誰がための『コミュニティ』
俺に当たれ。そう思いながら、ルーアは走っていた。
引いたくじは、一番だった。
カルキン会館西の基地となる。
一人で大勢を相手にする時、もっとも勝率が高いのは誰か。
それは自分だと、ルーアは思っていた。
テラントやデリフィスと対等以上に戦える剣士は、そうはいないだろう。
シーパルやユファレートに肩を並べる魔法使いが、果たして何人いるのか。
彼らの戦闘能力は、ルーアと同等かそれ以上だろう。
だが彼らは、剣か魔法、いずれかに特化した、言わばスペシャリストだった。
一人で大勢を相手にするのに最も必要なのは、どんな状況だろうと戦える柔軟さと応用力だとルーアは思っていた。
つまり、戦闘の引き出しの多さ。
ルーアだけが、剣も魔法も使える。
「国王陛下の暗殺を企んでいる、という情報を得てな」
デリフィスとダネットが、顔を見合わせている。
色々おかしいのではないか。
疲れた脳でも、ルーアはすぐにそう思った。
国王の暗殺を企んでいるのならば、確実に軍や警察が動くだろう。
少なくとも、『坊っちゃま騎士団』よりは早く動く。
だが、軍や警察が聞き込みをしている姿を眼にしていない。
そして、『坊っちゃま騎士団』の連中は、なぜ動いているのか。
ルーアたちを雇った貴族は、ハオフサットの南に領土を持つ。
わざわざハオフサットに私兵を送ったりするものなのか。
国王暗殺計画が事実だとして、それを旅人たちに話すものなのだろうか。
「よく見てくれ。名前はアラン。家名は無い」
「いや、知りません」
テラントが、肩を竦める。
「『コミュニティ』という組織に所属していた」
宿の名を口にしてみる。
男たちは、顔を見合わせた。
「……近くに警察署がある。そこで聞いた方が確実だろう」
「……そうですね。そうします。そう言えば、途中でそれらしい建物を見た気もしますし」
会釈をして、ルーアは場を離れた。
男たちは、まともな応対だった。
(外れかよ……!)
次に向かうのは、同じくカルキン会館西の基地。
二番のくじを引いたのは、テラントだった。
ここからは、少し北となる。
ルーアは走り出した。
ここの基地を離れた途端に事が起きる可能性もあるが、そこまで考えると、少人数ではなにもできない。
予想外なことは、いつだって起こりえる。
外れた場合、どこを通り次へ向かうかは、事前に話し合われていた。
定められたルートを走っていく。
当たりである可能性は、五分の一。
前方から、向かってくる人影があった。
花火の光で、金髪が輝く。
テラントだった。
「……そっちも……外れか」
ルーアは、息を弾ませながら言った。
「西二箇所は外れか。次は、デリフィスの野郎のとこだな」
北西、三番の基地。
ここからは、さらに北となる。
少しばかり遠い。
「急ごう」
ルーアは、路面を蹴った。
「早目に馬車が見つかるといいがな」
テラントが横に並んで言った。
次が当たりである可能性は、四分の一。
夜の街を、二人で疾駆していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
担当となったのは、北西の基地。
遠方のため、馬車を拾いデリフィスは向かった。
地味に出費が痛いが、そんなことを気にしている場合ではない。
基地に、騒動が起きている様子はなかった。
入り口にいる軍人たちに話し掛けてみるが、まともである。
「外れ、か……」
呟き、頭の中で約束事を確認する。
次の目的地は、カルキン会館の北にある基地。
四番のくじを引いた、ユファレートが担当する基地だった。
一番から順に、ルーア、テラント、デリフィス、ユファレート、シーパル、ティアとなる。
当たりは、デリフィスにはこなかった。
あと五人。
最も引きが強いのは、あるいは、最も運が悪いのは誰だ。
デリフィスは、待たせてあった馬車へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
カルキン会館までは、ティア、ユファレート、シーパル、キュイの四人で、同じ馬車に揺られた。
キュイだけはカルキン会館に残り、三人でそれぞれ、受け持ちの基地へと向かう。
ティアが引いた六番のくじに当たる基地には、サンたちの姿も敵の姿もなかった。
内心、ティアはほっとしていた。
敵がいても、正直なにもできなかっただろう。
それでも、じっとしていられない。
ルーアが心配してくれているのはわかるが、サンとエミリアが囚われているのだ。
次に向かう予定の場所は、西隣、シーパルが担当する基地だった。
ここからは、一人ではない。
危険は、かなり減る。
(ルーア……)
走りながら、ティアを蔑ろにしようとしたルーアの顔を思い浮かべた。
腹が立ったわけではない。
聞きそびれていることがあるのだ。
どうせ、まともな返答はしてくれないのだろうけど。
彼は、なぜこの街に来たのか。
本来の目的地、彼の故郷リーザイとは、まったく違う方角である。
(……今回の騒動が起きるのを、わかっていたとか)
考えにくいが、有り得ないことではない。
ルーアには、情報を司るエスが背後に付いている。
(……やっぱり、ハウザードさん?)
しばらく前に思ったことだった。
ルーアは、『コミュニティ』を敵にしていた。
ハウザードの近くには、『コミュニティ』のズィニア・スティマがいた。
今回の事にも、『コミュニティ』が関係している。
もし、もしも彼の目的が、ハウザードにあるのなら。
(……あたしは、どうすればいいんだろ? ……ユファ)
親友の顔も思い浮かべて、ティアは走り続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
右手には『拒絶の銀』。
左手には『インビジブル』。
腰の後ろの『蟲の女王』を抜く必要はなさそうだ。
ここは、ズターエ王国王都アスハレムにいくつも築かれた、軍事基地の一つ。
両の手に小剣の形をした魔法道具を携え、ズィニアは基地の中を闊歩していた。
向かってくる、ズターエの軍人たち。六人。
動きは悪くない。
よく、鍛えられている。
だが誰一人として、ズィニアと剣を合わせることすらできない。
ほとんど同時に、六人の首筋から血が噴き出た。
基地には、小隊が配置されていたようだが、隊長らしい者も分隊長らしき者も、すでに斬り捨てている。
指揮官を失った軍人たちは、秩序なくズィニアに立ち向かうか、逃走するかだ。
向かってくる者は、剣の錆となった。
逃げ出す者も、すぐに始末されているようだ。
基地の入り口は、すでに『コミュニティ』の兵士が封鎖している。
放たれた光線が、ズィニアの翳した『拒絶の銀』に消されていく。
魔法使いまで配置されていた。
なんの障害にもならないが。
ズィニアは、一度跳躍した。
薬物で極限まで強化された肉体が、背を見せた魔法使いまでの距離を、一瞬で零に変える。
首の後ろに、刃を叩き付けた。
顔を強張らせた男が、ズィニアに近付いてきた。
ズターエ王国の軍服を着ているが、一応は味方となる。
この基地に軍人として潜伏していた、トゥという。
ラシィ・マコルの、部下になるらしい。
軍人に成り済ますだけあって、逞しい体つきをしているが、魔法使いだということだった。
潜入工作や情報操作など、謀略を得意としているらしい。
この基地の周辺の通りには、住民の姿がなかった。
よくわからないが、トゥが手を回しているようだ。
交通規制でも敷かせているのだろう。
他にも、軍や警察の動きが緩慢になるよう、工作をしているという。
全て、この軍事基地を陥落させるためだった。
「あなたは、酷い方だ、ズィニア・スティマ……」
「んん?」
緊張しているのか、トゥの額にはびっしりと汗の玉ができていた。
「この基地を落とす。ただそれだけのために、私がどれだけ時間を掛けて工作し、どれだけ考え抜き策を練ったか……」
ズィニアは、トゥに笑いかけた。
「凡人の工夫も策も嘲笑うような、その絶対的な強さ……。お蔭で、兵士の損耗を避けられました」
協力して貰えるとは思っていなかったのだろう。
クロイツからは、頼まれたら力を貸してやれ、と言われていた。
実際に、昼過ぎに一度、ラシィからは依頼を受けている。
だがズィニアの事情により、結果としてそれは無下にしてしまった。
負い目があるわけではないが、少しは手伝ってやるか、というつもりになっていた。
トゥには、ただ気分が乗った、とだけ言ってある。
ズィニアは、『コミュニティ』では、傍若無人な気分屋で通っている。
トゥは、疑問に思わなかったようだ。
兵士が一人寄ってきた。
トゥに耳打ちする。
「接近してきた敵を発見。交戦中とのことです。サイラスやエランがいるので、大丈夫だとは思いますが」
聞いてもいないのに、報告してくる。
「ああ、いいぜ。行ってやれ。乗り掛かった船だ。ここは、俺が落としておく」
ズィニアは、基地の建物を見上げた。
頂上部は、鋭く尖った形状をしている。
そこに、『ジグリード・ハウル』はあるはずだった。
「間もなく、ラシィが到着します。私も、すぐに戻りますので」
『ジグリード・ハウル』の起動方法は、ラシィとトゥが知っているということだった。
「わかった。それまでには、ここも落ちているだろうよ」
「はい」
「ああ、そうだ、トゥ」
立ち去りかけたトゥを、ズィニアは呼び止めた。
「ハウザードも、動くってよ」
「……あの、ハウザードが」
「巻き込まれんように、気を付けるんだな」
トゥが、顔を引き攣らせる。
笑おうとはしているようだ。
トゥを見送り、ズィニアはまた基地を見上げた。
建物の中に、あと何人いるのか。
外の部隊を始末するのに、少し時間が掛かった。
部隊の秩序を取り戻しているかもしれない。
罠くらいは仕掛けているかもしれない。
せめて、あと百人はいろ。
それくらいいれば、少しは楽しめる、そうズィニアは思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
人通りがなくなったことで、予感はあったのだ。
(わたしが、当たりね……)
基地まで、真っ直ぐ続く通り。
背後には、他の建物よりも背が高い、カルキン会館の屋根が見える。
点された明かりで、軍事基地の全貌もわかるくらいの距離。
『コミュニティ』に道を阻まれた。
エランという、顎の尖った魔法使い。
兵士も、二十人はいた。
六分の一を引いたか。
幸運だとは、とても思えない。
(近いのは、シーパル……)
少なくとも彼が到着するまでは、一人で凌ぐしかない。
すでに基地は占拠されたのだろうか。
解放できるのか。
サンはこの先にいるのか。
奪還できるのか。
倒せるのか。
勝てるのか。
『ジグリード・ハウル』を起動させないよう、時間を稼げるのか。
無理だ、とユファレートは判断した。
エランだけが相手なら、勝てる自信はある。
だが、今は兵士に守られていた。
彼は、存分に魔法の力を奮うことができる。
接近してくる兵士をあしらいながらでは、その魔法を防げない。
接近されてしまっては、兵士の一人にも負けてしまう。
武器や体術というものを、ユファレートはほとんど遣えなかった。
元来、魔法使いとはそういうものだ。
ある程度の実力がある魔法使いのほとんどは、魔法の勉強と練習で、一日の時間を失う。
ルーアのように剣も魔法も一流というのは、はっきり言って異端だった。
誰かに守られていれば、その強力な魔法で、簡単に戦況をひっくり返せる。
一人になると、途端になにもできなくなる。
それが、魔法使いというものだった。
「ファイアー・ボール!」
火球を、エランに防がれないよう両者の間に着弾させる。
爆炎が上がると、ユファレートはすぐに踵を返した。
勝てないのならば、戦うべきではない。
助けがくるまでは、逃げる。
エランや兵士が追ってくる。
ユファレートは、適当に路地に入って行った。
いつまでも逃げられるとは思わない。
認めたくないが、周りのみんなはユファレートのことを方向音痴だと言う。
どこかで、道の選択を間違えてしまうはずだ。
元々、知らない土地である。
足が早いわけではない。
体力があるわけでもない。
飛行の魔法を使えば、エランに探知されてしまう。
そして、魔力の消費量が多いため、長時間使い続けられない。
女が、男たちに追われている。
その事実が、恐怖感を煽る。
絶対に、捕まるわけにはいかない。
ひたすら、ユファレートは足を動かし続けた。
エランと兵士たちは、執拗に追ってくる。
狭い道を選んでいたつもりだが、不意に視界が開けた。
広い建物が見える。
障害物が減ると、途端に兵士たちから短剣が飛んできた。
体の近くを掠める。
追い付かれる。
ユファレートは、建物へと向かった。
閉ざされている頑丈な扉。
かなり厚いように思える。
瞬間移動の魔法を発動させて、建物の内側に入り込んだ。
追いついて来ていた兵士たちが、扉を殴る音がするが、びくともしないようだ。
「ここ……なら……」
動悸を鎮めるように、ユファレートは胸を押さえた。
走り回ったせいで、呼吸が苦しい。
少しは、時間を稼げそうだ。
エランが魔法で破壊するまでは、扉は破られないだろう。
ユファレートは、魔法の明かりを発生させた。
「ここは……」
広い通路。受付のカウンター。貼り付けられた、何枚ものポスター。
(……劇場?)
ユファレートには、そう見えた。
建物の中の扉を開く。
段差がある客席が続いていた。
奥には、舞台が見える。
街の小さな多目的ホールというところだろうか。
外の扉が破壊される。
ユファレートは、客席の間の通路を走っていった。
兵士たちが、ホールへとなだれ込んでくる。
進む先は舞台。
逃げ道はあまりない。
ふと、ユファレートは足を止めた。
建物の中で逃げ道が限られているのは、敵も同じ。
天井を見上げた。
遠い。
だが、やってやれないこともない。
ドラウ・パーターやハウザードならば、できることだ。
兵士たちが迫る。
ユファレートは、瞬間移動を発動させた。
転移先は、天井まであと少しという空中だった。
そこまでが、ユファレートの限界転移距離。
重力に引っ張られて、落下が始まる。
ユファレートは、再度瞬間移動を発動させた。
今度の移動先は、天井の上。
夏の夜の空気が、下よりは少しだけ冷たいような気がする。
花火が弾ける音が、耳鳴りと相俟ってうるさい。
ユファレートは、両膝をついた。
(……さすがにちょっと……無理しすぎよね……)
視界が暗くなり、ぐらぐらと揺れる。
難易度の高い魔法の連発に、しばらくユファレートは動けなかった。
(あなたなら、わたしがなにをしたか、わかるわよね……?)
エランは、戦闘慣れしている感じだった。
判断力が良い。
退くべき時に、すぐ退く。
魔法は多彩で、微妙な実力だが短剣も扱う。
万能型、悪く言えば器用貧乏。
ルーアと少し似ているかもしれない。
様々なことができるエランなら、ユファレートがなにをしたかわかる。
ユファレートの狙いも。
(逃げる時間が、あなたたちにあるかしら?)
十数秒の休息の後、ユファレートは魔法を発動させた。
「ガン・ウェイブ!」
衝撃波が、ホールの屋根に亀裂を走らせる。
少し移動して場所を変えた。
その方が、思惑通りにいくような気がしたのだ。
「ガン・ウェイブ!」
衝撃波を、さらに屋根に叩き込む。
場所を変えて三度。
「ガン・ウェイブ!」
足場が崩れる。
宙に投げ出されるような感覚があった。
天井の崩落が始まる。
「フライト!」
飛行の魔法を発動させて、轟音と共に崩れていく景色を見下ろす。
崩壊が治まるまで待ってから、ユファレートはゆっくりと降下していった。
着地と同時に、額を押さえる。
(疲れた……)
短時間に魔法を乱発しすぎた。
目眩を感じる。
果たして、何人が逃げられたか。
何人が生き埋めとなったか。
視界が、はっきりとしてきた。
まず眼についたのは、向かってきている複数の兵士だった。
まだ、意識が少しぼんやりとしている。
反応が遅れた。
一人が、腕を振る。
短剣が、ユファレートの左肩に突き刺さっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
シーパルは追われていた。
受け持った基地にサンの姿はなく、隣の基地へ向かう途中である。
視界の中に四人の兵士。
視界の外に、十数人はいる気配があった。
包囲されつつあることを悟ったシーパルは、逃走を選んだ。
何人を相手にすることになるか、わからない。
ラシィやサイラスのように、危険な相手がいるかもしれない。
遠くから、地鳴りのようなものが響いた。
微かな魔力の波動。
(ユファレート……?)
こちらの基地の担当は、ユファレートだった。
距離があるため、魔力の波動を読み切れない。
シーパルは、そちらへ向かえるように、走る方向を変えた。
景色が変わった。
広い公園の中を突っ切ることになりそうだ。
森林公園ほどではないが、樹木が多い公園。
敷地内に、林があるようだ。
酒のビンを手に、ベンチに腰掛けている男二人の横を通り過ぎた。
少し汚れた格好をしている。
おそらく、ホームレスだろう。
花火を眺めていた。
「!」
シーパルは足を止めた。
遮る者たち。
兵士が二十人弱。
従えているのは、サイラスと体格の良い男。
(行動を、読まれていた……?)
「逃げてください!」
ホームレス二人に向かって言い、シーパルはサイラスたちに向き直った。
はっと気付き、またホームレス二人に眼をやる。
花火のお蔭で、充分ではないが明かりがある。
二人。妙に顔色が悪くなかったか。
ベンチ裏に生える木の根元に、なにかが隠すように転がっていた。
多分、衣服を剥ぎ取られた遺体。
気付いた時にはもう遅い。
シーパルは、酒ビンで側頭部を殴られていた。
土の上へと倒れ込む。
(なんて間抜けな……!)
ホームレスに扮した、『コミュニティ』の兵士。
こんな罠に引っ掛かるなんて。
横倒しになった体が動かない。痺れたような感覚がある。
顔を、どろりとした感触の血が通っていく。
動けるようになるには、少し時間が必要となりそうだ。
兵士が、短槍を蹴り飛ばし遠くへとやる。
それは構わない。
短槍はあくまでも、接近戦で補助的な意味がある程度の物でしかない。
武器は魔法である。
シーパルは、気絶した振りをした。
実際に、短い間気を失っていたかもしれない。
近付いてくる足音。声。
「姑息な策も、弄してみるものだな、トゥよ」
「姑息ではありますが、効果的だとも認めてくださいますよね、サイラスさん?」
「ふん……」
罠を張ったのは、サイラスではなく、トゥとか呼ばれた体格の良い男の方か。
シーパルは、薄目も開けなかった。
瞳が光を反射して、意識があるのがばれてしまう。
意識のない相手に、サイラスは危害を加えないような気がした。
「この者だが……」
「殺しましょう」
トゥ。即答だった。
「全身を拘束しようと、さるぐつわを噛まそうと、魔法使いは魔法を使える。人質には向きません」
「ふむ」
「私が、とどめを」
(まずい……!)
シーパルは、地形を思い浮かべた。
空間のどこになにがあるか、どこに誰がいるか、把握する能力には自信がある。
すぐ側には、二名。
近付いてくる、十九の足音。背中の方向からだ。
道の幅は。ベンチは。林は。
シーパルは、地面に突っ伏したまま、瞬間移動の魔法を発動させた。
草を踏む感触。新鮮な樹木の匂い。
目論見通り、林の近くである。
「あっちだ!」
トゥの早い指示。
魔力の波動を読んだのかもしれない。
だとしたら、魔法使いということになる。
なんとか、体は動く。
よろめきながら、シーパルは林の中へ入って行った。
木々に、短剣や矢が突き立つ。
火球が、背後で破裂する。
少し進んだところで、シーパルは転げ落ちた。
ちょっとした崖のようになっていた。
(まだ僕は、ついてる……)
土と血に塗れながらも、シーパルは自分にそう言い聞かせた。
近くに林があったのだ。
木々が障害物となり、飛び道具は意味を成さないだろう。
傷付いた体では、思うように移動できない。
敵も、夜の林をそう速くは移動できないだろう。
樹木に包まれた場所を、速度を落とさず移動できるのは、ヨゥロ族だけの技能と言っていい。
傷を魔法で癒しながら、シーパルは林を進んだ。
やはりトゥは魔法使いなのだろう。
魔力の波動を探知しているらしく、兵士へ追撃の指示を、細かく出している。
痛みを堪えながら、シーパルは意識を周囲に張り巡らせた。
どこに、木は生えているか。
どこに、岩が転がっているか。
兵士はどこに、何人いるか。
背後。八人がまとまって追ってきている。
シーパルは、手を向けた。
「……! 退け!」
トゥの指示。
林の中は、障害物が多い。
当然、攻撃をかわしにくい。
「ヴァイン・レイ!」
生まれた光の濁流が兵士八人を呑み込むのを、シーパルは感じていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
左肩に、突き刺さった短剣。
痛みを感じる前に、ユファレートは杖を振り上げた。
「ファイアー・ボール!」
火球が、向かって来ていた兵士四人を巻き込み破裂する。
「はぁっ……!」
息を漏らし、ユファレートは膝を付いた。
痛みが、疲労が、力を奪っていく。
眼の焦点が合わない。
ほぼ全壊したホール。
包囲し近付いてくる兵士は、まだ十人近くいる。
ホールの天井に押し潰されたのは、半分にも満たなかったということか。
思ったよりも、倒せていない。
エランも無事だった。
この男の、退避の指示が早かったのだろう。
ユファレートの魔法を警戒しているのか、慎重な足取りだった。
まだ戦える。
ユファレートは杖を手に、立ち上がろうとした。
だが、痛みに顔をしかめ、また膝を付いてしまう。
体が震える。
汗が流れ出た。
呼吸をするたび、体からなにかが抜けていく、そんな感じだった。
エランが笑った。
身の危険を感じる笑い方。
勝利を確信したか、近付く歩き方が、大胆になっている。
魔力の波動を感じた。
飛行の魔法の、魔力の波動。
誰かが、ユファレートとエランの間に降り立つ。
「あな……たは……!」
エランが、驚愕に呻く。
(この魔力の波動……!)
ユファレートが、あまりによく知る魔力。
意識が、一気に覚醒する。
眼の焦点が、いきなりはっきりとした。
長く黒い髪。長身。
忘れることのできない横顔。
何度も何度も、夢の中で見た。
夢の中でさえ、想い恋い焦がれた。
濃い紫色のローブに身を包んでいた。
ドニック王国の、宮廷魔術師のローブだろうか。
祖父に与えられた、ユファレートと揃いのローブはどうしたのだろう。愛用の杖は。
二年ぶりに間近で見るその姿。
二年ぶりの再会。
きっと、わたしがピンチだからだ。
妹の危機に、颯爽と助けにきてくれた。
なんて、劇的な再会だろう。
「お兄ちゃん……」
花火と月明かりに照らされ。
ハウザードが、そこにいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「ギルズ・ダークネス!」
闇が、空間を侵食していく。
草木を、肉を、空気を腐敗させ、破壊していく。
また八人の気配が消えるのを、シーパルは感じていた。
高度な魔法の連発に、シーパルは木にもたれた。
トゥの放った魔法が、近くで破裂する。
視界が悪いためか、正確性をかなり欠いていた。
サイラスは、あまり前に出てきていない。
彼の体格と長大な槍が、迅速な移動を阻害しているのだろう。
(あと、五人……!)
ふらつく足で、林の中を進む。
あとどれくらいの時間、戦うことができるか。
近付いてくる気配が、一つ増えた。
反射的に、手を上げる。
女性や子供を思わせる、軽い足音。
「シーパル!」
「ティア!?」
ひょっこりと出てきた少女の姿に、シーパルは声を上げた。
カルキン会館北にある基地は、三箇所。
四、五、六のくじを引いたのは、それぞれユファレート、シーパル、ティアだった。
担当の基地に、異常がなかったのだろう。
シーパルが最初に向かった基地にも、サンはいなかった。
ティアは、シーパルにいくらか遅れて、ユファレート担当の基地へ向かっていたのか。
戦闘の音を聞き付けてきたのだろう。
「逃げるよ!」
短剣をサイラスに投げ付けてから、ティアは手を取ってきた。
サイラスが、槍で短剣を防ぐ。
やはり、周りの木が邪魔そうだ。
足が思うように動かない。
ティアに引きずられるように、林の中を走った。
華奢な体つきなためか、ティアの移動は速かった。
逆にトゥやサイラスは、その恵まれた体格のためか、走りにくそうだ。
しばらくの間、ティアに手を引かれ走った。
足が縺れ、転んでしまう。
傷が疼くように痛んだ。
ティアが小剣を抜いた。
シーパルを守るように立つ。
静かな林。
花火の音だけが響いている。
「……こない?」
ティアが、ぽつりと呟いた。
意識を、周囲に拡げる。
他に、人の気配を感じなかった。
「……来てませんね」
「……なんで?」
追い付かれていたら、殺されていた。
ティアがサイラスに勝てるとは思えないし、シーパルも今の状態では、トゥという魔法使いと戦えない。
「追い付けないと判断したか……いや、多分、僕らの命などどうでもいい、ということでしょう……」
彼らの目的は、基地の占拠、そして、サンと『ジグリード・ハウル』の確保にある。
追い付けるかどうかもわからない逃げる敵を、わざわざ追う必要はないということか。
占拠した基地を固め敵に備える方が、理に適っている。
「……もう、『ジグリード・ハウル』を放つ準備が、整いつつあるのかもしれません」
「そんな……サンが……!」
「……僕らだけじゃ、どうしようもないです」
ラシィがいる。
トゥやサイラスも戻っただろう。
エラン。兵士たち。
ズィニアもいる可能性がある。
あるいは、ハウザードも。
「……近くで、きっとユファレートも戦っています。まず、彼女と合流しましょう」
無理だと感じたら突っ込まない。仲間と合流する。
そういう取り決めがされていた。
先程遠くから聞こえた地鳴りは、もう聞こえない。
ユファレートの安否も気掛かりだ。
「……じゃあ、シーパルはユファをお願い……」
「……ティア?」
「あたし……は、先にサンのとこに行くから……」
「そんな無茶な! ……くっ!?」
立ち上がりかけ、痛みに頭を押さえる。
それでもシーパルは、残った手でティアの手首を掴んだ。
「……大丈夫。無茶は、しないからさ……様子を見るだけよ……」
意外なまでの力で、シーパルの手を引きはがす。
シーパルの握力が、それだけ低下しているというかもしれない。
青冷めたティアの表情。
唇は震えていた。
身を翻し、林の奥へと消えていく。
「ティア!」
手を伸ばし、シーパルは倒れた。
力が入らない。
「なんで、そんな……」
ティアの性格からして、傍観することなどできないだろう。
無謀だと理解している表情だった。
それでも、きっと無理をする。
(なんで……)
兄が心配、『ジグリード・ハウル』を止めるという使命感。
それはわかる。
だが、犬死にをしては、意味はない。
恐怖を感じていながら、死や危険を避けようとしない。
シーパルには、そう感じられた。
『ヴァトムの塔』では、テラントの盾になろうとしたらしい。
ヤンリの村でも、危険を承知で単独行動を取ったという。
そして今も。
(なんで、そんな無茶ばかりを……)
シーパルは、なんとか身を起こした。
ユファレートが、危険かもしれない。
ティアは、間違いなく危険だろう。
体は一つ。
どちらかを、後回しにしなくてはならない。
「ユファレートを……」
ティアは、仲間内で決めた約束事を破った。
だから、ユファレートよりも優先してはならない。
「くそぅ……」
納得できることではない。
ティアもユファレートも、どっちも大切な仲間だ。
それでも、どちらかを見捨てなければならないなら、決まりを破ったティアの方だ。
約束とは、きっとそういうものなのだ。
ティアについては、今は祈ることしかできない。
シーパルは、ユファレートを捜すために、先程地鳴りが聞こえてきた方向へと走り出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「お兄ちゃ……」
「あとは、私に任せろ。お前たちは、基地へ戻れ」
(……え?)
久しぶりに聞いたハウザードの言葉は、それだった。
思考が止まるのを、感じる。
「間もなく、『ジグリード・ハウル』が発射されるぞ」
「……ですが、まだ基地すらも」
「ズィニアが協力している」
「ズィニア……さんが……! なるほど、それなら……」
なにを、二人は話しているのだろう。
なぜ、ハウザードは『コミュニティ』のメンバー相手に、指示を、命令を出しているのか。
「さあ、わかったら戻れ。この女は、私の方で始末をしておく」
(……え?)
今、なんと言った。
(……始末って……なに?)
エランと兵士たちが、立ち去っていく。
ハウザードと二人きりになった。
二年前と、ほとんど変わっていない。
ハウザードなのだ。
ユファレートにとっては兄同然の、ハウザードなのだ。
ハウザードが、ゆっくりと手を上げる。
優雅とも言っていい動き。
「なんで……?」
声が、掠れた。
「なんでお兄ちゃんが……『コミュニティ』のメンバーと……あんな話し方するの……?」
「わかるだろう、ユファ?」
以前と同じ呼び方。
ユファレートのことをユファと呼ぶのは、ティアとドラウ、そしてハウザードだけだ。
「私もまた、『コミュニティ』のメンバーだからだよ」
優し気ですらある言い方。
「嘘よ……」
痛い。
短剣が刺さった左肩の痛みなど、比にならない。
胸が、痛い。苦しい。
「……ああ、わかった! そういうことね!」
ようやくそれを悟り、ユファレートは表情を明るくした。
なぜ、すぐに理解してあげなかったのだろう。
わたしは、ハウザードの妹なのに。
ハウザードのことを、一番わかっているはずなのに。
「シーパルの従兄弟さんと同じなんだね。『コミュニティ』に潜入して……」
シーパルの従兄弟であるパウロ・ヨゥロは、『コミュニティ』に潜り込み、ヨゥロ族を滅ぼした者を捜していた。
ハウザードも、『コミュニティ』の内側から、なにかを調査しているのだろう。
ユファレートを助けるために、一芝居打ったわけだ。
始末する、などと言って。
ハウザードが、微笑んだ。
憐れむように。
掌の先に、魔力が、破壊の力が、炎が宿る。
膨張していく。
「お兄ちゃん……!?」
「ヴァル・エクスプロード」
「……!」
咄嗟に、瞬間移動の魔法を発動させていた。
視界が切り替わる。
疲労していたユファレートは、また膝を付いた。
視界に映るのは、大火球に吹き飛び崩れる、何軒もの家屋。
通りに、人通りはほとんどなかった。
だからきっと、この辺りに住民はいない。
ハウザードが、住民のことを巻き込むようなことをするはずがない。
炎の中で蠢いているのが、人であるはずがない。
悲鳴が聞こえた。
「……嘘よ……嘘よ、こんな……」
歯の根が合わない。
涙が零れていた。
「お兄ちゃん……」
ハウザードが、転移したユファレートの方に、体の向きを変えた。
「……『コミュニティ』って、酷い組織なんだよ……。わたし……これまでに何度も、たくさんの人たちが巻き込まれて、犠牲になるのを見てきた……」
また、手を上げる。
「……お兄ちゃん!」
今度は、光が生まれた。
「ヴァイン・レイ」
光の奔流が、地面を融解し、大気を蒸発させながら突き進んでくる。
逃げたら、またたくさんの人たちが死ぬ。
「……ルーン・シールド!」
魔力障壁を発生させていた。
光の奔流を受け止める。
「う……あ……!」
それでも、熱は伝わってくる。
杖が、崩れるようにへし折れた。
爪が剥がれ、肌が爛れていく。
袖口から、ローブが熔けていく。
腕の皮膚が裂けて、血が溢れ出た。
「ああっ!」
衝撃と圧力に、ユファレートは地面に叩き付けられていた。
光の奔流が、空間を灼き貫いていく。
なんとか、ぎりぎりのところで魔力障壁は破られていない。
ハウザードの魔法を、受け流す形になっていた。
また、何軒もの家屋が消し飛んでいく。
そして、一体何人が。
「貴様っ……! なにをやっている!?」
騒ぎを聞き付けたのか、警官隊がやってきた。
デリフィスの旧くからの友人だという、スキンヘッドの警官、ダネットもいた。
包帯を全身に巻いているようだ。
彼の言葉で、警官隊が動いたのかもしれない。
「おとなしくしろ! 抵抗をするな! さもなくば……」
隊長らしき警官が言った。
警官たちが、ハウザードに剣を向け、包囲の輪を作ろうと移動を開始する。
魔法使いが一人だけなら。
あるいは、警官たちはそう思ったかもしれない。
強力な魔法を使うためには、時間を要する。
消耗もする。
連発はできない。
前衛の援護が必要だった。
大勢で取り囲み、一斉に襲い掛かれば、優れた魔法使いであっても、どうしようもない。
ただの優れた魔法使いだったらだ。
ハウザードが手を翳す。
警官隊が、突撃する。
「やめて!」
ハウザードに向かって、ユファレートは叫んでいた。
ハウザードの腕が、振り下ろされる。
「フロウ・ズ・ガイアス」
地震が起きた。
地面が波打ち、岩が隆起し、警官たちを打っていく。
大地が裂けた。
地にできた顎に、警官たちが呑まれるように落下していく。
地震が収まった後は、街が、通りの様子が、視界が一変していた。
何十人といた警官隊も、ほぼ壊滅状態になっていた。
ダネットや隊長らしい警官、他数名だけが、なんとか無事である。
ハウザードが、その何人かに手を向けた。
「……待って!」
ユファレートは、彼らの前に瞬間移動した。
重大な火傷を負った両手を拡げる。
「やめて……もう、やめて……」
ハウザードが、ちょっと顔をしかめた。
そして、掌の先の魔力を変質させていく。
数人を殺めることができる簡単な魔法から、より強力な、破壊し尽くす魔法へ。
「フロスト・ブリング」
「……!」
冷気の刃が、風が、ユファレートの発生させた魔力障壁を叩いた。
周囲が凍てつき、氷の刃で裂かれ、極限まで冷却された物体が、砂のように崩れていく。
猛吹雪が、辺りを揺るがす。
「逃げ……逃げて……早く……!」
だが、魔力障壁を貫いて猛威を振るう冷気に、警官たちは地に伏していた。
急激な体温低下に、みなが体の自由を失っていた。
「くぅ……!」
冷気が、魔力障壁を破壊していく。
その修復と強化に、ユファレートの魔力は急速に奪われていった。
吹雪が収まった。
魔力障壁が崩れる。
霜を踏み締める足音がした。
「……なぜ、私を攻撃しなかった?」
ユファレートは、顔を上げた。
ハウザードが、冷たい眼差しで見下ろしている。
「警官隊へ魔法を放った時、束の間、私は無防備だった。お前なら、その時に私を撃つことができたはずだ」
「……攻撃?」
(……わたしが……お兄ちゃんを……?)
考えたこともない。
「……そんなこと……できない……」
「そうか……」
ハウザードが、失望するかのように溜息をついた。
「ならばやはりお前は、ドラウの元を離れるべきではなかった」
ハウザードが、掌を向ける。
嘘だ。
全部、悪い夢であってほしい。
全部冗談であってほしい。
激しい足音。
ハウザードが、手を翻した。
発生する魔力の力場。
そこへ、重く厚い剣が叩き付けられる。
ハウザードの体が、衝撃に少し揺れた。
駆け付けたのは、デリフィスだった。
「……よぉ……団長」
ダネットが、微かに呻いた。
「デリフィス・デュラムか……」
ハウザードが、その名を口にした。
「凄まじいな、君は。まるで、研ぎ澄まされた剣の、切っ先のような男だ。私の身体能力では、とてもかわせそうにない。こうして防ぐしかなかった」
そして、ハウザードは別の方向を見た。
「当然、私の足は止まる」
「フォトン・ブレイザー!」
シーパルの声。
光線が、力場を叩く。
だが、貫けない。
捩曲がり、拡散する。
シーパルは、ハウザードに接近した。
手には、解除の魔力。
それを、力場に打ち込む。
対象との距離が近ければ近いほど、魔法の威力は上がる。
距離計算が不要になる分、制御が楽になり、威力の増幅に意識が向けられるからだ。
剣と解除の魔法、左右から攻め立てられ、徐々に魔力の力場が崩れていく。
「私は今、この二人の相手で手一杯だ」
無防備。
ユファレートが攻囲に加われば、力場は崩れ去るだろう。
そして、デリフィスの剣がハウザードを貫く。
でも。
「できないよ……」
涙が溢れる。
「戻ってきてよ、お兄ちゃん……」
ユファレートは懇願した。
「……お兄ちゃんの部屋、そのままなの。わたし、毎日掃除したよ……。わたしが旅に出ても、御祖父様が毎日掃除してくれてるって……あの御祖父様が。 ……リビングのお兄ちゃんの席、空けてあるの。お兄ちゃん、冷え症だから、一番日当たりが良い場所……。他の誰も、座らない……」
声が震えた。体も震えた。心も、震えている。
「お兄ちゃんの居場所、ちゃんと残してあるの……。お願い、戻ってきて、お兄ちゃん……」
涙が止まらない。
ハウザードは跪き、ユファレートの頬に触れた。
「私の居場所か……」
冷たい手。こんなに冷たかったか。
「私はもう、自分の居場所に戻っている」
冷たい言葉。
「『コミュニティ』。それこそが、私の居場所だ」
「……嫌」
「お前やドラウと暮らす、ずっと前から、私は『コミュニティ』のメンバーだった」
「お兄ちゃん……」
「お兄ちゃん、か……」
ハウザードが、冷笑を浮かべた。
「そうだな。私は、お前の兄だった。兄を演じてきた。家族ごっこをしてきた。全て、ドラウの信用を得るため。彼の技術を、盗むため」
囁く。
「お前は、私に利用されていただけなんだよ。妹だと思ったことなんて、一度たりともなかった……」
「ふっ……うう……」
蝕んでいく。ハウザードの言葉が、心を。
「はあああっ! あああっ……!」
初めて聞く、シーパルの腹の底からの怒号。
出力が上がる。
魔力の力場が砕けた。
瞬間、ハウザードは別の魔法を発動させていた。
全方位に放たれた衝撃波が、三人の体を撃つ。
咄嗟に出しただけのため、威力はほとんどない。
すぐさまデリフィスが跳ね起きた。
剣を振るが、ハウザードの姿が消えて、虚しく宙を斬る。
瞬間移動。
ハウザードは、地震で屹立した瓦礫の上に立っていた。
シーパルが、手を向ける。
デリフィスが、剣先を向ける。
「『コミュニティ』を、酷い組織だと言ったな、ユファ?」
冷たく響く、ハウザードの声。
「そう思うなら、お前はやはり、私を殺しておくべきだった」
「……どういうことです?」
もう、声も出せない。
代わりに、シーパルが聞いた。
「私が、組織のボスとなるからさ。私に従い、組織はさらに、世に混沌をもたらす」
「……ボス? あなたが?」
「七百年前から、それは決まっていた」
「……七百年」
「そう。ヨゥロ族が存在し始めていた時からだよ、シーパル・ヨゥロ」
「……」
「『コミュニティ』という組織が、なぜあるか。それは……」
ハウザードは、空を仰いだ。
「私という存在を生み出すため。そのためだけに、『コミュニティ』はあったと言っても過言ではない。私のための、『コミュニティ』だ」
「なに言ってるの……? わかんないよ、お兄ちゃん……」
ようやく、声を出せた。
ハウザードが、背後を指す。軍事基地。
そこから、腕を回す。
指先は空を通り、そしてユファレートたちを指した。
ユファレートたちの背後には、各国の要人が集うカルキン会館。
「間もなく、『ジグリード・ハウル』が放たれるだろう」
ハウザードが、薄く笑った。
「その意味はわかるな? また、大勢が嘆き悲しみ、そして死ぬ。お前たちに、それを止められるか?」
魔法陣が展開された。
ハウザードの全身を、強力な魔力が包む。
長距離転移の魔法が発動されて、その姿が消えた。
シーパルが座り込む。
治療は済ませているようだが、顔は血で汚れていた。
デリフィスは、ハウザードがいた空間を睨みつけている。
いつの間にか、花火は終わっていた。
ただ自分の嗚咽だけを、ユファレートは聞いていた。
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