朝が動き出す

早朝というには、まだ薄暗い。

テラントが目覚めたのは、そんな時間帯だった。


やけに、脳がはっきりとしている。


居間に出ると、すでにルシタは起きていて、朝食の準備を始めていた。


一人分足りない。


キュイは、もう出掛けていた。

部隊の元へ向かったらしい。


数日不在にしていたため、気になったのだろう。


テラントも、外へと出ることにした。


ルシタが食事を持たせようとしたが、それは断った。


荷物を持ち歩くのは、好きではない。


腹が減ったら、その辺の飲食店で適当に済ませればいいだろう。


いつもよりも早く出ても、やることはそれほど変わらない。


複数の情報屋と接触し、ズィニアのことを捜してもらう。


その前に、テラントは公園を訪れた。


カラの娘であるユリマが入院している病院の、近くの公園である。


昨日、キュイがズィニアと接触した場所でもある。


いくつかあるベンチの、一つに腰掛けた。


都合良く遭遇できるなどとは考えていない。


ただ、足跡を追うことで、視えるものがあるかもしれない。


足を引きずるような、だらし無い足音がした。


小汚い浮浪者然とした格好をした男が、馴れ馴れしい笑みを浮かべて、隣へと腰掛ける。


「見付けましたぜ、旦那ぁ」


汚い歯を見せながら、言ってきた。


「……よくここがわかったな」


知っている顔だった。

だが、名前は知らない。

接触している情報屋の一人だった。


最近台頭してきたばかりだと言うが、その情報はかなり正確である。


ロデンゼラー南西にある、ゴミ処理場の裏手に住んでいることから、『ゴミ捨て場』という通称を持っていた。


情報は、金になる。

そして、時に危機を呼ぶ。


名前を隠す情報屋は、少なくはない。


「昨日、ここにズィニア・スティマが現れた。旦那なら、絶対ここに来ると思ってたんで」


「……さすがに耳が早いな」


「それが仕事なんで」


照れたように笑う。


「なにかわかったか?」


情報屋が接触してくる。

売りたいような情報があるということだ。


テラントの目的を、『ゴミ捨て場』は知っている。


「ズィニア・スティマ当人のことじゃないですけどね」


前置きして、懐から紙束を取り出す。


「この街に巣くう、『コミュニティ』の主要メンバーのリストです。名前、特徴、拠点……必要なことは全部揃えたつもりです。この中の誰かと、ズィニア・スティマは接触した可能性があるわけで」


「……多いな」


「この街に集まってきてますね。目的は……」


「……王宮にある、『ヒロンの霊薬』か」


「さすが旦那」


ズィニアがキュイに接触した理由も、『ヒロンの霊薬』にある。


ただし、表向きの理由かもしれない。


ともあれ、他の『コミュニティ』のメンバーの目的が『ヒロンの霊薬』にあるのならば、尚更ズィニアが干渉している可能性が高い。


『ゴミ捨て場』の手元にある紙束を、テラントは見遣った。


欲しい。

だが、余り物欲しそうにすると、足下を見られるだろう。


「……いくらだ?」


「十万」


「……」


テラントは、片眉を上げた。

その十倍の値段は、吹っ掛けられると思っていた。


「ただし、条件付きの値段です」


眼の奥を、『ゴミ捨て場』は光らせた。


「条件?」


「旦那の意見が聞きたい。なにしろ、旦那ほどラグマ政府と『コミュニティ』に関わり続けた人間も、そうはいないわけで」


「なんだ?」


「……大勢の『コミュニティ』のメンバーが、ロデンゼラーに潜入してます。王宮にある五千本の『ヒロンの霊薬』を奪うために」


「ああ」


「果たして、『コミュニティ』の目論見通りいくのか。……旦那は、どう思いますか?」


「……それに答えるだけで、十万ラウで売ってくれるのか?」


「ええ」


旨い話である。

多分、『ゴミ捨て場』にとっても、旨い話になるのだろう。


「……まず失敗すると思う」


しばらく考えてから、テラントは言った。


面白そうに、『ゴミ捨て場』が頷く。


「王は、世界最大の王国ラグマに、長年君臨し続けた。それは、伊達じゃねえ」


軍事も民政も行う王だった。

才知に長け、思慮深く狡猾でもある。


『ヒロンの霊薬』に関する政策も、勝算があってのことだろう。


『コミュニティ』の妨害も、予測のうちなはず。


五千本もの『ヒロンの霊薬』を奪うなど、到底無理なことだとテラントには思えた。


「ふふぅん……」


『ゴミ捨て場』が、にやにやとする。


「……旨い話になりそうか?」


「必ず失敗するという前提があれば、情報の意味が全然変わりますからねえ……。売る相手によっちゃ、何倍もの値になるわけでして。旦那にサービスした分くらいは、すぐに取り返せそうです」


「お互いに満足できる取り引きだったってわけだ」


テラントは、膨れ上がった財布を取り出した。


情報屋と会う時には、予め金の用意はしておく。


即金でなければ、情報を売らない情報屋は多い。


時間の経過次第で、情報の価値が変動することが多々あり、代金を払い渋る者がいるからだ。


テラントは、情報屋と接触する時はいつも、大金を持ち歩いていることを悟られないように注意していた。


値を吊り上げられてしまうことが多い。


十万ラウを取り出し、『ゴミ捨て場』に渡そうとした。


だが、『ゴミ捨て場』は金を受け取る前に、また眼を光らせた。


「……旦那。是非とも売りたい噂があるんですがね。良ければ、こっちもどうですか? 二万ラウになります」


「噂だと?」


情報ではなく、噂と言った。

確定していることではない、ということである。

それに、二万ラウを請求する。


「どういうことだ?」


「まだ裏が取れてないことを売り物にするのは、本意ではないですが。どうも裏を取る前に、無価値になりそうな話なので。でも、旦那にとっては価値ある話ですよ。売れる時に売っちまおう、と思いましてね」


「……」


テラントは、『ゴミ捨て場』の眼を見つめた。


この男の情報屋としての腕は、確かなものだった。


「……いいだろう」


軽く逡巡したあと、テラントは二万ラウを追加した。


『ゴミ捨て場』が、笑って受け取る。


「毎度」


渡してくる紙束。

それを、『ゴミ捨て場』は指した。


「それにも載ってるダンテ・タクトロスって奴ですけど」


声を潜める。


「『ヒロンの霊薬』百本を、隠し持っているとか」


「……!」


「これはまだ、政府も知らない話です。勘のいい旦那なら、なにを言いたいかわかりますよね?」


政府が知ったら、ダンテ・タクトロスとやらを潰しにかかるだろう。


だが、もしその前に、テラントが『ヒロンの霊薬』を奪ってしまえば。


病院を、眺めた。


『ヒロンの霊薬』があれば、『サット症候群』に苦しむユリマを、救うことができる。


私用が発覚してしまえば、反逆罪として死刑である。


それは、発覚する前に、『ヒロンの霊薬』を政府へ渡せばいい。


百本ではなく九十九本だった、と言って。


テラントは元々、ラグマ王国の将軍だった。

政府高官に、知り合いは多い。


力になってくれる者の顔が、ちらほらと浮かぶ。


問題もあるが。


(キュイには、知られないようにしないとな……)


ユリマを救うためとはいえ、国を裏切る行為である。


融通の利かないキュイは、納得できないだろう。


「いい話を聞かせてもらった。二万じゃ足りないくらいだな。まあ、上乗せする気はないけど」


「こちらも、要求はしませんよ。なにしろ、まだ噂の段階ですから。蓋を開けてみたら、持っていなかった、ということも有り得るわけで」


「わかってる」


「では、これで。今日は、いい取り引きができました」


「お互いにな」


『ゴミ捨て場』が、笑って立ち去る。


見送ってから、テラントは資料をめくった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


人気のない、裏路地へと入った。


誰にも見られていない。

そして、誰にも視られていない。


確認して、『ゴミ捨て場』は息をついた。


「上手く活用してくれたまえよ、テラント・エセンツ」


ルーアの守護者として、彼はクロイツに意識されているだろう。


(ビビラの地下迷宮だったな。クロイツとソフィアは)


ストラーム・レイルを、ライア・ネクタスの守護から外すことはできない。


だから、クロイツの作業を妨害することができない。


ストラーム級の戦闘力がある者がもう一人いれば、間違いなくビビラに派遣しているが。


そして、作業に忙殺されていても、クロイツは数時間後か数日後かには、知るだろう。

テラント・エセンツと接触した者がいると。その会話の内容まで、知る。


本来の姿では会えない。

こんな、回りくどい方法を取らなければならなかった。


『ゴミ捨て場』という情報屋が、格安で情報をテラント・エセンツに売ったとしか、クロイツは認識できないはずだ。


テラント・エセンツに、金銭的余裕はない。


金を取りたくはなかったが、さすがにそれではクロイツに悟られる。


「ランディ・ウェルズは、命と時間を引き換えに、そして、誇りと名誉を汚してまで、『コミュニティ』に打撃を与えてくれた……」


彼は、生涯最後の旅で、『コミュニティ』に資金提供している者を斬っていった。


世間に、凶悪な殺人鬼と思われてまで、戦い抜いた。

それを、無駄にしてはならない。


『コミュニティ』の財政は、逼迫している。


『ヒロンの霊薬』を大量に入手してしまえば、財政難は解決してしまうだろう。


ルーアたちに、そして、ラグマの王ベルフ・ガーラック・ラグマに、ダンテ・タクトロスの計画を潰してもらう。


テラント・エセンツが言うには、『コミュニティ』の計画はベルフ・ガーラック・ラグマにより失敗するという。


確かに、ベルフは老練だった。


それでも、忠告くらいはしておいた方がいいかもしれない。


「……久しぶりに、会ってみるか」


誰にも見られていない。

そして、誰にも視られていない。


確認して、彼は浮浪者然とした、『ゴミ捨て場』の姿を変えていった。


白い頭髪。白い肌。白い衣服。

純白ではない、より深い白。


エス。

それが、彼のコードだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


シーパルは、台所の床に座り込んでいた。


眼の前には、割れた皿の破片が入った、たらいが置かれている。


シーパルは、それに手を翳して魔力を流し込んだ。


物質修復の魔法。


同じ皿の破片を選別して、一つ一つを結合させていく。


「こんなものですかねえ……」


直った皿を手に持ち、窓から入る朝の光に当てる。


亀裂などなく修復できているようだ。


「魔法って、すごいですねえ……」


洗濯物を抱え眺めていたルシタが、感嘆の声を上げた。


「ありがとうございます。助かりますわ」


「いやぁ……礼を言われますと、なんと言いますか……」


大量の皿を割ったのは、調理中に混乱したティアである。


こちらの責任なので、感謝の言葉を言われると、恐縮してしまう。


「……と、とにかく、責任持って全部直しますから」


なぜか少し焦りながら、シーパルは言った。


「お願いします」


笑顔で頭を下げ、ルシタが出ていく。


今日は天気がいい。

洗濯物も、よく乾くだろう。


気を取り直して、シーパルはまた物質修復の魔法を発動させた。


一枚一枚、丁寧に皿を直していく。


足音がした。

欠伸をしながら、ルーアが台所に入ってくる。


「雪でも降るんですかねえ……」


「……どういう意味だ」


まだ、時刻は朝の六時前というところか。


ヨゥロ族として一族と山中で暮らしていた時は、日の出と共に起き、日の入りと同時に床に就くことが多かった。


だから、シーパルにとって早起きは苦にならない。


だが、ルーアがこんな時間に起床するのは非常に珍しい。


「……朝に弱いのは、オースターだろ。俺はただ、惰眠を貪るのが大好きなだけだ」


胸を張って、駄目な発言をするルーア。


「それで、なんでまた起きたんです?」


「……いや、なんもないけど。なんか眼が覚めた」


「今朝は、早起きさんが多いですねえ……」


「ん?」


「テラントなんか、僕が起きる前に出掛けたみたいですよ。キュイさんも」


「ふ~ん……」


「一番の早起きは、ルシタさんでしょうけどね」


皿を全て直し終わり、床に並べてみる。

きちんと修復できているようだ。


「……よし!」


「……甲斐甲斐しいなあ。いいお嫁さんになれるぞ」


「……お嫁さんには、なれません……」


ルーアの惚けた発言は受け流し、シーパルは皿を台所へと置いた。


ルシタが、あとで洗ってくれるだろう。


背後で、ルーアが咳払いをした。


「……なんか、いつもありがとな、シーパル」


「……」


唐突にそんなことを言われ、シーパルは内心驚いていた。


「……どうしたんですか、ルーア? そんなこと言うなんて、気持ち悪い……」


「気持ち悪いってな……」


呻くと、ルーアは頭を掻いた。


「……いや、なんか皿を直してるのを見てたら、ふと思ったんだよ。ヴァトムでぐちゃぐちゃにされた俺の左腕が、今、まともに動くのも、ヤンリの村で全身斬り刻まれたテラントが生きてるのも、アスハレムでユファレートの両腕がちゃんと治ったのも、お前が治療してくれたお陰だよなって」


「……」


益々もって気持ち悪い。


「なにか悪い物でも食べました?」


「……いや、だからな……ん?」


窓に眼をやったルーアが、訝し気な声を出す。

向かってくる者たちがいた。


キュイの部下だろう、四人の軍服を着た男たち。


そして、囲まれて連行されるように、二つの人影。


女性かもしれない。

片方は小柄だった。


フードを目深に被っているため、顔はよく見えない。


身振り手振りを交えて、なにやら喚いているようだ。


もう一人は、かなりの巨漢だった。


キュイの部下たちも鍛え上げられているため、かなり屈強な体つきをしているが、それが小さく見える。


髭面の、まるで熊のような大男。

こちらは、静かに歩いている。


見覚えがある男だった。


「……ドーラさん?」


「知り合いか?」


「ええ。少しだけですけど……」


外に出た。

ルーアも、ついてくる。


喚き声が、はっきりと聞こえるようになった。

女性の声である。


「だから、何度も言ってるだろ! 知り合いに会いに来ただけだって! あたしたちは怪しいモンじゃないって!」


フードを目深に被り、マスクを着用し、季節外れのマフラーで顔を隠したその女性は、自分たちは怪しい者ではないと言い切った。


聞き覚えのある声である。


シーパルに気付いた女性が、こちらを指してきた。


「あっ! あいつだよ、あいつ!」


(……この声)


シーパルは、六人へと駆け寄っていった。


女性が、フードを外し、マスクをずらす。


短い緑色の頭髪、そして、青白い肌が顕わになった。


シーパルと同じ、ヨゥロ族。

ただし、彼女は同族に迫害され、追放されたヨゥロ族だった。


右眼の下から顎先まで、かなり深い古傷がある。

それは、彼女が受けた虐待の証。


傷だけでなく頭髪も隠しているのは、自身がヨゥロ族だったことを忌み嫌っているからかもしれない。


「パナ! ドーラさん!」


「久しぶりだねえ、シーパル」


パナが言い、ドーラが鷹揚に頷く。


彼らとは以前、ヤンリの村で知り合った。


ヨゥロ族が襲撃された経緯を調べるために、シーパルは生き延びているヨゥロ族を捜していた。


その時に、パナの存在を知ったのである。


パナは追放されたヨゥロ族で、ヤンリの村で薬師を営んでいた。


ドーラは、狩人である。


パナは二十歳ほどで、ドーラは四十歳くらいだろう。


年齢差があり種族も違うが、二人は夫婦だった。


ロデンゼラーに用事がある、とは言っていたが。


「確かに、二人は僕の知り合いです。危険な方々ではありませんよ」


キュイの部下たちに告げる。


別に乱暴はされた様子はないが、信用されなかったことが腹立たしいのかもしれない。

パナは、キュイの部下たちに舌を出していた。


「お二人とも、よく僕がここにいるとわかりましたね」


「旅のヨゥロ族がどれだけ目立つか、あんたわかんないのかい?」


「パナ、それよりも……」


ドーラに催促され、パナは頷いた。


「そうだね。あんま時間もないし。シーパル、あんたに会いたいって人がいるんだ」


「……僕に?」


「多忙な人でね。だから、代わりにあたしたちが迎えに来た」


「ちょっと待ってくださいよ。いきなりすぎて、なにがなにやら……」


ルーアやルシタに眼をやると、彼らはぼんやりと静観していた。


シーパル以上に、事情はわからないだろう。


「別に無理から連れてくつもりはないけど、あの人に会わなかったら、あんた後悔すると思うよ」


「……どういうことです? その、あの人というのは?」


「細かいことは、移動しながらおいおい説明してくけど……そうだね、ヨゥロ族ではなく、ヨゥロ族を追放された者でもない。でも、誰よりもヨゥロ族を知る者、て感じの人かな?」


「……誰よりも?」


「そうさ! あんたよりも、パウロよりも。あの人なら、ヨゥロ族になにがあったか、なんで攻撃されたかも、知ってるさ」


「……」


従兄弟であり、ソフィアに殺害されたパウロの姿が思い浮かんだ。


ヨゥロ族の、全てを知っている者がいるというのか。


秘匿についても。


ルーアに再度眼をやると、彼はひらひらと手を振っていた。


「……行きます。案内してください」


唾を呑み下し、シーパルは頷いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


部下の報告に、キュイは耳を疑った。

自分の部隊の、軍営の中である。


マナ族が山を下り、平地に軍を展開。その数、およそ一千。

それが、報告だった。


キュイの部隊は、ロデンゼラー南西の山中で暮らす、ラグマ王国に帰順していない少数民族への備えである。


だが、実際に攻め込まれることは、ここ数年なかった。


外交官の尽力により、戦争となることは避けられていた。


それが、なぜ突然陣を構えるのか。


マナ族とは、比較的交渉が上手く進んでいたはずだ。

それが攻めてくる。


マナ族は、五千ほどの民族だったはずだ。


一千は、ほぼ全戦力と考えていいだろう。


独力で、ラグマ王国に敵うはずがない。


背後に、なにかいる。キュイは、それを感じ取っていた。


ズターエ王国か、ザッファー王国か、ホルン王国の陰謀か。


武具の手当てくらいは、約束されているかもしれない。


キュイは、出動の命を出した。

そのために、この地に駐留していたのである。


キュイの部隊は、総勢四百だった。


一千が相手ならば、全軍を出さないわけにはいかない。


それでも、簡単に蹴散らせる自信があった。


山中の戦いならいざ知らず、平地での戦いならば一千が二千でも破ってみせる。


王宮への報告のために、二騎の伝令を出した。

ついでに、援軍の要請もする。


マナ族の背後関係が見えない。

なにが起こるかわからないのだ。


蹄が癒えた愛馬のロンに跨がり、ふとキュイは思った。


自分と自分の部隊がここを離れることにより、都合が良くなる者と悪くなる者がいる。


ズィニア・スティマと、テラントたちの姿が脳裏に浮かぶ。


マナ族を操っているのは、『コミュニティ』ではないのか。


キュイの部隊に、テラントたちは守られている格好だった。


こうして引きはがされることで、彼らの身に危険が迫るかもしれない。


(……それとも、私が目的か……?)


昨日のズィニアとの会話を、思い出していく。


キュイを揺さ振ることが目的ならば。


はっとする。


狙いは、ルシタである可能性もあるではないか。


伝令を、自宅にも走らせた。


(……無事でいてくれ)


今すぐ、駆け戻りたい。

だが、それはできない。


軍人なのだ。そして、敵がいる。

家族よりも優先しなければならないものが、軍人にはある。


キュイは、部隊を進軍させた。

槍や甲冑が朝の光で鮮やかに輝き、眼に眩しいほどだった。

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