エピローグ4

アスハレムの北に、ビビラという街がある。


その地下にある迷宮の中を、ハウザードは歩いていた。


本来なら、無数の天使と悪魔が蠢き、奥へ進むのはかなり苦労しなければならなかっただろう。


深奥から、時折爆音が響く。

いる。クロイツとソフィアが。


多くのメンバーを抱える『コミュニティ』の中で、底が見えないと感じさせるのは、三人だけだった。


そのうち二人が、この奥にいるのか。


微かに湧く恐怖感を振り払い、ハウザードは足を進めた。


危害を加えることなど、できないはずだ。この、ハウザードには。


時々、天使と悪魔がハウザードを追い越していった。

みな、最奥を目指している。

ハウザードには、眼もくれない。


道に迷うことはなかった。


その後に付いていけばいい。


やがて、ハウザードは足を止めた。

累々と、天使と悪魔の屍が並んでいる。


凄まじい戦闘能力。

一度瞑目して、さらにハウザードは奥へ進んだ。

屍を踏み越えていく。


辿り着いた場所には、山ができあがっていた。

積み重ねられた天使と悪魔の死骸。


黒いボディスーツを着た女が、岩に座り込んでいた。

全身が、返り血に染まっている。


「……あら、ハウザード。やっと来たのね」


疲労のためか、美しい顔に、珍しく凶悪なものが浮かんでいる。

死神ソフィアと呼ばれる女。


「……これは、あなた一人で?」


「クロイツの備蓄も、結構借りてるわよ」


「なるほど」


クロイツは、独自に形成した空間に、自らの魔力を蓄えている。


「クロイツは?」


聞くまでもなく、わかっていた。


ソフィアが、背後を指す。

無機質な物体が見えた。

そこに、クロイツはいる。


ソフィアに軽く頭を下げて、ハウザードは歩みを進めた。


物体があるのは、すぐそこである。


(クロイツ……)


師である男。

全ての元凶。

犠牲が約束されたこの世界のシステムを、形作った張本人。


古代の設備にほぼ共通してある鍵盤のような物を、クロイツは両手の指で叩いていた。


宙に浮かぶ三枚の板に、次々と文字が流れていく。


「クロイツ」


痩せた背中に、ハウザードは声をかけた。


「ハウザードか」


クロイツは、振り返りもしない。

古代設備に向かったままだ。


沈黙。クロイツが鍵盤を叩く音だけが、しばらく地下迷宮に響いた。


「ハウザード」


切りのいいところまで作業が進んだのか、クロイツが指を止めた。

振り返らずに言ってくる。


「お前は、ドニック王国に行け」


「ドニック王国に……」


ハウザードとしても、元ドニック王国宮廷魔術師オーバ・レセンブラとしても、アスハレムで起こった騒乱の首謀者として指名手配されていた。


もう、王宮に戻ることはできない。


つまり、政府に対する工作のために、戻れと言っているのではない。


「……私の役割は、ドラウ・パーターへの抑えと考えてよろしいですか?」


彼は、その地にいる。


「そうだ。『百人部隊』を当ててあるが、苦戦している。犠牲も度々出ているようだ。お前が背後にいれば、ドラウ・パーターも思うように動けまい」


『百人部隊』。超能力者だけで形成された、『コミュニティ』の中でも最強の部隊。


それなのに、六十過ぎの老人一人を、抑え切れない。


それが、ドラウ・パーターという男だった。


「どれ程の期間が掛かるかわからない。潜伏先は慎重に選べよ、ハウザード」


「それ程は掛からないでしょう」


ドラウ・パーターの病は篤い。

ストラーム・レイルは、また信頼できる者を失うことになる。


「一年も持たない。私は、そう思っていますが」


「……そうか。それは怖いな」


「……怖い」


意外な単語に、ハウザードは怪訝な顔をした。


「残されたわずかな時で、彼がなにを仕掛けてくることか……。ランディ・ウェルズという男を、知っているな?」


「はい」


ランディ・ウェルズ。今は亡き、ストラーム・レイルの右腕だった男。


「彼は死ぬ前の半年間、『コミュニティ』への資金源を尽く切っていってくれた。ここ数十年で、最大の被害と言っても過言ではない。お蔭で、いくつもの計画が凍結、頓挫することになった」


「……ドラウ・パーターもまた、ランディ・ウェルズのように、攻撃してくるでしょうか?」


「あるいは、託するかもしれんがな」


「……託す?」


「いるだろう? 彼の力を継ぐに相応しい者が」


「……」


脳裏に浮かぶ姿があった。


クロイツは、背中を見せたままである。


「ハウザード」


「……はい」


「久しぶりにユファレート・パーターと会い、なにを感じた?」


「……特に、なにも」


「……そうか」


クロイツが、また鍵盤を叩き出した。

話は終わりということだろう。


「……もう、行きます」


「ああ。軽率にドラウ・パーターに仕掛けるなよ」


「心得ております」


「いずれ、私もドニック王国に行くことがあるだろう」


「……はい」


あるいは、決戦はその時か。


それにしても、わざわざ直接会って話すほどのことではなかった。


クロイツお得意の、念話でも充分である。


直接会って、なにかを確かめたかったのだろうか。


なにを。


クロイツは、最後まで振り返らなかった。


ハウザードも、師に背中を向けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


些細なことでいい。


宿の代金を踏み倒す。

酒場で酔っ払った振りをして暴れる。

因縁を付けてきた通りすがりのならず者たちを、半殺しにする。

駆け付けてきた警官たちに、暴行を働く、などなど。


そして、宿の台帳や街の出入りの門の記録帳に、はっきりと名前を残すのだ。

ズィニア・スティマと。


「こんなんでいいのかよ、クロイツさんよぉ」


街道で、ズィニアは一人だった。

しかし、独り言ではない。


声が、脳に直接響いた。


『ああ、その調子で頼むよ、ズィニア。ロデンゼラーまでな』


ラグマ王国王都ロデンゼラー。そこへ、ズィニアは向かっていた。


その途中にある村や街で、ちょっとした騒ぎを起こすのだ。


あるいは、紙面の片隅に載るかもしれない。その程度の事件。


『彼らは、君を追跡するはずだ。なにしろ、テラント・エセンツがいる』


「だろうな」


テラント・エセンツに、ズィニアは命を狙われていた。妻の仇として。


滑稽なことである。


「……それで、俺はどう、奴らに接すればいい?」


『ふむ……』


考え込んでいるクロイツの姿を、ズィニアは思い浮かべた。


だがそれは、振りだけだ。

すでに、考えはまとまっているに違いない。


『ヴァトム、ヤンリ、アスハレムと、彼らの手並みは見てきた。なかなかのものだ。六人も揃っていては、少々厄介と言えよう』


「で?」


『そろそろ、彼らの心胆を寒からしめようと思ってな』


ズィニア・スティマ。最悪の殺し屋と呼ばれることがある。


クロイツが依頼する仕事は、基本的には殺しのはずだった。


「誰を消せばいい?」


『そうだな……誰でもいいが……』


また、考え込む振り。


声が聞こえるタイミングを読んで、ズィニアはその名を口にした。


『ユファレート・パーターを……』

「ユファレート・パーターか」


少し、驚いた気配。


『……私の思考を読んだかね、ズィニア・スティマ?』


「まあな」


『……彼女の存在は、ハウザードに影響を与えすぎる』


ユファレート・パーターだけは、始末しておきたい。それが、クロイツの考え。


「いいぜ。俺も、早目に消しておくべきだとは思う」


ズィニアは、右腕を摩った。


火傷は癒してある。もう、痛みはない。


「ちっとばかし、あのお嬢ちゃんは刺激的すぎるからな」


『シーパル・ヨゥロも、同様の力を備えていると考えていい』


「なら、その二人だ。殺しとく。あとはどうでもいいや」


他の四人は、別に怖くない。


ユファレート・パーターとシーパル・ヨゥロだけは、警戒する。


『拒絶の銀』で防げないほどの高威力を出せる魔法使い。


ズィニアにとっては、最悪な相性の敵だった。


『君には期待している。これからもよろしく頼むよ、ズィニア。最悪の殺し屋よ』


ハウザードと同じようなことを言う。あるいは、ハウザードがクロイツの話し方を真似たか。


その台詞を最後に、通信が途切れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


その赤毛を長く伸ばした男は、バナナをほおばっていた。


サンは半眼になって尋ねた。


「……なにをしに来たんだ、君は?」


「……いや、てめえが呼んだんだろうが。この死ぬ死ぬ詐欺師め」


「……」


ヘタレ王子、バカ王子に続いて、今度は死ぬ死ぬ詐欺師か。


ルーアが、適当にバナナの皮を放り投げる。


ごみ箱から外れたそれを、溜息をついてティアが捨て直していた。


「……質問を変える。なにをしてるんだ、君は?」


「えっと……」


ルーアは、今度は籠からリンゴを取り出し、皮ごとかじりだした。


「食費を浮かそうと……」


「見舞いの品を勝手に喰うな!」


「けちけちすんなよー。命の恩人だろうが、俺は」


「くっ」


「てかこれ、全部エミリアさん宛てじゃねえか。うわぁ、誰かさん人望ねえなー」


「うるさい!」


サンは、入院していた。

もう数日が過ぎている。


今回の事件で、街の住民に多数の怪我人が出た。


そのため、なかなか魔法医の治療が回ってこない。


同室の隣のベッドには、エミリアがいた。

事件のあと、倒れたのだ。


エミリアも、魔法で癒されたとはいえ重傷を負ってかなりの出血をした。


加えて、相当の心労があったという。


張り詰めていた糸が、事件の解決と共に切れたのだろう。


なかなか人望があるのか、同じ保育園の職員が、度々見舞いにくる。


サンの所へは、ティアしか見舞いにこない。


父親のことを知ってから、深く他人と関わることをしなくなった。


サンは、腹を摩った。


「ちゃんと、最後までしっかり治してくれよ。まだ痛いんだ」


ルーアは、見舞いの籠に伸ばした手を止めた。


「……まさかそのために、俺を呼んだのか?」


「そうだよ、文句あるか?」


「ケッ」


ルーアは、すごく嫌な顔をして、舌を出した。


「なんだよ、それくらいいいだろ!」


「いやぁ……普通にめんどい」


「自分の傷はちゃんと治してるじゃないかっ!」


「じゃ、金」


「……なんて嫌な奴だ」


ティアは、額に手を当て溜息をついていた。


エミリアは、ベッド上で微笑んでいる。


「まったく、そんな用で呼びやがって。俺、帰るな。これ、貰ってくぞ」


勝手に、見舞いの果物が入った籠を手にする。


「おい……」


「ルーアさん」


文句を言おうとしたところで、エミリアに遮られた。


「本当に、ありがとうございました」


ベッドの上で、体を折り畳むように深々と頭を下げる。


ルーアは、ひらひらと手を振った。


「いえいえ、お気になさらず。んじゃ、お大事に」


言って、さっさと病室から出ていく。


「ちょっと、ルーア! 待ってよ!」


ティアが追いかけて、振り返る。


「じゃあ、あたしも行きます。サン、エミリアさん、お大事に! また来ますね!」


頭を下げると、慌ててルーアのあとを追って出ていった。


「……ったく」


サンは、寝転がって枕に後頭部を埋めた。


エミリアが、くすくすと笑っている。


「素敵な人ね」


「どこがっ!?」


サンは憮然として、身を起こした。


窓から外を眺める。

しばらくして、ティアとルーアが並んで病院から出てきた。


ティアが振り返り、手を振る。


「……ティア」


手を振り返しながら、サンは呟いた。


いずれ、ティアは全てを思い出すだろう。


そしてその時、側にいるのは、きっとサンではない。


(……嫌な奴だ)


ルーアは、欠伸をしながら歩いていた。

振り返りもしない。


ティアの手紙に書いてある通りだった。


口が悪くて、態度が悪くて。


「嫌な奴だ……」


戦ってくれて、守ってくれて、助けてくれて、救ってくれた。


それなのに、あんな態度を取られたら、素直に礼を言うこともできないではないか。


本当に、嫌な奴だ。


今、自分は、どんな表情をしているのだろう。


隣のエミリアは、穏やかな表情で微笑んでいた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ある意味、今回最も重要な役割を果たしたのは、怪我一つしなかったデリフィスだったのかもしれない。


各国の要人相手に、大熱弁を奮ったという。


そのためか、デリフィスは連日、今回の事件の査問会に呼ばれていた。


早朝から出掛け、深夜に戻ってくる。


余程人前で喋るのが嫌なのか、日に日にやつれていった。


戻ってくるデリフィスを半笑いでルーアが出迎えると、相当に苛立っているのか、噛み付くような視線を向けてくる。


まあ、頑張ってもらうしかない。


一応、ルーアたちの無実は証明されたようだが、どんなどんでん返しがあるかわからないのだ。


デリフィスの熱弁だけでは、上手い具合に転がらなかっただろう。


キュイやダネットが、デリフィスのはったりに信憑性を与えてくれた。


シーパルやユファレートが『ジグリード・ハウル』を止め、さらに反撃をする姿を見せたからこそ、各国の宮廷魔術師は動いた。


そして、ラシィ・マコルとハウザード。


首謀者が宮廷魔術師であったからこそ、サンへの疑いの眼を逸らさせることができた。


考えることがある。


なぜハウザードは、ドニック王国の宮廷魔術師のローブを着て、事件に関わったのか。


それがなければ、ルーアたちやサンの無実を証明するのに、もっと苦労していたはずだ。


(まあ、いいけどよ……)


会ったこともない、赤の他人である。


外側からその思考を理解しようというのが、無理なのだ。


サンについて。彼はまた、複雑な立場になっていた。


とりあえずズターエ王国は、サンを抹殺することはできないようだ。


デリフィスやシーパルやユファレート、そしてキュイやダネットのお蔭で、各国の要人を味方に付けた。


そして、ラシィ・マコルのせいで、ズターエ王国は立場を悪くしている。


サンの扱いには、相当神経を使うだろう。


サンは、なんらかの形で王宮に仕えることになりそうだ。


前王の息子が、現王サバラ・ブルエスに忠誠を誓う。それには、大きな意味があるだろう。


しばらくサンは、監視付きの生活を強いられることになる。


病室の外で、屈強な兵士が二人、入り口を固めていた。


病院の外でも、あちこちに政府関係者らしき姿が窺えた。


サンの気苦労は増えるだろうが、その辺りは知ったことではなかった。


ティアやエミリアが泣き喚く事態にならないのならば、それでいい。


「ルーアはさ……」


隣を歩くティアが、身長差の分ルーアを見上げて聞いてくる。


「なんで、サンには意地悪するの?」


「……べつに意地悪はしてねえだろ」


「怪我、治してあげればいいじゃない」


ルーアは溜息をついて、頭を掻いた。


「……いいんだよ、治さなくて」


「なんでよ?」


「どうせ、素直に甘えるなんてできねえんだ。入院してる間は、エミリアと一緒にいれる理由ができるじゃねえか」


「……ルーア」


「とか言ってみるけど、本音は、ただめんど臭いから嫌なだけだったりする」


「……」


ティアは溜息をついた。


さっきから、みんなが溜息をついてばかりなような気がする。


「……ああ、そうそう。話、変えるけどさ」


「ん?」


「えっと、その……」


髪の毛をいじりながら、なにやらティアはもじもじとしている。


「……なんだよ」


「いや、その……ちゃんと、お礼言ってなかったから……。だから、あり……がとって」


「なに言ってんだか。サンを助けたのは、お前もだろ」


「サンのことも、そうなんだけど……。あたしのことも、助けてくれたじゃない、基地で……」


「それも、俺だけじゃねえしな」


「もちろん、テラントにもお礼は言ったよ。他のみんなにも。だけど、ルーアにだけはお礼言ってなかったかなって……」


怪しい。

素直に礼を言うなど、なにを企んでいるのか。


「ほ、ほら。前にも、助けてくれたじゃない、『ヴァトムの塔』で……」


「……それは言うな」


ルーアは、顔をしかめて左腕を掴んだ。


「筋肉断裂、複雑骨折した腕を、どっかの誰かに踏み付けられた痛みを思い出す」


「あれはっ! あんたがスケベなのが悪いんでしょ!」


「お前から見せたんだろうがっ!」


「人を恥女みたく言うな!」


ティアが、顔を赤くして怒鳴る。

機嫌の起伏が激しい女である。


数日前も、不機嫌だったり上機嫌だったりした。

なんて面倒臭い女なのだろう。


(そう言えば……)


ふと思い出した。

ティアの機嫌がよくなるというアドバイス。


「なあ、オースター……」


「なに!?」


ティアは、細い肩を怒らせている。


「聞きたかったんだが、オースター姓の奴って、この世に何人くらいいるんだ?」


「……なによ、急に」


「ただなんとなく、聞きたいだけなんだけど……」


怪訝な顔をして、ルーアの顔を見つめてくる。


それでもティアは、質問に答えてくれた。


「そうね……孤児院のみんなも、大抵がオースター姓を名乗ってるし、独立してからも、サンみたいにオースター姓のままの人もいるし、その人たちが、家族を持ったりするから……」


「結構たくさんいそうだな……」


「何十人はいるかな」


「何十人か……」


ルーアは、空を仰いだ。


「紛らわしい……」


「紛らわしいって、あんたねえ!」


「紛らわしいからさ、今度からお前のことは、名前の方で呼ぶよ」


「……へ?」


ティアが、きょとんとした顔をする。


「……なんだよ、問題あるか?」


「ない……けど……みんなそう呼ぶし……」


なにやら明後日の方を向き、眼を泳がせている。


「……じゃあ戻るか、ティア」


「……!」


ティアの体が、びくりとした。


俯き、肩を震わせている。


「……どうした?」


近付いたところで、掌が飛んできた。


顎や頬を押すようにして、顔の向きを変えられる。


「……なんだよ?」


「……い、今まで通り、オースターでいい」


「……いや、だから、それだと紛らわしいから、ティアって……」


「いいったらいいの! 気安く名前で呼ぶなぁっ!」


いきなり、向こう脛を蹴られる。


「いって!?」


「ルーアのバカ! スケベ!」


また怒鳴り付けて、そのまま駆け去っていく。


(……訳わからん……話違うぞ、ユファレート……)


名前で呼べば喜ぶ、とか言ってなかったか。


「お前らなぁ……」


「うおっ!?」


背後から呻き声が聞こえて、ルーアは振り返った。


テラントが、ぼんやりと突っ立っている。


「いつから、そこに……?」


「いや、面白そうだったから、見学してた」


「……見学?」


「病院に治療費を払いに行ってたんだけどな」


サイラスとの戦闘で負傷した左腕を振ってみせる。


「お前がちゃんと治してくれないせいで」


「……いや、あんたが自分から病院に」


「ああ……余計な出費だ」


「愚痴られても」


「ところでお前らって、十七歳だったか?」


「俺とオースターか? そうだよ」


ティアも、ルーアと同い年だったはずだ。


「ふむ」


テラントは、自分の顎に手を当てた。


「前々から、突っ込みたいのを我慢していたのだが」


「……なにを?」


テラントは空を見上げると、いきなり大声を上げた。


「青臭えんだよっ!」


「うおっ!?」


周囲の人間の、注目が集まる。

お構いなしに、晴れやかな顔でテラントは額を拭った。


「ああ、すっきりとした」


そのまま、すたすたと立ち去っていく。


「……わ、訳わかんねえ……どいつもこいつも……」


頭を抱えたい衝動に、ルーアは襲われていた。


「……ま、まあいいか」


無理矢理気を取り直して、ルーアは呟いた。


テラントの足取りは、しっかりとしていた。


ティアも、負傷の影響はなさそうだった。


サンもエミリアも、助けることはできた。


決してハッピーエンドとは言えない。


キュイの部下や、アスハレムの住人、警察官、軍人。

犠牲者は出た。


そして、ズターエ王国とドニック王国は、各国の信用を失い、『フォンロッド・テスター条約』は結ばれなかった。


それでも、今回は守り切ったのだ。

視界に入る、全ての人々を。


太陽の位置で、ルーアは北東を捜した。


充実感と共に、微かな切なさも感じる。


「こんくらいのこと、もっと早くにできてろよな……」


呟く先に、ヤンリの村があるはずだった。

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