分かれるのならば、ティアを連れていくべきなのだろう。


どちらの二人組も、接近戦にも遠距離での魔法戦闘にも対応できる。


そして、ティアは病院の位置を知っている。


ルーアは、溜息をついた。

納得してしまったのである。


「……わかった。オースター、ついてきてくれ」


「うん」


「襲撃は、あると思えよ。俺とはぐれたら、ここか病院か、近い方へ向かえ」


「わかった」


ティアに言い終えると、ルーアはユファレートとデリフィスに眼をやった。


「さっきの襲撃は、多分様子見だ」


また、来るだろう。

今度は、もっと危険な相手が。


ユファレートの表情に、緊張が走る。

デリフィスが、無言で頷く。


「ルシタさんを頼む。行くぞ、オースター」


守らなくてはならない対象が、複数ある。

そして、離れた場所にいるのだ。

だから、戦力を分断せざるをえない。


危険ではある。


信じることだ。

自分に、ルーアは言い聞かせた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


キュイの館から、東へ約八百メートル。そこに、ちょっとした森があった。

大勢を隠すには、丁度いい。


ダンテ・タクトロスは、森の中に二百を超える『コミュニティ』のメンバーを集めた。


最大の目的は、王宮にある『ヒロンの霊薬』の奪取である。

すでに、下準備は整っていた。

決行は明後日。


今日、ここにメンバーを集めたのは、キュイの妻を押さえ、ルーアたちを潰すためだった。


キュイは、戦略上それ程重要な人物ではない。


味方に引き込まなくても、『ヒロンの霊薬』は奪える。


だが、味方につけられたら、ほとんど犠牲を出さずに済むだろう。


ルーアたちを血祭りに上げる。

これは、明後日のための景気付けの意味が強かった。


『ヒロンの霊薬』の奪取のため、二千を超える『コミュニティ』のメンバーが街に潜伏している。


彼らに見られているのだ。

鮮やかに勝たなければならない。


森の中には、ズィニアもいた。

だが、彼に手出しをさせるつもりはなかった。


今のところ、口出しもしてこない。


ただ、半笑いになって、こちらの様子を見ているだけである。


ダンテは、ズィニアが嫌いだった。


本来は、ザイアムの指揮下にいる男である。


だが、ズィニアは明らかにクロイツに気に入られていた。


そして、クロイツの私的なエージェントのような立場を手に入れていた。


クロイツには、いくらでも部下がいる。

ダンテもそうだった。

そして、ズィニアほど信頼されていない。


だから、ズィニアには嫉妬のような感情を持っている。


頼るつもりはなかった。

元々、信用していい男ではない。


アスハレムでは、ラシィ・マコルの依頼を受け、だが放棄している。


そのため、ラシィの計画は狂い、変更を余儀なくされた。


マナ族が動き、キュイの部隊が出動した。


これは、ダンテの計画外のことだった。


マナ族にはずっと工作していて、動き出すのは明後日のはずだった。


どこかで、連絡の齟齬があったのか。


マナ族だけが単独で動いても、あまり意味はない。


おそらく、キュイの部隊に蹴散らされるだろう。


他の少数民族も、同時に蜂起してもらわなくては。


だが、動いてしまったものは、仕方ない。


せめて、目一杯この状況を活かすことだ。


ルーアたち一行六人のうち、二人は外出していた。

キュイの部隊も、出動している。

絶好の好機に思えた。


適当に選抜した兵士十二人を、キュイの館へ向かわせた。


まずは、瀬踏みである。

多少の死に兵を気にしなくていいだけの戦力はある。


あるいは、外出したのは素振りだけで、二人が戻ってくるかもしれない。


可能性としては低いが、キュイの部隊が引き返してくることも、有り得ないことではない。


あの部隊は、精兵だった。

四百が、実に一千には匹敵するだろう。


今いる二百の手勢では、不意を衝いても勝てない。


キュイの館へ向かわせた兵士十二人は、瞬く間に半数以上を倒され逃げ帰った。

強い。だが、予想以上ではない。


そして、テラント・エセンツやシーパル・ヨゥロ、キュイの部隊が戻ってくる気配はなかった。


間違いなく、ルーアたち四人を殺せる。


そして、キュイの妻を捕らえられる。


手足の一本くらいは、もいでもいいだろう。


キュイには、いい脅しになるはずだ。


圧倒的人数で、一揉みにしてやる。


ダンテは、突撃の指示を出そうとした。


報告があったのは、そんな時だ。

ダンテは、驚愕を隠せなかった。


王宮には、五千本を超える『ヒロンの霊薬』がある。


その管理、警備、運搬に携わるほぼ全員が、担当を外されていた。


代わりについた者は、ダンテが知らない者ばかりである。


(……どういうことだ!?)


管理や警備に当たる何人かとは、話がついていた。


彼らの協力があれば、『ヒロンの霊薬』の奪取ができたはず。


その思惑が、瓦解した。


計画を、練り直す必要がある。

幸い、こちらの戦力は豊富だ。


だが、さらに報告が入ってきた。


街に潜伏している『コミュニティ』のメンバーが、次々と捕縛されているという。


「馬鹿なっ!?」


ダンテは、声を上げていた。

ズィニアは、薄笑いを浮かべている。


(……ベルフ・ガーラック・ラグマ!)


世界最大の王国の王。

最も覇者に近い男。


甘い相手ではないとわかっていたが、まさかこれ程とは。


全てを見透かされている気分だった。


まるで、クロイツとチェスの対局をしている時のようだ。


(いや、それとも……)


誰かが、ラグマ王国に手を貸してないか。

あまりに、的確で迅速すぎる。

クロイツに匹敵する、誰か。


思い付くのは、リーザイの亡霊くらいだが、彼は数日前にリーザイで目撃されたばかりだと、報告を受けている。


ともかく、まずい状況になった。


次々と報告が入る。

うるさく感じられるほどだ。


軍が出動して、この近辺まできていた。


普通に考えればキュイの部隊への増援だろうが、いきなり方向転換して、こちらへ向かってはこないか。


計画を潰され、仲間が捕縛されていく今では、悪い可能性ばかり考えてしまう。


(……負けた)


静かに、ダンテはそれを認めた。

計画が瓦解したことを認めなければ、次の手は打てない。


「ラフ、トンス」


最も信頼する二人の部下を、呼んだ。


「俺は、アジトに戻る。こうなった以上、現在所持している『ヒロンの霊薬』だけは、死守しなければならん」


商人などが隠し持っていた『ヒロンの霊薬』を、ダンテの指示で強奪していた。

それは、百本にもなる。


政府がそれを知れば、必ず回収にくるだろう。


「ラフ、お前は、俺とこい」


ラフの能力は、ダンテの能力と相性が良い。


二人で協力すれば、何十人が相手でも戦える。


女と勘違いしてしまいそうな顔立ちをしているラフが、こくりと頷いた。


「兵士は、目立たぬよう少しずつ街へ帰し、アジトへ向かわせる。その指揮は、お前が執るのだ、トンス」


「わかった」


どこに気力があるのかわからないような、茫洋とした雰囲気をしているが、トンスの指揮能力はなかなかのものだった。


自分がいない場面では、大抵トンスに兵士を預ける。


奇襲なども得意としているので、隙があればルーアたちを討ってくれるだろう。


「よし、いくぞ」


「はい」


ラフが、ぴたりとついてくる。


立ち去る前に、ダンテはズィニアを一瞥した。


彼は、薄笑いを浮かべたまま、ダンテを見つめていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


マナ族は、一応陣を組んではいたが、それ程固いとはキュイには思えなかった。


二度三度と騎馬隊で突っかけてみたが、力無く矢が返ってきただけである。


簡単に崩せる。キュイは、そう判断した。


百の援軍が到着して、四百が五百の軍になったところで、キュイは仕掛けた。


まず、矢避けの盾を持たせた歩兵を、前面に出した。

百の騎馬隊は、その後方である。


矢が降り注いでくるが、ほとんど犠牲は出ていない。


ある程度距離が詰まったところで、キュイは愛馬のロンの腹を締めつけた。


歩兵部隊の中央が割れ、そこを騎馬隊が駆け抜けていく。


騎馬隊の先頭は、一列の縦隊だった。

途中からは、二列である。


それで、ほとんどの矢をかわせる。


敵とぶつかった。


騎馬隊が、まるで錐のように敵軍に穴を穿っていく。

錐の先端は、キュイだった。


先頭で槍を振り回し、敵兵を打ち倒していく。

敵軍の背後に、突き抜けた。


キュイは、手綱を引いた。


単騎になっている。

部下たちにもいい馬が与えられているが、ロンほどの馬はそうはいない。


呼吸にして、四つほど待った。

騎馬隊が、次々と敵中を抜けてくる。


ほとんど、欠けてはいないようだ。


二つに分断した敵軍に、それぞれ歩兵が掛かっている。


一箇所、堅固なところがある。

そこが、敵の本陣だろう。


キュイは、槍を頭上に掲げ、雄叫びを上げた。


騎馬隊を一塊に纏めると、先頭で敵の本陣へと突っ込む。


風が、全身を打つ。

全速力でロンを駆けさせると、まるで白い稲妻に跨がっているような気分になるのだ。


一息で、敵軍を突き破った。

歩兵にも、集中的に本陣を狙わせた。


馬を返し、再度本陣を突き崩す。

さすがに、敵も纏まっていられなくなった。


一番堅固な本陣が崩されたのだ。

散を乱し、敵兵が逃亡しだす。


「追い撃ちを掛けるぞ! 私に続け!」


キュイの叫びに、部下たちが呼応する。


追撃は、厳しくしなかった。

刃向かう者には、容赦しない。

逃げたい者は、逃げればいい。


いずれは、ラグマ王国の民として迎え入れなければならない者たちである。


殺し尽くす戦い方は、不要なのだ。


マナ族は、山へと逃げていった。


キュイは、部隊を止めた。

山からの逆落としに備えて、陣を敷く。


取り敢えずは、山を下ったら迎撃するというのを、わからせればいい。


援軍を率いてきた部将は、山中に攻め入るべきだと進言してきたが、却下した。


山中の戦いと平地の戦いは、まったくの別物だった。


山を本拠とする部族相手である。


この人数で山へ踏み入るのは、自殺行為に等しい。


それに、ここからは外交官の仕事だった。


マナ族は、宣戦布告もなくラグマ王国の領土に攻め込み、一方的に打ち破られたのだ。


ラグマ王国には、外交上有利に働く事実だろう。


やがて、後続の部隊が到着した。

率いているのは、他の副将軍である。

キュイよりは、上の立場となる。


その部将に指揮権を預け、キュイは自分の部下たちだけを率いて引き返した。


元々、王都南西の守備部隊であり、攻め入るための軍ではないのだ。


(勝ったな……)


拍子抜けするほど、呆気なく勝利した、と言ってもいいだろう。


これで、ルシタやテラントたちが無事ならばいいのだ。


嫌な予感は杞憂であり、予感だけで終わることになる。


キュイは、部隊の進軍を急がせた。

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