雄叫び

倉庫から、ティアとエミリアが泣き喚く声が聞こえる。


「ルーア! テラント! どうしよう……どうしよう、サンが!」


「……うるっせえ!」


ティアの叫びに、ルーアが怒鳴り返す。


「落ち着け!」


テラントも怒鳴った。

二人に言ったつもりだ。


「……ティア。サンの脈はあるか」


振り向く余裕はない。

背中越しに聞いた。


「……ある……あ、あるよ……」


「呼吸はしてるか?」


「……うん。けど……苦しそうで……」


「意識は?」


「……ある、けど……でも……わかんないよ……」


また、泣き出す。


「……助けてあげればいいじゃないか」


ラシィが言った。

探るような暗い眼付き。


サンに死なれたら、ラシィたちも困るはずだ。


だから、怪我の具合は気になるはずだ。


そして測っている。

どれだけ治療を後回しにしていいか。


ルーアが舌打ちした。


促されて治療に向かうほど、愚かではない。

ラシィに背を向けたら、殺されるだろう。


そうなったら、テラント一人ではこの場を支えられない。


当然、ティアもエミリアも殺される。


サンだけ助かり、そしてサン・アラエルとして利用される。


「……てめえらを潰した後、ゆっくりと治してやるさ」


ルーアが、声を低くして言った。


対峙。テラントたちを取り囲むように、ラシィたちは半円に構えている。


必ずしも倉庫を死守しようとは、テラントは思っていなかった。


人質が通用しないという態度を、見せたばかりだ。


サンはラシィたちに必要とされている。


人質にはならない。


睨み合う。


一斉にかかってくるつもりだっただろう。

だが、乱れた。

兵士四人だけが、突出して向かってくる。


テラントは踏み出し、一人を斬り倒していた。


そして、三人があっと言う間に炎に包まれる。

ルーアの魔法。


(はえー……)


「近付いたら殺すって言っただろうが……」


ルーアがそういうことを言うのは、意外と珍しい。


それだけ、期するものがあるということかもしれない。


相当集中しているようだ。

魔法は使えないのでよくわからないが、今の魔法発動速度は、シーパルやユファレート並ではなかったか。


兵士たちに、躊躇いが生まれる。

それを押し退けるように、サイラスが横手から突き掛かってきた。


槍。弾く。


引き戻される。再度、突き。


テラントは、受け流そうとした。

あまり、ルーアと離れるわけにはいかない。

連携を取れなくなる。


変化した。突きから、払いに。

光の剣で受けるが、払い飛ばされた。

ルーアとの距離が開く。


サイラス。こちらに連携を取らせないつもりか。


テラントとルーアの間を、すかさず兵士たちが確保していく。

分断された。


サイラスの突き。

兵士たちも、左右から来ている。

受け止めたら、兵士は捌けない。


わざと、テラントは突き飛ばされた。


立ち上がりながら、左手でも剣を抜く。


背後に回っていた兵士を、二人同時に斬っていた。


正面から来た兵士の、首を撥ねる。


体を、サイラスの方へ蹴り飛ばした。


払い退けるサイラス。そのまま突き掛かってくる。


テラントは、避けるのではなく横に逃げた。


兵士に囲まれた状態で、この老人と交戦するべきではない。


(ルーアは……?)


走りながら眼をやる。


剣で、兵士を押し返していた。


エランが、電撃を放つ。

あっさりと、ルーアはそれを防いでいた。


どうやら、エランは相当消耗しているようだ。


ユファレートを相手した時に、頭部に重傷を負っていた。


「そんなんで俺の相手をしようなんざ、甘えんだよ!」


ルーアが吠える。

火球に、四人の兵士が吹き飛ぶ。

エランは、なんとか魔力障壁で防いでいた。


激情が、力になっている。


ふとテラントは、訝しく思った。


ラシィの立ち位置がおかしい。

争いの輪の外で、うろうろとしている。


まるで戦闘の素人のように見えた。


散発的に魔法を放っているが、ルーアに苦もなく防がれている。


テラントの視界を、兵士が遮った。

斬り飛ばす。


兵士を相手にしながらも、意識はサイラスに向いていた。


大剣を持った兵士。

肩口に、剣を叩き込んだ。


「……!」


一瞬、寒気がした。

サイラスの姿を見失っていることに、テラントは気付いた。


どこだ。


大剣を持った兵士の、胸が割れる。


サイラスの槍。

兵士の胸板を突き破り、テラントを襲う。


(……味方ごと……!?)


かわし切れない。

テラントは、左腕で槍を払った。


地面を転がる。立ち上がる。

剣を落としていた。

握力がない。指を動かせない。


左腕。肘から先。

皮が剥ぎ取られ、肉がえぐられていた。


サイラスが、槍で貫いた兵士を捨てる。


テラントは、右半身を前にして構えた。


兵士があと二人。テラントの左右に回る。


「……きっついねえ……」


腕一本で、どう戦うか。


「ふむ……」


サイラスが呟いた。


「卑怯、などと言わないのだな……」


「……卑怯? なにが?」


テラントは眉根を寄せた。


サイラスの策に嵌まった。

実戦で嵌まったのだ。

腕一本で済んだのは、運が良い。


サイラスが笑った。


「いいな、お主。デリフィス・デュラムもいいと思ったが、お主もいい」


構える。

槍の穂先が大きく見えた。


構えた姿に、威圧感がある。

積み重ねた鍛練が、滲んで見えた。


「手負いだからと言って、手加減はせん。全力で行くぞ、テラント・エセンツ。ラグマの若き常勝将軍よ」


「……こいよ」


失血に、意識が眩む。


おくびにも出さずに、テラントは笑った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ずっと、ハウザードのことが好きだった。


だけど、恋人同士になりたいというのとは、少しだけ違うような気もする。


妹としてでもいい。どんな形でもいい。

ただ、側にいることができれば。


(きっとわたしは、取り戻したかった……)


北国であるドニック王国は、一年の半分ほどが冬だった。


短い春。

ゆっくり流れる時間。

庭の緑の芝生。

亡き両親が残した、花壇。

咲き誇る色取り取りの花。

小さな日溜まり。


隣には、ドラウがいて。

ハウザードがいて。


三人で過ごした穏やかな時間を、ただ、取り戻したかった。


多分それはもう、叶うことのない願い。


ハウザードは、多くの罪のない人々を殺めたのだから。


魔法陣が、ユファレートの意思に従い、蒼く輝く。


上空にも、魔法陣が現れる。

魔力が、転送されていった。


遠い基地。

よく見えない。

疲労と負傷のため、眼が霞む。


構わない。

『ジグリード・ハウル』の光の軌跡を、体が覚えている。


その感覚通り、魔法を放てばいい。


光の軌跡をなぞり、基地へと至るだろう。


この一撃に、全てを込める。

魔力も体力も、生命力も。

命も、寿命すらも込めるつもりで。


体中のあらゆる力が上空へと転送されていくのを、ユファレートは感じていた。


(お兄ちゃん……)


ただ、取り戻したかった。


(わたしが、全部止めるからね……)


涙が、一筋頬を伝った。


上空の魔法陣の前で、光が膨張する。


空間が軋み、大気を焦がしていく。


全てを込めた一撃。

今のユファレートの、全力。


「ティルト・ヴ・レイド!」


光が撃ち出された。

空を貫き、闇を払う光。

網膜を灼くような光。


体が、宙に浮いたような気がした。

気が付くと、震える空を見上げていた。


結果を見届けてはいない。

だけど、なんとなくわかった。


光はきっと、すぐに基地に到達して、そして貫いた。


ざわめきが聞こえた。

ざわめきはどよめきに変わり、やがて歓声に変わった。


人の顔が、空を隠した。

緑色の髪。青白い肌。


「……ちゃんと当たったかな、シーパル?」


「……ええ、当たりましたよ……! すごい……! あなたはすごい……ユファレート……!」


声が、少し震えていた。


「二人を助けてくれ」


デリフィスの声。

ユファレートは、顔の向きを変えた。


デリフィスの後ろ姿。


デリフィスと、なにか口論していた男。

『ジグリード・ハウル』の力を止めるのに必死で、なにを話していたのかまでは、聞こえなかったけど。


さらにその向こうに、儀式の参列者たち。

多くの魔法使い。


「この二人の姿を見て、なんとも思わないのか!?」


デリフィスが珍しく怒鳴る。


ふらりと、魔法使いたちが何人か歩き出した。


「……待て! いや、待ってください!」


デリフィスと口論していた男が、声を上げる。


「この者たちは、犯罪者なのですぞ!」


「……犯罪者? ……彼らが?」


魔法使いの一人が、ぽつりと呟く。


「待てない!」


一人が、声を張り上げた。


呼応するかのように、声が上がる。


「彼らは、私たちを守ってくれたのでしょう!?」


「私たちの代わりに戦った!」


「そうだ!」


「たった二人で、『ジグリード・ハウル』に立ち向かった!」


「同じ魔法使いとして、彼らを見捨てることはできない!」


魔法使いたちが、駆け寄ってくる。


集まった魔法使いたちのうち、半数ほどだろうか。

ほとんどが、まだ若い人だ。


デリフィスと口論していた男が、がくりと膝を付きうなだれる。


多くの魔法使いたちに、囲まれていた。


癒しの力が次々と流れ込んでくるのを、ユファレートは感じていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


咆哮。天が吠えている。

ルーアには、そう感じられた。


光が、空を貫いていった。

束の間、夜が燃えた。


基地の建物の頂上を貫き砕く。

衝撃に、建物の屋根のほとんどが吹き飛ぶ。


『ジグリード・ハウル』に劣らないのではないかという破壊力。


みんな、呆気に取られていた。

ルーアもテラントも、ラシィもサイラスもエランも。


精密で純粋で強力、透明に透き通る魔力。


「ユファレートの魔法だ……」


魔法が撃ち出された方向を見る。

塀に遮られて見えないが。


超々遠距離からの狙撃。

それでいてこの威力。


「……有り得ねえ……目茶苦茶だ、あいつ……」


「兄貴……あそこには、トゥの野郎が……『ジグリード・ハウル』も……」


エランの声は掠れていた。


「馬鹿な……あそこにはおそらく、ズィニア・スティマも……」


半壊した最上階を見上げ、ラシィは体をわななかせていた。


火薬に引火でもしたか、火の手が上がる。


「そんな……最悪の殺し屋が……あの男が……」


「ズィニアが……?」


呟き、テラントが高笑いを上げた。

左腕から血を垂れ流し、精神に異常をきたしたのではないか、というように笑っている。


「やってくれる! やってくれるぜ、あの女! 俺でもできなかったことを、こうもあっさりと!」


「まだだ……」


ラシィが、眼に力を取り戻した。


「サン・アラエルが手中にあれば、まだいくらでもこの国を乱せる……」


ラシィが、掌をルーアへと向ける。


いつまでも唖然としている場合ではない。


ルーアは、横に駆け出した。

ラシィとの間に、エランがいる状態にする。


ラシィが、攻撃を躊躇う。

そして、ルーアはエランへ突進した。


エランが、後退しながら腕を振り上げる。


「フォトン・ブレイザー!」


「ルーン・シールド!」


エランが放つ光線を魔力障壁で防ぎ、その負荷に逆らって、ルーアはさらに前進した。


エランが、短剣を投げ付けてくる。

かわしつつ、進行方向を変える。


行く手を遮ろうとしていた兵士の、虚を突くことになった。


剣で斬り倒し、そのまま勢いを殺さず、エランとの間合いを詰めていく。


「くっ!」


エランの焦燥した表情が、はっきり見て取れる。


今のエランの放つ魔法なら、簡単に防げる。


投擲は、元より脅威というほどではない。


短剣を避け、光弾を魔力障壁で防ぎ、ルーアは剣を振り下ろした。


手応え。

致命傷にはならなかったが、受けようとした短剣は叩き落とし、その指は切断されかけていた。

エランが後退する。


当然、逃がすつもりはない。

そして、ルーアの踏み込みの方が速い。


剣を振り上げる。

胸板を、浅く斬り裂いていた。


エランの足が縺れる。


(あと一振り!)


踏み込む。


エランの眼。覚悟の光。

踏み出してきた。


ルーアの剣が、エランの鎖骨を砕き、深々と肉に喰い込む。

返り血が、顔にかかってきた。


(……こいつ、自分から殺されに……!?)


エランが、ルーアの首に腕を絡ませる。


「兄貴……」


耳元での呟き。

身動きが取れない。


「ルーア!」


最後の兵士二人を片腕で斬り倒し、サイラスと対峙していたテラントが、警告を飛ばす。


ルーアは、はっと眼を見開いた。

ラシィの背中から、太く重量感のある物が生えている。


ダネットやキュイたち十二人を、短時間で打ち倒したという、長い鋼鉄の尾。


「よくやった、エラン」


ラシィの声が聞こえた。

尾を、翻す。

衝撃が、体を貫いた。


夜空、地面、ラシィの姿、倉庫の壁、塀、テラントやサイラス。


一瞬の間に、次々と視界が変わっていく。


ラシィの尾に弾き飛ばされたのか。


倉庫の壁に、背中から叩き付けられた。


「……っ!?」


受け身もまともに取れない勢いだった。

だが、それよりも。


立ち上がるが、左の脇腹を押さえ、ルーアはすぐに片膝を付いた。


(……これ…………やべえ……)


この痛み方は。

吐血はないから、内臓に突き刺さってはいないだろうが。

肋骨が、何本か折れている。


近くに、咄嗟に盾にした、絶命したエランが転がっている。


背骨がへし折れ、体が逆に曲がっていた。


ラシィが、掌をルーアに翳す。


「フォトン・ブレイザー!」


痛がっている場合ではない。

骨なら、毎日ストラームに叩き折られていた。


「ルーン・シールド!」


魔力障壁で直撃を避けるが、脇腹の痛みにルーアはよろめいた。


鋼鉄の尾が、振り下ろされる。

跳びのいたルーアのいた所が、陥没する。


もう一本の尾。

横に薙ぎ払うような一撃。


「フレン・フィールド!」


力場を発生させて、それも直撃を避ける。


だが、勢いにルーアの体は弾かれた。


「フォトン・ブレイザー!」


さらに光線が向かってくる。


(こんのっ……!)


このまま守勢に回るのはまずい。

地面を転がりかわしながら、ルーアは指先をラシィに向けた。


「ル・ク・ウィスプ!」


まともに狙いを定められる状況ではないが、それでもラシィへと光弾が数発向かう。


防御なり回避なりするはずだ。

ラシィの攻撃の勢いは削げる。

その間に、体勢を立て直すつもりだった。


「なっ!?」


ラシィは、防御も回避もしなかった。


左の太股を、光弾が二発撃ち抜く。


顔色一つ変えず、ラシィが尾を振るう。


(……なんだ……!?)


鋼鉄の尾が、発生させた力場を叩く。


もう一本の尾が、力場を破壊する。


なんとか剣を尾に擦らせて勢いを流すが、腕が千切れるような衝撃がルーアの体を襲った。


(なんだ、こいつは……!?)


攻撃が、まったくやまない。


衝撃で、たたらを踏む。

脇腹の痛みに、意識が飛びかける。


「フォトン・ブレイザー!」


光線。


「……!? ルーン・シー……」


防御魔法が、完全には間に合わない。


魔力障壁が破砕され、勢いにルーアは吹き飛ばされた。


「ぐ……う……!?」


基地の塀に、したたかに背中からぶつかる。


(まずい……)


足が震える。


尾が振り下ろされた。

転がりながらかわす。


耐衝撃用に強化されている塀が、簡単に壊される。


次の尾の一撃が、ルーアの頭上の塀を崩した。


勝ち誇るラシィの表情。


瓦礫が、降り注いできた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


残った兵士二人はなんとか倒し、テラントはサイラスと向かい合っていた。


左腕の出血が止まらない。


あまり時間を掛けられないが、さすがにサイラスは老練だった。


時間が過ぎれば、さらに優位になるのを見越しているのだろう。


勝利を目前にしながらも、焦って仕掛けてはこない。


片腕しか使えないテラントに対して、足取りを変えた。


こちらの、左右を取ろうとする動き。


左腕が使えない。

それは、左側を取られやすい、ということだった。


右腕しか使えない。

それは、右側に回られたら、攻撃も防御も遅れが出る、ということだった。

肘の関節は、外側に曲がらないのだから。


左右どちらにも弱点を抱える。

腕一本ということは、つまりそういうことだった。


弱点を突くサイラスの動きに、精神を削られていくのをテラントは感じていた。


サイラスが動いた。

巧みな足捌きでテラントの横に回りながら、槍を繰り出してくる。


次々と左右から襲いくる突きに、テラントは押された。


後退するつもりはなくても、押され続けた。


腕一本では、サイラスの槍に力負けする。


(じり貧だな……)


このままだと負ける。

だから、戦い方を変えるしかない。


槍で突き飛ばされながら、テラントは左腕を振った。

血が、サイラスの顔に向かう。


眼球にかからない分だけ、首を傾けるサイラス。


その顔に叩き込むように、テラントは光の剣を振った。

返した槍に、簡単に防がれる。


息吹と共に、サイラスが槍を振る。


テラントは、踏み止まらなかった。


サイラスに弾き飛ばされる形で、大きく後退する。


踏み出すサイラス。

だが、追撃しかけた足が止まった。


テラントは、着地と同時に構えを変えていた。

それを警戒したのだろう。


今までとは逆。

左半身を前に、右半身を後ろに。


血が滴る左腕を、テラントは眼の高さまで掲げた。


剣は体の後ろ。

腰よりも低い位置。


サイラスが、眼を細めた。


「なるほど……」


左腕を盾にして、槍を防ぐ。

次の槍が繰り出される前に、決着をつける。

テラントがそういうつもりだと、サイラスは思っただろう。


「いいだろう……」


サイラスも、構えを変えた。

足を多用する構えから、どっしりと地面に根を下ろしたような、元の構えへ。


槍。鋭く、強い。


まるで、老人と一体になっているようでもある。


デリフィスが戦いたがっていたな。ふと、思い出した。


もう、言葉はない。


空気が張り詰めていく。

呼吸が苦しくなっていくのを、テラントは感じていた。

それなのに、意識は鋭く鋭く尖っていく。


息吹。

サイラスの槍。

突き出される。


全身全霊の突きではない。

テラントが左腕を盾にした後の、反撃のことまで考えているのだろう。


だが、違う。


(俺の狙いは……!)


テラントは、体を捩った。

左腕を、勢いをつけて振り下ろす。

それが、体の回転にさらに勢いを与える。


右腕を振り上げる。

体勢が低くなる。

肩を回し、右腕が体の上を通る。


片腕を負傷した状態で、サイラスの槍に力負けしない方法。


全体重を乗せた、全身全霊の斬撃。

それを、全身全霊を込めていないサイラスの突きに叩き付ける。


まるで投げ付けるように、テラントは光の剣を槍にぶつけていた。

激突に、轟音が響き渡る。


互いに、体を後方に弾き合っていた。

武器を持つ腕は、互いに頭の上。


地面を踏み締め体勢を先に立て直したのは、テラントだった。

それはおそらく、武器の重量の差。


テラントは、大地を蹴った。

サイラスが、無理な体勢から槍を振り下ろす。


ここだ。


今が、左腕の遣い時。

骨を砕かれながら、テラントは左腕で槍を払っていた。


地面に、槍が減り込む。


サイラスが、槍を捨てて後ろに跳躍する。


テラントも、足を止めない。その分前進する。


後退しながら、サイラスが小剣の柄に手を掛ける。


抜き様に斬撃がくるはずだ。

それは、光の剣で簡単に防げる。

そして、その間にサイラスは逃げおおせるだろう。


それは負けだった。

いずれ、失血と負傷のため、テラントの体は動かなくなる。


(……違う!)


今、俺の右腕は、防ぐためにあるのではない。

殺すためだけにある。


サイラスの斬撃。


受け止めた。

光の剣ではなく、体で。


体を捻り、勢いを受け流す。

小剣が、胸筋を削っていく。


サイラスの腕が、振り切られる。

がら空きの状態。


近接。


絶対に、防げない。

絶対に、かわされない。

絶対に殺せる距離。


テラントは、右腕を振り上げた。


光の剣。サイラスの脇腹から肩口にかけて、深々と斬り裂いていく。


血が吹き上がる。

サイラスは、もんどり打って倒れた。

太い手足を放り出し転がる。


「見事……なり、テラント……エセンツ……!」


咳き込み、血を吐きながら言う。


「……儂の……負けだ……!」


テラントは、サイラスを見下ろした。


糸が切れたように、尻を地面に付く。


「……いいや。違うな……爺さん……」


左腕、そして胸板。

出血が止まらない。


止血すらできないほど、テラントも疲労していた。


「引き分けだ。引き分けでいい」


治療をしてもらわなければ、サイラスの数分後、死ぬ。


それを、勝利とは言わないだろう。


「……引き……分け、そうか……」


サイラスは、首を傾けた。

その視線の先で、重たい音が響く。


「ならば……儂らの、勝ち……だな……」


ルーアが、基地の塀に叩き付けられていた。

ラシィの尾が、塀を崩していく。

ルーアが、瓦礫に埋まった。


「……それにしても……」


サイラスが、笑った。

全力を出し切った。

だからこそ浮かぶ、満足気な笑み。


「……無敗のまま……逝く……それもまた……一興……か……」


かく、とサイラスから力が抜ける。

笑ったまま、死んでいた。


「……もう一個……違うぜ……爺さん……」


テラントは、サイラスの眼を閉じてやった。


「勝つのは……俺たちだ……!」


ラシィは、倉庫へと左足を引きずりながら向かっていた。


(甘いねえ……ラシィ・マコル……)


サンの容態が気になるのだろう。

しかし、まずは確実にとどめを刺すべきだ。


轟音を聞き付けたのか、ティアが倉庫から顔を出す。


負傷のためか、這うようにしか動けないようだ。


太股のホルダーから短剣を抜き取るが、そんな物、ラシィに通用しないだろう。


ラシィは止められない。

テラントにも、ティアにも。


だが。


「……お前なら……そんな奴に……負けないよな……?」


まさか呟きが聞こえたわけではないだろうが、テラントが言うと同時に、ルーアを覆い隠していた瓦礫が動いた。


「行け」


魔法で、瓦礫が吹き飛んだ。

ルーアが、跳ねるように立ち上がる。


「お前が主役だ」


短く吠えて、ルーアが地を蹴る。


その様子を見届け、そしてテラントの意識は暗転した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


突進に、倉庫へ向かっていたラシィの足が止まった。

その姿を、ルーアは掌と重ねた。


攻撃魔法を放つために、魔力を捻り出していく。


ラシィが向き直った。

尾が翻る。


跳躍して、ルーアはそれをかわした。


攻撃魔法を中断して、力場を発生させ、もう一本の尾を止める。


ラシィの掌。光線が撃ち出される。


「ルーン・シールド!」


魔力障壁で受け止め、だがまた弾き飛ばされた。


地面を転がり、ルーアはすぐに立ち上がった。


(やっぱ、そういうことか……)


確認は取れた。

ラシィの戦い方。


『悪魔憑き』共通の生命力。

そして、おそらくはラシィに憑依した『悪魔』特有の付加能力だろう。ダネットに腹を貫かれようと、ルーアに足を撃ち抜かれようと、痛手にはならないほどの再生力。


それらを頼りに、ラシィは防御も回避もろくにしない。


攻撃範囲にいる敵を、ただ全力で攻撃する。


策でルーアたちを出し抜いた人物と、同一だとは思えないほど、単細胞な戦法。


だが、自分をよく理解した戦い方といえた。

左足の傷は、もうほとんど塞がっているようにも見える。


道理で、エランたちとまともに連携も取れていなかったわけだ。


およそ、他人が合わせられる戦法ではない。


この戦い方だけを、ラシィは磨いてきたのだろう。


全力を出すために、おそらく邪魔ですらあったはずだ。


エランも兵士たちも、もしかしたらサイラスでさえも。


その攻撃の勢いは、まさに怒涛というに相応しい。


(俺じゃ、近付きすぎると全部は防げないな……)


シーパルやユファレートくらい、防御魔法に長けていれば、テラントやデリフィスのような身体能力があれば、また別の話だが。


その攻撃範囲までは、おそらくあと六歩。


ラシィが、また一歩進んだ。あと、五歩。


持久戦に持ち込むべきだ。ルーアは、そう判断した。


折れた肋骨が痛む。

上体を曲げることができない。

時間の経過と共に、ますます動きは悪くなっていくだろう。


それでも、持久戦に持ち込むべきだ。


ラシィの攻撃範囲を出入りして、その魔法を空振りさせる。


あれだけ全力で魔法を使い続けて、いつまでも魔力が持つわけがない。


消耗したところで、反撃する。それで勝てる。


だがそれは、ラシィを倒し、自分を守るだけの戦い方。


ルーアは素早く、眼球を動かした。


テラントが、地に伏している。

かなりの出血をしているようだ。

早急に、治療して止血しなければならないだろう。


倉庫。サンも重傷を負っている。

いつまで持つかわからない、危険な状態である。


ティアも負傷している。

ずっと放っておいたら、後遺症が残る恐れがあった。


倉庫から顔を出したティアが、心配そうにルーアを見つめている。


『ティア』と同じ顔の女。

『ティア』と同じ名前の女。


そんな眼で見られたら、負けるに負けれないだろ。


ルーアは、大きく息を吐き出した。


持久戦に持ち込むべき。だが。


「……ここからは、俺も全力だ」


「……ほぉう」


ラシィが、攻撃範囲まであと一歩という所で、足を止めた。

微かに嗤う。


「それはつまり、これまで本気を出していなかった、とでも言いたいのか?」


「そうじゃねえ……」


ここからは、全力で攻撃する。

全開で、魔法も使う。

つまり、ラシィと同じ戦い方をする。


その上で押し切り、魔力に余力を残した状態で勝つ。


それしか、ラシィを倒し、ルーアが生き延び、みんなを助ける方法はない。


「ルーン・エンチャント」


剣に、魔力を付与させる。

剣身が、淡い光に包まれた。


右手の先にある魔力が、炎と化し渦を巻く。


ルーアの姿勢で、ラシィは意図を察したようだ。


「そういうことか……」


表情を引き締める。


「いいだろう。受けて立つ……!」


二本の尾が、地面を叩いた。

巨大な鳥が、羽ばたいているようでもある。


脇腹が痛む。

それは忘れろ。


三分、いや、その半分の時間だけでいい。


怯むな。怯んだら、そのまま押し切られる。


「俺が毎日相手をしていたのは、あのストラーム・レイルとランディ・ウェルズだ!」


ルーアは、声を張り上げた。

己を鼓舞するために。


「てめえなんぞに、ビビるかよ!」


踏み出す。


ラシィが、腕を振り上げた。

光が生まれる。


「フォトン……」

「フレア……」


ルーアも、右腕を振り上げていた。


「……ブレイザー!」

「……スティング!」


光線と炎塊が、両者の中央でぶつかり破裂する。


巻き起こる炎の嵐に構わず、ルーアは駆け出した。


ラシィの鋼鉄の尾が、炎を断ち割り振り下ろされる。


視界が炎と光で遮られていたせいか、狙いに狂いが生じている。


半身をずらしただけで、ルーアは簡単にかわした。


衝撃で足場が揺れる。

止まるな。前へ進め。

剣も届く距離まで。


尾が振られる。

横殴りの一撃。


衝撃に足を取られた状態では、かわせない。


剣の腹で受けた。

魔力で強化された剣身が軋む。

弾き飛ばされた。


着地。それと同時に、ルーアはまた駆け出した。

もちろん、前へ。


二本の尾を、ラシィは引き戻した。


無数の、硬質ななにかが撃ち出される。


「ル・ク・ウィスプ!」


ルーアが放った無数の光弾が、それを撃ち落とす。


いくつかの光弾は、ラシィの尾に小さな穴を空けた。


そして、いくつかの硬質な物体が、ルーアの体を掠め肌を裂く。


おそらくは、鱗。尾から放たれる、鋼鉄の鱗。


ラシィが、両腕を拡げた。


「フォトン・スコールド!」


それは、ルーアの知らない魔法だった。


ラシィの両の掌の先それぞれに、一抱えほどある光球が生まれる。

それが、消え失せた。


魔力の流れを読み、はっとする。


光球は、ルーアの左右の斜め後ろ上空に転移していた。


無数の小さな光球に分裂して、雨霰と降り注ぐ。


そして、尾から再び、鋼鉄の鱗が撃ち出されていた。


ほぼ全方位からの攻撃。

全方位からの死。


それでも、ルーアは垣間見た。


攻撃と攻撃の狭間。

生き残ることのできる空間。

生への渇望。


「フライト!」


飛行の魔法を発動させて、その空間へと身を捩込む。

光球と鱗が、体を掠めていく。


そして、嵐のような攻撃の中、ルーアは見た。

鋼鉄の尾の向こう、ラシィの姿。


そちらへと、飛行の魔法の進行方向を変えた。

加速を最大へと上げる。


剣を手放し、直後に飛行の魔法を解除した。


魔力を帯びた剣だけが、矢のようにラシィへと向かう。


尾の端を斬り裂き、そして、ラシィの胸を貫く。


「かはっ!?」


ラシィの動きが止まる。

だが、まだ死なない。


(なら……!)


至近距離から、でかいのをぶち込んでやる。


頭を低くし、空の両手を拡げ、ルーアは駆け出した。

尾を、踏み越える。


「ヴォルト……!」


両手の先の魔力が、電撃へと変化する。


もう一本の尾が、ルーアを叩き潰すが如く振り下ろされる。


鋭い。かわせない。

両の掌で受け止めた。


とてつもない重量。

手首が砕かれる、腰の骨がへし折られる、その前に、ルーアは魔法を発動させていた。


「ヴォルト・アクス!」


電撃が、鱗を飛ばし、尾を灼き崩し、ラシィの体に伝わり焦がす。


「ああぁあああっ!?」


「ぐうぅ……!」


接触状態で魔法を放った。

少なからず余波を浴び、ルーアの体中に激痛が走る。


半身以上を炭化させながら、ラシィはまだ死なない。

ぎょろりと、眼玉を向けた。

腕を上げる。

その先に光。


ルーアは、動けない。

痛み、無数の傷、そして連続して放った魔法の影響で、体が動かない。


(くそっ……!)


届かない、あと一歩。

足りない、あと一手。


やはり、持久戦に持ち込むべきだったのか。

誰も彼も守る力など、ないのか。


(弱いな……)


わかっていた。


弱いから、二ヶ月前、助けられなかった。


ズィニア・スティマをも、指先一つですり潰せるだけの力があったならば、きっと彼女はルーアを頼ってくれた。


ズィニアの言いなりになる必要などなく、当然、その力の封印を解かれることもなかった。


そして今でも、妹と二人で。


(もう二度と……!)


なんのために、二人の姿を眼に焼き付けた。


(……あんな想い、したくないだろっ!?)


だったら、踏み出せ、あと一歩を。

繰り出せ、あと一手を。

二ヶ月前の自分くらい、軽く超えてみせろ。


襲い掛かるように、飛び掛かるように、ルーアは足を前に出していた。


ラシィの魔力の光が点った腕を、払いのける。


手首を翻した。

ラシィの顔面を鷲掴みにして、そのまま押し倒し、後頭部を地面に叩き付ける。


ラシィに馬乗りになり、ルーアは息を吸い込んだ。

新鮮な夜気が、肺に満ちる。


脇腹は、痛まない。

まだ、一分半経っていない。


放て、あと一撃を。


「ガン・ウェイブ!」


衝撃波が、ラシィの顔を崩し、脳を破壊し、地面に亀裂を走らせる。


「……っ!」


また魔法の余波を浴びて、ルーアは肩から転がった。

それでも、すぐに跳ね起きる。


まだ、確認していない。


敵の死亡を、もしくは戦闘不能を確認するまでは、気を抜くな。

それは、ストラームとランディに、骨の髄まで叩き込まれた。


心臓と脳を潰されたラシィの体が、小刻みに痙攣している。

やがて、それが止まった。

それきり、動かない。


「…………勝った?」


ぽつりと呟く。


傷だらけで、血塗れで、強引で、無理矢理で、力任せで、洗練さの欠片もない。


だが、紛れも無い。これは、勝利だ。


虚空。なにもない空に向かって、ルーアは雄叫びを上げた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


毒づきながら、ズィニアは体に載る瓦礫を蹴り飛ばした。


『ジグリード・ハウル』が設置されている、基地の最上階。


ここまでの道は、ズィニアが切り開いた。


基地に残るアスハレムの軍人を殲滅し、古代兵器が起動する様を見学しようと、最上階まで来たのである。


『ジグリード・ハウル』は、巨大だった。


長さは、建物から砲身が突き出しているためはっきりしないが、十メートルほどか。


その口径は、大人が五、六人は入れるくらいはありそうだ。


無駄な装飾など一切ない、純白な砲身。


備え付けてある台座にある、楽器の鍵盤のような物を、トゥが一心不乱に叩いていた。


射角や射向が、ゆっくりと変わる。

そして、耳をつんざくような轟音と共に、『ジグリード・ハウル』から光が放たれた。


これで、終わるはずだった。そして、始まるはずだった。


光はカルキン会館に至り、多くの生命を奪うだろう。


集った各国の要人たちは怒り狂い、戦争のきっかけとなる。


だが、トゥが喚き出した。

ズィニアにはよくわからないが、画面に映る絵が時間の経過と共に変化し、古代語が浮かび上がる。


トゥが言うには、カルキン会館への途上で、『ジグリード・ハウル』の光が消失したらしい。


馬鹿な、と連呼し、向きになった様子のトゥが、再度鍵盤を叩いていく。


ズィニアが、何気に窓から外を見遣った、その時だった。


『ジグリード・ハウル』の光が、そのまま跳ね返ってきたのかと思った。

膨大な光が押し寄せてくる。


咄嗟に『拒絶の銀』を抜き、トゥを突き飛ばした。

そして、光に呑み込まれる。


わずかな時間、気を失っていたようだ。


気がつくと、ズィニアは崩れた天井の一部の下敷きになっていた。

蹴り飛ばし、顔をしかめる。


瓦礫の下敷きになったせいか、体のあちこちが軋むように痛む。

特に、両膝の調子が悪い。


『拒絶の銀』は、きんきんと異音を鳴らしていた。


持つ右腕は、肩まで肌が爛れている。


高熱を持った柄に手が張り付き、離れない。


「……あのアマぁ……!」


誰の仕業か、見てはいない。

魔力が視えるわけでもない。

だが、ズィニアにはわかった。


一度、その魔法を浴びたことがある。


肌が、その時の感覚を覚えていた。


これは、ユファレート・パーターの仕業だ。


視野の物が、一変していた。

壁も天井も吹き飛び、床には亀裂が走っている。


『ジグリード・ハウル』もまた、異音を奏でていた。


空気が焦げ付き、肺が引き攣ったように痛む。


『拒絶の銀』で威力を削っていなければ、間違いなく死んでいただろう。


トゥが、部屋の隅で頭を抱えうずくまり、震えていた。


ズィニアが光の外へ突き飛ばしたため、たいした負傷はしていないようだ。


「……馬鹿な……人に、こんな力が……こんな魔法が……」


トゥも魔法使いである。

魔力が視える分、ズィニアよりも魔法の威力を理解できるのだろう。

そして、恐怖している。


「こんな力、あってはならない!」


喚きながら立ち上がる。

トゥは、『ジグリード・ハウル』に駆け寄った。


「消さなくては……! こんな力の持ち主、生かしておいては、必ず組織の災いとなる! 今ここで、消しておかなくては!」


「おいおい……」


『ジグリード・ハウル』の異音とトゥの喚きを聞きながら、ズィニアは呻いた。


「下手に動かしたら、暴発とかすんじゃねえの? 変な音してんぞ」


「ははっ! なにをおっしゃいます! 『ジグリード・ハウル』ですよ!? 古代兵器! たかが人間の魔法ごときで、壊れるはずがない!」


「……いいや、ズィニアの言う通りだ。暴発するぞ。やめておけ」


涼やかとも取れる声が、部屋に響いた。


「ハウザードじゃねえか……」


階下より現れた男は、ズィニアがよく知る者だった。


トゥが、驚愕に眼を見開く。


「あなたが……ハウザード、さん……? なぜ、このような所に……?」


「忠告にきた。『ジグリード・ハウル』が、暴発寸前である、と」


「はははっ……!」


トゥは高笑いをしハウザードに背を向けると、『ジグリード・ハウル』の鍵盤を叩き出した。


「あなたといい、ズィニアさんといい、なにをおっしゃるのだか! この程度で、壊れるものですか!」


「……暴発する。やめておけ。……三度目の忠告はない」


「ははっ! はははっ……!」


トゥは、聞いていない。

聞こえているからこそ、笑っているのかもしれないが。


『ジグリード・ハウル』の砲身の向きが変わり出し、鳴動する。


ハウザードが、小さく溜息をついた。


腹に轟音が響き、トゥの体が炎に包まれる。


「なっ……かっ……!?」


黒焦げになったトゥが倒れた。

口をぱくぱくと動かし、ハウザードに眼をやる。


「……だから言っただろうに。暴発する、と」


トゥを冷たく見下ろし、ハウザードが呟く。


トゥが、白目を剥いた。

程なくして、絶命する。


「ハウザードぉ……」


呻くように、ズィニアは彼の名前を口にした。


「お前、なにやってんの……?」


『ジグリード・ハウル』の暴発ではない。


ハウザードの魔法だ。

ハウザードの魔法が、トゥを殺した。


「……私の言うことを聞けない。そんな者は、『コミュニティ』に必要ない。そうは思わないか、ズィニア?」


「……今の、クロイツやソフィアも視てんじゃねえの?」


「……だから?」


「お前の行為は、組織に対する裏切りと取れる」


「それで、ソフィアが私を殺しにくるか?」


裏切り者の始末。

それが、ソフィアの仕事だった。


ハウザードが笑う。


「クロイツだろうとソフィアだろうと、私を殺せるものか。いや、傷付けることすらできない。それは、彼ら自身の存在意義の否定となる」


「……」


「そもそも、裏切りという言葉自体がおかしい。『コミュニティ』においては、私が白と言えば、黒でも白となる。私の『コミュニティ』なのだからな」


「……」


それは、ルインクロードの器であることを、受け入れるということだった。


(……けどよ、てめえは矛盾してんだよ)


「ハウザード……このボケ。てめえ、馬鹿か?」


「……口を慎め、ズィニア・スティマ。私はハウザード。次のルインクロードの器にして、お前たちのボスとなる者だぞ」


「……ちっ」


ハウザードが、ちょっと視線を上げた。


「……クロイツからの通信だ。彼に呼ばれた」


「ああ、そうかい」


この時機に通信。

やはり視ていたのか、クロイツ。


「行くとするか。……ああそうだ、ズィニア」


「ンだよ?」


「お前には、期待している。これからも頼むよ。最悪の殺し屋」


ズィニアは、床に唾を吐き捨てた。


ハウザードが、長距離転移の魔法を発動させて、消える。


「あのボケがぁ……!」


独りになり、ズィニアは唸った。


ルインクロードの器であると受け入れるのなら、それでいいだろう。

ただし、それを本心から望むんでいるのならば、である。


ユファレート・パーターが魔法を放ってきた方向に、ズィニアは眼をやった。


夜目が利く。

激しい魔法戦闘の痕跡が見えた。


(戦ったんだろ? ユファレート・パーターと)


ならば、死んでいるはずなのだ。ユファレート・パーターは。


それが生きて、反撃してきた。


(殺せなかったんだろ、ハウザード?)


『ジグリード・ハウル』の再起動を、トゥを殺害してまで阻んだのはなぜだ。


ユファレート・パーターを守るためではないのか。


ユファレート・パーターの兄でいたい。家族でいたい。

それが、本心なのではないのか。


「半端なことしやがって……」


器としてボスとなってしまえば、ユファレート・パーターもドラウ・パーターも敵である。

彼らの家族ではいられない。


「お前は、どうしたいんだ、ハウザード?」


ボスになるというのなら、これまで通り協力してやる。


組織を裏切り、ユファレート・パーターの兄として生きるというのなら、それも構わない。


なんだったら、共にクロイツやソフィアを敵に回してもいい。


友人であるはずだった。そして、認め合っているはずだった。


だから、力を貸してやっていい。


だがハウザードは、ルインクロードの器とユファレート・パーターの兄、どちらの立場も捨て切れないでいる。


その中途半端さは、殺すことになる。

ハウザードも、ユファレート・パーターも。


「半端なことしてんじゃねえ、ボケ!」


八つ当たり気味に、ズィニアは足下の瓦礫を蹴り飛ばした。


瓦礫は弧を描き、トゥの焼死体に当たった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


傷を塞ぎ出血を止め、少し治療をしただけで、テラントは意識を取り戻した。


ルーアのことを追い払うと、医者を捜してくると言って、覚束ない足取りで基地の敷地を出ていく。

つくづくタフな男である。


ルーアは、サンの体を倉庫から引っ張り出した。


明かりの魔法を使う魔力も惜しい。


月明かりを頼りに、サンの治療を始める。


サンは、虚ろな眼をして、エミリアとティアを交互に見ていた。


「ティア……」


呟く。


「なに? なに、サン……?」


ティアは、ぼろぼろと涙を零していた。


拘束から解放されたエミリアも、それは同様である。


「オースター孤児院のみんなに……礼を言っておいてくれ……。楽しかった……。あの日々は……一生、忘れられない……。あの騒がしい孤児院だからこそ……惨めにならずにすんだ……。みんなと家族になれて……本当に……良かった……」


「……うん! そうだよね……!」


「最後に……みんなに……会いたかったな……」


「やだ……そんなこと言わないで……」


「おい、あんま喋んな」


ルーアは言った。

喋れば、それだけで体力を消耗することになる。


「母さん……」


エミリアが、眼を見開きサンを見つめる。


「サン……」


「ごめんなさい……俺は、あなたを傷付けてばかりで……たくさん、悲しませて……」


エミリアが、かぶりを振る。

涙が、ぽたぽたとサンの顔に落ちた。


「わかってたのに……それなのに俺は、最後まで酷い息子で……。最後の最後まで……あなたを悲しませて……本当に……ごめん……なさ……」


サンの眼から、光が失われた。

瞼を閉じたのだ。


エミリアが、咽び泣きサンに縋り付く。


ティアも、号泣している。


「いや、おい……。あんま揺さ振ってやるなって……」


「ルーア……!」


ティアが、ルーアの腕にしがみついてくる。


「お願い! サンを助けて! 助けてよ!」


「だあぁぁぁぁっ!? 揺さ振るな! 骨折れてんだよ! いでっ!? 痛えっての!」


引っ張るティアを、ルーアは無理矢理引きはがした。


地面に尻餅を付いたティアは、まだぐずぐずと泣いている。


「助け……助けてよぅ……」


「邪魔すんなって……。助けられるのも助けられなくなるだろうが……」


「たす……た、…………え……? ……助かる……の……?」


エミリアも、顔を上げる。


ルーアは、溜息をついた。


「急所は外れている。こいつは助かるよ。お前らが、邪魔しなければな」


これまでに、何人も治療してきた。

多くの生と死に関わってきた。


だから、わかる。

これは、助かる時の傷と苦しみ方だ。


「だから、泣き止め。集中できないだろうが」


「泣き止む……泣き止むわよぅ……」


涙でべたべたになった顔を、ティアが腕で拭っている。


その様子を見て、思わずルーアは低く笑っていた。


「……なんで笑うのよ……」


喋る拍子に、眼に溜まった涙が、また零れる。


「いや、べつに、な……」


助かる傷なのだ。

ルーアやテラントの方が、余程重傷ではないか。


それなのに、死ぬと勘違いして気絶するヘタレ。


そして、死んだと勘違いして泣き喚く女共。


「まったく……」


どいつもこいつも、はやとちりしやがって。


「長年、離れ離れに暮らしてきたとか、血の繋がりがないとか、ほんと、関係ないんだな……。お前ら、充分家族じゃねえか。似た者親子に、似た者兄妹だよ」


助けられる。

今度は、助けられるのだ。


出し惜しみする必要はない。

ルーアは、全力で治癒の魔法の効果を高めていった。

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